家の庭と言うにはおこがましい、単に田舎であるから何もないスペースに置かれたティーテーブル。 そこにラナお手製のクッキーと淹れたての紅茶が注がれたティーカップを前にして、食後の優雅なお茶に二人の少女がいそしんでいる。 甘いお菓子は別腹とばかりに次から次へとクッキーをぱくつくヒナとラナ。 その空間だけはどこにでもある光景のようでありながら、二人のすぐ目の前では何処にもありそうにない別空間が生まれていた。 飛び交う炎と熱線は二人の少年の手から放たれ、ぶつかり合う木剣は二人の少年の手によってしっかりと握られている。 「また少し、腕を上げましたか?」 「腕を上げたいわけではありません。僕は君に勝ちたいと思っているのです、ルカ」 ちょうど木剣をぶつけ合い膠着状態に陥ったルカとコリンズが、不敵に笑いあっていた。 それからすぐに木剣をなぎ払いあうと、少しでも相手がバランスを崩せば呪文を放とうと隙をうかがいあう。 二人のこういった模擬戦闘は特に珍しい事もなく、直ぐそこの道を通りすがる村人の誰もオロオロと取り乱すことなく何時もの事だとそのまま通り過ぎていった。 「二人とも、よく飽きませんわね」 「お姉ちゃん、それって自慢? すっごく嫌味な自慢?」 口にクッキーをくわえながら両肘をついたまま両手で顔をささえるラナが漏らした台詞に、ヒナが過剰に反応して聞き返す。 「なんですの、それは」 「ぶう、なによそれと気軽に言っちゃうんだ。ふ〜ん、ふ〜ん」 「正直に言うと、ヒナが何をふてくされてるのかお姉ちゃんわからないのですけれど」 興味がないように見せかけている様子のラナの台詞に、ふてくされていたヒナが我慢ならないとこめかみを引きつらせていた。 本当に我慢がならないのか、言えば自分が打ちのめされるとわかっていても、ヒナは言わずには居られなかった。 「あれはお兄ちゃんとコリンズ君が、お姉ちゃんを取り合ってるんだよね?」 単語単語に力を入れて確認するようにヒナが尋ねると、想像した勝ち誇ったような顔のラナはそこにはいなかった。 てっきり勝ち誇るように自慢するラナを想像していたヒナは、肩透かしを食らったように手を伸ばしていたクッキーを取りこぼしていた。 毎日と言うわけではないが、定期的にルカとコリンズが腕試しをするのは、ラナを取り合っていたのが原因だとヒナは両親から聞いていた。 事実ヒナの最も古い二人のやり取りを思い出しても、そんなような事を言っていたような気がする。 なのに当のラナは自分にとって喜ばしい、ルカが自分を取られまいとがんばっている姿を見ても、特に何も感じていないように見えた。 「もしかして、お兄ちゃんよりも他に気になる人ができたとか? 今日から私の独り占めとか? それなら後で早速お兄ちゃんと一緒におふ、痛ッ」 「真昼間から女の子がそう言うことを口にしない。ヒナもそろそろ分別をつけなさい」 「十八にもなってお兄ちゃんにべったりのお姉ちゃんに言われたくない」 一度は軽くヒナの頭に拳骨を落としたものの、分が悪いとなるとすぐにラナは視線をそらしていた。 ここは攻め時だとヒナの直感は告げていたのだが、やはりルカに興味がなくなったわけではないのにとラナの様子のおかしさが気になっていた。 「本当に、こんなお姉ちゃんのどこがいいのかな?」 ちょっと試しに怒らせる一歩手前の台詞をヒナが投げてみたが、ラナは考え事をしているせいか殆ど無反応であった。 さすがにここまで無反応だと面白くもなんともないために、ヒナはクッキーをぽりぽりかじりながら、ルカとコリンズへと視線を移した。 その先ではまだ決着こそ付いていないものの、あきらかにルカの方に優勢に事が運んでいた。 それもそのはずで、幼い頃から世界を旅して魔物と戦い続けてきたルカと、城内にとどまり王となるべき知識を詰め込んできたコリンズでは経験値が違いすぎる。 ルカと張り合っている時点でコリンズも並の冒険者よりもよっぽど強いが、やはりルカが相手となれば役者がちがった。 劣勢を立て直そうと比較的大きな威力のイオラを手元で生成しようとしたコリンズの手元を、威力を最小に絞ったルカのギラが突き抜けていった。 膨らませた風船に針の先を当てたように生成途中のイオラが爆ぜた。 「相手の隙もないのに大技は感心しませんよ。劣勢になった時こそ、じっと我慢して耐えるべきです。貴方の敗因は焦りです」 「どうせなら講義は治療の後にしてくれると嬉しいのですが。このままでは火傷の跡が残ってしまいます」 目の前でイオラが爆発した割には、吹き飛んだコリンズの口調はしっかりしたものであった。 おそらく生成途中での爆発だったからこそ威力が抑えられたのだろうが、はやり両手を中心に火傷は痛々しかった。 そこでようやくラナも傍観をやめて、倒れているコリンズへと駆け寄っていった。 「変なお姉ちゃん」 なんとなくそう思ったヒナは、やはりクッキーをかじりながら自分には何もできる事はないと半ば投げやりに呟いていた。 ルカとコリンズが定期的に行う腕試しは、そのまま両家の食事会へと強引に突入するのも常であった。 両家が村を作ったために、当然のように両家は隣同士にあるために、もともと一緒に食事する事も多かった。 食事会をするのも特別な意味などなく、楽しく騒ぐための理由の一つでしかないのだろう。 ラナはフローラとビアンカ、そしてマリアと一緒に沢山の食事を用意しながらも、時折その視線を部屋の片隅へと奪われていた。 「リュカ、明日はプックルを連れて少し遠出してみようぜ。そこで洞窟か、深い森でもあれば最高だ」 「辺りの安全を確かめるための散策がそのまま目的になってないかい? 僕も嫌いじゃないんだけどね」 「私も行く。私も、お兄ちゃんとかお姉ちゃんみたいに冒険してみたい!」 良い年になってもワインを片手にほろ酔い気分で冒険を夢見ようとする、しょうがない父親達プラス一などでは当然ない。 そのさらに向こう、部屋の片隅と言えるような場所で小さなテーブルを出してきてチェスを指しあうルカとコリンズである。 二人の腕試しはなにも剣術や呪文のぶつけ合いだけではない。 知識から算術、果ては占星術など競い合う意味があるのかわからないものまであるのだ。 「またやってる」 呆れにまじって怒りが込められたのには意味があった。 本当に二人はラナを取り合っているのか、先ほどのリュカたちではないが手段が目的になっている節がある。 「ラナ、これをお父さんたちが居るテーブルに運んでもらえますか?」 「はい、わかりましたわ」 声に不機嫌が丸出しだったのか、フローラから受け取ったお皿を運んでいこうとしたラナの肩をビアンカが軽く叩いた。 「なんかあったの? イライラは美容の敵よ」 「なんでもありませんわと言いたいところですが、アレです」 気になったのかラナが指差した先を、フローラもマリアも手元を動かしながら何とか覗き込んでいた。 見えたのは真剣な顔つきでチェスを指す二人であり、どうやらコリンズが有利に手を進めているようだった。 実は実践的な剣術や呪文と違い、戦術レベルの話になると途端に二人の有利不利が入れ替わるのがまた面白い。 単純にお互いに必要とした、詰め込もうとした知識の差である。 「うちの子が勝ちそうですけれど、コリンズはお嫌いですか?」 マリアに聞かれすぐに首を振ったラナであるが、その顔はやはり浮かない。 「そうですわね。私達もなんとなくは解るのですけれど、やはりここは同じ男であるお父さんたちに聞いてみなさい」 フローラがそう言った直ぐ後に、ビアンカもマリアも何の事だかやはりなんとなく理解したようだ。 相変わらずラナは自分が抱える不満のようなイラつきを理解できていないようで、素直にフローラの助言に従った。 ほろ酔い気分で明日の予定を語らうリュカとヘンリーに割り込むのも悪い気がしたが、割り込むのを止めようとは思わずに入り込んでいった。 「お父様、ヘンリーさん。少しよろしいですか?」 「もしかしてラナも明日一緒に行く?」 「そうではありません。あのルカとコリンズ君のことなのですけれど……」 正直ラナは自分が何を聞きたいかも解らない状況で、とりあえず二人を指差してみるとリュカとヘンリーが勝手に解釈してくれたようであった。 「そうだな、まあラナちゃんに理解できなくても仕方がないだろうな。と言うか、女の子からみたら男は何時まで経っても馬鹿なんだろうから」 「何が言いたいのか良く解りませんけれど」 「つまりルカもコリンズ君も、お互いが邪魔な存在でありながら認めあっちゃってるんだよ。二人は何も言わないだろうけど、本当は決着なんて二の次なんじゃないかな」 「だから馬鹿だって事さ。もちろん逐一そんなこと考えているわけじゃなくて、無意識のうちになんだろうけど」 確かに聞いていてラナは、フローラたちが言うようになんとなくしか理解できなかった。 だけれども自分が抱いていた不満はしっかりと理解する事ができた。 自分が勝負によって手に入れられる賞品と考えるのは当然嫌だが、すでにルカとコリンズにとって賞品足りえない事も嫌なのだ。 もちろん二人の好意がそれてしまったわけではないのだが、二人の間に入り込めない絆のような物が確かに存在するのが不満なのだ。 特に意味が違うとはいえ、ルカに自分よりも大切にしたい存在が居る事が一番不満であった。 「チェックメイトと言う所ですね。と言うわけで、今晩のラナの隣は頂きました」 「昼間の模擬戦闘と今のチェスで一勝一敗の気がしますが、良いでしょう」 勝利を告げたコリンズと、負けを認めたルカの台詞。 一勝一敗だからとごねるのであはなく、認めてしまった事に静かにラナの中の何かがキレていた。 「というわけで、ラ……ナ?」 勝利の女神を手に入れ、幸福が待っているはずのコリンズであったが、その異変には即座に気づく事になった。 何かしらと振り向いたラナの、微笑しながらも渦巻く怒りの気配を撒き散らすその姿に少し後ずさる。 「ルカ、僕は何かしてはならない事をしたでしょうか?」 「私に聞かれても困ります。何故かあの怒りは私にも向けられているようですから」 真剣に何が悪かったのだろうかとコソコソと放しながら二人が考えるが、答えが出るはずもない。 ラナをないがしろにしていたせいだと気づくには、ライバルと競い合う切磋琢磨の蜜の味が濃すぎた。 それから数日の間は二人はまともにラナに口を利いてもらえなかった。
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