第二話 二人の勇者


テドンへと続く川を座礁するギリギリまでさかのぼると、アムルたちは船を飛び降りて深い森の中を駆け抜けていった。
目指す先は黒煙舞い上がるテドンの村。
つい先ほどまで船酔いでへばっていたフレイでさえも、文句一つ漏らさずに走った。
テドンへと近づくにつれて木や草が燃える匂いが濃くなり、何かを探し回るような魔物の姿が見られた。
それらの魔物に見つからないようにして村へと近づいていくと、燃え上がる村々の広場に村人達を集め包囲し、村長らしき老人に詰問している青年の姿があった。
その透き通るように白い肌と、深遠の海のように蒼い髪が彼を魔族であると確定付けている。

「さあ、無駄な抵抗は止める事だ。貴様が強情を張れば張るほど、大切なモノがどんどん奪われていくぞ。もっとも、貴様らの命など塵ほどの価値もないがな!」

「くっ……薄汚い魔族風情が」

「これだから蛮族は困る。言葉が通じないのだからな!」

髪の色にあわせた様な蒼いコートの腰に挿していた鳥を模った特徴的な鍔を持った剣を抜き放ち、青年は容赦なく切っ先を老人の足へと突き刺した。
ひざまずく様に倒れこんだ老人に、女子供の悲鳴と、男達の恨みの篭った視線が青年へと集まっていく。
だがソレさえも心地よいかの様に青年は笑う。

「薄汚いとは貴様達のような人間にこそふさわしい言葉だ。この大罪人どもが!」

「止めろッ!」

村人が捕らえられている以上隠れて事を進めるのが定石であるが、アムルは真っ先に森を抜けて燃え上がる村へと足を踏み込んでいった。
突然現れた四人組に、村人たちだけでなく、魔族のリーダー格の青年や村人を取り囲む他の魔族や魔物たちにも一瞬の隙ができた。
それは全くの偶然ではあるが、逃さないわけにはいかなかった。

「フレイ、イオだ」

「邪を打ち砕く力を我に与えたまえ、イオ!」

フレイはレンに言われるままに、反射的に空へとイオを放った。
反射的にではあるが、それが威嚇の意味である事はフレイだけでなくセイやアムルも重々理解していた。
頭上で巻き起こる爆音により、魔族や魔物に生まれた小さな隙が徐々に大きな混乱へと変化していく。
大きくなり始めた混乱を沈静化させないように、レンが村人を取り囲む魔物たちへと剣を抜き放ちながら走った。

「アムル、お前は敵の大将を討ち取れ、フレイは私の援護。セイはフレイを守りつつ怪我人の治療!」

「はいよ、フレイちゃん」

「解ってる、合わせるわよ。邪を貫く氷刃を我に与えたまえ、ヒャダルコ!」

「邪を罰する正義の刃を我に与えたまえ、バギマ!」

フレイが生み出した吹雪とセイの生み出した竜巻に似た風の渦でさらに強力な攻撃魔法へと進化する。
多少村人達からも悲鳴が上がった気がしたが、圧倒的に数で劣るフレイたちには気に留める余裕はなかった。

「ええい、何をしている。我らの大儀を忘れたか。剣を取れ、魔法を打ち放て。皆殺しだ!」

リーダー格の青年が重さを忘れさせるような優雅な軌跡を描いて剣を掲げて叫んだからだ。
彼の声が吹雪の竜巻を切り裂いて魔族たちに届き、冷静さを取り戻させる。
このまま青年の声が響き続ければ、完全に立場は逆転したであろうが、青年の前にアムルが立ちはだかっていた。
その顔は今成すべき事を理解している顔であり、魔族たちの大将である青年を真っ直ぐ見据えていた。

「なんだ貴様、小さな体で気に入らない目をする奴め…………そうか、貴様がチェリッシュの言っていたアムルだな。面白い、まともに動けぬほどに切り刻んで奴の目の前に突き出してやるとするか」

「……行くよ」

覚えのある名前を目の前の青年が呟いたが、聞き返したいのをグッとこらえてアムルは大地を蹴った。
一呼吸も無い間にアムルは青年の懐へと飛び込んでいたつもりであったが、目の前を何かが煌きその足を一歩手前で止めた。
自分の前髪が数本風に流され飛んでいくのを見送りながら、アムルは青年の剣をかいくぐろうと地面を小刻みに蹴り続ける。
青年の前後左右で、アムルの足と地面が高速な拍手を奏でる。
それでもアムルが隙を見つけて一歩踏み込もうとするときには、すべて見えているように青年の剣がアムルを確実に捉えていた。
血も出ないような小さな傷であるが、アムルの頬に十字の傷が生まれた。

「ふん、運の良い奴だ。我が隼の剣をかわすとは、チェリッシュの言葉もすべてが嘘と言うわけでもないか」

「速い、レンの剣よりも」

自らの勝利を疑わず余裕を見せて優雅に隼の剣を舞わす青年とは違い、アムルは隼の剣との鋭さに警戒を強めた。
両者の態度は実力云々ではなく、自らよりも強い者と戦った事があるかないかの経験の違いであった。

「だが、それも何時まで続くッ!」

あくまでも余裕を見せながら青年が隼の剣をきらめかせた瞬間、その体が急に吹き飛んだ。
顔に走るのは窄まった先端のない杭を打ち込まれたような痛みで、グラグラと揺れる視界の中では飛び上がって拳を振りぬいたアムルが見える。
先ほど見せたスピードを遥かに超えた速さに混乱しつつも、鳥の羽のように軽い隼の剣を不安定な姿勢のまま二度切り返して振りぬいた。
だがそこにすでにアムルはおらず、隼の剣の間合いの外に軽やかに足をついた。

「き、さま。よくも、よくもこの私の顔を……姉上のお手が愛でてくれるこの私の顔を殴ったな。許さん、許さんぞ!」

「なんだよ顔ぐらい。殴られるのが嫌なら最初っからこんな事しなけりゃよかったんだよ」

アムルは本気でそう思っているのだが、魔族の青年にはそれが馬鹿にしたように聞こえたらしい。
はっきりと解るほどに目を血走らせ、余裕を捨て去った。

「絶対に許さん。細切れに刻んで血しぶきの中で殺してやる。我が隼の剣と、我が剣術が生み出す最高の剣技で!」

切れる一歩手前で踏みとどまっている青年が体を半身にして、隼の剣を大地に対して垂直に構えた。
そこから繰り出される技が並みの技ではないことを示すように、ゾクリとアムルの背中に走るものがあった。
青年が隼の剣を揺らめかせると刀身が跳ね返す太陽光がキラキラときらめき、やがて青年は切っ先をアムルに向けた。

「見えるだろう、お前にも。我が剣が生み出す星の輝きが」

「星……」

アムルはまだ知らぬことだが、目の前の魔族の青年、スカリアが授かることとなった星の称号の意味。
それを示す技が今、スカリアの手から放たれた。
まるで隼の剣が生み出したきらめきが一斉にアムルに向かって放たれたように向かう。

「流星ッ?!」

幾重もの突きを繰り返しながら向かってくるスカリアを前に、アムルは向かってくる恐怖を飲み込んで必死に横に跳んだ。
次の瞬間アムルのいた空間を削るかのように数え切れないほどの突きが通り抜けた。
もしもあの突きを防ごうなどと考えていたらどうなったことか。
冷えていく汗を感じながら、アムルは次に備えた。
なぜならば、すでにスカリアは次の突きの体勢へと入っていたからだ。

「まるでどぶ鼠のような動きだな。早々に我が流星の前に朽ちるがいい。目障りだ」

「くそ、また星みたいな……」

スカリアが隼の剣を垂直に構えてから揺らめかせることで、星のようにきらめきの軌跡が浮かび上がる。
それらの星が一斉に自分に向かってくるのを想像してしまったアムルは、必死に自分の考えを振り払った。
その時一緒に先ほどの流星の光景を振り払おうとした時、あるものがアムルの視界に写りこんだ。

(もしかして……)

「さあ、これで最後だ。喰らうが良い、我が剣を!」

隼の剣によって生まれたきらめきが流れるようにアムルへと向かって流れ出した。
そこでアムルは避けると言う選択肢を捨てて、誓いの剣を鞘着きのまま自分の前に掲げた。

「我が突き流星を受けきれるとでも思ったか、死ね!」

「うあぁぁぁぁぁ!!」

向かってくる流星を前にして、アムルは自分を鼓舞するように叫んだ。
隼の剣と誓いの剣が一度目の衝突を迎えた。
金属同士が甲高い音を立てて触れては離れたが、すぐに二撃目の突きがアムルへと向かってくる。
なのにアムルはそれを防ごうともせずに、目を見開いて見送ろうとしていた。
それは一つの賭けであった。
そしてその賭けにアムルが勝ったことを示すように二撃目の突きがアムルに突き刺さる瞬間、それは幻のように消えた。

「まさか、たった一度見ただけで!」

自分の技が見抜かれたことで、スカリアの腕がわずかだが鈍った。
正確に本物の突きだけを防いでいくアムルに対し、スカリアの流星の勢いがどんどん衰えていく。
最後まですべての突きを防がれたらスカリアは、反撃することのできない隙が生まれる。
完全な無防備を生むわけにはいかないと、さらに無理をして剣速をあげたスカリアの隼の剣がアムルの左肩を貫いた。

「ぐぅッ!」

「はは、そうだ我が技がそう簡単に」

スカリアが喜ぶのはまだ早かった。
左肩を貫かれて誓いの剣を落としても、ぐっと踏みとどまったアムルにはまだ右肩が、右腕が残っていた。

「これで、終わりだ!」

最後の最後でまた油断してしまったスカリアの腹に、アムルの拳が深々と突き刺さった。
そのまま殴り飛ばすと、アムルは突き刺さったままの隼の剣を引き抜き、左肩にホイミを駆け出した。
スカリアの方もダメージは大きいようで、殴られた腹を押さえながら立ち上がるのがやっとだ。

「ぐっ……何故だ、何故解った。流星によって生み出された突きの全てが本物ではないなどと」

「技の準備段階でわざわざ剣を振って星のようなきらめきを見せたこと。それはただのこけおどしのためだと思ってた。でも最初の一撃のときに、引っかかった光景があった」

アムルが指差したのは地面に落ちた一枚の葉っぱであった。

「あの突き嵐の前に切り裂かれた葉っぱもあれば、無事に地面に落ちてたのもあったから、もしかしたらって」

「たったそれだけの理由で……」

「スカリア様!」

突然二人の間に声が割ってはいると、何人もの魔族たちが二人の間に入り込んできた。
そしてアムルからスカリアを守るように、傷だらけの体で立ちはだかる。
このまま逃げるのが普通であるが、何かを待っているように見えた。

「勝手に襲ってきておいて往生際が悪いわね。大人しく捕まっときなさいよ!」

全滅の危険を犯してまで一体何を待っているのか、アムルが手を出しあぐねているとフレイが駆け寄ってきた。
横目で集められた村人たちを見ると、セイがけが人の治療に当たり、レンが残りの魔物を片付けていた。
死人はでなかったようでほっとして、ふたたびスカリアたち若い魔族たちを見る。
その時だった、周りの森が鳴動するように震えたのは。

「何……今の、すごく懐かしいような」

「姉ちゃんも感じた? 俺は懐かしいとは思わなかったけど……知ってる気がする」

一番最初に気づいたのはアムルとフレイであり、遅れてその異変を村人たちやスカリアたちもざわめき始める。
それもそのはずで村から離れた深い森の置くから緑色に発光する光の柱が生まれたからだ。
空を突き破るのではないのかと言う勢いで伸びていくそれは、雲をもつきぬけさらに伸びていた。

「スカリア様、これは」

「ああ、間違いない。見つけたか! アレを手に入れたら引くぞ、我に続け!」

スカリアが叫ぶと残っていた魔族の若者や森中に散っていた魔物たちが一斉に光の柱の下へと走り出した。
突然の行動に対処しきれず、アレが何であるかわからなかったアムルたちは追うべきかどうか解らなかった。
すると怪我を負ってセイに治療を受けていた村長が懇願するように頼み込んできた。

「旅の方たち、お願いします。アレをグリーンオーブをお守りください。アレは決して奪われてはならないものなのです!」

「グリーンオーブ?」

聞いた事のない物にアムルたちが首をひねっていると、セイが信じられないとばかりに叫んだ。

「まさかルビスの残した遺産か?! だが何故こんな村に…………考えるのは後か。アムル、フレイちゃん、レンちゃんもやつらを追うぞ」

「貴様がそこまで慌てるとはよほどの物か。アムル、フレイ聞いたとおりだ。行くぞ!」

セイ自身も事態を理解しきっている様子ではないが、大事なものがあるのだと言うことだけは理解できた。
アムルたちも魔族や魔物が向かっていった緑の光の柱の下へと向かって森へと入っていった。
だがスカリアたちに追いつくどころか、先へ行かせるものかと魔物たちが結託して迎え撃ってきた。
それもただ破壊の限りを尽くす魔物ではなく、限りなく人型に近いエリミネータやシャーマンにガーゴイルである。
彼らは口々に自分の意思を述べてくる。

「ここから先へは行かせない。あれは我々に必要なものだ」

「あれこそ我らが希望、お前たちは行かせない」

まるで死を覚悟したような重みのある声で告げてくる。
問答無用で命を狙われるよりもよっぽどやりにくい。

「こいつら、ただの魔物じゃない。ちゃんと自我があるよ」

「だからといってこのまま逃がすわけにもいかないであろう。アムル、フレイ先に行け」

「いいか、絶対にオーブをやつ等に渡すんじゃないぞ。詳しくは俺も知らないが、これだけは断言できる。絶対にアレはやばい代物だ!」

「アム、ここは二人に任せていくわよ!」

迷ったアムルの腕を引いて、フレイは先を急いで走り出した。
当然のことながら魔物たちが立ちふさがるが、すぐにレンに切り伏せられ体ごと体当たりしようとしたものはセイのバギマに吹き飛ばされた。
それらの戦いの音を聞きながら二人は先を急いで、森の中を走り抜ける。
この先の光の柱、そこに何があるのか。
まだ光の柱が消えていないことから奪われていないとは思うが、楽観視もできずに走り、やがて森を抜けようとする。
森の真っ只中にぽっかりと開けた場所に出たと思った瞬間、目の前に黒く異様な光が落ちた。
すさまじい轟音に思わずしりもちをついてしまったフレイを、小さな体でアムルがかばうように前に立った。
やがて土煙が晴れて目が開けられたときに飛び込んできた光景は、地獄であった。

「なによ……これ。一体どうなってるのよ!」

「ひどい……」

散らばる肉片と今もなお広がり続ける血の海。
血の海の中でオーブが放つ光の柱のある祭壇を守って立つのは、全身頭から足の先まで漆黒の鎧に包み込まれた男であった。
その男の手の中で、全身を黒いやけどで覆われたスカリアが虫の息で持ち上げられていた。

「馬鹿な……きさ…………なにも」

最後に信じられないとばかりにつぶやいたスカリアが、男の手から開放されて血の海の中に倒れ沈み込んだ。
アムルとフレイ、そして漆黒の鎧に包まれた男以外、この場で動くものは何もない。
敵か、それとも味方なのか。
大勢の屍から興味を失ったその男が、ゆっくりとフレイとアムルに振り返り呟いた。

「遅かったな、光の勇者よ」

言葉の意味よりもその声そのものに、フレイはびくりと身をひるませた。
暗い、まるで男が身に着けている漆黒の鎧のように全てを飲み込もうとするような声であった。
だがアムルはフレイとは反対に、武者震いのように身を震わせていた。

「ア、アム?」

「姉ちゃん。敵だ」

その言葉を示すように、アムルは初めて誰に言われるでもなく背中の近いの剣を鞘から解き放って空へと掲げた。
自分から剣を抜くなどただ事ではないと、フレイが止めようとするがアムルは聞く耳を持ってなどいなかった。
ただ目の前の漆黒の甲冑の男が敵であると何度も繰り返し叫ぶ。

「敵なんだよ。こいつは俺の敵なんだ!」

「そうだ。知っていなくとも、解るはずだ。それがお前と私の魂に刻まれた宿命。我が名はシン、光の勇者であるお前の対となる闇の勇者だ」

アムルの言葉を肯定するように漆黒の甲冑の男が冷静に呟いてきた。
光の勇者と闇の勇者、その言葉に触発されるようにアムルが漆黒の甲冑の男へと向かって駆け出そうとする。
だが平然と魔族たちを殺しつくした男に向かわせられるわけがないと、フレイがアムルにしがみついてその足を止めた。

「離してよ姉ちゃん。やらなきゃ、こっちがやられちゃう!」

「駄目、駄目よアム。お願いだから私の言うことを聞いて、アイツに手を出しちゃ駄目」

それでもしがみついた腕は、すぐに振り払われてしまう。

「天と地を創りし精霊ルビスよ」

そしてアムルが呟くのは、フレイでさえ聞いたこともない呪文の詠唱。
その詠唱が呼び寄せるのは、遥か頭上に広がる暗雲。
フレイはその聞いたことのない呪文の詠唱を聞いて、言い様のない恐怖が体を駆け巡っていた。

「止めて、その力を使わないで!」

言葉通り決して使わせてはならないと叫ぶが、すでにアムルの目にフレイは映りこんでさえいなかった。
誓いの剣を空へと掲げて詠唱を終わらせると、最後の呪文を唱えた。

「汝の偉大なる力をもって我に金色の鉄槌を与えたまえ、ライデイン!」

空に集まった雷雲から、誓いの剣の上に稲妻か落ちた。
まるで空を破ったような轟音と、その衝撃にフレイはアムルのそばから吹き飛ばされてしまう。
地面の上を転がされながらもアムルへと手を伸ばすが、すでにアムルの意識は目の前にいる漆黒の鎧の男に引き寄せられていた。
そして吸い寄せられるように、稲妻をまとった誓いの剣を振り上げ走った。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

向かってくるアムルに対して、少しの冷静さも失わずに漆黒の甲冑をまとった男は、自らの手の中の剣を空へと掲げつぶやいた。
それはアムルの唱えたものと似ているが異なる詠唱であった。

「天と地を創りし精霊ゾーマよ。汝の偉大なる力を持って我に漆黒の鉄槌を与えたまえ、エビルデイン!」

アムルとは対照的な漆黒の稲妻が空より男の掲げた剣へと落ちた。
対となる存在と呟いただけのことはあり、それはアムルとまったく同じ魔法剣の力である。

「駄目ェーーーーーーーー!!」

フレイの叫びはただ空しく響くばかりで、二つの巨大な力が止まることなくぶつかり合おうとしていた。

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