第三話 ルビスの呪い


金色と漆黒の二つの稲妻をそれぞれの剣が放ちつつ、向かっていくアムルとそれを待ち受けるシン。
初級火炎呪文のメラでさえ絶大な威力を誇る魔法剣が、空を操る魔法によって生み出された稲妻をまといぶつかり合えば何が起こるかわからない。
勝負は一瞬で決まるのか、力と力が反発しあうのか。
少しも先の見えないぶつかり合いを前に、それを見ているだけしかできなかったフレイは恐怖した。
だがそれはぶつかり合いの果てにある結果ではなく、このまま力を発揮し続けるアムルが変貌してしまうのではないかという恐怖。
何か大きな力に目覚め始めたアムルが、自分の知るアムルではなくなってしまうのではないか。
恐怖による怯えに負けそうになりながらも、フレイは心の奥底から叫んでいた。

「駄目ェーーーーーーーー!!」

その時、フレイの体から強烈な光が生まれ辺りを包み込み始めた。
アムルやシンが持つ剣が放つ光よりも激しく、グリーンオーブが放つ光よりも大きくなっていく光。
やがてその光はシンとアムルをも包み込み、アムルが手に持つ誓いの剣に宿った稲妻だけを消し去ってしまう。

「なに?!」

「そんな、なんで?!」

一体何が起こったのか、これまで驚かす側にいたはずの二人が始めて驚愕をその顔に浮かべた。
だがお互いの距離は後一歩というところであり、いまさら振り上げた剣を収めるすべなどない。
吸い込まれるようにお互いの剣が打ち付けあわされぶつかり合うと、勝負の決着がつくのは一瞬であった。
硬いものを砕くような鈍い音が鳴り響き、力なくアムルがその場でひざを着いた。

「と……父さんの剣が」

呆然として地面にひざを着きながら、目の前に持ち上げたのは刀身が半ばから砕かれた誓いの剣。
アムルがつぶやいた数秒後に見上げた空には、砕かれ打ち上げられていた残り半分の刀身が回転しながら舞っていた。
それを目で追うと、当然のように地に落ちて突き刺さる。

「父さんの剣が折れた。父さんの剣が、折れちゃった」

その手の中にある現実が信じられないようにつぶやくアムルであるが、その結果はある意味当然でもあった。
シンが放ったエビルデインという漆黒の稲妻は、いまだ剣に宿ったままその咆哮をあげている。
それに引き換えアムルが放ったライデインという黄金の稲妻は、姿を完全に消し去られていた。
いくら誓いの剣といえど、魔法の加護なくしてはその威力も知れているものだ。
しばらく折れた誓いの剣を見ていたアムルが、ゆっくりと力を消し去ったであろう人物に顔を向けると、フレイは涙を隠しもせずに泣いていた。

「お願いだからやめないで。お願いだからお姉ちゃんが知ってるアムをやめないでよ。なんでもするから、私にできることがあったらなんでもするから」

まるで幼子のように繰り返しつぶやき泣き続けるフレイ。
何が、誰が悪かったのだろう。
なぜフレイが泣かなければいけないのか、自分が悪いことをしたのだろうか。
フレイの泣き顔に不安と困惑を抱き、泣かないでとアムルが言おうとしたとき、大気を震わすほどの轟音が鳴り響いた。

「そう言う事か……そう言う事だったのか。ルビスめ、やってくれる」

それはフレイを睨み付ける様につぶやいたシンが、自分の剣の上へと再び漆黒の稲妻を落とした音であった。
アムルに対して使ったときよりも、漆黒の稲妻が放つ咆哮は気高く怒りに満ちていた。
再び振り上げた剣が向かう先は容易に知ることができ、アムルはシンの前へと立ちはだかろうとした。
だが自分が握り締めていた誓いの剣のせいでバランスを崩し、転んでしまう。

「重い?! なんで、いままではなんとも……しまッ。姉ちゃん、逃げて!」

刀身が折れて軽くなったはずの誓いの剣が逆に重すぎ、駆け寄ることのできなかったアムルが叫んだ。
フレイへと向けて走り出したシンがその掲げた剣を振り下ろすまでにどれだけの猶予があるだろうか。
いまだしゃくり上げながら「やめないで」と繰り返すフレイは、今自分に迫る危機にさえ気づいていない。

「死ねッ!」

「止めろー!!」

アムルの必死の叫びが届いたのか、シンの剣が振り下ろされきることはなかった。
二人の間に割って入ったのはセイとレンの二人であった。
セイが両腕をクロスして持ち上げてシンの振り下ろされようとした腕を押さえ、刀身そのものはレンが自分の剣の腹に手を添えて受け止める。
もちろん相手の獲物が魔法剣という代物でもあり、レンの剣にはヒビが入れれら、かつジリジリと押され続けている。

「無駄な抵抗を」

「無駄ではない。事情は知らぬが、貴様の凶刃を止められたのだからな」

「そういうこった。このまま決めさせてもらう。罰の証を与えッ」

セイが呪文を唱えきる前に、剣の柄から片手を離したシンが殴りつけるほうが早かった。
吹き飛ばされたセイの名を呼ぶのを躊躇ったレンは、自らの剣に入れられたヒビが大きくなるのを確かに見た。
決壊する堤防のように破壊されると、そこに水が流れ込むようにシンの剣が振り下ろされる。
そのままフレイ共々斬り捨てられそうになる瞬間、フレイの服の中から一匹のスライムが飛び出した。

「ピギャーッ!」

精一杯の威嚇の声を上げながら、キーラがシンの甲冑に包まれた顔面へと体当たりする。
それで吹き飛ばされるようなシンではなかったが、剣の軌道がそれた隙にレンが泣きじゃくるフレイを引きずり逃げ出すには十分であった。

「どいつも、こいつも。邪魔をするのも大概にしろ。貴様らは知っているのか?! 今自分が守ろうとしているその女が何か知っているのか?!」

「フレイが何者かだと、そんな事わかりきっている。私たちの仲間だ」

「仲間が殺されそうなのに、みすみす見ているだけの屑野郎にだけはなりたくないんでね」

「ピーーーー!!」

レンとセイの言葉に、その通りだとばかりにキーラが賛同の声を上げる。

「なにが仲間だ。何も知らぬ愚か者どもが、その女は」

「あッ、あの野郎!」

シンがフレイを指差しながら何かを指摘しようとした時、セイがある場所を指差して割り込むように叫んだ。
アムルやレンだけでなく、シンまでもが指差された方向に目をやると、グリーンオーブのある祭壇へと這い上がろうとする者の姿があった。
頂上部へと続く階段を満足に動かない体でズリズリと上っていくのはスカリアである。
すでに初見の気取った態度はどこにも見られなかったが、そのある種の執念に皆が一時我を忘れてしまう。
その中で一人だけ動けたのはシンであった。
泣きじゃくるフレイにしがみつかれ動けないアムルにいったん見切りをつけ、グリーンオーブへと這い寄るスカリアを追って祭壇の階段を登り始めた。

「もう少し……もう少しで」

一人血まみれになりながらもシンやアムルたちを出し抜こうとしているスカリアは、もうすでにグリーンオーブ以外に目に映るものはなかった。
そもそも出し抜こうとする形とはなったが、そういった考えは皆無であり、ただグリーンオーブを持ち帰ることのみ望んでいたのだ。
どれほど血が流れても、手足の感覚が失せて意識が飛びそうになろうと着実に祭壇を這い上がり、やがてグリーンオーブの安置された台がみえてくる。
最後の力を振り絞り手を伸ばしたが、そこまでであった。

「残念だったな。これを渡すわけにはいかない」

「あと……すこ」

無常にもスカリアに追いついたシンがその手をつかんで止めたが、スカリアは止められたことにも気づかずグリーンオーブを求めて手を伸ばす。
だがシンはそんな姿をあざ笑うかのように、容赦なく階段からけり落としてしまう。
階段の中腹辺りまで転がるように落ちていったスカリアは、二度と動くことはなかった。
それを見届けた後にシンがつかみあげたグリーンオーブは、やがてその輝きを止め儚げな光を放つのみとなる。
グリーンオーブを忌々しげに睨み付け握り締めたシンは、やがて階段のふもとにまで来たレンとセイを見て、さらにフレイにしがみ付かれているアムルを見て言った。

「アムルよ。強くなりたければ、お前が強さを求めるならばルビスの呪いを打ち破れ。今のままではお前が強くなろうとするたびに、その身にルビスの呪いが降りかかる」

「ルビスの、呪い?」

一体何のことだとアムルがつぶやくと、僅かにフレイが身じろいでいた。
その様子を一番遠くにいながら悟ったシンは、やはり間違いないと確信を深めていた。
やはり今ここでアムルの成長を待つよりも、フレイを殺しておくべきかと剣を握る力を強めたが、その脳裏に小さな信号が走る。
シンにしかわからない脳のなかで虫がうごめくような感触に小さな舌打ちを込めると、手の力を緩めた。

「いいな、忘れるな。精霊ルビスとて完全にお前の味方というわけではない。ルビスの呪い、それを忘れるな!」

最後は諭すのではなく、耐えるように叫んだシンはルーラを唱えて祭壇から消えた。
後に残されたのは、死屍累々とした魔族たちの屍と、何もできず蹂躙されそうになったアムルたち。
そしてまだ枯れない涙を流すフレイであった。





魔族たちの死体は自分たちだけでは片付けられないと、アムルたちは一度テドンの村へと戻っていった。
ようやく泣き止んだフレイであるが、帰り道の間中ずっとアムルを離さないとばかりに腕を組むように捕まえていた。
背中の折れた誓いの剣の重さに耐えかね、さらに歩きにくそうであるが、引離そうとすると暴れるためそのままでいるしかなかった。
アムルにとって先ほどの戦いと同じぐらい長い時間を経て村へとたどり着くと、遅れてやってきた船長や水夫たちが船から医薬品などを運んでやってきていた。
手当てや炊き出しなどの施しを受ける村人の中で、アムルたちの姿を見つけた村長がいち早く近寄ってくる。
それはもちろんグリーンオーブの安否を聞くためであろうが、アムルたちの口は重かった。

「ごめんなさい、村長さん。グリーンオーブを守りきれなかった」

「なっ……なんですと!」

当然のように村長は驚愕に固まってしまい、それが伝染するかのように先ほどまでおとなしく治療や炊き出しを受けていた村人たちにも動揺が広がっていく。
さすがに皆をまとめるものとして自分が驚いていてはと、詳細を聞き出し始めた村長だが、グリーンオーブを持っていったのが魔族ではなく闇の勇者を名乗る男だと知るとその変化は早かった。

「そうですか、驚かさないでくれますかな。グリーンオーブがあるべき方へと手渡されたのなら私は何も言うますまい」

逆にどうぞもって言ってくれといわんばかりの言葉に、さすがにわけがわからずにアムルたちの方がとまどってしまう。
それを察した村長のほうも、頼んだ手前何も離さずに返してしまうわけにもいかないかと四人を焼け残った自宅へと招いた。
全ては詳しく聞いてからだなと、村人への対応を船長へと任せて四人は村長へと着いていった。
偶然焼け残った村長の家へと招かれると、促されたテーブルへとそれぞれが席に着こうとした所、フレイがアムルを手招きで呼び寄せる。

「なに、姉ちゃん?」

「アムはこっち、ここ」

そう言ってポンポンとフレイが叩いたのは、自分の両膝であった。
いくら自分が小さいからといってそれは無理だろうと、断ろうとすると待ちきれないようにフレイがアムルを抱えて無理やりひざの上に座らせる。
そしてまるで大きなヌイグルミにそうするように、胸の辺りに後ろから手を回して抱きしめる。

「まあ、こいつ等の事は気にしないで聞かせてくれ村長」

「ああ、はい。そう……ですな」

何時もよりも妙な感じはあるが、ある程度耐性を持っていたレンは、唖然とする村長へと説明を求めた。
村長は咳払いを一つしてから語りだした。

「あれはオーブと呼ばれる宝玉で、この世にいくつかあるうちの一つ、グリーンオーブですじゃ。この村に古くから口伝と一緒に引き継がれてきたものです。口伝にはこうあります。世が乱れ、世界を闇が包み込もうとする時、二大精霊それぞれに認められた二人の勇者が現れるであろう」

「二大精霊に認められた二人の勇者だと?」

「そう言えば、シンのやつ自分の事を闇の勇者って言ってたけど、俺の事を光の勇者って言ってたっけ。勇者はまだ父さんのものだけど」

出だしはありふれた言葉であったが、二人という点だけが皆の興味を引いている。
レンのつぶやきに対してアムルが思い出しながら言うと、フレイが抱きしめる腕に少し力を強めていた。

「お前さんがもう一人の勇者?! しまった、そうと知っていれば……口伝を守りきれず、ワシは一体何をしているのだ」

「俺は勇者じゃないよ。それに勇者の称号は父さんのものだもん」

一応反論を試みるものの、苦悩し始めていた村長に聞いているそぶりは見られなかった。

「口伝にはより優れた勇者に渡すべしとあったのに、いや……魔族に渡らなかっただけましというものだろうか」

頭を抱えて一人つぶやいて落ち込んでは、立ち直っている。
その様子をみてしばらく何を言っても無駄だなと思ったレンは、思い出したようにセイへと疑問を投げかける。
それはセイが祭壇へと向かう前に言っていた言葉に対してであった。

「おいセイ、お前は何か知っているそぶりであったが、オーブとやらを何か知っているのか?」

「いや、ちょろっと小耳に挟んだ程度で具体的には」

「ルビスの遺産」

はぐらかそうとしたセイに、レンは覚えていたその言葉を突きつけた。
その言葉にまともに反応してしまったセイは、いまさらはぐらかすのは無理だと諦めて言った。

「本当にオーブについてはそういうのがあるって程度しか知らないんだ。ただそれがルビスの遺産だってのは聞いた事がある」

本当に話したくなさそうに、嫌々セイは続けた。

「ルビスの遺産ってのは言葉どおり精霊ルビスがこの世に残した物だ。一番有名なのは、どんな傷でもたちどころに癒してしまうという賢者の石。ルビスの遺産はどれも奇跡を間単に起こすもんでこれが争いを呼ぶんだわ」

「確かに賢者の石については聞いた事があるな。そしてオーブもそのルビスの遺産の一つか。それで村長、オーブはどんな力があるのだ?」

「それについてはただ一言、大いなる翼が蘇る。と一言しか口伝には現れていません」

なるほどなと呟きながら背もたれに体重を預けたレンだが、見た目ほど悩んでいるわけでもなかった。
セイはどうだか知らないが、皆の目的はオルテガ探しであり、ルビス云々は正直どうでもよいと思う。
そこまで思ったところで、レンはシンが言ったルビスの呪いという言葉を思い出した。
大いなる翼はともかくとして、蘇るという言葉は呪いを解くものなのでは……

(考えすぎか)

闇の勇者やオーブなど慣れない言葉がいくつも出てきたため、過敏になっているだけだと結論付けた。
そしてもっとも問題視すべきものをテーブルの上に置いた。
それはシンによって破壊されたレンの剣であり、アムルの剣もテーブルの上に置かせた。

「見ての通り、我々の主戦力がこの有様だ。このままランシールを目指すのも不安がある。そこで一旦ある場所によってこの二振りの剣を直してもらおうと思う」

「直るの?!」

無残にも折られてしまった父の剣が直るのかと、喜びの声をあげるがレンは静かに首を振った。

「わからん。正直ここまで破壊された剣が直るとも思わないが、試さないわけにもいくまい」

「それで、どこに行くんだ?」

「良い鍛冶師がいる国を知っている。ジパング、私の故郷だ」





アムルたちが村長の家に招かれているころ、動くものが誰もいなくなったグリーンオーブの祭壇に炎の翼を生やした少女が舞い降りていた。
彼女の足が地に付くと同時に炎の翼は何事もなかったかのように僅かな熱だけを残して消える。

「これは……同胞たち? まさかアムルが?」

あたり一面に広がる血とその匂いに口元を押さえ、チェリッシュが呟いた。
だがすぐにアムルではないと否定できたのは、ここまで残虐な行いを平然と行える性格ではない事をしっていたからだ。
それでも他に該当する人物が思い浮かばないまま、チェリッシュはなぜスカリアを一人で行かせたのか後悔していた。
せめて自分もついていっていればこれは防げたのではないか。
知らぬが仏という言葉どおり、防げはしなかったであろうが、チェリッシュは防げたと思い込んでいた。

「誰か一人でも、生きていて」

将として何があったか尋ねたい気持ちと、ただ助かっていてほしい気持ちを両方持ちながらチェリッシュは一人一人安否を確認していった。
だが誰も五体満足でいる死体さえも珍しく、諦めそうになったチェリッシュの元にかすかなうめき声が届く。

「………………ぅ……」

血の海に目を奪われ気づくのが遅れたが、それは祭壇の頂上部へと続く階段の中腹辺りに倒れている青年であった。

「生きているのか?!」

すぐさま駆け寄ったチェリッシュは、うつぶせに倒れこんでいたその青年を仰向かせた途端、その傷の深さに目を見張った。
切り傷は言うまでも泣く、メラやギラで焼かれたのとも違うやけどの跡。
それでもまだ息があるのならと、自分の服が汚れるのも構わず抱きかかえると、もう生存者はいないと諦めてルーラの呪文を唱えた。
光がほとばしった一瞬後には、バラモス城と主の名を冠された城が目の前に現れる。
するとすぐにチェリッシュは城門を開けさせて叫んだ。

「誰かスカリアを頼む。手の空いているものは治療の手伝いを、それとルセリナにも連絡を入れろ!」

やってきた同胞たちにスカリアの治療を任せると、チェリッシュは魔王バラモスがいるはずの玉座の間へと急いだ。
恐れていた事が現実となり、それを知っていたはずの、こうなるとわかっていたはずのバラモスの元へと急ぐ。
玉座の間の扉を許可ももらわずに開くと、いるべきはずの玉座に魔王バラモスはいなかった。

「一体何処へ」

「誰が入って良いと言った?」

後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには体中から湯気をあげ、胸板の厚い上半身を惜しげもなくさらしてズボンのみを履いた魔王がいた。
湯浴みでもしていたのはすぐにわかったが、言い様のない色香に憤りを一時忘れたチェリッシュの顔に朱がさした。

「も、申し訳ありません。ですが急ぎの用件でして、テドンに赴いた同胞はスカリアを残して全滅。光の玉らしきものも」

「よい」

「は?」

あわや同胞の全滅という危機があったにもかかわらず、よいの一言ですませた魔王にチェリッシュは困惑するしかなかった。

「あれは光の玉などではなかった。死んでしまったものは残念だが、せめてスカリアには後で我直々に回復を施してやる事にしよう。まだ他にあるか?」

「いえ、医療班にもその旨は伝えておきます」

直々に回復を施すとは、死なせるつもりなどないという事だ。
だがこれはつもりがなかったと言うことを示すためのパフォーマンスではないのか。
疑ってはいけない相手に対して次々に疑問が沸いて出てしまう。
自分はこんなにも魔王バラモスを……しているのに、なぜであろうか。

「それでは、失礼いたします」

半裸の魔王を直視することもできずに一礼して玉座の間を出て行こうと、すれちがうチェリッシュ。
その僅かな間に香ったのはこれでもかと香る風呂上りの香りと、それにまぎれるわずかな血の匂い。
えっと振り向いたときには、すでに玉座の間の門は閉まった後であった。

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