第六話 妖精の国へ


サンチョが一生懸命グランバニアの城の中を走り回っている頃、当の本人はキメラの翼を使って妖精の国へとやってきていた。
その隣には当然のようにプックルが控えていたが、その様子はラナとは違い明らかに乗り気ではないように見えた。
だがそれでもリュカの為にと息巻くラナを止めるそぶりは見られない。
おそらくは何があろうとラナを守る自身がそう考えさせているのだろう。

「プックル、いきますわよ。ポワン様にお会いして、お父様のお体に合うお薬の事をお伺いします」

「ガウッ!」

ラナに促されるままに、プックルはその隣を付き従って歩き出した。
妖精の国にある村の一つ。
春風のフルートで春を知らせる役割を持ったポワンが治める村の中である。
ポワンはリュカと同じ人と妖精と魔物の共存思想を持っていることから仲も良く、ラナも何度かこの村に訪れた事があった。
何度も通った事のある道を進んでいくと、やがて蓮の花がたくさん咲く大きな池と、その向こうに社が見えてくる。

「グルゥ…………」

社の中にポワンがいるのだが、そのためには池の上にある蓮の葉の上を歩いて渡って行かなければならない。
水が嫌いなプックルが微かに怯えた声を出したが、恐る恐る蓮の葉に足を乗せた。
プックルが蓮の葉の上でマゴマゴしている間に、ラナはさっさと蓮の葉を渡りきり大きな社を見上げていた。

「少しばかり久しぶりですわね。ねえプックル?」

「ガ……ガウゥ!」

ラナが振り向いたそこにプックルの姿は無く、まだ湖の真ん中辺りの蓮の葉の上にいた。
一応名前を呼ばれて返事をしたものの、普段聞いたことも無いような弱々しい鳴き声であった。

「プックル!」

これが草原の殺し屋という異名を持つ者の姿かとラナがしかりつけるが、プックルを奮起させるどころか意気消沈させてしまった。
しょぼくれて動かなくなってしまったプックルをもう一度しかりつけようとラナが胸いっぱいに空気をためると、その肩にそっと手が置かれた。

「ラナちゃん、誰にだって向き不向きはあるものよ。無理強いはよくないわよ」

「べラさん」

「おひさしぶり。見たところラナちゃんとプックルだけみたいだけど、リュカは一緒じゃないの?」

かつて弟のように可愛がっていたリュカをキョロキョロと探すべラ。
その目は弟とは違う男を捜すようにも見えたが、ラナが気付く事はなかった。
そんなべラの手をとり、妖精の国へとやってきた理由を説明し、ポワンへと会う事が出来るように頼み込んだ。
二つ返事で了承したべラに手をとられ、ラナはポワンが待つ社へと入っていった。

「ガ…………ガウ……」

未だ蓮の葉の上で二の足を踏んでいるプックルを置いて。





「と、言うわけで倒れてしまったお父様に効くお薬に心当たりはないかと思って参りました」

社の中であったポワンと、ラナをそこまで案内してきたべラに、ラナは今グランバニアで何があったのかを洗いざらい喋ってしまっていた。
リュカにどんな薬が合うのか解らなければいけない為にと全て喋ったのだが、どうもポワンの様子がおかしかった。
まるで張り合うときのビアンカとフローラのように額に血管を浮き上がらせて、頬を引きつらせていた。
そのまま表情を固定したままポワンが確認の為にと聞いた。

「それでラナちゃん。リュカはフローラさんというお妃様がいるのに、ビアンカさんを連れてきたのですね?」

「はい、その通りですわ」

「み、見込み違いだったのでしょうか。まさかあの子が愛人などと、世の愚物と同じような振る舞いをしだすとは」

愛人を連れてきたという所がよほど気に入らなかったようで、このままではそのまま苦しんでいなさいと言い出しそうな雰囲気であった。
ラナもそれを察してべラに助け舟を求めたが、こちらもこちらで様子が変であった。

「大人になって格好よくなってから会ってみれば、もう結婚してるんだもん。でも愛人がオッケーなら……」

一人でブツブツと呟いて悦に入っては、怪しげな笑みを浮かべている。
なんと言えばよいのかラナが困っていると、プックルがびしょ濡れになりながら遅れてやってきた。

「ガウ」

そして一言それだけ言うと、じっとポワンの事を見つめ始める。
ラナやべラにしてみれば本当に「ガウ」の二文字にしか聞き取る事ができなかった。
だがポワンには違ったようで、プックルをじっと見つめながら考え込んでいる。
二人がどれぐらいの間見詰め合っていた事か、ポワンの方が先に根を上げた。

「そう、ですね。確かに彼のことですから、欲から愛人などと言い出したわけではないでしょうが。わかりました」

たった二文字の「ガウ」に何が含まれていたのか、ポワンの方が折れた。
そして一度考え込むと心当たりがあるのか、東を指差しながら言ってきた。

「ここから東に行った所に、中規模の森があります。話を聞く限り、そこに生えている薬草が効きそうですね」

「ここから東ですね」

「あれ? ですがポワン様、あの森は今の季節」

何時からか話を聞いていたべラが口を挟んできた。
今の季節という言葉にある事を思い出したポワンは、あわてて説明を加えようとした。
だがすでにポワンの目の前からラナは消え去っていた。

「べラ……ラナはどこですか?」

「あ、あれ? プックルも」

忽然という表現がぴったりな程にいなくなった一人と一匹。
べラが慌てて窓へと駆け寄っていくと、土煙を上げながら疾走していくプックルと、その背にまたがるラナの姿があった。

「ちょ、ちょっと待って〜!!」

本気で叫ぶべラの声が届くはずも無く、二人は東へと一直線に向かって行ってしまった。





「なんだか妙に騒がしいですね」

飛び出していったラナを追い、ルーラを使って妖精の村にやってきたルカとメッキー。
ルーラによる光が収まった後に目にしたのは、ザワザワとざわめく村人達であった。

「何かあったみたいだが、ラナか?」

「でしょうね。何があったかまでは予想できませんが、とりあえず事情に詳しい者に尋ねましょう」

ルカの後を追うようにメッキーが飛んでいく。
どうやら村人達はルカの姿を知っているようで、チラチラとこちらを見てくる。
かなりうざったいと言った表情を浮かべるルカが向かうのは、ここへ来たラナと同様にポワンがいる社であった。
だがそこへたどり着くまでも無く、蓮の花が咲く泉の前でべラがいた。

「あ、よかった。ルカ君とメッキー」

「よう、べラじゃねえか。元気そうだな」

「暢気に挨拶交わしている場合じゃないの。ラナちゃんがプックルと一緒に東の森へ行っちゃったの!」

取り乱して東の森と言われても、住民でないルカとメッキーにはその危険度が計りかねた。
それにラナの腕力とプックルの野生に勝てる魔物などほとんどいない。

「落ち着いて説明してください。具体的にどう危険なのかと、道案内を頼めますか?」

「東の森には今の季節、特別な魔物が出るの」

「なんだ、その程度か。それなら慌てるまでもないだろ。あのコンビに勝てる魔物がいたら、今頃この村が滅んでるぞ」

意図がお互いに伝わっていないのを苛立ったべラが、大げさに手を振り回して言った。

「だから、その魔物がやばいの。力自体は強くないんだけど、特別な幻覚作用のある息を吐く芋虫なの!」

「芋虫……不味いですね」

「不味いな」

ようやく納得してくれた二人にややほっとしているべラだが、またしてもお互いに少し意図が伝わっていなかった。
ルカとメッキーが不味いと呟いているのは、芋虫という点にである。
二人の脳裏に、かつてたった一匹の芋虫を目の当たりにしただけで、あたり一体を破壊しつくそうとしたラナの姿が駆け抜けていた。

「ラナが森を破壊しつくさなければいいのですが、急ぎますよメッキー。べラさんも道案内をよろしくお願いします」

何かが違うと思いながらもべラは頷いていた。

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