第五話 持病の悪化


ビアンカが公然と愛人としてグランバニアに来てから一週間が経った。
公然と言っても、それはもちろん王宮の中のみの話であって、街の人々の営みになんら変化は見られなかった。
その分、王宮内の雰囲気は一週間前とすっかり変わってしまっていた。
一瞬でも気を抜けば王妃と愛人の言葉と肉体で争う音が聞こえてくる始末。
王宮内の王妃と愛人以外は一言で、疲弊と表現する事ができた。

「リュ〜カ〜く〜ん」

「嗚呼、すみません。ごめんなさい。なんかも〜生きててすみません」

そしてそんな二人をいさめるべき立場にいるグランバニア王とは言うと、執務室で種を超えた友であるメッキーに土下座をしていたりする。
土下座相手のメッキ―はと言うと、羽が一部むしられていたり、木の小枝が刺さったりなど、程よくズタボロであった。
そんなメッキーも床に何度も頭を打ちつけ血を流すリュカの様を見て、さすがに気の毒になったのか一時怒りを心にしまいこんだ。
一度冷静になると、まだ以前のルカの薬の効果が残っているのか煙を振りまきながら人の姿をかたどる。

「その……なんだ、俺もお前を怒りたくて来たわけじゃないんだ」

「本当かい、メッキー!」

メッキーの言葉にどんな希望を描いたのか、一転して笑顔になるとメッキーの両手を包み込む。

「俺はお前にあの二人を何とかしろって言いに来たんだ」

「言い方を変えただけで、根本的には同じじゃ! 痛ッお腹が…………」

「だからよ、何処の世界に愛人かこって精神的に追い込まれる奴がいるんだよ。前にも言ったが、お前が王だろ。ビッと決めろ、上から物を言ってやれ。もう一度言う、お前が王だ!」

「僕が……」

「よし、ちょっとそこに立ってみろ。俺が王様としての態度と言葉をレクチャーしてやるよ」

シクシク痛み続けるお腹を片手で押さえながら、リュカは言われるままにメッキーの指定した場所に立った。
そのリュカの隣、一歩か二歩ほどの距離を置いてメッキーもそこに立つ。

「まずは腰に両手を当てて胸を張り、腰をやや前に突き出せ」

堂考えても腰の突き出しは必要ないはずだが、精神的に追い込まれつつあるリュカはその事に気付かず、言われた通りにする。

「そして第一声、今日から私の事をご主人様と呼ぶのだ」

「へ?ごしゅじ」

「今日から私の事をご主人様と呼ぶのだ!」

「き、今日から私の事をご主人様と呼ぶのだ!」

さすがにそこには疑問を持ったようだが、メッキーの勢いに載せられて復唱してしまうリュカ。

「従えばよし、だが従わなくてもそれはそれで良し。第二声、う〜ん、どうやらしつけが必要なようだな。ここは調教と置き換えても良し!」

「ちょ? 調教って」

「う〜ん、どうやらしつけが必要なようだな。ここは調教と置き換えても良し!」

「う〜ん、どうやらしつけが必要なようだな。ここは調教と置き換えても良し!」

またしても勢いにのせられて、余計な所まで復唱してしまう。
メッキーの余計な行動のせいでどんどんリュカの思考力が削られていく。
その事に気付いているのかいないのか、メッキーはリュカが復唱した直後に持ってきておいたチェーンクロスを渡す。
一体何に使うつもりだと思いながらも、リュカはそれを受け取ってしまう。
その時だ、メッキーがチェーンクロスを取り出すのと同時に落とした物がどさりと床に落ちたのは。

「…………あっ」

黒いハードカバーの分厚い本であった。
その拍子には四角い枠の中に白い文字でこう書かれていた。
キメラでもできるハーレムの作り方(ラブラブ編)っと。

「……………………」

「……………………」

男二人の間に、とてつもなく寒い風が吹いた。
さながら北国の真冬のような寒々しい風に身震いをする直前でもあった。
そんな中でぎこちなくではあるが体を動かす事に成功したメッキーは、鳥の姿に戻ると一気に窓から外へと飛び出した。

「すまねえ、もう南へ渡る季節だ」

「キメラは渡り鳥じゃないよねぇ!」

「ふごわぁッ!」

だがそうはさせるかと、つい先ほど自分で渡したチェーンクロスが首に絡まり執務室へと引き戻された。
その際に勢いあまって机の角に頭をぶつけられたのは、恐らくわざとであろう。

「な、なんてことするんだ。今角だったぞ。俺のレベルが低けりゃ一発でお陀仏だぞ」

「それはこっちの台詞だ。今まさに正妃と愛人の板ばさみにあってるのに、これ以上はさむ板を増やしてどうするんだよ!」

「馬鹿、これからまだ増えるかもしれねえだろ。今のうちからちゃんと調教しとかねえと、それこそ地獄だろ」

「これ以上ふぇぶばぞ…………え゛?」

びちゃびちゃっと、コップからジュースを盛大にこぼしたような音が聞こえた。
よくよく見れば、今胸倉を掴んでいるメッキーの羽毛が赤と黒のまだらなはん点へと変貌を遂げていた。
何時からそんなお洒落さんだっけとトンチンカンな事を思いつつ、リュカの視界が斜めへと傾いていく。
固い物にぶつかって傾きが止まった頃には、すでに世界が九十度傾いていた。

「た……た、たた。大変だ、リュカが……リュカが正妃と愛人の板ばさみに耐え切れなくて血を吐いた!!」

止めを刺したのは明らかにメッキーであったが、廊下に飛び出しながらの説明台詞で全ては闇に葬られた。





「少しは落ち着いたらどうなの?」

現在リュカが医者に見てもらっている部屋の外で、心配そうに歩き回るフローラにビアンカが言い放つ。

「貴方こそ足でリズム取るの辞めてくださらないかしら? そのままでは床に穴が空いてしまいますわ」

言われてハッと気付いてみれば、腕を組んで立っているビアンカの足が小刻みにビートを刻んでいた。
お互いににらみ合ってから鼻息を荒くして視線をそらす。

「おいおい、止めろよ二人とも。診断はもう直ぐ終わるんだろ」

この期に及んで言い合いはしないものの相変わらずな二人に、自分の罪を黒く塗りつぶしたメッキーが大人ぶってなだめている。

「メッキーの言う台詞ではないと思いますが」

「なんだよルカ。俺はただ」

「キメラでもできるハー」

「あ〜! 心配だなぁ、リュカの奴! 大丈夫なのか!」

わざわざ人型に変身してルカの口を押さえつつ大声を上げるメッキー。
なんとも怪しげな行動にビアンカとフローラから疑わしげな視線が飛んでいる。
なんでルカが知っているんだと色々突っ込みたいメッキーであるが、二人の手前それすら出来ないでいた。
そんなメッキーを助けるように、丁度診断を終えた医師がドアを開けて出てきた。

「主人の具合はどうなのですか?」

「リュカの具合はどうなの?」

「過度のストレスによる胃炎、胃に穴があく病気です。と言ってもストレスが原因ですので、ストレスのない生活を送れば問題はないかと」

酷く簡単に言ってくれるが、それがいかに難しいかはアンタのせいかと睨み合う二人の美女が示していた。

「良い奴だったのに……」

「貴方にも原因があるんですよ、メッキー。キメラでもできるハー」

「あー、心配だなぁ! どうだ二人とも、コレを気にせめて認め合わなくても意地を張り合わないってのは」

半分ルカに脅されながら、ヤケクソ気味に叫ぶメッキー。
確かにヤケクソではあったが、効果が全く無いわけではなかったようだ。
不満をありありと見せながらも、睨む事を止めた二人がそこに居た。

「主人のためですから……認めたわけではありませんよ」

「認めてもらおうだなんて思ってないけど、リュカのためならね」

そう言って再びそっぽを向き合ってしまうが、最悪の状態は免れたようだ。
これで少しは王宮内が平和になるのかと、メッキーが自分の罪を最果てへと投げ捨てていると、こちらへ走ってくる人影があった。
ノッシノッシと体躯の良い体を揺らして走るサンチョである。

「フローラ様、ビアンカちゃん、それにルカ様も。ラナ様をお見かけしませんでしたか?」

どれ程急いで探していたのか、汗だくとなっているサンチョから聞かされた言葉にそういえばとここにいない王女の事に気付く。
ついでにご主人のピンチにプックルの姿を見かけないとも気付き、四人の中で代表でメッキーが答える。

「そういや、姿を見てないな。こんな時に何処に行ったんだ?」

「それが……坊ちゃんが、いえグランバニア王が倒れられた事を聞くや否や飛び出していかれまして。私はてっきりこちらだと」

一体何処へと誰もが頭を抱える中、メッキーに口をふさがれ抱えられていたルカがやれやれと溜息をついた。

「ラナの考えそうな事なら大体解ります。私がメッキーと一緒に連れ戻しに行きます。おそらくプックルも一緒でしょうから、大抵の事は大丈夫でしょうが」

「おいおい、ルカちょっと待てよ。一体ラナの奴何処へ」

「妖精の国ですよ。妖精なら良く効く薬を持っている。単純なラナが考えそうな事です」

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