第十一話 顔合わせ


ラインハット王城の中にある中庭は、楽団の盛大な音楽によって埋め尽くされていた。
出迎えるのはラインハット王の実兄であるヘンリーと、その妻であるマリア。
そして今回の主役とも言えるヘンリーの子で、現在の第一王位継承者でありコリンズである。
その姿は幼き日のヘンリーに瓜二つであると同時に、大変な悪戯好きと性格まで同じであった……数年前までは。

「もうそろそろ時間ですね、父上」

「そうだな、アイツに直に会うのはどれぐらいぶりか。アイツも王位なんてとっとと叔父に返して楽すればいいものを」

父上と丁寧な言葉遣いを使ったコリンズよりも、楽しげにニヤつくヘンリーの方がよっぽど困った性格のようにも見える。
その証拠に妻であるマリアがしかったのがヘンリーのみであった。

「あなたもたまには王様の仕事の手伝いをしてはどうですか? 最近王様が貴方のように気楽に休まれているところを私は知りませんよ」

「おいおい、マリア。あんまり俺にやきもちを妬かせないでくれ。いくら大事な弟でもみすみす美しい妻を手渡すほどお人よしじゃないぞ?」

「私はまじめにお話をしているんですけれども」

肩に回された手をピシャリとはたいて、まじめという部分を強調する。
それでも美しいといわれてまんざらでもないようで、顔がまじめになりきらずに、少し赤くなっていた。

「父上、そういうことは子の見ていない場所でしてください。教育上良くありませんよ」

「コリンズ!」

「お、言うようになったなコリンズも」

赤くなっていた顔をますます赤くしたマリアに、大声で息子の成長を笑うヘンリー。
どうもグランバニアと同様に、王族という威厳が足りない王家である。
そんな会話が延々と続く中、空の向こうにキラリと光る魔力が見えた。
それに一番早く気づいたヘンリーが手を上げると、楽団の演奏していた曲がピタリと止まる。
次の瞬間には光の球が中庭に降り立ち、気がついたときにはグランバニア王家一行がそこにいた。

「ようこそ、グランバニア王家の方々。ラインハット王家を代表して歓迎いたします」

先ほどまで大声で笑っていた男はそこには折らず、うやうやしく一礼する姿など凛々しいの一言に尽きた。

「お招きをありがたく頂戴いたします。数日の間ではありますが、よりグランバニアとラインハットの友好が深まりますよう。よろしくお願いします」

同じく礼には礼を返して頭を下げたのはリュカである。
二人が礼をしたことで誰かが合図を出したのか、控えていた楽団たちが一斉に楽器を鳴らし始めた。
二人の妻プラスアルファがちょっと見とれている中、それは聞こえた。

「ブッ」

二人のうちどちらかが噴出した声である。

「歓迎いたしますだって。料理にカエルでもはいってるんじゃないの?」

「お前こそなにが頂戴いたしますだよ。また宝物庫からかってに国宝持ち出してくんじゃねえだろうな」

「ちょっと借りてるだけだよ。ちゃ〜んと、うちの宝物庫に保管してあるさ」

二人は一斉に大爆笑をしだすと、肩を組み合ってお互いをバシバシたたきあっている。
少し前までの威厳ある姿は何であったのか、呆れる妻たちを置いて二人は城の中へと消えていった。
楽団の人たちは手馴れたもので、今回もこんなものかと撤収を始めている。
代表同士が自分勝手な中、改めて国の代表として挨拶をしなおしているのはマリアとフローラである。

「本当にお久しぶりですわね、マリアさん。今回のお話は前から頂いて置きながらはぐらかしいたのに、急遽申し訳ありません」

「いえ、私もまだコリンズには早いと思ってますから、気にしていませんわ」

「ねえフローラ、アタシ一人で探検してきていいかな?」

ペコペコと二人が頭を下げあう中、無粋な声が一つ入り込んできた。
それは公式な行事であるにもかかわらず、着いてきてしまったビアンカである
彼女がいる事に驚いたマリアは一体どういうことだと目を丸くしている。

「あまり品のない行動は慎んでくださいね。貴方はただでさえがさつなんですから」

「性格だもん、しょうがないわよ。それじゃあ、お許しも出た事でいってきまーす」

決してにこやかではないが、いる事が当然のような会話にますますマリアは混乱をきたしていた。
そんなマリアにフローラからの長い長い説明が始まった。

「久しぶりです。ルカ、それにラナも」

そして子供たちは子供たち同士、ある意味こちらの方が大人らしい挨拶を交わしていた。

「こちらこそお久しぶりと、数少ない思い出を語り合いたいところですが……用事が用事ですので、私は退散します」

「あ……」

スタスタと感心なさげにルカが行ってしまい、残されてもと弱気な呟きがラナの口から漏れた。
そのあまりの弱弱しい姿が記憶と一致せず、コリンズは首をかしげながら問いかけた。

「お加減でも悪いのですか? よろしければすぐにでも部屋を用意させますが」

「いえ、どこも……平気ですわ」

そう言って笑いかけるラナだが、コリンズの眼差しは強くなるばかりだ。
その眼差しを避けるようにラナが目をそらしたため、コリンズはふっと眼差しをおさめた。
そして刺激しないように笑みを深めて、違っていて欲しいという思いをこめて尋ねた。

「今回の話は嫌々ですか?」

「違います。今回の事は私の意志で決めた事です」

「では笑って見せてください。私は父上と母上を見て育ってますから、王族の結婚といえど好意が先だと考えています」

「こう……ですか?」

ラナは精一杯笑いかけたつもりらしいが、うまくはいかなかったようだ。
むしろ泣き顔にさえ見えてしまいそうなそれに、コリンズは隠そうともせずため息をついた。
つくなという方が無理であったのかもしれない。
本気で腹を立てたのか、きびすを返して一人歩き出そうとする始末である。

「コリンズ君?」

「僕が好きになったのは今の貴方ではありません。せめて明日には今までの貴方に戻っているよう願っています」

振り返りもせずに呟いたコリンズは、そのままラナを置いて行ってしまった。





その姿を自室から双眼鏡で眺めていた父親二人のうち、リュカが先に双眼鏡を目から離して呟いた。

「う〜ん、どうも良くないみたいだね。何言ってるのかわかんないけど」

「最近の子供はすごいな。僕が好きになったのは今の貴方ではありませんだってよ。恋愛小説の読みすぎじゃねえのか?」

「聞こえる……わけないよね?」

どうしてわかるんだと怪しげな視線を親友に送ると、拳の親指だけをグッ立てて、息子の何倍もの無邪気さでこう答えてくる。

「読唇術だ」

「また妙な技術に手をだして……」

「これで結構便利なんだぜ。召使たちの陰口を拾えたり、遠くでも意思の疎通ができたり。それはいいとして、ラナちゃんなんかあったのか? 尋常じゃないぞ、あの暗さは。そりゃコリンズもああ言いたくなる理由もわかるような」

一応元悪戯好きだけあって、観察眼はぴか一のヘンリーである。
ちゃんとラナの異変を見抜いて言ってくるが、気になる一言があった。
コリンズがラナを好きなのは問題ないが、その理由を知っているような事を言っている。

「僕も気にはなってたけど、コリンズ君がラナを好きになった理由って?」

気にならないはずもなく、リュカはだめもとで聞いてみた。
すると隠そうとすらせず、むしろ楽しそうにヘンリーは話し始めた。

「それがさぁ、お前が始めて双子を連れてきた日、コリンズの相手させただろ? それでその時に悪戯を仕掛けたらしいんだ」

「遺伝はすごいね」

過去に仕掛けられた身としては嫌味をこめて言ってみたが、もちろんヘンリーは気づいていながらすまなそうな顔一つしない。

「それであっさりルカ君に見破られたらしいが、その後に王族たるもの陰険な事をするなって想いっきりラナちゃんに殴られたそうだ」

「もしかして……そんなことで?」

「天啓って言っちゃ大げさだけど。しかられた、しかも殴られた事なんてない奴には効くよアレは…………俺もそうだったからさ」

はっと思い出したのは、捕らえられたヘンリーを助け出すときに叱咤した父の、パパスの姿である。
やはりまだあの時パパスを死なせてしまった事を悔いているのか、絶えず浮かんでいた笑顔がヘンリーから消えた。
そして不意に立ち上がると適当な棚からボトルを取り出して、二つのグラスに酒を注ぎ始めた。

「ま、おかげでそれ以来コリンズは俺のように品行方正ってわけだ」

「よく言うよ。誰が品行方正だって?」

「そうじゃなけりゃ、今回みたいな話受けないだろ?」

「それもそうか」

意味ありげにヘンリーが言うと、差し出されたグラスをリュカが受け取りチンっとグラスがぶつかり合う音が響いた。

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