第十九話 フレイの迷い


フレイは書類の束を胸に抱えながら、アリアハンの王宮内を歩いていた。
旅に出ていたとはいえ宮廷魔術師の弟子であるフレイは、次期宮廷魔術師の候補でもある。
アムルのように家で遊んでいるわけにもいかない。
オルテガの娘だと言う七光りはあるものの、他の候補者達に遅れをとらないように気をつけなければならない。
ならないはずなのだが、どうにもここ最近仕事に身が入らなくなっていた。
気がつけば窓から遠い空の果てを眺めて呆けている事が多い。

「私、ここで一体なにしてるんだろう」

ハッと自分の言葉に我に代えると、またしても廊下で立ち止まり窓から外を眺めている事に気づいた。
慌てて目的地を思い出し歩き出すが考えが止まらない。
仕事の時以外はいつもアムルと一緒。
最近は寝るときもお風呂も一緒で、仕事に出かける前のいってきますのキスまでするようになった。
もちろん母と祖母に隠れてほっぺたにであるが。
否定する気も失せるほどに、自分がアムルを異性として好きなのは自覚していた。
ならばもう開き直るしかないのだが、ならば何故空虚な気持ちになるのだろうか。

「違う、多分。この気持ちはアムルとはまた別、私自身について。私だけなんだ。四人の中で、ルミィも入れると五人の中で私だけ……」

またしても自分が立ち止まってしまっていたが、フレイは構わずそばの窓から遠い空に想いをはせた。
辛く厳しい事も沢山あったが、反面楽しい事や多くの出会いを経験した旅。
旅立った事に後悔などあるはずがないが、旅が終わってしまった事にフレイは後悔を抱いていた。

「私だけ、中途半端に終わっちゃった。アムは自分の意思で勇者の力を捨てた。レンは強くなってジパングを救い、今も強くなろうとしてる。セイは妹の敵を討って、またダーマで尽力してる。私だけがなにもしてない。そもそも私は、私が旅立った私だけの理由はなに?」

父を探すという目的もあったが、それはアムルだけでなくアリアハン全土の願いでもあった。
アムルにはさらに父から勇者の称号をもらう目的があった。
なにもなかったのは自分だけであり、旅立った理由はアムルと離れたくないという依存だ。
普段アムルを姉と言う立場から守っているようにみせながら、その実依存し頼りきっていたのは自分の方だったのだ。
だからアムルが強くなり自分から巣立つのが怖かった。
いつかレンにも指摘された通り、だからこそ心の底からアムルに強くなって欲しいと思えなかった。

「私は何がしたかったんだろう?」

アムルの力を封じてしまうルビスの呪い。
かと思えばレンに聞いた話では、行方知れずのはずの精霊ルビスがこの身に宿ったと言う。
悟りの書が行っていた貴方様というのは一体。

「私って一体何なんだろう?」

次から次へと湧き水のように自分自身への疑問が浮かぶ。
喉が渇き、湧き水を欲するように知りたいと思う。
知りたい、自分が何なのか。
勇者オルテガの娘、それ以上に何かあるのか。
ルビスと、どういう関係があるのか。

「精霊ルビスって一体何なの? 私に何をさせたいの、アムルに何を求めているの?」

ふとポルトガ王が教えてくれた精霊ルビスは何処から来て、何処へ行くのかという疑問が浮かぶ。
精霊の中でも一際大きな力を持った人や世界の創造主。
そういった一般的な知識ではなく、もっと……何故姿を消したのか。
人に謝罪の言葉を残して姿を消してまで、一体何がしたかったのか。
叫び出してしまいたくなるほどの疑問の嵐が脳内で渦巻き、頭を抑えてフレイがよろける。
ついには膝が崩れ、窓枠に手をつき体を支えた時に、それは見えた。
先ほどまで見ていた遥か彼方に、雷雲の如く黒い雲が広がっているのを。

「なに、あれ?」

「遅かったか」

突然振って沸いた声に驚き振り返ると、そこにはフレイの師匠であるアリアハンの宮廷魔術師の姿があった。
普段研究室から滅多に出ることのないはずなのに、フレイを探し回っていたのか息も切れ切れであった。
老いた体から顔まで黒いローブで覆い隠したその人は、途切れそうになる声で伝えてきた。

「もうじき、完全なる闇がアリアハンに現れる。フレイ、アムルを守るのだ。いまや光とも呼べぬ小さな光に、己を守る術はない。私は王にこのことを報告する。お前も急ぐのだ」

「闇、バラモス? 魔族が、来る」

内容を掻い摘み呟いたフレイは弾ける様に飛び出していた。
師事を受ける相手への敬礼もなしに、抱えていた資料を放り出してまで駆け出していた。
王宮を飛び出すと、すでに街の住人達も遥か彼方の空に見える異変に気付いていた。
つい先ほどまでは黒い雷雲にしかみえなかったそれは、遠目ながら飛竜に乗った人影だとまでわかるぐらいになっていた。
パニックを起こす住人達の合間を縫いながら、フレイは実家へと駆けつけ蹴破る勢いで扉を開けた。

「お母さん、お爺ちゃん。アムは!」

「どうしたのフレイそんなに慌てて。表も騒がしいようだけれど、何かあったの?」

「バラモスが、魔族が攻めてくるの。奴らの狙いはアムに間違いないわ、お師匠様もそう言ってた。アムは、どこ?!」

まだ半信半疑と言う様子であったライラは、絶望的な答えを口にした。

「街の外に、木の実を取りに行くって」

「こんな時になんてことなの。私が探しに行くわ。お母さんはお爺ちゃんと一緒に城にあがって。そのうち避難命令が出ると思うから」

「フレイ、待ちなさい。フレイ!」

再び飛び出していくフレイを呼び止める声が聞こえたが、フレイは立ち止まる事はなかった。
師に言われたとおり、今のアムルには戦う力が、その意思さえないのだ。
おそらくはキーラがそばにいるだろうが、魔族の大舞台となると安心の材料とはなりえない。
城へと避難を始めた街人の流れに逆らうようにしてアリアハンから飛び出したフレイは、レーベへと続く街道の途中にある北の森へと向かった。





魔物に遭わないようにキーラの案内で北の森へと来ていたアムルは、その異変をキーラの叫び声で気付いた。
近くに魔物がいるのではなく、これから危険が迫ると言う声に促され西の空を見上げる。
木々の隙間から見えた魔族の大軍に持っていたかごを取りこぼす。
拾ったりもいだ木の実があふれかえるが構っている余裕などありはしなかった。

「戻らないと、フレイの所に」

「ピーッ!」

「でもフレイが。戻らないと探しに来ちゃうかもしれない」

森から出るなと言うキーラの叫びを無視してアムルはアリアハン目掛けて走り出した。
だがこの場合はキーラの方が正しかった。
すでにアリアハンへと向けて魔族たちの竜が降下を始めており、そこへアムルが戻れば間違いなく見つかってしまう。
案の定一匹の竜が大軍を離れ懸命に走るアムルをからかうように低空飛行で風をぶつけてきた。
竜が生み出した突風をもろに受けたアムルは地面を転がされ、易々と倒れ伏す。

「うぅ……痛い」

軽度にすりむいた膝を押さえ、立ち上がる前に彼女はアムルの前に姿を現した。
操っていた竜を地面に下ろし、その背から飛び降りる。
薄い緋色の髪を両側で縛った子供っぽいなりは変わらないが、瞳に宿る自信と意思は格段に違っていた。

「久しぶりね、アムル。ジパング以来かしら。都合よく外にいてくれるなんて、探す手間が省けたわ」

「チェリッシュ」

目指すアリアハンは真っ直ぐ前だというのに、アムルは自然と後ろ足を引いていた。

「バラモス様が貴方にお会いになるわ。一緒にきなさい」

「嫌だ、俺はフレイの所に行くんだ」

「貴方には拒む力もないと言うのに? いいえ、貴方は私の言葉に逆らえない。貴方は強くなって戦うという私との約束を違えた。貴方には私の言葉に従う義務がある」

後ろ足を引くだけにとどまらずアムルはチェリッシュを直視する事すら出来なくなった。
チェリッシュの言う通り約束を違えたのは事実なのだ。
もう自分は戦えない、力を望む事すら許されていない。

「ねえチェリッシュ聞いて。仕方がなかったんだ。そうしないと、俺が力を捨てないと兄ちゃんが」

「アムル、あまり私を刺激しないで。これでも結構自分を抑えているつもりなのよ?」

見せ付けるように持ち上げたチェリッシュの右手は左手に押さえつけられながら震えていた。
放っておけばくびり殺そうとする利き腕を、チェリッシュは必死に押さえつけていたのだ。
バラモスが会うと言った以上、まだ殺すわけにはいかない。
どんな理由があるにせよ、仕方がないと力を捨てたアムルは、生きているだけでもザイオンに対する冒涜である。

「私が貴方を殺す前に。大人しくついてきなさい」

首を横に振ることなどできなかった。
チェリッシュの竜に乗せられたアムルは、魔族たちの手によって不気味な十字架の前へと連れて行かれた。
反発するもすぐに頬を叩かれ、痛みを訴える間もなく誰かの拳が鳩尾へと突き刺さる。
叩きつけるように十字架に押し付けられ、体の自由を奪う鎖が何重にもまかれていく。
その間に見えたのは何百といる魔族や一部魔物たちと、怒声とも罵声とも区別のつかない声の唸りが叩きつけられる。
助け出そうとしたキーラもすぐに排除され、貼り付けられた十字架がよく見えるように大地に突き立てられた。
自分の重みで巻きつけられた鎖が腕に食い込み、先ほど殴られた場所がジワジワと痛みを訴える。

「怖い、痛い。チェリッシュ、許して……フレイ、レン……兄ちゃん、助けてよ」

許しを求めたられたチェリッシュは、傷つき涙をこぼす哀れな姿に苛立ちと共に目をそらす。
代わりに答えたのは、歩み寄ってきた一人の青年であった。
その青年が現れると同時に多くの魔族たちはその場をさがり、チェリッシュは深々と頭を下げた。

「たいした才能だな。無力さを示す声でさえ、ここまで苛立ちを覚えさせるとは。オルテガの息子よ、私がバラモスだ」

「バラ……モス?」

名前を反芻したアムルの頭に刹那の間だけ疑問符が浮かび、すぐに跡形もなく消え去っていった。

「貴様にはずいぶんと部下達が世話になったようだが、それも今日までだ」

何かをたくらんでいる邪な笑みを綺麗な顔に浮かべたバラモスは、両腕を広げ声を高らかに上げた。

「聞こえるか、大罪人たちが創りあげし国の王。そして民達よ!」

バラモスの声は、魔力の力を借りて天からアリアハン全土へと広がっていく。
アリアハンの何処にいようと、まるですぐそばで声を発しているように響いていた。

「これより我らに歯向かい同胞に苦しみを与え続けてきた大罪人の中の大罪人。オルテガの息子、アムルの処刑を開始する。止めたくば、それなりの行動を起こすがいい。だが私が気が長いほうではない。三十分で決めろ」

「猶予を与えるおつもりですか?」

「私がそれほどまでに優しい人物に見えるのか? 猶予ではない、与えるのは絶望だ。チェリッシュ、準備をしておけ」

言われてすぐにバラモスが何を望んでいるのかチェリッシュにわかった。
バラモスが与えようとしているのは絶望ではなく、憎しみであり、与えられるのは処刑と聞いて恐怖から泣きはらしているアムルである。
数多くの屍をアムルの前にさらし、憎しみや怒りから勇者の力を取り戻させようとしている。
チェリッシュも方法はどうあれ、アムルが力を取り戻す事になれば望むところだ。
ただ魔族全体の事を考えると、やはりこれはバラモスの部下達に対する裏切りである。
アムルに力を取り戻させバラモスに何の益があるのだろうか。

「さあ、答えは。傍観か、救出か!」

アムルの泣き声をバックミュージックにして経った三十分後、バラモスの再度の問いかけがアリアハンに響く。
答えは、言うまでもないものであった。
アリアハンの街へと続く門から騎士団が、多くの名も知れぬ冒険者達がその姿を現した。
何処からともなく進めと号令が発しられバラモスへと向けて動き出す。

「それで良い。チェリッシュ、消し飛ばせ。跡形もなく」

「はい。灼熱を母の温もりとし、爆風を子守唄に生まれた力あるものよ。全てを塵と化すべく、その産声をあげなさい」

アリアハンの騎士団が唸りを挙げると、バラモスを中心に布陣していた魔族たちも反発の声をあげる。
そんな中でチェリッシュの手から光り輝く巨大な竜が生まれた。
甲高い響くような声を出しながら天を仰ぎ見るその姿は、まるで神の使いの如き神々しさまで備えていた。
つい先ほどまでアムルを救出すると言う堅固な目的も持った騎士団たちの足が鈍る。
すぐに思い直し、再びバラモスへと突き進むが、助けられようとしているアムルの考えは違った。
原理はかけらもわからないが、チェリッシュの召喚は普通の魔法の威力を遥かにしのぐのだ。

「皆、逃げてよ!」

「その力をもって、全てを光の中へ帰しなさい」

一時痛みを忘れて叫んだアムルの叫びもむなしく、チェリッシュの命を聞いて光の竜が飛んだ。
一直線に迷うことなく、騎士団の中へと突っ込むと地面に触れるそばから弾け光が球体状になって広がっていく。
すさまじいエネルギーの光に目を開けていることは叶わず、バラモスと術者であるチェリッシュ以外は全員目を地に伏せ腕で顔を覆っていた。
閉ざされた視界の変わりに届くのは、爆風にのって漂ってくるのは熱だけでなく人が蒸発する匂い。
我慢しきれずアムルはこみ上げてきたものを口から吐き出そうとしたが、とある叫びがそれを中断させた。

「うそ……お爺ちゃん? お爺ちゃん!」

「フレイ? 爺ちゃんって、あの中に? 嘘だって言ってよ!」

おさまり出した光に耐えて声の方をみると、近くで助ける隙をうかがっていたのかフレイがいた。
隠れていた大き目の岩から飛び出し、光の中心へと叫んでいた。
声は爆音と爆風で遠くまでは届かなかったが、アムルまでは届いていたのだ。
バラモスに届いていないはずもない。
光が収まり八割方騎士団を消し去った状況を見やってから、バラモスが次を命ずる。

「チェリッシュ、次はあの女を消し飛ばせ」

「申し訳け、ありません。イオナズンとの命の合成は……まだ、無理があったようです。少し時間を……」

「ならばこの私が直接手を下してやろう。オルテガの娘よ、覚悟は良いか?」

言われてから自分が隠れている場所から飛び出していたことに気付いたフレイは、漠然と自分が死ぬイメージが頭を駆け抜けた。
つい先ほど先陣をきっていた祖父が光の中に消えたばかりで無理もない。
それに加えて、バラモスを見た瞬間にその手に収まった剣に身を引き裂かれても仕方がないとまで思えた。
恐怖からではなく、バラモスにはその権利があるのだと、妙な納得の仕方をしてしまっていた。

「バラモス、フレイに手を出すな。出したら殺す。殺すからな!」

言葉ではどう言おうと、アムルにはまだ鎖の戒めから抜け出す力が沸いてはいなかった。
ガチャガチャと鎖を揺らし、腕の皮が擦り切れ血を流すのが精一杯である。

「まだ憎しみが足りないようだな。力を捨てる事を望んだ高潔な勇者様は、愛する者の血を御所もうか?」

腰が砕けて座り込んでいるフレイに歩み寄ったバラモスが剣を振り上げると、二つの魔力の球体が近くに落ちた。

「アムル、フレイちゃん!」

「フレイから離れろ、貴様!」

「今さら現れようと、生贄の数が増えたにすぎん」

たどり着いた魔力の球体が弾け、その姿が完全に現れる前にバラモスは剣を振り下ろしていた。
ミシリとアムルを縛っていた鎖と十字架が悲鳴をあげた直後、駆け寄ろうとしていたセイが叫び声と共に胸を抑えながら転んだ。
レンが名を呼び駆け寄った事でアムルが我に返り、鎖の悲鳴もそこで途切れる。
助けも間に合わないとフレイが顔の前で両腕を交差させると、凶刃よりも先に魔力の球体が空から落ちてきた。
フレイとバラモスの剣の間に入り込んだ魔力の塊が、刃を押しとどめた。

「貴様か」

来る事が予定されていたように、驚き一つない声であった。
バラモスの目の前でフレイを守るように剣を盾にしているのは、漆黒の甲冑と兜に身を包んだ男であった。
かつてアムルに対し闇の勇者と名乗り、フレイの命を狙ったシンが今フレイを守っていた。
受け止めた剣を弾くと、シンの足がバラモスの腹部にめり込み吹き飛ばす。

「くっ、全てを潰す白光を我に与えよ。べギラゴン!」

吹き飛ばされた体から後ろに足を突き出しとめると、剣を納めたバラモスが両手を前に突き出していた。
放たれた閃光の奔流はフレイもろともシンを飲み込もうと突き進む。
それに対しとったシンの行動は、フレイを連れて逃げるでも、かつてダイダがギラに対してしたように剣の腹を盾にするでもなかった。
上段に剣を振り上げ、迫り来る光が物質であるかのように剣を振り下ろした。
目を疑うような光景であった。
裂かれた閃光は二人を避けて突き進み、はるか後方の誰もいない場所でその威力を発揮する。

「呪文は効かんというわけか。ならば純粋に剣技のみで勝負、面白い」

一人で呟いているとバラモスが押されているように見えるが、そうではなくシンが一言も喋らないのだ。
以前はあれほど感情的だった男であるのに、一言も声を出さない。
バラモスを前に萎縮しているにしては、べギラゴンを切り裂く所など動きにそういったふしはない。
何も語らず剣を振り上げ、シンはバラモスへと向けて駆けた。

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