第三十六話 止める者たち


これまで近隣の街の人々を怯えさせてきた人さらいの集団の壊滅。
その報は瞬く間に広がっていき、当然その張本人たちがいるバハラタの街は宴の準備におおわらわであった。
人さらいの集団の壊滅の報を聞いて、さらわれた娘達を迎えにきた者や、その英雄を一目見ようとバハラタに訪れる者もいたからだ。
押し寄せる人の波が街中にあふれても、宴の準備を怠るわけにはいかずに、続けられていた。
例え日が暮れようと、かがり火を盛大に炊き上げても行うつもりであった。
そんな中、事の張本人たちは急遽用意された最高級の宿の一室にいた。

「すごい人だな、ちょっとノアニールでの宴を思い出すな。ミイネちゃん、元気かなぁ。トリィちゃんも、シアちゃんも」

人が押し寄せるからと隠すように敷かれたカーテンを少し開けて外を覗いていたセイが、笑いながら呟いた。
だが振り向いたそこは、街の雰囲気とは間逆に冷め切っていた。
人さらいのアジトからずっとそうなのだが、レンは不機嫌そうに押し黙っているし、アムルは時折涙ぐんではグッと耐え、フレイはなんだか思いつめた表情をしている。

(どっちの意見も解るんだよな。単に腕力的な強さじゃなくて、状況をみる強さを持って欲しかったっても、大事なものを傷つけられて怒らない方が間違ってる。どうしたもんか)

それでレンとアムルの落ち込みは理解できるのだが、フレイの落ち込みまではさすがにセイもわからなかった。
主賓がこんな落ち込んだままで迎えるバハラタの人たちも可哀想で、なんとか出来ないかと考えをめぐらしていると、落ち込んでいるはずのフレイが景気良くその両手を叩いた。

「さってと、レン。それにアム」

たった一度手をたたいただけで気持ちの整理がついたのか、フレイの顔が笑顔に戻っていた。

「何時までもピリピリしてても何にも良い事ないわよ。失敗は失敗、これから繰り返さなきゃ良いのよ。落ち込んだまま、また繰り返したら落ち込み損じゃない、ね?」

「まあ、私もアムルに状況を見ることを注意させてこなかったからな」

髪を片手でかき上げながら自らの非を認めたレンに対し、アムルのほうはまだ気にしていた。
椅子に座り込んで両手を合わせて握り込んだ手が、ギリっと悲鳴を上げている。

「ほら、アムも何時までも気にしない。何より不味いのは反省もせずに失敗を繰り返すこと。一度反省したら、後は繰り返さないだけ。反省は一度、オッケー?」

やっと俯いていた顔を上げたが、潤んだ眼が理解を示していなかった。
だからフレイは包み込むように抱きしめる。

「大丈夫、アムはきっと強くなれるから。今よりもっと、もっと。だから強くなれるおまじない」

両手でアムルの顔を上向かせて、その額にそっと口付ける。
最初は何をされたのか解っていない顔であったが、次第にアムルは泣くのを我慢しながらくしゃくしゃの笑顔を作り出す。
その顔があまりにおかしくて、フレイがぷっと吹き出すと、セイが、レンが笑い出す。

「ブッ……泣くか笑うかどちらかにしろ。かなりのブサイクだぞ」

「いいんじゃないの。良い顔してるぜ、アムル。マイナスの方向にだけどな、それじゃあ持てねえぞ」

「ウグ、変じゃないもん。笑ってるんだもん!」

ゴシゴシと涙を拭いて、笑う事に専念したアムルにフレイが告げる。

「さあ、宴にお呼ばれする前に顔を洗ってらっしゃい。顔を洗ったら先に会場の方に行ってていいから」

「先にって姉ちゃんは?」

「アタシのレンはドレスアップって所、この馬鹿も個人的にネ。うんっと綺麗にしてくから楽しみにしてらっしゃい」

「うん、それじゃあ先に行ってるから。キーラもおいで、一人じゃ待ってるのも暇だもん」

「ピーーーッ!」

キーラを頭に乗せてバタバタと走って行ったアムルを見送り、ドレスアップ云々に抗議の言葉をレンが上げる前に、フレイが二人に振り返った。
そこには先ほどまでにアムルに向けていた笑顔は欠片もなかった。
すべてではないにしろ、先ほどの態度と会話が演技かとセイとレンが瞬時に悟るほどである。

「レン、それにセイ。私に力を貸して欲しいの。ある人を止めるために」

「ある人?」

「ジンバ、いや。オルバの事か」

ようやくレンの中で、人さらいのアジトの前で浮んだ疑問が繋がった。
名前は適当であろうが、何処となく語感は気になっていた。
だが何よりもフレイがアムルだけを外へと向かわせた、関わらせたくない人物など他にはいない。

「そう、オルバおじさんを。私はあの人を止めなきゃ、最悪殺さなきゃいけない」

何の為にとは、聞き返す必要さえなかった。
何故ならオルバの目的がアムルの殺害である事は、レンもセイも承知であったからだ。

「でもちょっと待ってくれよ、フレイちゃん。オルバって、俺は話にぐらいしか聞いてないけど、ロマリアでのカンダタを名乗った男だろ? なんでそいつがこんな所に?」

「それはただの偶然だし、討論する意味はないわ。止めるか、止めないか。私を手伝ってくれるかどうか。私が聞きたいのはそれだけよ」

「つまりそれが人さらいのアジトで悩んでいた事か」

納得がいった顔をしてレンが呟いたが、フレイが静かに首を振ってきた。

「違うの。頼めば、レンもセイもついて来てくれると思ってた。私が悩んでたのはあの人の言葉に対してなの。今夜、あの橋を渡ってすぐの場所にアムルを連れてこなければ、バハラタに住む人を手当たり次第に殺すって」

「殺すって、何の関係もない人を……アムル一人誘い出すのに、ロマリアの王宮に忍び込むほどの奴だ。本気だろうな」

「例えどんな理由があろうと、オルバの行動と言動は眼に余る。止めるぞ」

言いながら、レンは壁に立てかけていた剣を手に取り、帯びに差し込んだ。

「ま、それしかないわな。フレイちゃん、俺も行くよ。と言っても回復要員だけどね」

「ありがとう、二人とも。場所は昼間行った森の手前。橋を渡って直ぐのところよ」

変わらぬおどけた様子で言ったセイに、そしてレンにフレイは真っ直ぐ頭をさげた。
ついて来てくれるはずと思ってはいても、実際に言葉に出してもらえたのならば、こんなに心強いものはなかった。
フレイのお礼にやや照れたレンとセイだが、すぐにその顔を引き締めていた。
バハラタの街は今お祭り騒ぎであり、抜け出すには迅速な行動が必要であり、最低限の武器だけを持って三人は街を抜け出していった。





お祭り騒ぎで人が大勢街にいたとはいえ、すでに日が落ち始め薄暗くなっていたために街を出るまでに誰かに見咎められる事はなかった。
もっとも街の隅から隅へとフレイたちの顔が知れ渡っているかと言えば、そうでもないからであったが。
三人は出来るだけ急ぎ、本日二度目となる道を走ってあの森へと急いだ。
もうすでに視界の中にはあの森の上部分が納まり始めており、たどり着くまでに三十分もかからないであろう。
正確な時間こそはわからないが、オルバがバハラタへの虐殺を行動し始めてからでは遅い。

「フレイちゃん、確認だけどオルバは日が落ちてからって言ったんだな?」

「うん、だけどあそこからバハラタに行くには一本道でしょ。最悪間に合わなくても、あの森に行くまでに鉢合わせになると思う」

とは言ったものの、キメラの翼でも使われた日には鉢合わせる事すらないかもしれない。
セイもその可能性を言葉以外の所で理解したのか、足が速まる。

「止まれ!」

急がねばならない状況で、先頭を走っていたレンが両手を挙げてセイとフレイを止めた。
口に出したとおりに鉢合わせたかと二人は身構えたが、レンの様子からそれは違ったようだ。

「ちっ……こんな時に、人さらいの残党か。一人、二人……三人」

ゆっくりと首を前後左右へとめぐらせたレンが呟き、隠れている人数を言い当てる。
一つは右手に転がる岩の陰、一つは左手にある草葉の陰、そして最後の一つは背後になる草葉の影。
時間が惜しいとばかりにレンが叫んだ。

「潜んでいるのは解っている。こそこそしていないで出てきたらどうだ!」

シンとしたまま、夜が近づき冷え始めた風だけが駆け抜ける。

「フレイちゃん、時間が惜しいから怪しい所に適当に魔法を打ち込もう。俺が左右の二人にバギを打ち込むから、フレイちゃんは後ろを頼む」

「後腐れのないようにキツ目にいくわよ。相手にしてる時間が惜しいわ」

「「天と地にあまねく精霊たちよ!」」

息を合わせてセイは両手を広げて、フレイが振り向き様に呪文を唱えた。
脅しだと思ったのか、隠れている者たちにまだ動く気配はなく、二人は同時に唱え終わる。

「メラミ!」

「バギ!」

炎と風の刃が何者かが隠れている場所をを襲う瞬間、彼らが飛び出した。
西日によって茜色に光る鋼の鎧を着た彼らは、魔法をかわして飛び出したそのままに、剣を掲げて三方向からフレイたちに襲い掛かる。
レンはとっさにフレイへと向かってくる男の前に立ったが、今はアムルがいない事を思い出す。
セイを守るべき前衛がおらず、しかも向かってくるのは二人。
相手の剣を受け止めながらセイへと叫ぼうとするが、思いのほか重い一撃に息が詰まる。

「レン、伏せて。邪を撃つ氷礫を我に与えたまえ、ヒャド!」

剣を重ね合わせた事で動きの止まった隙を突き、レンが伏せた事で見えた相手に向けてフレイが氷の矢を牽制で打ち込む。
もちろん防がれるであろう事を見越して、伏せた状態でレンが足元を同時に切りつけた。
だが相手のほうが動きが早く、後ろに飛びながらも丁寧に氷の矢を防がれる。

「なんて奴だ。隙が隙でない……そうだ、セイ!」

相手との距離が開いた所で振り返ると、

「のぉ、うわばぁ!」

なんとも表現し難い奇怪な動きで、二人からの斬撃をかわしているセイの姿があった。
どうにも脱力する光景ながら、フレイが牽制のメラを撃つと、相手は引き下がり距離をとる。
三対三とはいえ、完全に囲まれた形となってしまったが、ようやく相手が誰であるのか視認する余裕ができた。
全身を鋼の鎧で包み込み、かつ誰もがレベルの高い剣術を扱う相手……明らかにただの人さらいであるはずがない。
なによりも、レンとフレイは名前こそ知らないものの彼らの姿を見た事があった。

「アンタたち、オルバおじさんの仲間……」

「何故カザーブの自警団である貴様らがいる。オルバはどこだ!」

そう、レンの言うとおり彼らは、以前シャンパーニの塔で出会ったカザーブの自警団員であった。

「カンダタ様の名を語る盗賊団がいるとオルバ様から知らせを頂いてな」

「ならご苦労なこった。そいつらはもう俺達が退治しちまったよ」

だから帰れという意味でセイは言ったが、彼らの繭一つ動かす事すら出来なかった。

「そのような事は先刻承知。我らの新たなる任務は、お前たちの足止めだ!」

再び彼らが剣を掲げ、襲い掛かる。





用意された宿を飛び出したアムルは、表で待っていたタニアに捕まり、宴の主賓席へと連れて行かれていた。
立食となっている会場に、一つだけ用意された真っ白なシーツをかけられた長いすへと座らされる。
すると次々にアムルの前にあるテーブルへと肉やパン、各種果物が入った籠が並べられていく。
そんなご馳走を前にキーラは待てないとばかりに、アムルの頭からテーブルへと飛び降りてよだれをたらし始める。

「はい、アムル君ジュース。飲むでしょ? キーラ君も遠慮せずに食べていいのよ」

「ジュースはもらうけど、俺はまだいいよ。姉ちゃんたちを待ってるから」

「ピィ〜」

アムルがそう言った途端よだれをすすって悲しそうな声をキーラが上げたため、アムルがお前まで待たなくてもと言ってやる。
すると悲しい声が一転し、嬉し鳴きをしながらキーラが手当たり次第に食べ物を口に放り込み始める。

「ふふっ、よっぽどお腹が空いてたのね」

キーラの食べっぷりにタニアが笑うと、クゥっと誰かのお腹が鳴った。
誰と疑わずとも、お腹を押さえ恥ずかしそうに顔を赤くしている時点で、アムルであった。
待っていると言った傍から鳴った事が恥ずかしく、やや上目遣いでタニアを見上げている。

「ちょっとぐらいならお姉さんもなにも言わないと思うわ。それに我慢は体に毒よ」

「だったら……ちょっとだけ」

そう言って籠に入った果物に手を伸ばすアムルを見て、またタニアがふふっと笑う。
笑われたのかと少しだけアムルが口を尖らせる。

「むぅ」

「ああ、ごめんね。別に笑ったわけじゃないの。ただ、あんな恐ろしい人たちから私たちを助けてくれたのが、アムル君みたいな小さな子だなんてね」

フォローのつもりであったようだが、小さいという一言でますますアムルは口を尖らせてしまう。
なんと言えばいいのかタニアが思案していると、ふいにあどけない顔で唇を尖らせていたアムルの顔が一変した。
今まで見た事もないそんな顔に言葉を失っていると、かがり火が炊かれているはずなのに一瞬で辺りが暗くなった。

「危ないッ!」

一体何故と考える前に、タニアの体を抱いてアムルが椅子から跳んだ。
直後、轟音と共に直ぐ前にあったはずのテーブルが何か鋭いものによって真っ二つへと割られた。
様々な場所から上がる悲鳴の後、アムルが着地して降ろしてくれた事で、それが何なのか理解する事が出来た。
巨大な戦斧。
自分達がたった今座っていた場所の直ぐ後ろから振り下ろされたそれが、テーブルを叩き割ったのだ。

「お……おっちゃん」

「さすがに、奇襲だけで終わらせてくれないか。アムル、今日こそ……お前を殺す」

「なんで、おっちゃんがここに」

「やはり聞いていないか。ま、予想通りだがな!」

再び大戦斧を振り上げ向かってくるオルバに迎えうつように構えたアムルだが、直ぐ傍にタニアがいた事に気付く。
逃げてくれと言って、うまく逃げてくれるとも思えずに、アムルは構えをといた。

「掴まって逃げるよ」

「えっ」

大戦斧が振り下ろされる前にタニアを抱えて飛び上がる。
直後にその場に大戦斧が振り下ろされ、土くれとほこりが舞い上がる。
アムルがタニアを抱えて逃げなければ、間違いなくタニアごと押しつぶしていた。

「タニア!」

騒ぎに逃げ惑う街の人を掻き分けて、グプタが走ってくる。
アムルは少々危険だと思いながらも、タニアをグプタへと放り投げてよこす。

「グプタの兄ちゃん、受け取って。それから直ぐに逃げて!」

「解った、タニア!」

グプタの広げた両腕の中に、悲鳴を上げて放り投げられたタニアが飛び込んだ。
これで巻き込まれる事はないと安心したのもつかの間、気がつけばオルバが目の前で飛び上がりながら大戦斧を振り上げていた。
超重量級の武器を振り上げたまま跳び上がろうなどと馬鹿げているが、現にオルバは飛び上がっていた。
空中では上手くかわす事はできないため、アムルは背負っていた誓いの剣を鞘のまま自らの前へと立てる。
鞘の上から打ち下ろされた大戦斧が衝突し、アムルの体が地面へと振り落とされた。

「痛ッ」

地面に叩き付けられる事は避け、四肢をついて勢いを地面へと受け流す。
だが痛がるそぶりを見せる暇も無く、更に横に飛んで直ぐに今度は落ちる重力の力を利用した一撃が振り下ろされた。
逃げるように地面を二、三度転がってから、アムルは地面にめり込んだ大戦斧を引き抜いたオルバを見た。
自分を殺そうとする一撃はともかくとして、オルバは間違いなくタニアを巻き込む事をなんとも思っていなかった。
タニアはなんとか逃がす事が出来たが、このままでは誰を巻き込むか知れたものではない。

「よくかわすじゃねえか。だがそれも何時まで続くか?」

大戦斧の刃についた土くれを払い落とすために、大げさになぎ払う。
土を落とすだけなら良いが、そのせいで今夜の為に炊かれたかがり火が幾つか倒れて燃え上がる。
何時までもこの場で戦えば、何時近くの家に燃え移る事か。

「我武者羅に戦うだけじゃない。今一番しなくちゃいけないのは……」

アムルの中で、昼間のレンの言葉が繰り返される。
ならばそのためにしなければいけないことは何なのか、思いついたのはフレイが一度だけ使って見せた呪文。
試すどころか、自分に扱えるかも解らないその呪文が出来なければ不利になる事は目に見えていた。
それでも軽率だと叱責したレンの声を受け、アムルは拳に力と魔力を注ぎ始めた。

「うあぁぁぁぁ!」

「何ッ?!」

叫んだアムルの拳から、空に届きそうな勢いの炎があふれ出した。
それでも足りないとばかりに、さらにアムル自身を飲み込みそうな勢い良く燃え上がる。
見覚えのある光景に、オルバの背にジワリと詰めたい汗が浮んだ。

「侮れねえ奴だぜ。たった数ヶ月で自分の意志で力を操れるようになるとはな。やはり今日ここで、全てを終わらせる!」

その威力を知るがゆえに、オルバは大戦斧を上段へと構えた。
お互いに一撃必殺。
後の先はなく、先の先だけが通用する。
ジリジリと二人の足がにじり寄り、駆け出したのはアムルであった。
振り上げられる大戦斧を前に、アムルは何を恐れる事もなく真っ直ぐオルバへと向かっていった。
体を足を更に加速させ、大戦斧が振り下ろされる前に、更に加速させていく。

「死ねぇ、アムル!」

振り下ろされる渾身の一撃を前に、アムルのスピードが最高点へと達する。
矢のようなスピードで駆け抜けるアムルに、僅かに強張っていたオルバの放った大戦斧は追いつかず、懐へと招き入れてしまった。
殺られた、そう思った次の瞬間、アムルは拳ではなく両腕を開いてその体をオルバへとぶつけてきた。

「なっ、なんのつもりだ?!」

「終わらない、まだ。終わるのはここじゃない!」

そのままオルバの体を抱き掴むと、叫んだ。

「ルーラ!」

アムルが生み出した魔力の球は、空を飛び山を越えてある場所へと向かっていた。
時間にして数秒、歩けば十日ですまない距離を数秒で飛んだ先は、とある塔の前であった。
その塔が近づくに連れて魔力の球は低空飛行を始め、そして着陸する前に弾け、アムルとオルバを放り出した。
放り出された二人は、投げ出されるままに地面を転がりやがて止まった。

「イツツ…………お、おっちゃんは、それにここは!」

体中を打ち付けたアムルは直ぐに起き上がり、当たりを見渡した。
すぐに目に飛び込んできたのは一面の草原と少し離れた場所にある海、そして……

「シャンパーニの塔か。俺とお前が初めて戦った場所。なかなか粋な事をするじゃねえか」

オルバはアムルの数メートル前に立って、シャンパーニの塔を見上げていた。

「狙って飛んだわけじゃないよ。ただあのまま戦ってたら、バハラタの街がどうなるかわからなかった。だから、どうしても連れ出したかったんだ」

「へっ、いっちょ前に勇者気取りか」

「俺はまだ勇者じゃないよ。いつか、父さんからその称号を貰う」

それ以上言葉は要らないと、お互いに仕切りなおして構えた。
すでにお互いの意見は平行線であるし、言葉を交換し合うだけの意味も無かったからだ。

「行くよ、おっちゃん」

「ああ、来いアムル。今日この場所で、決着をつけてやる!」

最後にそれだけ言うとアムルは拳を握り締め、オルバは打ち直し更に強力になった大戦斧を構えた。
そして言葉以上のモノをぶつけ合う為に駆け出した。

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