第三話 プックルの恋人


広大な草原の中にぽっかりと生まれているのは長方形の形に耕された畑である。
ファミリアと言う人口五十人程度の小さな村を支えるにはいささか大きすぎる畑を、ルカが一人で耕し続けていた。
無言のまま、時折手や腰の痛みを和らげるたびに止まり、軽く体をほぐしてからまた耕し続ける。
朝日が顔を出し、徐々にそれが真上へと昇り始め頂点に達する頃に、地平線の向こうから一匹の獣がかけてくる。
それは太陽のように燦々と輝く黄色の毛皮を持ったキラーパンサーのプックルであり、その背には当然のようにラナがバスケットを手に腰掛けていた。

「ルカ、今日のお弁当ですわ」

「もうそんな時間ですか」

畑と草原の分かれ目でピタリとプックルが止まり、ラナが手を振り知らせてくれる。
広すぎる畑を耕す単純作業にルカの時間間隔はあいまいで、こうやってラナが知らせに来てくれなければ、下手をすれば夕暮れまで耕している事だろう。
クワをその辺に突き刺し、畑を出ようとすると入れ違いで人型となったプックルが入り込んでくる。

「ガウ、ルカが食べてる間。俺が耕す」

「何時も思うのですが、プックルも一緒に食べてはどうですか?」

「駄目、ラナ何も言わないけど、ルカと二人きりの方が喜ぶ」

忠誠心では無いだろうが、ラナとヒナに対するプックルの態度は、少し度を過ぎているような気がしないでもなかった。
それでも一片たりともプックルが拒否を示す態度を取らないために、何も言えずルカはがんばってくれと軽く方を叩いた。
それから何時も昼食を取る木の陰によって、幹を背にラナと二人で座り込んだ。

「先にお茶飲む?」

「ええ、貰えますか。それと、たまにはプックルとも一緒に食べませんか?」

「良いですけれど、ルカってプックルがどれぐらい食べるか知っていますの? コレぐらいじゃ全く足りませんわ」

コレぐらいとは、バスケットに詰め込まれたサンドイッチと、肉や野菜のサラダなどなど。
ラナは家で済ませているのでいらないが、確かにここからプックルの分が差し引かれると辛い物がある。

「ルカがプックルと一緒に食べたいのなら、明日からそうしますわ。けれど、いらなくなる可能性があるのが心配ですわ」

「いらなくなるとは、何故」

ですかと言う前に、畑を耕していたはずのプックルが、突然空を仰ぎ辺りを見渡し始めてから走り出した。
キラーパンサーの姿に戻ったプックルが土煙を残して消えていった。
一体どうしたんだろうと言う顔のルカであるが、ラナの方はもう答えが見えていたようで嫌そうにしていた。
そして数分後、ここに来たラナのようにヒナを背中に乗せたプックルが戻ってきた。

「お兄ちゃ〜ん!」

わざわざラナとルカの間に座り込んできたヒナを確認すると、プックルはすぐに畑仕事に戻り始める。

「ヒナ、狭いですわ。座るのならお姉ちゃんの隣にしません?」

「太ったんじゃないの?」

来て早々に頬っぺたの引っ張り合いをする姉妹を置いて、ルカの視線はプックルに注がれていた。
少しハラハラした様子でこちらをうかがうプックルは、やはりヒナとラナを心配していた。
ある意味リュカよりも父親らしいのではと思う反面、とても心配になってくる。

「二人とも、喧嘩をするなら帰りなさい。しないのならばヒナに一つ聞きたい事があるのですが」

「喧嘩じゃないもん。それで、ヒナに何を聞きたいの? スリーサイズ?」

「何処からプックルを呼びましたか?」

「家だよ。当たり前じゃない、お兄ちゃんってば」

言葉通り、何を当たり前のことをというヒナも、プックルに乗ってきたラナもルカが何を言いたいのかに気づいていなかった。

「二人とも、プックルに恋人がいるか知ってますか?」

「そう言えば聞いた事ありませんわね。プックルに恋人なんて居るのでしょうか?」

「え〜、プックルに恋人?! 困る、困るけどすっごい気になる」

つまり居るかどうかも解らない訳で、ルカはラナのお弁当をやや速めに片付け、プックルと畑の世話を交代した。
さらに送って帰ろうかと言い出したプックルの申し出を、ヒナとラナに断らせた。
酷くションボリしたプックルがトボトボと、村へと帰る姿を見送りながら、三人はプックルをこっそり追いかけ始めた。
ラナとヒナは単純な好奇心からの行動からであったが、ルカは単純にプックルの将来を案じていたからである





プックルに本気で走られたら到底追いつけない速度であるが、とぼとぼと歩くプックルには悪いが尾行するには程よいスピードであった。
なにぶんだだっ広い草原であるので、隠れる所は少しばかり難しかった。
時折直感か匂いで振り返るプックルに注意しながら後をつけ、やがてプックルはファミリアへと到着した。
それから一体何をするつもりなのか、遥か後方でルカたちが見守る中、プックルの視線は一点へと注がれ始めた。

「あ、プックルのお兄ちゃんだ!」

「本当だ。遊ぼう、お兄ちゃん遊ぼう!」

それは村の子供達であり、子供達もプックルに気づくなりわらわらと何処からともなく集まり始めた。
プックルの予定も聞かずに子供の無邪気さから、勝手に遊ぶ物だと決め付けまたがったり、毛皮に触れたりと遊び始める。

「ガウ」

それに対するプックルは少々困った声を出すだけで、子供達に促されるまま遊びに加わり始めた。
背中に乗った子供がはしゃげば跳んだり跳ねたり、毛皮に顔を寄せる子が居ればその子を舐め上げる。
見覚えのありすぎる光景だとルカたちは、かつて自分達がそうしていた光景を思い出していた。

「女性であるラナから見て、あれはどうでしょうか?」

「子供好きというのはなかなか高得点ですわ。ただし、子供好きだからといって放って置かれるのも減点対象です。気をつけたほうが良いですわ。ね、ルカ?」

「子供ってって私のこと? ちゃんとした恋愛対象だもんね、お兄ちゃん?」

二つの視線に晒されたルカは、聞かなかった事にしてプックルの観察を再開した。
基本的には遊んでやっていると言うよりも、子供達に遊ばれている感も否めなかったが、日が傾くにつれ一人、また一人と親が迎えに来ていた。
大抵はお母さんであり、プックルに礼を言う事はあれ、彼女らは既婚者である。
そのうちプックルの遊んでやっていた子供は女の子一人となってしまった。
次々に友達にお迎えが来た為に、なかなか自分の迎えが来ないことが寂しいのだろうか少しだけ目を潤ませ鼻をすする。
プックルは人型になるとそんな女の子の頭を撫でて、胡坐をかいた自分の膝に据わらせる。

「大丈夫、ちゃんと来る。それまで俺がいる」

「うん、プックルお兄ちゃん大好き」

そう言った女の子の頭を撫でて待つこと数分、女の子のお迎えが来た。
またしてもお母さんかと思えば、そう呼ぶには若々しすぎる女性であった。

「お姉ちゃん!」

駆け寄る女の子が叫んだ言葉に、少々飽きてきていたラナとヒナが色めきたった。
一人だけ初志貫徹してプックルを観察していたルカに持たれていた状態から、ルカを押しのける勢いで覗き込んだ。

「こら、無闇に走らないの。プックルさん何時もすみません。この子の相手をしてもらってしまって」

「気にしてない。好きだから」

もちろん子供がと言う意味なのであろうが、家族であるルカたち以外はプックルの言葉足らずの言葉を完全に理解する事は難しい。
その証拠に女の子を迎えに来た女性は明らかに頬を染めて、勘違いをしていた。
あるいは気づいていたのかもしれないが、それも一つのアピールであるのだろう。
だが当のプックルと言えば、

「待ってるから、行ってやれ。それと、もう少し早く迎えに来たほうが良い」

やや離れた場所で早く帰ろうと急かす女の子を指差して、早く帰れと間接的に言ってしまっていた。
全く脈のないプックルの言葉に気を落とした女性は、呆然としながらフラフラと女の子に手を引かれ帰っていった。
その様子を見ながらラナとヒナがようやく、ルカが当初から抱いていた心配の種に気づいていた。

「なにあれ、まずくない? すっごくまずくない、ありえない。もう半分以上落ちてたのに、プックルなにしてるの?」

「大至急対策を練るべきですわ。プックルがここまで朴念仁だとは思いませんでしたわ」

「まあ、その原因であるラナとヒナが気づいただけでも、大前進なのですが」

こっそり原因を呟いてみるが、二人が聞いていたかどうかは酷く怪しかった。

「大至急家族会議ですわ。題して、プックルに正しい恋を教えましょう会議。議長は私が勤めますわ」

「じゃあ、私が書記長やる。お兄ちゃんは、平ね」

「いや、おおむね正しい方向なのですが、まずは二人が主な原因だと気づいて」

ルカの首根っこを掴み家へと走る二人は、やっぱり気づいてくれはしなかった。

目次