第十八話 双子の男と女


ノックの音だけがむなしく廊下の奥へと響いていった。
二度、三度繰り返しても結果はノックの音だけであり、返事どころか身じろぎ程の気配さえも伝わってこない。
ある意味それは予測の範囲内であったが、その程度で諦めるぐらいならばそもそもルカはこの場にいなかっただろう。
今度はノックと同時に語りかけてみる。

「僕です。入りますよ」

以前は問答の前に勝手に入ったのだが、ラナもそれを見越していたのかドアにはしっかりと鍵が掛かっていた。
ガチャガチャとドアが開く事を拒否してくる。

「まいりましたね」

ドアが開かないという状況だけではなく、それによって奮い立たせた心がなえる事も指していた。
その証拠に、すでに減りだした勇気の量を示すように我知らずルカの足が一歩下がろうとしていた。
気づいて慌てて下がろうとしていた足を元に戻し、これ以上勇気を減衰させないようにルカは手のひらをドアへと触れさせた。

「ラナ聞こえていますね? 開けてください、さもなければドアから離れていてくださいね。数分後にはドアを吹き飛ばします」

忠告の後も一切反応がなく、仕方がないとばかりにルカは眼を細め集中しはじめた。
ドアに添えた手が光だし、後数秒で爆発系呪文が完成する所で、カチリっと鍵の開く音が聞こえた。
次第に右手の光が終息していき、やがてルカはドアから手を離した変わりに、ドアノブに触れた。
ゆっくりとノブを回すと今度は完全に回りきり、押せばドアが開いた。
中に踏み込めば、鍵を開けたラナが緩慢な動作でベッドへと戻り、もぞもぞとシーツに隠れていくのが見えた。
だがじっとルカを見つめるだけで、敵意も何もない視線を送っている。

「謝りにきました」

とりあえず用件を伝えてみたルカだが、先ほどまでの緩慢な動作とは違う俊敏さを持ってラナが手近にあった枕を投げてきた。
避けようとしなかったルカの胸へと狂いなくぶつかり、ボフッと中に溜め込んだ空気を吐き出して落ちた。

「別に謝ってもらわなくていいですわ」

「ですが僕はラナの気持ちを踏みにじりました。それについて僕は謝らなければなりません」

「別に気まぐれで作ったものですから。それをもらったルカがどうしようと勝手ですわ」

だったら何故枕を投げたのか。
いつもならそんな揚げ足の一つもとったであろうが、ルカはしなかった。
ただ足元で自分にもたれかかるように落ちている枕を拾い上げ、ラナのいるベッドへと歩み寄っていく。

「こ、こないでください」

今度は別のものを投げてやろうとベッドの上を探るラナであるが、都合のよいものが見つからずせめてとシーツで顔を隠して倒れこんだ。
不審な行動と思わずに入られなかったが、答えはたった今ルカが拾い上げた枕にあった。
触れた指先から伝わる転々とした水気、涙。
泣いて晴れ上がった顔を見られたくないのだろうが、ルカは立ち止まらず、ラナのベッドに腰掛けた。
そしてますますシーツに埋もれようとするラナの頭を少しだけ持ち上げて枕を挟んでやる。

「そのまま聞いてください。むしろ、僕もあまり顔を見られたくありませんから」

不意をつかれた台詞に思わず顔を出しそうになったラナの頭に手を置き、ルカは撫で付けるのと同時に押しとどめる。

「僕はとても臆病な人間なんです。いつ誰かを傷つけやしないか、誰かに傷つけられやしないか脅えていました」

ラナの頭を撫でる手をそのままに、ルカは父に話した事と同じ内容を全てラナに話してみせた。
生まれてすぐに全てを理解する知能、何もかもを与えられた体。
その才能を垣間見たものによる嫉妬の感情。
全てを話した。
そしてたった一つ、リュカにでさえ話さなかった事も。

「ラナ、僕は貴方を誰よりも尊敬していました。何故だか解りますか?」

そう問いかける頃には、ラナはシーツから顔を出してまっすぐルカの顔を見上げていた。
まだルカの手によって撫で付けられていたものの、初耳だとばかりに首を振った。

「貴方は決して諦めなかった。天空の剣に認められないと嘆いて終わるだけでなく、努力を続けついには魔王に一太刀をあびせ倒すに至りました。貴方の努力は宿命をも超えたのです。その事がどれだけうれしかった事か」

「でも……私はルカが天空の剣に認められてたと知った時に一度、諦めた」

うれしかった分だけ、それがルカにとってどれ程悲しかったか。
謝らなければならないのは自分ではないかと、潤んだラナの瞳が言っていた。

「確かにショックでしたし、僕はまた人から一つ夢を奪ったのだと思いましたから。他の人が諦めても、いつもの事だと思ったでしょう。でもラナ、貴方があきらめる事だけは我慢できなかった。それと同時に怖くもなった。また貴方から何かを奪いはしないかと」

「だから受け取ってすぐに?」

「そうですね。怖かったから、貴方を突き放したかったんです。でもそれは間違いだったようです。確実に僕はラナから笑顔を奪いましたから」

最後にすみませんでしたと謝罪の言葉を述べて、ルカは頭を下げた。
それからずっと頭を下げ続けているルカは、ラナの返答を待っていた。
許してくれるのか、くれないのか。
それ以上に、ラナが納得し笑顔を浮かべてくれるのか。

「ねえルカ、私を見て答えて」

許しを得られないままに顔を上げると、そこにはコレまでで見た事もないような笑顔を探せているラナがいた。
笑って欲しいとは願っていたが、その理由に思い当たらずにルカはいぶかしまずにはいられなかった。
そんなルカに、ラナは問いかけた。

「私にずっと笑顔でいて欲しいのですわね?」

「はい、そうであって欲しいと願っています」

まだ問いかけは終わらない。

「何事も私に諦めては欲しくないのですわね?」

「そう言いました。諦めて欲しくなかった」

一つ、また一つと答えてもらうたびに、ラナの笑顔がさらに輝いていく。
それもそのはずで、そこまで一生懸命ルカが自分を想ってくれていたのだ。
しかも、諦めて欲しくないといってくれているのだ。
という事はつまい、諦めて欲しくないのなら、ルカがそれに従わなければならない事は確定なのだ。

「いいですわ。特別にルカを許してあげますわ」

「ありがとう、少し肩の荷が下りました」

心底ほっとしながら、腰掛けたベッドから立とうとしたルカであるが、できなかった。
ラナが、ルカの服の袖を思い切り掴んでいたからだ。

「あの、謝罪がすんだのなら、もう行こうと思うのですが」

「駄目ですわ」

酷く楽しげに微笑んだラナは、ますます掴んでいるすそに力を入れて引っ張って言った。

「久しぶりに一緒に寝てください。拒否使用としても無駄ですわ。ルカは私に諦めて欲しくはないんですわよね? だから私は決して譲りませんわ」

「いや、諦める諦めないはそうではなくてですね?」

「嫌ですの?」

笑顔から急転して、涙を浮かべ始めたラナにしどろもどろで説明しようとするルカであるが、今のラナにはどんな理屈も通用しない事であろう。
必死に論理的に、一から十まで説明しても、ラナはルカが何よりも自分を優先してくれるのだと頭にインプットしていたからだ。
同様にラナが諦めないようにルカは絶対的にラナを応援するものだとも理解しており、必然的に次のような公式が成り立っていた。

(私のこの気持ちが成就するように、ルカも私のことを……ふふふ)

間違って打ち立てられた公式ではあるが、もはやラナの中では決定事項であった。
ルカの言葉はもはや暖簾に腕押し、ぬかに釘。
結局ルカが根負けした形となって、実に数年ぶりに手をつなぎながらベッドを共にする姿が翌朝には見受けられた。

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