第七話 オロチ塚


アムルがデイダラと共に剣造りに入った頃、フレイたちはオルテガがオロチを封印したと言うオロチ塚にまでやってきていた。
その場所は都から東へと向かった丘にある盛り上がった大地が口を開けた洞窟であった。
オロチ塚の近くまで来たのはいいが、とても勇んで洞窟へと入っていける状態ではなかった。
あたり一面の草花はオロチ塚の洞窟から吹き出る熱風で水分を奪われて枯れ果て、洞窟を構成する岩も所によっては溶け始めている場所さえある。
オロチがいる場所どころか、オロチ塚に入る事さえ難しい。

「これはまた酷いな。近寄っただけで肌が焼かれそうだ」

「別に無理に入っていく必要はないんじゃないのか? あくまで俺らが頼まれたのは避難と戦いの準備が終わるまでの時間稼ぎ。下手に封印を破ろうとするオロチを刺激しなくても、フレイちゃんもそう思うだろ?」

オロチ塚から吹き出る熱風から肌を守るように腕で顔を覆いながらセイが尋ねる。
だが返答がないため振り向いてみると、どこか上の空なフレイがそこにいた。

「フレイちゃん?」

「え、なに? 熱ッ、なにここ!」

セイが振り向いた拍子に熱風の遮蔽範囲が狭まり、フレイにまで届いたようだ。
咄嗟にセイやレンの背後に回りつつ、手のひらにヒャドの要領で集めた冷気で顔を冷やしはじめた。
どうやら質問以前に、オロチ塚にたどり着いた事でさえ気づいていなかったようだ。

「フレイ、呆けている場合ではないぞ。正直今回ばかりは私もお前をかばう余裕すらないかもしれないのだ」

「わ、わかってるわよ。アムもいないんだし、それであんな洞窟にどうやって入っていくのよ。五分もしないうちに湯でダコになりそうよ」

「だからそれをどうするのかを決めようとしていたのだ」

ひとまず決戦前だと言う事で苛立ちを抑えて、熱風を避けるように岩陰に避難してからレンは問いただした。

「気になるのか、姉上が言っていた事が」

ヒミコが言っていた事とは当然、オルテガの子供としての自覚。
普通ではない、力のことである。

「そりゃあ、ね。私は今まで少しぐらい他の人よりもちょっと魔法が得意なぐらいにしか思ってなかったもん。アムの魔法剣みたいに特別な事ができるわけじゃないし。もちろん父さんなんて雲の上の話。ルビスの呪いだって、まだ信じたくないのが本音よ」

向きになるのではなく、淡々と現状を認めた言葉に反論のよりは少しもなかった。

「確かに、普通過ぎる程に普通だな。強いてあげれば、魔物であるキーラに好かれてることぐらいか」

「ピー」

「この子を最初に連れてきたのはアムの方よ。私はアムから紹介されたの」

懐から這い出してきたスライムのプルプルした頬を人差し指でつつきながら、フレイはそう説明した。
つまりしいて挙げられた唯一の点も、アムルの方が先と言う話である。
あくまで普通だと言う意見を曲げないフレイに対して、レンはわかったとばかりに肩で大きく息を吐いた。

「もう、それならそれでかまわん。本当に何か力があるのなら、時がくればわかる事だ。それよりも今は、あのオロチ塚をどうするかだ」

「一応入るぐらいはできると思う。熱風を防ぐ魔法なら使えるからな」

「それって……フバーハのこと? アンタなんでそんな高等魔法が使えるわけ?」

二つの意味で思わぬセイの言葉にフレイが目を丸くするのも当然である。
吹雪や火炎と言った事前現象に近い現象を和らげる魔法は、フレイが言ったとおり高等魔法で、その使い手はかなり少ないのだ。
教会の神父クラスではなく、神殿などにいる神官や司祭と言った高位の位を持つような人物にしか普通は使えないはずだ。
だが驚くフレイとは対照的に、レンはむしろその方が自然のように受け流している。

「フレイ、今は問いただしている場合ではない。それもいずれセイの口から話されるはずだ」

「アンタ少しは知ってるみたいね。アタシはアタシのことだけじゃなくて、仲間のことすら知らなかったんだ」

「もうすぐ話すつもりではいるよ」

恨めしそうな声に少しだけ罰の悪い顔をしたセイであるが、それでもまだ話すつもりはないようであった。

「では結論に入るぞ、私はオロチ塚の奥に入りオロチの足止めをかけるに一票」

「俺はオロチが現れるまでここで待機に一票」

三人のうち二人が即座に意見割れし、同時に残り一票を持つフレイを見た。
自分の一票でどうするかが決まってしまうため、やや長い間思案に暮れるフレイ。
そして、決めた。

「危ないと思ったらすぐにリレミトで脱出は可能よ。だから、私もオロチ塚に入るに一票」

フレイが決断すると同時に、三人はオロチ塚へと向けて足を踏み出した。





オロチ塚に入りしばらくして発見した、元人であったろう物体に手を触れていたレンは、自分を見つめるフレイへと静かに首を横にふった。
奥から吹き上がる熱風と、熱せられ赤く発光しだした足元の岩に体中を焼き尽くされ絶命していたのだ。
本来このオロチ塚に住み着いているらしき魔物ですら、時折フレイたちを無視して外へと逃げていくこともある。
この熱さではひとたまりもなかったであろうが、死体を調べた理由は他にあった。

「レン、その人……」

「ああ、肌は黒こげで見る影もないが、魔族だろう」

レンが調べていたのはもう一つの特徴である頭髪であった。
こちらも表面上は焦げてしまっているが、奥まった場所にあるそれはまだ原色をのこしていたのだ。

「って事は、封印をうっかり解いた奴か、その仲間かって所だな。それにしても死んじまえば、魔族も人間も一緒だな。物言わぬ……」

大量の汗でぬれた髪をかきあげながらのセイの一言は、最後まで言い切られることはなかった。
それ以上言うなと言うフレイの視線があったからだ。
もともと発言の問題性には気づいていたのか、セイもにらまれるままに言葉を閉じた。

「できれば後で弔ってあげたい所だけど、無理そうね」

「そうだな、そんな悠長な事はしていられないだろう。それにオロチしだいではこの死体も無事ですむかわからんしな」

あくまで弔う事を当たり前のように話す二人に、少々意外そうにセイが言った。

「二人とも、変わってるな。普通魔族と聞いたら良くてほったらかし、悪くてさらしものだぜ?」

セイの言葉は決して大げさなものではなかった。
アレフガルドと呼ばれるもう一つの世界に住むとされる魔族。
一体その世界がどこにあって、彼らがどうやってこちらに来るのかは誰も知らないが、昔から人と魔族は相容れないものとされてきた。
それを示すかのように、魔王バラモスは魔族を従えてテドンの村を襲わせている。

「それこそアンタと一緒。死んじゃったら、一緒じゃない。人も魔族も」

「私は相手が強ければどちらでもかまわない。同様に人間であろうが残虐非道であれば打ち倒すのみ」

それですまないのが古来からの確執であるのだが、こだわるよりは余程良い。

「ま、そんなもんか。いつまでも時間食ってないで行こうぜ。時間は限られて来るんだからさ」

念のためにともう一度フバーハをかけてから三人は、オロチ塚のさらに奥へと歩みを進めていった。
途中にもう二、三度魔族らしき青年の死体を見つける事があった。
その誰もがオロチ塚の入り口へと向けて倒れこんでおり、もしかしなくても逃げている最中で力尽きたのだろう。
オロチと戦う覚悟はある程度していたものの、こう何度も死体と対面させられれば心が折れそうにもなる。
だからといって今更引き返すわけにも行かず進み続けると、ふいに奥から流れてくる熱風が変わった気がした。
熱い事は熱いのだが、なにやら生々しい感触のようなものを熱風に感じるのだ。

「なにこれ、雰囲気が変わった?」

「静かに、姉上の話からすればそろそろ祭壇が近いはずだ」

レンの言葉に息を潜めるようにして、なおさら慎重に進み始める。
すると今度は熱風が吹くたびに細くした息を吐くような風を切る音が聞こえてきた。

「もしかしてこの熱風って、オロチの吐息なのか?」

吐息だけで人を死にいたらしめられるなど、とても否定したい思いにかられたが、否定しきる事はできなかった。
発言者であるセイともども、ごくりと息を飲んだ。
ゆっくりと、ゆっくりと進んだ先に見えてきたのは、コレまでよりも強く赤い光を放つフロアが見えてきた。
そしてコレまでで一番強く熱い熱風が吹きぬけて、腕で顔を覆ってから、岩に隠れて恐る恐るフロアを覗く。

「「「ッ?!」」」

すぐさま三人は隠れていた岩陰へと姿を隠した。
しばらく驚きに声が出ないままに無意味なジェスチャーを繰り返し、落ち着いてから再度覗き込んで同じ事を繰り返す。
だがまだ落ち着けずに、小声のままに慌てた声を出す。

「ちょっとまって、オロチってあんなにでかいの?! あれに比べたら今までの魔物なんて可愛い動物じゃない!」

「そうだ冗談じゃねえ、頭だけでも大岩ほどあったぞ。しかも胴体が十何メートルだ?!」

まくし立てられているのは地元人のレンである。
たしかにまだ封印は完全には解かれていないようで、一匹の大蛇が地面から生えており、時を待つようにとぐろになって寝ていた。
さらに問題なのは、それだけでもないと言う事をレンの蒼白な顔が示していた。

「さすがの私も、お前たちの言いたい事は解る。だが良く見てみろ、アレの名前はヤマタノオロチ。首が何本だ?」

言われて見れば、睡眠をとっている大蛇は一匹であり、あと七匹足りない。
七匹も足りないのだ。

「げっ!」

覗き込みながらセイが思わずそう声を挙げてしまうと、聞こえたのか眠っていた大蛇が目を開けた。
しかもとぐろを巻いていた体を開放すると、その大きな口をこちらへと向けて開きだした。

「いかん、逃げろ!」

レンに叫ばれずともと逃げ出した岩陰に、オロチの一匹が荒々しい炎を吐きかけてきた。
人が使う炎の魔法など及びもしないような灼熱の炎は、一瞬にして広がったかと思うと、今まで三人が隠れていた岩を溶かし始めた。
岩が原型をとどめていられたのは十数秒であろうか。
完全に液体へと変わり果てた岩は赤い光を放ちつつ流れ落ち、洞窟内の気温がその炎でさらに上昇していく。

「くっ、攻撃だ。フレイはヒャダルコを、セイはフバーハを維持しつつ、バギでけん制しろ。けん制だけで良い、貴様は魔力を温存しろ!」

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって邪を貫く氷刃を我に与えたまえ、ヒャダルコ!」

炎を吹き終わったところに、フレイの手から氷の粒と冷気が放たれオロチの体を急速に冷やしていく。
辺り一体を切り裂く様にビリビリと空気が震えるような悲鳴が上がった。
あまりの悲鳴の大きさに驚かされたフレイの手から、ヒャダルコの効力が消えてしまう。
その途端に、目の前のオロチの目がやってくれたなと言いたげに、真っ赤な両目でフレイを睨み付けた。

「あ……もしかして怒った?」

「怒りもするだろうさ。邪を裁く一刃の風を与えたまえ。バギ!」

オロチが睨み付けた方向とは違う方向から、セイが作り上げたカマイタチが迫ると、まるで剣同士をぶつけ合ったような鈍い音が響いた。
余程硬い鱗を身につけているのだろう、切り裂くと言うよりはカマイタチがぶつかった場所が砕けるように凹んでいた。
痛みに徹底的に体をくねらせ暴れまわるオロチ、おかげでパラパラと天井から砕けた小石等が降り注いでくる。
それとは別にミシリとひびが入るような音がしたが、オロチの悲鳴にかき消されていた。

「いいぞ、その調子だ。まだオロチの首が一本のうちに数を減らしておくに越した事はない」

苦しみのた打ち回るオロチの首が低くなった隙を付いて、レンが大きく飛び上がった。
飛び上がったままの勢いで隼の剣を二度閃かせ、オロチの鼻っ面に罰点の傷跡が生まれる。
だがその傷は魔法によってつけられたものに比べれば浅く、かつ痛みがオロチを少しだけ冷静にさせる結果となった。
オロチの目が剣を振りぬいたレンをにらみつけるのと同時に、今しがた傷つけられた傷口をかばうことなく鼻っ面から体当たりを仕掛けた。

「なに、浅かっぐぁッ」

隼の剣が軽すぎる事を忘れていたレンが横からまともに体当たりを食らってしまう。
吹き飛ばされるだけなら良かったが、オロチはそのままレンを壁と挟んで圧死させるつもりらしい。

「レン?! ヒャダル」

急いで呪文を唱えようとするが、間に合わない。

「はあぁッ!」

レンとオロチ塚の壁があと数メートルとなったとき、オロチの体が大きく揺れた。
そして続いたのはオロチに殴りかかった者と同じ声、セイの声であった。

「邪を罰する正義の刃を我に与えたまえ、バギマ!」

吹き飛ばされ、なぎ倒されるオロチの体は大地から生えている根元を残して、オロチ塚の奥にある溶岩の海へと沈んでいった。
その光景を呆然として見送っているフレイを置いて、セイは間に合わず壁に投げつけられてしまったレンへと駆け寄っている。
レンの名前を呼ぶ声を聞いて、慌ててフレイも駆け寄った。

「レンちゃん、すぐに治してやるからな」

圧死は免れたものの、背中から壁へと叩きつけられたレンの傷は浅くない。
崩れるように倒れているレンを、フレイが壁にもたれて座り込む格好にさせてやると、セイが唱えた。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって、傷ついた体に漲る活力をべホイミ」

レンにかざした手から生まれた淡く青い光がレンの体を包み込む。
傷つき流れていた血はそれで止まりかけていたが、完治には程遠い事は回復魔法のできないフレイにもわかった。
封印の解かれていた八つの首のうち一本は今は溶岩のそこであるし、退くべきなのか。
迷い始めたフレイの前で、セイの手のひらがさらに強力な光を放ちはじめた。

「傷つき果てた体に新たな力を与えたまえ、べホマ」

見る見るうちに傷口が閉じていき、つられるように閉じられていたレンのまぶたが動き始めた。

「すごい……セイ、さっきオロチを殴り倒したのも。アンタ一体何者なの?」

「ああ……」

「そのうち解る、そういうことだ」

口ごもるセイに変わって答えたのは、まだ体が回復しきっていないのか辛そうに答えたレンであった。
まだしゃべるなと言おうとしたセイの口を目で止めて、続ける。

「私とてまだ教えてもらってはいないが、セイの目的はアムルだ」

それが言い終わるか終わらないかの刹那、ドンッと空気が震えた。
何事かと振り向いてみれば、セイによって溶岩の海へと沈んだはずのオロチが再び勢い良く顔を出したのだ。
しかも驚く事に、フレイやセイ、そしてレンがその体に刻んだはずの傷跡がきれいに消え去っていた。
溶岩そのものがエネルギー源であるかのようだ。

「馬鹿な、あれだけ傷つけられて」

「来るわよ!」

怒りに満ち満ちたオロチが咆哮をあげたためにそう思ったフレイだが、微妙にそれは違った。
影響しあう音叉のように、もう一つの咆哮があがる。
オロチの首が生えていた地面から、もう一本の首が現れたのだ。
二つの首が同時に炎を溜め込んで、吐き出した。

「邪を貫く氷刃を我に与えたまえ、ヒャダルコ!」

「邪を罰する正義の刃を我に与えたまえ、バギマ!」

壁ぎわにいた三人に二方向から放たれた炎をかわすすべは存在しなかった。
変わりに放たれた魔法がそれぞれの炎に向かう。
だがあまりにも違いすぎた威力によってヒャダルコもバギマも炎に飲み込まれてしまう。
さらにフレイたちまでもを飲み込もうとする瞬間、足元から膨れ上がった爆風が彼らを飲み込んだ。
爆風はオロチが吐き出した炎の勢いも少しそぎつつ、三人を炎から遠ざけるように吹き飛ばした。

「ッ…………なんて無茶を、フレイ、セイ無事か!」

真っ先に立ち上がったのはベホマで回復を施されていたレンであったが、それでも吹き飛ばされたときに腕でも打ったのか抑えていた。
レンが声を張り上げると一緒に吹き飛ばされていたセイが起き上がり、倒れていたフレイも頭を振りながら起き上がる。

「うぅ、イオラで自分を吹き飛ばすなんてやんなきゃよかった」

「おかげで俺らも助かったけどな。天と地にあまねく精霊たちよ、汝らの偉大なる力をもって我らに再び命の息吹を与えたまえ、ベホマラー」

一体どれほど魔力があるのか、再びセイの口から高等な回復魔法が唱えられた。
複数人を一気に回復させるベホマラーが終わるまで、オロチたちは隙を付くわけでもなく唸りながらこちらをにらみつけていた。
一本の首が二本となり、いずれ時間がたてば全ての首が現れることだろう。
つまり、急いで襲ってこないのはヤマタノオロチの余裕でもある。

「なんかムカつくわね。私ってば珍しくお怒りモードに入りそうよ」

「確かに、やられっぱなしと言うのも気に喰わないな。作戦変更だ。セイは補助魔法を中心に、私が援護でフレイがとどめだ。奴の弱点が冷気であることに変わりはないからな」

「了解っと。風の如き身のこなしを与えたまえ、ピオリム。ならびに、夢幻の檻へといざないたまえ、マヌーサ!」

三人の体が淡い光に包まれ、さらに不意打ち気味に放ったセイのマヌーサがオロチを包み込んだ。
その途端にオロチはキョロキョロとあらぬ方向を見つめだし、まったく見当違いの場所へと炎を吐き出した。
完全に幻に惑わされたオロチへと、風の抵抗さえ見えないようなすばやさでレンが駆け抜けていく。
いくら体が頑丈であろうと、必ず攻撃の効く箇所はある、その一つが目であった。
一匹のオロチの両目を奪うと、すぐさまフレイが唱えた。

「手加減なんてしてあげないんだから。邪を貫く氷刃を我に与えたまえ、ヒャダルコ!」

目を失い苦しんでいるところに、まともにヒャダルコを浴びてしまった一本の首が仰向けに倒れこんだ。
自分の首がやられた怒りで目が覚めたのか、もう一匹の大蛇の目がフレイを見定めた。

「させるかよ。堅固なる守りに一筋の亀裂を入れたまえ、ルカ二!」

「上出来だ!」

防御力を下げた直後に、今度は目ではなくオロチの長い首を切り裂き、痛みによる叫びを上げる前に横からセイが殴りつけた。
その威力に脳震盪でも起こしたのか、凶暴な目から光が失われふらついた隙に、口を縫い付けるようにレンが上顎から一気に剣を突き刺した。
ゆっくりと倒れていく二本目の首が地面へ到達する前に、重い地響きと共にオロチ塚一帯が震え上がった。
先ほどもあったそれに身構えると、三本目のオロチの首が丁度フレイの真後ろから大地を食い破って現れた。
しかも今しがた出てきたばかりなのに、その目は三人のうちで誰を一番に排除すべきかすでに狙い定めていた。

「フレイ!」

大口を開けてフレイを飲み込もうとオロチが上から落ちてくる。
ほとんどこし砕けるように逃げ出すと、あまりに近く力みすぎていたのかオロチは自爆するように地面へと突っ込んだ。

「待ってろ、今すぐに」

駆け寄ろうとしたレンとセイの前に、タイミング悪く今度は四本目の首が地面を食い破るように現れた。
まるで先へ行かせないとばかりに現れたそれに足止めを喰らううちに、フレイは三本目にさらに追い詰められていた。
必死に逃げ出したものの、水平に地を這うようにしてオロチの首が迫る。
このままでは避ける事もできないと、一か八かで両腕をオロチへと向けて突き出した。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって邪を貫く氷刃を我に与えたまえ、ヒャダルコ!」

氷の粒と冷気がオロチにぶつかった瞬間、一気に蒸発するようにあたり一面に水蒸気が立ち込めた。
オロチの首はどうなったのか、水蒸気を見据えて身構えるフレイ。
だがそこは冷静に逃げるべきであった。

「立ち止まるな、逃げろ!」

「フレイちゃん!」

おそらくレンとセイの位置からは見えていたのだろう。
形のない水蒸気でさえ食い破るように、少しも勢いの衰えなかったオロチの顎が迫っていた。
フレイに残されたすべは、ただ悲鳴を上げることだけであった

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