第三十四話 予期せぬ再会


アムルとフレイが黒胡椒が買える店を道行く人たちに訪ねると、皆が一様に暗い顔になってから一つの商店を指差し教えてくれた。
そして去り際にこれまた一様に行っても無駄だろうけどと一言残して。
お店に物を買いに行って何が無駄なのか、結局誰にも答えてもらえないままに二人はそのお店へとたどり着いた。
バハラタで採れる黒胡椒を一手に販売しているお店にしてはこじんまりとしていて、誰も店番をしている気配がなかった。

「お休みなのかな?」

「一つしかないお店でお休みなんてとるかしら? すみませ〜ん、誰かいませんか?」

お店のドアを潜ってフレイが声を張ると、置くから転がり出るように一人の老人が駆け出してきた。
よほど慌てて出てきたのか、靴は片方しか履いておらず、危うく転びそうになる。
だが店に来たのがアムルとフレイの二人だけである事を見ると、明らかに肩を落とし、あまつさえお店の奥へと引っ込んで行ってしまう。

「あの、黒胡椒を売って欲しいんですけど」

慌ててフレイが声を掛けても、振り返ることなく老人は店の奥へと戻って行ってしまった。
お客に対する態度ではないと起こりたいところであるが、老人の肩を落とした様子が尋常ではなく、ためらってしまう。

「あんたら、黒胡椒を買いに来ても無駄だよ」

後ろから、店の外からかけられた声に振り向くと、そこには樽を抱えたおじさんがいた。
樽を抱えたまま、店内を覗くようにしてアムルとフレイに話しかけてきていた。

「無駄って、ここを教えてくれた皆が言ってたけど、なんで? 黒胡椒は無いの?」

「アタシたち、黒胡椒を買いにポルトガから来たのよ。単にありませんでしたじゃ帰れないのよ」

「確かに生産量は昔より落ちてるけどね。今の爺さん、この辺の黒胡椒の元締めなんだけど、つい一週間程前に孫娘が行方知れずになったんだ」

行方知れずと聞いて二人は、心当たりがあるようにお互いに顔を見てから、フレイが尋ねた。

「それってもしかして、人さらいじゃないの?」

「だろうね。それを探しに行った孫娘の恋人も同じ。つい二日ほど前にも一人の物好きが捜索に向かって行方知れずさ」

「なんで皆が探しに行かないの? 同じ街の人なんでしょ?」

攻めるようなアムルの言葉に樽を抱えたおじさんが、ばつが悪そうな顔になったのは一瞬だけのことであった。
変わりに浮かんだ表情は、濃い諦めの色であった。

「みんなどうして良いのかわからないんだよ。昔は何か事件があればダーマが出張ってくれてたから、年寄りでさえこれ以上被害が出ないように街の出入りを制限するぐらいしか思いつかないのさ」

確かにこれ以上の被害は出ないかもしれないが、今出ている被害が無くなるわけではない。
策があったのか、無策なのか一人で探しに行った物好きを褒めてやりたいぐらいである。
ますますこのまま黒胡椒を売るお店が開いていませんでしたで済ませるわけにはいかなくなり、二人は店の奥へと入って行った。
後ろからちょっと待てとおじさんの制止が入るがおかまいなしである。
二人が入ってきた事にも気付かずに、お店の奥で放心して安楽椅子に座る老人の下まで行くと、切り出した。

「爺ちゃん、できるだけ詳しく二人がいなくなった時の話を聞かせてよ。僕らも助けに行くから」

アムルがそう言いった時の老人の変化は劇的なものであった。
放心状態から一転、胸の内をぶちまけるように二人がそれぞれにいなくなった時の状況を話し始めた。

「元々人さらいが西の平原を中心に出没する話は聞いていたんじゃ。だからタニアが木苺を取りに行くとここから北にある森へ行った時、大して気にはとめなんだ。それがまさかこんな事になるとは!」

助けに向かった恋人と物好きがこの話を聞いたとしたら、北にある森へと向かう事だろう。
詳しい地形に関してはセイに聞けばいい。
二人は老人に絶対に助けるからと言葉を残して、宿へと急いで道を引き返していった。





宿に戻ると何故かベッドで唸っているセイの前で、ベッドに寄せた椅子に座るレンがいた。
一体何があったのかと予測を行う前に、二人が帰って来た事に気付いたレンが椅子から立ち上がって駆け寄るようにフレイに詰め寄った。
そのまま襟首を持ち上げて揺さぶりそうな勢いである。

「やっと帰って来たな。早く服を返せ。このままでは何処にも出かけられん!」

「ちょっ、解ったわよ。一体何よ、アンタだって交換しようって言った時は文句言わなかったじゃない」

「自分の状況を思い出してみろ。断れるか、あの状況で!」

グイグイとフレイを外へと押し出し、レンが女部屋へとつれて行ってしまう。
着替えるだけだから直ぐに戻ってくるだろうと、アムルは何故か顔が腫れ上がっているセイを起しに掛かった。
唸り続けるセイを罪悪感に駆られながら何度か揺り動かすと、ようやく薄目が開いた。
その間に着替えに行ったフレイとレンが戻ってきた為に、フレイの口から黒胡椒屋での話がされた。

「街の者がさらわれたのにとった策が守りだけとはな……不甲斐ない」

「しょうがねえよ。本来守るべきやつらが、なにもしないんだから」

一件フォローにもとれるセイの言葉であったが、レンにはその敵意が何処に向いているのか容易に知れた。
またしてもダーマである。
一体セイとダーマの間に何があったのか、レンは聞いて見たい欲求に駆られながらも、それを上回る何かが躊躇わせていた。
そんなレンの微妙な雰囲気に気付かずにフレイが続けた。

「それで盗賊のアジトが北にある森にあるかもって話なんだけど、セイは心辺りがある?」

「だいたいね。レンちゃん、たしかこの辺りの地図も持ってたよね。テーブルに広げて」

各々好きな場所に座っていた状態から、部屋に設置されたテーブルに頭を着き合わせるように集まった。

「北って言うのは少し正確じゃなくて、北東にある森なんだ。ここは高い山脈と幅と流れの速い川に囲まれた場所なんだ。この森へ行くには、ここの橋を渡るしかない」

セイが指差したのは、バハラタからダーマへと続く道の途中にある橋であった。
そこまで行くにはバハラタから東へ行き、一度橋を渡ってから北へ進まねばならない。

「この距離なら今から直ぐに街を出れば日が落ちるまでにはいけそうだね」

「行けるけど、人さらいのアジトを探すとなると難しいわね。探している間に気付かれて逃げられても厄介だし」

「いや、こちらからは探さずに人さらいに案内してもらう」

どうしたらいいんだろうと頭を捻るフレイに、セイは信じられない台詞を吐いた。
一体何処の人さらいがアジトを案内するだろうか。
当然フレイもそう思って反論しかけたが、先にセイの方が制止を掛けてから言った。

「まず普通の街娘の格好をしたフレイちゃんが一人この森へと続く橋を渡って森へと入っていく。当然一つしかない橋だから監視役ぐらいいるだろう。そこでわざとさらわれる」

「だがさらいに来る相手が監視役とは限らないだろう。後をつけようとしても、監視役に見つかる可能性がある」

「大丈夫、そこも問題ないさ。フレイちゃんの服の中にキーラを入れておけばいい」

「ピッ?」

呼ばれたと思ったキーラが、フレイの服の中からモゾモゾと這い出し、地図のあるテーブルの上に着地した。

「そっか、私がオルバおじさんにさらわれた時と同じにすれば、わざわざ連れて行かれるのを追わなくても良いんだ。アジトの入り口でキーラをこっそり降ろして、キーラが戻って場所を知らせる」

「潜入と奇襲にはやはり夜が適任だからな。夜ならば監視役に見つかる可能性も低いだろう」

「でも……それってまた姉ちゃんが」

唯一セイの考えに難色を示したのはアムルのみであった。
と言っても作戦そのものよりも、フレイが囮をすると言う所が嫌なのだろう。
だが当のフレイ自身は囮云々よりも不安そうに上目遣いでアムルに見上げられたことで、気分は天国であった。

「お姉ちゃんの心配してくれるんだ。アムってば優しいッ!」

感情に任せてアムルを抱きしめると、抱きつき返してきたアムルに心配するなと言う意味で撫でてやる。

「大丈夫だって。あの時とは違ってわざとさらわれるわけだし、キーラもいるしね。それにアムがすぐに助けに来てくれるんでしょ? すぐに来てくれるって約束、ほらお姉ちゃんの顔見て」

「…………うん」

ようやくと言うよりも、半ば無理矢理にフレイに指切りをさせられアムルは頷いた。
それからフレイは一度黒胡椒屋に戻り、店主の老人に孫娘の服を借り、アムルたちの三人は入念に武器や道具の整備を行った。
何せ今回はただ敵を倒せば良いだけではないのだ。
何一つアクシデントがあってはならないと、フレイが戻ってきてから入念に打ち合わせを行ってから四人ともに街を出た。





「だいたいこの辺が限界だな」

「ならば……あの岩陰が丁度良さそうだな」

遠くに見え始めた件の森の上っ面を見て、セイがそう断言した。
あまり盛りに近づけば監視役に見つかる可能性があるし、街道に近くても不意にやってくる者に見つかるかもしれない。
だからすぐに当たりを見渡したレンが、適度な岩陰を見つけてそこに隠れていようと指差した。

「ならアタシはこのまま普通に木苺を採りに向かえば良いのね?」

「だけど、少しでも危ないと思えば森への被害も無視して魔法を使ってくれていいよ。二次人災なんてゴメンだからね」

「ここらか煙でも見かければ、こちらから直ぐに向かう」

「まあでも、できるだけアジトまでさらわれるように頑張ってみるわ」

「ピキッ!」

セイ、それにレンと気負わなくても良いという言葉を貰ったが、フレイは拳を軽く上げて見せた。
そして懐に入れたキーラを確認して、森へ向かおうとしたが、フレイの服の裾をアムルにつかまれてしまう。
散々作戦を話し合ったが、やはり一人では向かわせたくないらしい。
もはやセイとレンは、最後の説得をフレイのみに任せて少し距離をとった。

「アム」

「やっぱ嫌だ」

最近にしては珍しく泣きそうな声に、フレイは少し呆れた。
コレがもし逆の立場なら、心配するフレイを他所に、やる気満々で森に突入したろうにと。

「ほら、アム。おいで」

だからフレイは両腕を広げて、アムルを袂に呼び寄せてから思いっきり抱きしめた。
安心できるアムルの大きさ、アムルの温かさ、アムルの匂い。
結局は自分自身を安心させる材料ばかりであるが、さらにそれらを感じられるようにより強く抱きしめた。

「お姉ちゃんは大丈夫だから。セイの言った通り、危ないと思ったらすぐに知らせるし、キーラもいるわ」

「ピーッ!」

最後にアムルの方からきつく抱きしめてくると、アムルの頭を二回ポンポンと叩いてから、離した。

「それじゃあ、行ってくるわね」

出来るだけ深刻にならないように、軽い口調でフレイは森へと足を向けた。
そのまま振り返らずに、やや早足でフレイはひとまず川を渡るための橋へと踏み入れた。
姿は見えないが、森のどこからかこの橋を監視されているはずである。
不自然な警戒が見えないように気をつけて、フレイは橋を渡って森の数歩手前まで歩いていった。

「キーラ、いつ向こうから接触があるかわからないから。あまり声は出さないでね」

「ピッ」

お互いに小さく呟きあうと、フレイはカモフラージュに持ってきた籠を持ち直して、本当に木苺を探し始めた。
最初は森に入らずに、森の表面で探し、それでも見つからなかったので、森へと足を踏み入れた。
藪をつついたり、それらしい木の周りを探してもそのツルさえ姿が見えない。

「簡単には見つかりそうにないわね。もう少し奥へ……入りたくないなぁ」

道らしい道もなく、藪だらけの森では、借りてきた長いスカートの衣装は身動きがとり辛かった。
それでも入らないわけには行かないと数歩踏み入れたところで、不自然な音が耳に入り込んだ。
ただ静かなだけの森では聞こえないはずの、不協和音。
人が巻き起こす音である。

「だ、誰かいるの?」

その音は木の枝が揺れて葉がこすれあう音であった。
咄嗟にフレイがてきとうに上を見上げると、感心したような声がやや後ろから聞こえてきた。

「へぇ、結構勘がいいじゃないの」

木の上からということは、この声の主が監視役であろうか。
フレイは、再度誰かと問う前に、森の奥へと走り出した。
森の奥へと逃げるのは少し変だが、パニックを起したとでも思ってもらえるだろう。

「女が逃げたぞ。捕まえろ!」

一体どれだけの監視役がいたのか、フレイの後ろから誰かが叫んだ。
どれ程長い間逃げ切れば普通なのか解らなかったが、やはりネックだったのは長いスカートであった。
あまりにも藪に引っかかりすぎる為に、早く走れなかったために数分もしないうちにフレイは三人の男に囲まれていた。
だが直接顔は見ないように、視線をずらして怯えを悟られないようにしているかのような演技を続ける。

「な、なによ……貴方達は」

「さあ、なんでしょうねぇ」

「全くこの辺りは商品が転がり込んでくる宝の山だな」

「痛い思いをしたくなければ、俺達の言うとおりに歩いてもらおうか」

ニヤニヤと笑う二人と違い、最後に命令した男は静かに剣を抜きながらフレイに命令した。

「い、嫌だと言ったら?」

フレイの問いかけに男は軽く剣を振り払って、周りの藪や木の枝を切り刻んだ。
言葉よりも態度で示す性格らしく、フレイはどっちへ行けば良いのか訪ね、顎で指された森の奥へと歩き出した。
余程警戒心が強いらしく、寡黙な男によってフレイは森の中をグルグルと歩きまわらされた。
一体何時になったらアジトにたどり着くのか嫌になり始めた頃、やや離れた所にそれは見えてきた。
少しせり上がった大地に植物のツルや葉で迷彩を掛けているが、ぽっかりと口をあけた洞窟であった。

「あれは……」

驚きながらもフレイは服の中のキーラを滑り落として、アムルたちのもとへと走らせた。
幸いうっそうとした森の中で足元を見ることは難しく、誰もキーラの存在には気付かなかった。
だが、気付かれなかった事もこれから起こる不運の一つだったのかもしれない。
たまたま、アジトから顔を出してこちらへ向かって走ってくる者がいた。

「よお、どうしたんだその姉ちゃんは」

「この前と一緒だぜ。なんにも考えずに気楽に木苺なんか取りに来た頭の足りない可哀想な姉ちゃんさ」

そいつは可哀想だとフレイの顔を覗き込んだ男が、何かに気付いた。
その行動が奇妙に移り、フレイもその男の顔を見たとき、あっと声を上げてしまっていた。
先日たまたまフレイ達を狙い、返り討ちにされた男達のうちの一人であった。

「お、お前はあのときの魔女。おい、気をつけろ。こいつは単なる村娘じゃないぞ。かなりの腕を持った冒険者だ!」

「こいつ、なんでこんな所に!」

ばれた、そう思った時にはフレイはセイの言葉通り逃げようとした。
確かに四人のうち三人は突然の事態に隙だらけとなっていたが、あの寡黙な男だけは隙無く後ろからフレイに剣をつきつけたままであった。
下手に動けず、魔法を使おうと息をためた瞬間に貫かれると想像するに難しく無い。
逃げ出せず、反撃も押さえられてしまい、まだその辺にキーラがいることを願ったが、空振りに終わった。

「コイツが凄腕だとすると、囮か。コイツのほかに仲間はいるのか?」

「背の高い変な格好の女と、気にくわねえ面の男、それに子供だ」

「近くにいるかもしれんから、このまま殺すよりは人質として使った方が得策か。いや、こいつ等が誰かを助けに来たとするならば、中にいる奴らで人質は十分だ」

単に脅しとしてだけ使われていた剣は、フレイの服の数ミリ先にまで近づけられていた。
何かの拍子で突き出されただけで、容易く衣服を突き破りフレイの体を貫くほどに。

「殺した方がいいな」

その言葉にフレイがギュッと体を固くした瞬間、フレイの背後で荒ぶる風が吹いた。
続いてどさりと重たいものが倒れる音に、セイのバギかと思ったが違った。
むしろ捉え様によってはもっと悪かった。
上半身をなくした死体の下半身だけが残っており、先ほどの倒れた音は、上半身だけが落ちた音であったのだ。

「よくよく妙な所で会うもんだな。これもまたオルテガの導きなのか」

忘れようとしても、忘れられるはずも無い。
父の親友であり、大戦斧を軽々と操る戦士であり、そしてアムルの命を狙う男。

「オルバおじさん……」

「ヒ、ヒィ〜!!」

振り向いて硬直したフレイの背後で、残った一人が逃げ出したが、それも直ぐに終わった。
オルバが腕を一振りしただけで、背中からナイフを生やして逃げ出した男が事切れた。

「黒胡椒屋の孫娘を助けにきた物好きがオルバおじさんだなんて」

「故郷の英雄、カンダタの名が汚された噂を聞いてな。どうやら、目的は同じようだ。しばらくやつらを探っていたんだが、一人じゃさすがに皆殺しはきつくてな」

軽くとんでもない台詞を漏らしたオルバだが、まだそれは序の口であった。

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