第三十八話 オルテガの問い


「それじゃあ、おっちゃん。もう、行くね」

「ピ〜……」

一度掘り起こされてから盛られた土の上に刺さる大戦斧。
朝日を浴びて鈍く光るそれに向けて言うと、アムルは一度だけ泥だらけになった腕で目元をぬぐった。
尽きる事のなかった涙もそれで終りを迎えたが、その顔にはまだやりきれなさが残っていた。
後悔と言っても良いかもしれない。
もっと自分が強ければ、殺さないほどに強ければと。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、我が身を彼の地へ運びたまえ」

魔力の幕が球状となってアムルを包み込む。
最後にもう一度だけアムルは、墓石の代わりに突き刺した大戦斧を見た。

「ルーラ!」

最後の呪文によって完全にアムルの姿が魔力の球に包まれて、空へと飛んでいく。
それも一瞬の事で、次に目を開けたときにはバハラタの街の入り口に立っているはずであった。
だがアムルは肝心な事を忘れていた。
転移の呪文であるルーラを完璧に使いこなせていないことを。

「へっ?」

「うわっ!」

膨れ上がった光が着地した瞬間に見えたのは、驚き顔のフレイ。
着地と同時に弾け飛んだ光の中でアムルはフレイを巻き込んでゴロゴロと転がっていった。
転がる事でようやく勢いがそがれていき止まった時には、フレイを下にしてアムルがその胸に飛び込む形となっていた。
見詰め合う事数秒、フレイは自分の胸に飛び込んできたものを思い切り抱きしめた。

「ア、アム! なにこれ、夢じゃないよね。ちゃんとここにいるよね!」

「ぶっ……く、苦しい」

抱きしめられているアムルには見えなかったが、そこはバハラタの街にあるとある広場。
昨晩アムルが宴の為にと連れて行かれた場所であった。
そこにはフレイだけではなく、レンとセイの姿もあった。

「おいフレイ、喜ぶのは良いがその辺にしておけ。どこに怪我をしているのかわからんのだぞ」

「あ、そう言えば。どこ、どっかに怪我してない? 痛いところは?!」

「怪我はないよ。それは姉ちゃんたちこそ」

ようやく解放されたアムルが見たのは、大怪我というほどのものではないが、腕などに包帯を巻いたフレイたちの姿であった。

「これは……おじさんの仲間とね」

言ってしまってから、フレイは聞かねばならない状況になってしまったと気付いた。
もうすでにその名を出してしまっているのだから。

「アム……アムがここにいるって事は」

「勝負自体は俺の負けだった、でも死んだのはオルバのおっちゃんだった」

「どう言う事だ?」

どう聞いて良いかわからないフレイの変わりに、レンが訪ねたが、アムルは首を横に振った。

「わかんないんだ。確かにあの時血だらけで座り込んだ俺の前でおっちゃんが大戦斧を振り上げた。それから意識を失って、気がついたときにはもう…………おっちゃんは死んでた」

「そうか」

それ以上に詳しく聞くのも酷だろうと、レンはそこで追求を止めた。
止めざるをえなかった。
アムルが明らかに被害者とはいえ、それで納得できるはずもない事は死んでたと告げたアムルの顔が語っていた。
それを罪と受け取るかはアムル次第であるし、迷った時はレンにセイに、そしてフレイに打ち明けるであろう。

「兎に角、無事にアムルが帰って来たんだ。飯食わせてもらって、少し休もうぜ。得にフレイちゃん、一睡もしてないだろ?」

「姉ちゃん……寝てないの?」

セイの言葉を聞いて、ようやくアムルはこの早朝にフレイが外にいた理由を察した。
ずっとアムルの帰りを待っていたのであろう。
アムルが突っ込んでくる前にフレイが座っていた場所には、昨晩の篝火を利用した焚き火の跡もあった。

「ううん。もういいの。休もうアム……今はゆっくりと」

「うん…………」

諭すようにアムルを抱きしめながら呟くフレイ。
フレイと同じく一睡もしていなかったアムルは、その胸の中で安心したように眠りに落ちていった。





アムルが寝入ってしまった後に、同じようにフレイも広場で寝入ってしまう事になった。
レンとセイの手によって宿に運ばれた二人が目覚めたのは、太陽が丁度真上へと来た頃である。
その頃にはすでにバハラタの街中にアムルの帰還が知れ渡っており、二人が起きてから宴のやり直しを申し出られた。
だが黒胡椒を届けるという先を急ぐ理由もあって断ると、簡単な食事だけを貰ってから再びアムルたちは街の人々が集まる広場へと向かった。

「本当にもう行ってしまうの? まだ十分なお礼をしてすらいないのに……」

「ゆっくりしたいのは山々だけど先を越される前に黒胡椒をロマリアに届けないといけないから」

昨晩の宴はアムルたち主賓がいないまま潰れてしまい、本当に済まなそうに言ったのはタニアだ。
潰れた原因はアムルたちにあるのだが、それはそれと言った所だろう。

「それに目的の黒胡椒もそれだけでいいのかい?」

「ワシからもお礼として樽で幾つか容易はしておいたぞ」

グプタとお爺さんが言っているのはアムルの手の中にある片手で持てるか持てないか程度の大きさの袋である。
街の人を救ったお礼としては少ないと思っているのだろう。
おじいさんの横には本当に樽が十個近く用意してあった。

「フレイちゃんやアムルのルーラじゃ、まだ着地が危ういしね。着地した途端に樽が木っ端微塵になるのが落ちさ」

「うっさいわね。謙虚って事にしときなさいよ」

「それに足りなければ、また貰いに来る」

「そうですか、その時はどうぞ遠慮なくお越しください。街人総出で出迎えますぞ」

最後にレンが謙虚でない所を見せたおかげで、ようやくお爺さんもグプタも納得してくれたようだ。

「アムル君、本当にありがとう。いつでも遊びに来てね」

「うん、いつかね。直ぐとは言えないけど、いつか」

「それじゃあ、行くわよ。天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、我が身を彼の地へ運びたまえ。ルーラ!」

街の人たちが手を振ったりお礼の言葉を叫ぶ中、フレイの魔力が四人を包み込み始める。
その魔力球が完全に四人を包み込むと、浮いたと思った瞬間には空へ吸い込まれる様に飛んで行ってしまう。
バハラタからノルドというドワーフがいる洞窟がある山脈、少しの平原から海を超えてロマリアへと一直線に飛んでいく。
もっとも一秒にも満たない時間であるので、魔力の球の中にいるアムルたちに真下の風景は目にさえ映らなかった。
目が何かを移す頃には、そこはすでにロマリアの城下町前の何も無い草原であった。

「到着っと。どんなもんですか。ちゃん〜んと無事に着地出来たでしょ? ってあれ?」

何事もなく着地できたのが嬉しかったのか、クルリと振り向いた視線の先にはアムルとレンがいた。
誰かが足りないと、三人の視線が自分達が建っている場所の斜め下へと視線を向けると、地面に頭から突っ込んでいるセイがいた。
どれだけ頑丈な頭をしているのか、擦ってえぐれた地面があった。

「フ〜レ〜イちゃ〜ん、わざとでしょ? わざと俺だけ」

「さ〜て、さっさとロマリア王に黒胡椒を突きつけに行きましょう。父さんに聞かされたという話を聞かないといけないし」

「思ったより長旅になっちゃったもんね。先を越されていなきゃ良いけど」

文句を言おうとしたフレイは、さっさとアムルと一緒に街へと歩き出していた。

「冷てぇ〜、最近皆が冷てぇよ。ボケがいがねぇ〜」

「おい、馬鹿。男の泣き真似など見苦しいだけだ。これでも使ってろ、さっさと行くぞ」

言葉と共に、泣き崩れる真似をしていたセイの頭に、レンの言葉と一緒に小さな袋がたたきつけられた。
それを手に取ると薬草が入った袋であり、セイが顔を上げた時にはレンの足もロマリアの城下町へと向かっていた。
後ろからで良く見えなかったが、その顔が少し照れているように見えたのはセイの気のせいなのか。

「レンちゃ〜ん、お礼のキッスを受け取って!」

「う、うおぉ。止めんか、馬鹿者!」

後ろから抱きついたセイの体が、ひるがえったレンの剣によって鮮やかに宙を舞った。





ポルトガの城の城門前まで行くと、そこで番をしていたのが以前と同じ門番の男であり、今回はすんなりと中へと入ることを許された。
そして通されたのは宰相であるヒギンズと会談を行った部屋であり、先に黒胡椒の真偽を確認するつもりなのか、アムルたちは待たされることとなった。
部屋の中央にある長方形のテーブルの四方に置かれたソファーのうち、二人様のにフレイとアムルが並んで座り、一人用のソファーにそれぞれレンとセイが対面となって座る。
しばらくメイドに出されたお茶をすすりながら、喋っていると客室のドアが開いて宰相であるヒギンズが入ってきた。

「お待たせしてすみません。なにぶん王の代わりに私がほとんどこの国の政を仕切っているものですから。それで黒胡椒の方は?」

「量については何も言われなかったからコレだけです。足りなければすぐにでも取りにいくけど」

アムルがテーブルの上に置いた黒胡椒入りの袋を開いて中を確認すると、ヒギンズは十分だと頷いていた。
黒胡椒そのものは当然のことながら、どうやら量についても問題ないようである。

「王一人の腹を満たすには、十分すぎるほどです。それでは私はこれを持って王を部屋から呼び出して参ります。今しばらく」

「その必要は無い」

その若い男の声に一番反応して、入り口のドアへと振り向いたのは宰相であるヒギンズであった。
アムルやフレイたちも誰だろうと思っても、その聞き覚えの無い声になんとなく振り向くぐらいだ。
客室のドアを開けたそこに立っているのは、若いと言える事は言えるが、レンやセイよりは確実に歳が上の男がいた。
服は朱の衣に金の刺繍とそれなりのものだが、乱れた髪を無造作に手で掻いて、無精ひげに寝ぼけ眼と、なんとも王宮に似つかわしくない男である。

「王、何故部屋をお出になられたのですか?!」

「オルテガの子がこの城を訪れた事は小耳に挟んでいたからな。そいつらがたった今戻ってきた事も。それよりお前は黒胡椒を厨房に持って行っておいてくれ。飯はここでこいつらと食う」

ヒギンズとのやり取りで、今目の前にいる人がポルトガの王だということは理解できた。
だがあまりにもイメージとの差に、さすがのレンやセイも驚きを隠しきれていない。
オルテガの言葉に恐怖を抱いた事から、勝手に気弱で歳のいった王を想像していたからだ。

「それでは王、私は席を外しますゆえ。この者達だけには包み隠さずお話くだされ」

黒胡椒の入った袋を持って、ヒギンズは部屋を退室していった。

「本当に……王様なんだ」

いまだ信じきれないフレイがポロッと漏らしてしまい、あっと口を閉ざす。
まずかったかなと恐る恐るフレイがポルトガ王に視線をよこすが、怒った様子は無かった。

「そう硬くならなくて良い。俺はまだ二十八で、少なくともお前らと同じ若者のつもりだ。人の目の無いここでは、気楽にして欲しい」

「では遠慮なく聞こう。ポルトガ王、貴方はオルテガから何を聞き、何を恐れている?」

「いや……レンちゃん、いくらなんでも単刀直入すぎるだろ。もうちょっと気さくな人でよかったなぁとか。その辺から会話に入ろうぜ」

直球で聞きすぎるレンにセイが心配そうに突っ込みを入れるが、すぐにアムルが続いた。

「俺も聞きたい。ポルトガ王にとってはつらい事かも知れないけど、聞いてみたい。それで少しでも父さんの考えに近づけるなら」

「アタシもポルトガ王さえ良ければ……」

「いや、本音では俺も聞きたいんだけどね」

結局は四人ともオルテガが何を言ったのかを気にしており、意見の一致を見たところでポルトガ王に視線を集中した。
相変わらずやる気があるのか無いのかポルトガ王は、ボサボサの頭を掻いている。
そしてふいにその行為をストップさせると、ポルトガ王は決心したように切り出した。

「人は何処から来て、何処へ行くのか」

誰が言い出したのかはわからないが、誰もが知っているそのフレーズ。
ポルトガ王の決心した言葉に反して、四人の誰もがそれだけっと拍子抜けしていた。
少なからずやる気はあるのかという視線がポルトガ王に集まる。
ポルトガ王自身そんな視線に気付いているのか、取り繕うことなく先を続けて、尋ねた。

「自分が何の為にという意味であれば私は答えられる。私はこのポルトガという国と民を愛しているし、平和を保ちつつ更なる発展を願っている。私は生涯ポルトガの為にこの身を捧げる心積もりである。ポルトガの国と民の為に生き、ポルトガの国と民の為に死ぬ」

そう言いきったポルトガ王は、アムルたち一人一人を眺めていく。
値踏みするような感じを四人とも感じていると、ポルトガ王がレンに尋ねてきた。

「ジパングの若き剣士よ。君は何の為に生き、何の為に生きる?」

「話の筋が読めぬが……私は強くなる為に生き、強くなる為に死ぬ。もちろん自分を粗末にしているわけではない。戦う事でしか得られぬものを求めているだけだ」

それが求めていた答えとあっているのかいないのか、ポルトガ王は次にセイに向かって同じ事を尋ねてきた。

「では遊び人の君は、何の為に生き、何の為に死ぬ?」

「嘘や冗談がまかり通る雰囲気じゃないな。だから答えられない。俺も求めているものはあるが、それは俺以外の人に対してだ。今ここで言うことはできない」

いつものちゃらんぽらんなセイらしくない言葉であったが、フレイとアムルに突っ込む余裕はなかった。
順番的に同じ事を聞かれそうな雰囲気であり、特にフレイの方が必死になって考え込んでいた。
アムルの方がすんなり答えが見つかったようだが、運悪くポルトガ王は次にフレイに尋ねてきた。

「オルテガの娘である君は、何の為に生き、何の為に死ぬ?」

「えっと、私は……魔法使いだけど魔法を極めるつもりなんてないし。他にやりたい事も、とりあえずアムのそばにいられれば良いかなって」

しどろもどろになってフレイが言った言葉にも、ポルトガ王は何も言わなかった。
一体この問答に何を求めているのか、どんな意味があるのか解らないまま、最後のアムルへの問いかけが行われた。

「では最後に、オルテガの息子にして勇者を継ぐべき子よ。君は何の為に生き、何の為に死ぬ?」

「父さんを探し出して、勇者の名を貰う。その為には死んでも良いなんて軽々しくは言えない。ただもう、誰にも死んでは欲しくない」

アムルの返答を聞き終えると、ポルトガ王はそっと目を閉じた。
まるで四人それぞれの答えをかみ締めるように。
逐一回りくどい事この上ない事であったが、先を急がせるわけにも行かず四人は黙ってポルトガ王の言葉を待つしかなかった。
まだオルテガに何を言われたのかさえ聞かされないままであるのだ。
いい加減誰かが先を促そうかと口を開いた時、ポルトガ王が言った。

「大なり小なり、人は自分が生まれてきた意味を自分自身で決める。だがそんな事になんの意味がある?」

「どういうことだ?」

待ちに待った言葉が、それぞれの言葉を否定するような言葉であり、特にレンが怒りを持って反応してしまっていた。

「気に障ったのなら許してくれ。だがオルテガは私が先ほど君達に聞いたように、私にも同じ事を聞いてきた。その上で私も同じ事を言われたよ。そしてオルテガはこうも言った。我々人間は精霊ルビスによって造られた。それを踏まえて人は何処から来て、何処へ行くのかと言うのならば、世界は何処から来て、何処へ行くのか」

「世界が何処から来て、何処へ行くのか? さっぱり意味がわかんないや…………痛ッ、姉ちゃん?」

ソファーの上に置いておいたアムルの手に、フレイの手が重ねられていた。
そのまま痛みをもたらすほどに強く握り締めている。
ポルトガ王の、かつてオルテガが言ったらしき言葉を聞くにつれ、フレイの顔色が悪くなっていく。
青くなった顔と、前を向いているがその目はポルトガ王ではない誰かを見つめていた。

「世界に定められた行く末があるのならば、我々のような一人の人間の行く末にどんな意味がある?」

「ち……がう…………」

ポルトガ王は自分の思いのたけを語るのに夢中で、フレイの変化に気付いていなかった。

「精霊ルビスは、何処から来て何処へ行くのか。我々や世界を造った精霊にでさえ何か意味があるのだろうか。もしかすると我々やこの世界、精霊でさえ何か一つの答えを求めるための」

「違う、絶対に違う!!」

一際大きな声で叫んだフレイの声に、ポルトガ王の独演は遮られていた。
最後に何を言おうとしたのか解らないままであったが、フレイにはそれが何であるか解ってしまっていた。
痛い位に騒ぎ立てる心臓は、フレイが冷静になる事を許してはくれない。
ただ胸が痛くて、安心を求める為に手を伸ばした。

「私たちは道具なんかじゃない。だって心があるもの。だから泣いたり笑ったりできる。心があるから、心があるから私は」

「ね、姉ちゃッわ!」

いきなり取り乱し始めたフレイが伸ばした手にアムルは抱き寄せられてしまう。

「心があるから会いたいと願った。例え誰を裏切る事になっても、私は会いたい願ったからここにいる。この子のそばにいる」

「ちょっと、姉ちゃん。王様のま、え?」

抱きすくめられたアムルが、抵抗してフレイを見上げた時には、その顔が十センチにも満たない目前であった。
これまででも同じぐらいに顔が近づく事は何度もあった。
なのに今のフレイの顔を見て、アムルは何故だか抵抗する気が薄れてしまった。
濡れた瞳で近づいていくフレイの唇をアムルは受け入れようとする。
ついに触れ合ってしまった二人の唇だが、それも長くは無かった。

「な、な……なにをやっとるか!」

ついつい見入ってしまっていたレンが、ハッとして二人を引き剥がしに掛かったからだ。
引き剥がした瞬間にあっとフレイの口から名残惜しそうな声が聞こえたが、この際無視した。

「一体貴様は何をとち狂っている。おと、アレはお前の弟だろうが! いや、弟とか言う以前の問題だ!」

「あれ、なにが? えっと…………あ。わ、返して、行き成り何してんのよ。アタシのファーストキス返せ! アムの馬鹿!」

「う、うぅ……」

すっかり責任転換をしてアムルに詰め寄ろうとするフレイだが、俯いて真っ赤になっているアムルにはもはや喋る事すら出来なさそうである。

「アンタが照れんな。恥ずかしくて死にそうなのはこっちなのよ!」

「大丈夫だ、フレイちゃん。口直しに俺が熱いベーゼを」

「貴様はしゃしゃり出てくるな。話がややこしくなる!」

すっかりポルトガ王の前だということを忘れて、押さえ込んだり殴ったりとしっちゃかめっちゃかである。
主に押さえ込まれたり殴られているのはセイだが。
その様子を見ながらポルトガ王は咎めるわけでもなく、微笑を浮かべながら見ていた。
もうすでに、欲しかった答えは貰っていた。
自分達は世界の、精霊の、さらに上にいるかもしれない存在の道具ではない。
それは心があるから、自分で道を選ぶ事が出来る心があるから。

「我々は心がある故に道具ではない、か。全く持ってその通りだ。私は一体何を悩んでいたのだろう。それは私の未熟な心が招いたものか」

一人納得したように真面目に頷くポルトガ王を、もはやこの部屋にいる客人の誰もが気にとめていなかった。
フレイに抱きつこうとしていたセイを、レンが襟首を捕まえた所に、アムルが連携で殴りかかる。

「姉ちゃんに手を出すな!」

「ふごッ」

「大体貴様は隙がありすぎるんだ。だからこの馬鹿が調子に乗るんだ」

「良いわよ別に、襲われても今みたいにアムが守ってくれるから。それともなに? まさかレンってばこんなのに」

「ち、違うぞ。誰がこんな馬鹿な男に」

先ほどアムルに殴り飛ばされた場所をレンが指差すと、すでにそこにはセイの姿は無かった。
一体何処へと部屋を見渡すと、もうダメージから復活したセイが、アムルの首に腕を回してささやきかけていた。

「ようようアムル。フレイちゃんの唇はどんな感触だった。美味しかったか?」

「うぅ…………や、柔らかかった」

「よーし、よく言った。フレイちゃんと間接キッ」

「「「やめんかー!!」」」

アムルの顔を両手で固定して狙いを定めたセイに、三人から同時に突っ込まれる事になった。

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