第二十二話 海賊の頭


悟りの書とブルーオーブを手にしたまま、フレイは長い時間立ち尽くしていた。
当初の目的であった自分が何者なのかは知ることが出来たが、望みもしなかった事まで知らされてしまった。
世界とアムルを天秤にかけた選択。
本当にそんな選択をせねばならないのか、覚悟など出来るはずもなくフレイは一度戻る事だけは決めた。
呟きながら歩き始めた足は、次第に歩調を速め、走り出した。
松明がかかげられた真っ暗な洞窟内を走り、外へと出て今度は神殿の地下へと続く通路へ。
息が続かなくても足は動かし、やがて今か今かと待ちわびていたレンとセイの姿が見えてくる。

「おや、お戻りになられましたね。どうでしたか、ルビス様の生まれた場所は」

こちらに気付き話しかけてきた大神官を見て足の動きを遅くしていく。
息を整えた後に口から出てきたのは、当然と言えば当然の答えであった。

「とても素晴らしい場所でした。綺麗に整備されていて、さすがルビス様の生まれた場所だと思わされました」

にこやかに答えたフレイの言葉を聞いた大神官が満足そうに頷いていた。
だがさすがに付き合いの長さから、レンやセイはそこに含まれた違和感を敏感に感じ取っていた。
注意してみていればフレイの笑顔も明らかにつくられたものだとわかる。

「ならばフレイ、今夜は宿にでも泊まって詳しい話を聞かせてくれ。私も興味があるな」

「フレイちゃんが行ってる間に俺が一っ走り宿を取ってきておいたからさ」

「それでは、お世話になりました」

ルビス教の大神官がいる場所で話せる話ではなく、フレイは深々と頭を下げて逃げ出すように神殿を後にした。
セイがとったという宿へ向かい、三人で一室に入り込むと厳重にドアに鍵をかける。
フレイは誘われるようにベッドへと腰を下ろし、二人も思い思いの場所に腰を落ち着けるとレンが切り出した。

「何があった?」

いつもながらの単刀直入な言葉にためらいを見せたフレイを見て、セイも言葉を放つ。

「フレイちゃん、俺たちにまで内緒はなしにしようぜ。そんなの寂しいじゃんか」

「見て腰抜かすんじゃないわよ」

フレイは懐に隠していた二つのものを取り出した。
反応はある程度予想通りであり、特に悟りの書を見たセイは椅子からずり落ち、レンは過剰に反応してアマノムラクモの剣に手を伸ばしていた。

「さ、悟りの……書、ここにもあったのか?」

「おい、フレイそれは大丈夫なのか?! お前、何もされなかったか?!」

自分の時のようにありありと警戒を見せた二人に、フレイは伝えた。
元々二冊あった悟りの書、それぞれに違った内容を記されていた事。
その悟りの書を書き記したルビスはアムルのそばにいる事を望み一人に転生してフレイとなった事。
最後に、アムルにかけられたルビスの呪いをとくにはフレイが選択の覚悟をしなければ鳴らない事を。
世界をとるか、アムルをとるか。

「お前が、精霊ルビスの生まれ変わりだと……どうにも、現実感が薄いな」

「でもそう言われると、色々納得できることもあるな。エルフが造った聖域にあっさり入り込めたり、アムルだけじゃなくてフレイちゃんにもオーブが反応したり。悟りの書に選ばれたり」

又聞きである事と、知らされた内容の壮大さに二人からは悟りの書を見せたときのような反応は得られなかった。
ただ聞かされた内容を二人なりに納得した後に、同じ内容を聞いてきた。

「「それで、それを知ってどうしたい?」」

内容の大小はあれ、結局はそこが問題であった。
知らされた事実と迫られた選択。
フレイは、ただ今の自分の胸のうちを正直に答えた。

「アムに会いたい。世界か、アムかなんて選べないし想像もできない。ただ会いたい、会って色んな事を話したい。何を話すのか解らないけど、会いたい。それだけは確かよ」

「まったく、お前は……何を知っても、どんな選択を迫られても変わらんな。相変わらず、アムル、アムルか」

「あ〜あ、精霊ルビスのイメージが崩れちゃうな。精霊ルビスの生まれ変わりが弟大好きなブラコンってさ。燃えるっちゃ、燃えるけど」

「うっさいわね。この気持ちは私のもの、ルビスは関係ないわよ!」

さすがにセイの台詞には拳骨で突っ込みを入れてから、フレイたちは宿泊することなく宿をでた。
一度港に停泊している船まで戻り、船長のドルフにアリアハンに来るように伝えてから一足先にルーラで飛んだ。
魔力の球体に包まれ、一瞬にして景色はアリアハンの街並みの目の前であった。
待ちきれないように走り出したフレイの後をレンとセイが追う。
見えてきた我が家の玄関を蹴り飛ばす勢いで開け放ったフレイであるが、家の中が奇妙に静まり返っていた。

「ただい、ま?」

想像したアムルの出迎えも、ライラの出迎えすらない。
それどころか、家の中がやけに散らかっており、まるで何日も掃除をしていないような様子であった。
わりとマメな母らしくもなく、家の中へと入り込むと奥からダイダが顔をのぞかせた。

「フレイ?!」

「お爺ちゃん、起きてももう大丈夫なの? それに、この家の中の状態は何?」

「すまん、フレイ」

「別に謝らなくても、後で母さんと一緒に片付けるから。それでアムは?」

暗い顔で謝ってきたダイダに軽く答えアムルの居所を聞くも、同じ言葉が繰り返された。

「すまん、フレイ。ワシのせいだ。アムルがいなくなった」

「え?」

「お前が出て行った数日後にパッタリ姿を消してしまい、ワシの看病の疲労と心労から今度はライラが倒れてしもうた。アムルの行方は、いまだわからん」

どういうことか頭がついてこれず、体が先に理解するように床に座り込んでしまっていた。
アムルがいなくなった。
それも以前のように戦えるわけでもなく、その辺の子供とさほど変わらない強さしかないアムルがである。
じわじわとせりあがってくるのは、置いていくべきではなかったという後悔であった。





もがいてももがいても、自分の小さな体は大海の荒波に弄ばれた。
苦しさから空気を求めれば望みもしない海水が口の中に押し込まれ、辛さよりも痛みをアムルにもたらした。
板切れと荒縄で造った簡素なイカダは嵐に見舞われて数分と経たずに大破していた。
死と言うものを実感する暇もないままに、アムルはまさに藁をも掴もうと手を伸ばした。
そこで世界に光があふれ出した。

「眩しい、あれ……ここどこ?」

ベッドに寝かされていたアムルは、何かを掴もうと天井へと向けて手を伸ばしていた。
その手を意味もなく何度か開いては握り、むくりと起き上がる。

「お、アイツが言った通り、ぴったりの時間に起きたな。どうだい坊や、体の調子は?」

坊やという表現にピクリと眉を動かしたアムルは、話しかけてきた女性を見て目を丸くした。
ビキニのような布で胸を覆い、下は短くカットされたズボン。
厚めの紺色コートをはおり、燃えるような色のな髪を腰まで伸ばした女性であった。
レンほどではないが同じぐらいに背も高く、腰には曲線を描いた変わった剣を挿している。
誰だろう、そうアムルが小首を傾げていると彼女の赤髪の中からキーラが顔を出しアムルへと飛びかかった。

「ピーッ!!」

「あ、キーラ。無事だった……無事? 俺、海で溺れて。どうなったんだっけ?」

フレイを追って海へと繰り出し、嵐でイカダが壊れた以降の記憶がアムルにはなかった。
もしかして目の前の人が助けてくれたのかと思ったが、そうではなかったようだ。

「坊やを助けたのは別の人間さ。俺はそいつから坊やの面倒をまかされただけさ。まあ、坊やみたいに可愛い子をうちの連中に預けたりなんかしたら、一日もたたないうちにカマ掘られちまうからね。感謝しなよ」

「カマ、掘る? よくわかんないけど、ありがとう」

「かー、思ったとおり可愛いねえ坊や。こんな純真無垢一直線の坊やがこの世にいるなんて。普段むさい馬鹿の相手ばかりだと癒されるよ!」

いきなり胸を押し付けるように抱きしめられ頭を撫で付けられたアムルは、何一つ理解できていなかった。
とりあえず助けてくれたのが目の前の女性でない事は確かだが、一体誰が、どうやって。
それに肝心のここが何処なのかと言う事さえ。

「うわっぷ、あの……むぐぐぐ」

「潮風に痛んでいない髪、海の匂いのない体。ああ、本当に食べちゃいたいぐらい」

「あの〜、お頭?」

どうやらわざと胸にアムルの顔を押し付けていたようだが、その猛攻も遠慮しながら割り込んできた言葉にとめられた。
アムルを人形のように振り回していた手をとめると、多少顔を赤くしながら声をかけてきた男を睨みつける。

「てめえ、ノックぐらいしやがれ。俺の部屋には病人がいるんだぞ!」

「いやノックはしましたがね、その病人をお頭が……」

「ああ、クソ最初から見てやがったな。ぶっ殺すぞ、どうせアイツだろ。すぐ行くとでも伝えとけ!」

今にも腰の剣を投げつけそうな剣幕に、女性をお頭と呼んだ男は逃げ出すように駆けて行った。

「たく、順番が狂っちまったね。まだ自己紹介すらしてないってのに。本当は嫌だけど、手短に終わらせるしかないね」

本当に嫌そうに無造作に髪を掻き分けながら、女性は言った。

「俺の名前はサニィ、世界中の大海原を舞台に暴れ回る海賊さ」

「か、海賊?!」

「そう、坊やは海賊は嫌いかい?」

「嫌い、ではないけど……ちょっと怖い」

布団の中へと消えてしまいそうにもぐりこんで言ったアムルを見て、サニィは笑い出した。
あまりにも正直な物言いにおかしくなったのだ。
おなかを抱えて笑っていたサニィであるが、あることに気がついた。

「そう言えば、坊やは海賊と聞いても俺が女だって事は特に言わなかったね」

「だって女の女王様には二人会ってるし、世界一強くなろうとしてる女剣士も知ってるもん。別に珍しくないと思うけど」

「珍しくないときたか。こいつは俺としたことが一本とられたな」

そう言ってまた笑い始めたサニィを見て、アムルはもぐりこんだ布団から少しだけ顔を出した。
よく笑うサニィを見て、海賊というイメージの修正をはかったのだ。

「ついてきな坊や、坊やを助けた男に会わせてやるよ」

サニィに連れられて部屋を出てしばらくすると、確かにここが普通の家ではない事がわかり始めた。
家の中に漂う空気に潮風が染み付いており海に近い家だとわかるがそんなことではない。
サニィをお頭と呼ぶ、日によく焼けたたくましい体を持つ男達。
サニィ自身は余り怖くないもののそれらの男は怖かったアムルは、置いていかれない様に歩調を速めた。

「この部屋にいるのが坊やを助けた男さ。おい、俺だ。望み通り坊やを連れてきてやったよ」

そう言ってサニィがドアを開けた向こう側にいる男を見た瞬間、アムルは体中の力が抜けたように座り込んでしまっていた。
ここに来るまでにすれ違った男達や、海で覚えた恐怖ですら及びもしない恐れ。
ガチガチとアムルが歯を鳴らし出した事にサニィも気付き、話しかける。

「坊や、大丈夫かい。何をそんなに」

「シン……なんでシンがここに」

蘇ったのは魔王バラモスと死闘を演じたその姿であった。
たった一人で魔王を、そして大勢の魔族を退ける力を持った闇の勇者。
そのシンが扉の向こう側にたたずんでいたのだ。

「ちょっと話が違うじゃないか。アンタを見ただけで怯えるようなこの子に、どう戦えって言うのさ」

「戦う、俺が? 嫌だ、戦うなんて嫌だ。もう二度と、失いたくない。戦いたくなんてない!」

全身を覆うように両腕で自分を抱きしめ始めたアムルを見て、サニィがシンを睨みつける。
するとシンはまたしても無言のまま行動だけを起こした。
アムルの前まで歩み寄ってくると、旅人の服の代わりに着せられた服の襟首を掴んで持ち上げる。
すぐさまサニィが止めようとするが、顔全体を覆う漆黒の兜の奥から射すくめる。
はっきりとは見えないはずの瞳の眼力に女性は踏みとどまらさせられ、シンはアムルを掴みあげたまま歩いていく。

「ちょっと待ちな。話が違いすぎる、事と次第によっちゃ約束はなしだよ!」

サニィの剣幕に、部下らしき男達も廊下や部屋から事の成り行きを見ていた。
シンが歩き出したまま家を出て、すぐそばの浜辺までアムルを連れてくると投げ捨てるように下ろした。
這い蹲りながら逃げだそうとしたアムルの目の前で一振りの剣を振り上げる。

「ひッ!」

振り下ろされた剣は、砂浜の上へとつきたてられていた。
両手で抱え込んでいた頭を上げて突き立てられた剣を確認したアムルは、助けを求めるようにサニィを見た。
だがサニィの視線はアムルにではなく、シンへと向いていた。

「確かに俺は、よりすぐれた男にレッドオーブを渡すと約束した。だが坊やはどう見たって子供じゃないか。どうしても欲しいのならレッドオーブは渡す、それでも駄目かい?」

「お頭、アレは先代の先代。ずっと先の頭から受け継いできた大切な」

「お前達は黙ってな。俺は今、コイツと話してんだ!」

答えるよりも前に、シンは砂浜に突き立てたのとは別の剣を鞘から解き放った。

「そうかい、交渉決裂って奴だね。悪いが俺は顔も見せないアンタより、坊やの方が好みなんだよ。勝ち目がないとわかっていても、やってやろうじゃないか」

サニィが剣を抜いた事で、これまで傍観に徹していた部下達が騒ぎ出した。
得体の知れない珍客の実力は定かではないが、頭が戦うと決めたのなら従うのが海賊である。
武器を持たぬものはアジトへと飛んで戻り、持っていたものたちは鞘から刃を解き放つ。
一触即発の雰囲気にシンがアムルをおいて、サニィを筆頭とした海賊達へと振り返る。
ゆっくりと持ち上げられた右腕が真っ直ぐサニィたちに狙いをつけた。

「ま、待って!」

アムルの声に、ピタリと真の右手の動きが止まる。

「戦うから、戦うから誰も殺さないで。姉ちゃんたちも剣を納めて、俺がやるから」

「馬鹿な事を言うんじゃないよ、坊や。子供に太刀打ちできる相手じゃないよ」

「それでもいい。誰かが死ぬよりはいいよ!」

歯を食いしばり涙を拭ったアムルは、砂浜に突き立てられた剣へと手を伸ばした。
引き抜こうと力を込めるが剣はびくともせず、突然ぐらつき倒れこんできたそれを前にアムルが尻餅をついた。
倒れこんでくる刀身を前に小さく悲鳴を挙げたが、もう一度柄に手を伸ばし持ち上げる。
やはり今のアムルの筋力では刀身まで持ち上げる事はできず、刃は砂浜に刺さったままで柄だけ持ち上げる。

「重い……シン、これでいいんだろ。俺がやるよ」

持ち上げていた右手を下ろし、シンはゆっくりとアムルへと歩き出した。
歩いてくるシンを見て、アムルは逃げ出したかった。
泣いて許しを請いたかった。
だがそれでシンは許しはしないだろう、シンの殺戮をとめられないだろう。
ならば唯一できるのはシンが満足出来るほどにいさぎよく負けることだとアムルは思っていた。
それが謝った選択とも気付かずに。

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