問題は、誰が食べたのかと言う事であった。 少し目を放した隙に、お皿に沢山盛られていた焼きたてクッキーが減っていたのだ。 残った量は五日間抱きつき禁止を言い放ったルカの機嫌取りには問題ないが、黙って食べられて気分の良い物ではない。 黙って食べてしまう様な犯人候補は三人いる。 「お父さんか、ビアンカさんか、ヒナ。この三人ですわね」 どう締め上げて吐かせてあげようかと首をひねり出したラナの前を、何事もなかったかのようにヒナが通りかかる。 それだけなら良かったのだが、口をモゴモゴさせながら、しかも手にはまだ手付かずのクッキーが握られていた。 思わずそれをパッと取り上げると、まだ暖かく焼きたてだと言う事がわかった。 「お姉ちゃん、なに? 返してよ」 「あなたね、これが何か解ってますの?」 「クッキー」 「そうですわね、それでどうしてヒナがこれを持ってますの?」 何を問われているのか理解していない様子のヒナは、ラナが何を怒っているのかと首をかしげている。 そのしぐさがラナにはわざとらしく見えたのだろう、少し声を大きくして言った。 「だからどうして私が作ったクッキーをヒナが持ってますの?」 「あ、やっぱりコレお姉ちゃんのクッキーだったんだ。相変わらずお姉ちゃんこういうの得意だよね。ちょっと羨ましいかな」 「ヒナッ!」 相当イラついた怒声に、明らかな怯えを見せてヒナがビクついていた。 「褒めてくれたのは良いけれど、ちゃんと断りを入れてから持っていきなさい。黙って持っていくなんて駄目ですわ!」 「急に怒鳴らなくてもいいじゃない。それにコレは」 「言い訳は聞きたくありません。それで、勝手に持って行って私に言う事はありませんの?」 怒鳴られているのではなく、怒られているのだと理解した途端ヒナは耐えるように俯いた。 それから涙交じりの声で呟いた。 「私じゃないもん」 「よく聞こえませんわ。何ですの?」 「私じゃないもん。お姉ちゃんの馬鹿!」 「あ、待ちなさいヒナ!」 ちょうど玄関から入ろうとしていたリュカを押しのけて、ヒナが走っていってしまった。 泣いていたのはラナにも解ったが、それだけで自分が悪いとはちっとも思わなかった。 悪いのは黙って持って行った事を誤りもせず、自分じゃないと言い放ったヒナだからだ。 憤慨しながら荒っぽくテーブルの椅子を引いて座り込んだラナの目の前に、リュカが歩いてくる。 「喧嘩はいつものことだからあまり口は挟みたくないけど。ヒナが泣いてたみたいだよ。何があったんだい?」 「お父様には関係ないって言いたいけど、これですわ」 一応父親なのだからと、ラナがテーブルの上のクッキーが盛られた皿を差し出すと、かなり意外な反応を返される。 「ああ、これね。あんまり美味しそうだったから、ヒナにあげたんだけど。これがどうかしたの?」 聞いて直ぐに差し出したお皿を取り上げてテーブルに置きなおすと、ラナは持ち前の腕力を全て込めてリュカの鳩尾を打ち抜いていた。 わけもわからず悶絶するしかなかったリュカは、倒れこみそうになる体を無理やりラナに立たされる。 本気でやり返せば勝てないことも無いが、リュカが娘にそんなことできるはずもなかった。 「ラナ……く、家庭内暴力はいけないよ。今も普通の父親なら死んでる」 「お父様、先ほどの言葉は本当ですか?」 「家庭内暴力がいけないのは当たりま、ああ揺さぶらないで!」 「もう少し前ですわ!」 ガクガクと虚ろな目のリュカを揺さぶると、真実がボロっと出てきた。 どうやらクッキーを見つけたのはリュカであり、事後承諾のつもりでクッキーを持って行ったらしい。 それでちょうど近くにいたヒナにクッキーをあげて、そしてヒナがリュカより先にラナに出くわしてしまったようだ。 つまりヒナはちっとも悪くない。 やってしまった、もう少し話を聞いてあげるべきであったとラナは頭を支えながらうなだれる。 「やってしまいましたわ」 「なにを? ヒナが何かしたの?」 一向に理解しようとしないリュカをワンパンチで黙らせたラナは、とりあえずヒナを探しに外へと出た。 ラナが外に出て直ぐに行ったのは、プックルを呼ぶことであった。 親以上に過保護なプックルであれば、ヒナの鳴き声など一キロ先でも聞き分けるに違いない。 だが呼びつけてから現れるのにかなり長い時間がかかり、詳細を説明すると驚きの表情を見せていた。 「ガウ、危険な魔物退治に行ってたから。直ぐに戻って倒してくる!」 「危ないから急がなくて良いですわ。ヒナは私が」 「俺もヒナを探す。ちょっと待ってて!」 そう走っていったプックルは、本当に数分で行って戻ってきた。 さすがに多少の傷は見受けられたが、全く元気といって差し支えなかった。 「それで、どこから探す?」 「たぶん、行き先は一つだと思うけど……ルカの所。だからよく考えればプックルを呼ばなくても良かったんだけど」 「ガウ、場所がわかってるならすぐ。ラナ、乗って」 そう言うと直ぐに獣の姿へと変わったプックルの背中に乗ると、風の様な速さでプックルは駆け出した。 ルカの畑は今後の拡張も考えて、村から外れに外れた場所にある。 プックルの速さでもしばらくの時間はかかった。 確かにラナの予想通りそこにヒナはいたが、ラナはプックルを止めさせ近くの木の幹に身を隠し様子を覗き込んだ。 「もう、大丈夫みたいだ」 そう、プックルの言うとおり、抱きつくの禁止五日間であるにも関わらず、ヒナは思いっきりルカに抱きしめられていた。 泣いているヒナにさえそれを言い出すような冷血漢でルカがあるはずもなく、優しくなだめられていた。 それはそれで腹が立つが、邪魔するほどラナも冷たくは無い。 「プックル、帰りましょう。謝るのは家に帰ってからでいいわ」 「ガウ、乗る?」 「ううん、歩きますわ。プックルもごめんね。急に呼び出しちゃって」 「俺は平気。俺よりラナとヒナが大事」 ゆっくりと歩いて家へと戻ったラナは、未だ倒れて伸びていたリュカを起こして殴った事をわびた。 それからゆっくりとヒナが帰ってくるのを待つつもりが、気がつけば自室のベッドでぐっすり寝こけていた。 いけないと慌てておきると、すでにフローラとビアンカが夕食の準備をはじめていた。 あたりを見渡してもヒナとルカの姿はなく、まだ帰ってきていないのかと夕食をつくる手伝いに混じる。 ほどなくして、ルカとヒナが現れた。 ただし、玄関からではなく、風呂場の方から二人一緒にである。 「あ〜、良いお湯だった」 そうヒナが言ってラナを見つけた途端、同じく風呂上りのルカの背後へと隠れてしまう。 そのままギュッとしがみ付いたのは、ラナが謝罪する前であるし仕方の無いことだろう。 問題なのは、二人が一緒にお風呂から上がってきた事だ。 「ルカ、何をしていますの?」 「何って、ヒナが一緒にお風呂に入ってくれと頼まれました。普段なら断りますが、少し思うところがありました」 思うところとは、もちろん泣いていた事だろう。 だからラナも言葉に詰まる。 「でもヒナは女の子ですわよ。それを一緒に」 「ヒナはまだ子供だもん。だからお兄ちゃんと一緒にお風呂に入っても問題ないもん」 すっかり元に戻った憎まれ口に、歯軋りしながらラナが唸る。 さすがにこの年になってルカに一緒にお風呂に入ってくれとは言えない。 だが自分ができないことをヒナがあっさりと出来てしまうのは悔しく、すでに謝ろうという気持ちは何処かへと吹き飛んでいた。 「それに今日はお兄ちゃんが一緒に寝てくれるって約束してくれたんだから。ね、お兄ちゃん」 「今日だけです。あと明日からはまた五日間禁止に戻りますが」 それを聞いてヒナがひるんだのは一瞬、すぐに優位な立場の顔を取り戻していた。 「いいもん、今日たっぷり甘えるから。お姉ちゃんは残念でした」 「ヒナッ!!」 手も足も出ず、ラナはそう叫ぶしか手は残されていなかった。
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