第十話 お見合い


いつもの夕食の席で、祈りをささげる前にリュカが一通の便箋を懐から取り出してみんなに見せた。
何の変哲もない長方形の茶色い便箋。
その中に詰め込まれた手紙には、詰め込められないほどに重要な内容がこめられている。

「ラインハットの王様とヘンリーから返事が来た。ラナとコリンズ君とのお見合いの件は了解してもらえたらしい。日取りはこちらの指定して良いそうだ」

本来ならば喜ばしい知らせであっただろうが、誰一人として喜んでいる者は見当たらなかった。

「本当にいいんだな、ラナ」

「当然ではないですわ、お父様。私はグランバニアの王女ですから」

お見合いの当事者であり言い出したラナでさえである。
ただしそれは、嫌がっていると言うよりも何かをあきらめている様に見えた。

「本当に?」

「ええ、私が望んだことですわ」

しつこく問いただしても、返答は同じであった。
どう見てもその顔は望んでいるようには見えないのだが、この数日でラナの決心が強いことは証明されている。
誰が何を聞いても、頑として口を割らず本当の気持ちを吐き出さないのだ。
だからと言ってまだ十歳のラナに結婚は早いため、リュカは一つ手を打っておいた。

「ただこちらからのお願いで、お見合いと言っても決めるのは婚約まで。最終的な決定はまだ先にしてくれと頼んでおいたから」

「ど、どうしてですの?!」

「それはね、ラナ。ラインハットの今の王様に子供はいない。ヘンリー様は早々に継承権を破棄しちゃいましたし、現段階での王位継承権者はコリンズ君一人のみだからですわ」

「しつも〜ん、私もよくわかんないんですけどぉ」

言い聞かせるようにフローラが説明したが、授業についていけない学生のようにテーブルにあごをついたままビアンカが手を上げた。
フローラとは違い、田舎娘だったビアンカにその辺の知識がないのは仕方のないことである。
行儀の悪さを指摘するように咳払いをしてからオジロンが言った。

「将来的にコリンズ君がラインハットを継ぐわけだが、そこに救世の勇者が嫁いできたらどうなる? 民の人気が王ではなく、王妃一人に向かう可能性がある。事実上、ラインハットはグランバニアにのっとられた形となる可能性があるからだ」

「好きな人と好きに結婚できたらもっと楽なのにねぇ」

嫌だ嫌だといいたげにドリスが勝手に付け加えた。
オジロンとドリスが偶然口にした勇者と好きな人というキーワードにラナの顔色が少しだけ変わった。
一瞬のことであり、本当にわずかな変化であったのでこの場の何人がそれに気づいたであろうか。

「と言うわけで、正式な結婚なんかはラインハット王に子供ができて、継承第一位がコリンズ君から移ったときにね」

ちゃんとした理由を説明され、ラナはしぶしぶ出あるが婚約までという事を了解した。

「解りましたわ。ですがお父様、お見合いの日どりはできるだけ早く、お願いいたしますわ」

「まあ、なんとかがんばってみるよ。それじゃあ、食べようか」

なかなか王族がそろって国を離れる芸当が難しく、早くは無理だろうなと思いつつリュカは祈りのために両手を組んだ。
だが祈りの言葉はともかくとして、頭の中ではこれからの計画が忙しく駆け回っていた。
祈りの間は目を閉じているのが慣わしだが、ふとリュカが目を開けると、もう一人目を閉じていない者がいた。
その人に気づかれないようにリュカが薄目をつくり目を閉じている振りをする。

「………………」

それは祈りを行っているラナを見つめるルカであった。
普段の冷たい顔ではなく、どちらかと言うと厳しい顔つきである。
まだ二人の間で何があったのか把握し切れていないリュカは、見守ることを決め、いつもより少しだけ長い祈りを終わらせた。





あの事件があってから幾分大人しくなってしまった夕食を終え、ラナはまっすぐ自分の部屋へと帰っていく。
まだ夜は長くはあるが、かまって欲しそうに寄ってくるプックルや、世話をしにくる侍女たちをあしらいラナは寝ると言って部屋へと入っていった。
部屋のドアを閉めてそのまま背中を押し付けてため息を一つ。
もう少しで後戻りできなくなると同時に、夢をみる事も、みる事ができなくもなるだろう。
それを安心しつつ、怖くもなってベッドへと身を投げ出した。

「もう嫌、あんな思いなんて二度としたくはないですわ」

震えるように両手を体を抱えると、ここ数日に着るようになったドレスのさらさらとした心地よい感触が手のひらを流れていく。
それでも思い出させられたのは、ルカに斬りかかってしまった時に感じた恐怖とその後に訪れた絶望であった。
何時でも、何処にいても、明確に思い出すことができる。
天空の剣を握る手と、手に伝わる天空の剣の尋常ならざる重み。
それがルカの体へと向かったとき、天空の剣がラナの意識に反してルカを避けるように勝手に動く。
自分が認めたものを守るように。

「私は…………じゃなかった」

地割と浮かんだ涙をこらえようとしたのは一瞬、耐える必要がないとばかりに思い切り流し始めた。
もう強がる必要もなく、聞こえない程度に声を上げてなけば少しはすっきりするのだろうか。
試そうかと喉元まで嗚咽が漏れだす直前で、部屋のドアがノックされてすぐに開き、人影が断りもなく入り込んできた。

「入りますよ、ラナ。断っておきますが、どうせ狸寝入りをするだろうから勝手に入りました」

「っ!」

急いで涙をぬぐって文句を言おうとしたが、先に言われてしまい何も言えずにラナは口をパクパクさせるしかなかった。
なぜならルカの言うとおり、誰が来てもそうするつもりであったからだ。
ただルカの方が自分のところにやってくると思いもよらず、驚きを何倍にも増加させていた。

「……それで、何の用ですの?」

「一つ、貴方に言っておきたいことがありましてね。間違いなく魔王を倒すことができたのは貴方の力です。貴方だからこそ」

「慰めてるつもりですか? 私が勇者じゃなかったから……そうですわね。勇者は誰にでも分け隔てなく優しくしなければいけませんものね」

「ラナ、最後まで」

意地を張ったようにそっぽをむいたラナに言い聞かせようとルカが一歩近寄った途端、ラナがにらんできた。
今一度自分の気持ちがどうだったかを告げるように叫ぶ。

「私だって勇者になりたかった!!」

止めて拭い去ったはずの涙が、またラナの瞳から溢れ出していた。

「そのためにたくさん訓練を積んで、あんなに重い天空の剣を振り回して。女の子だけど、勇者になりたかった。でも……いつまでたっても天空の剣が認めてくれなかった!」

「ラナ、ちゃんと聞いてくれ。天空の剣に認められることだけが」

「それはルカがすでに認められてるから言えるだけですわ。私は認められなかった。あんなに認めて欲しかったのに……」

なんとか落ち着いて欲しいものだが、すでにラナにはルカの言葉の一端でさえ聞こえてもいなかったのだろう。
だからこそなのかもしれないが、ルカを目の前にして口にしてしまっていた。

「すでに認められてるルカがいたから、認められなかった」

誰にだって言われたくない言葉がある。
だからルカは慰める言葉をすべて失い、部屋を出て行くという選択肢もを失い、ただラナの叫びを聞くだけになってしまった。
ラナは自分が何を言ったのかも理解しないままに叫び続けていた。

「だから私はもう、普通の女の子になるの。叶うはずもない夢だけど、それでも諦められないから、結婚して諦めざるを得ない状況に自分を追い詰めなきゃいけないの!」

涙交じりの声が呼吸を乱し、いつしかラナの叫びは嗚咽へと変わっていた。
ベッドの上で抱えたひざに顔をうずめているラナは、しばらくなき続けた後、いつまでも突っ立っているルカに告げた。

「お願いだから、もう思い出させないで。私は普通の女の子に戻るの、戻らなければ辛過ぎますわ」

懇願とも聞こえるつぶやきに、ルカは黙って従い部屋を出て行った。
扉を閉めてもまだ、ラナの嗚咽が聞こえるようで、ルカは逃げるように走っていった。
何人もの使用人たちとすれ違い声をかけられたが立ち止まることはなかった。
やがてその足が鈍りだして立ち止まったのは、息が切れてそれ以上走ることができなくなった時であった。
ルカは力なく壁にもたれて体を預けると、そのそばにあった窓から月明かりのある空を見上げる。

「どうして僕は、奪うことしかできないんだろう」

そして生まれて初めて、誰にも伝えたことのない本音を言葉でもらす。
ラナと同じぐらいの重さを持った、それ以上に長い年月の間抱えてきた想い。

「僕だって好きで天空の剣に認められたわけじゃないのに。認めて欲しくなんかなかったのに」

だがラナとは違い、それを誰かに気づいてもらえたことはただ一度もなかった。

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