第三十二話 バハラタ


空から光の玉が流れ落ち、ややアッサラームから離れた森の一歩手前に落ちた。
言葉通り落ちてきた光、魔力の玉は弾けて、その中に納まっていた四人と一匹を無造作に放り出した。
その勢いはかなり激しいものであった為、森の中から音を聞いた鳥が驚いて空に逃げるほどである。
地面に転がされた四人が起き上がるのにはかなりの時間が必要であった。

「痛った〜い、ごめん。みんな大丈夫?」

「姉ちゃん……重い」

「あ、ごめんアムって、誰が重いって!!」

偶然とはいえ着地時のクッション代わりに使ったくせに、フレイは容赦なく倒れていたアムルを揺さぶっている。
その近くではフレイの服から放り出されたキーラが眼を回しており、レンすらも着地に失敗して腰を抑えながら立ち上がる所であった。

「まったく、下手くそにも程があるな。これでは金が掛かってもキメラの翼の方がましだったな」

「いいじゃない、ちゃんと目的地には着いたんだから」

「アッサラームからちょっとズレてるけどね」

「そういう細かい事を言って揚足とるのはこの口か。この、この!」

「いふぁい、いふぁい!」

姉弟がじゃれているなか、レンは一人足りないなと森と平原に別けられた一帯を見渡した。
するとすぐにその姿は見えたが、わざとやってないかと突っ込みたくなる姿であった。
セイは一人だけ森の茂みの中に上半身だけ突っ込んでいたからだ。
バタバタ見苦しく動く足を掴んでレンが無造作に引っ張ると、顔を小枝で引っかいたような音と悲鳴があがったが、問題ないかと放り捨てた。

「痛っ〜……俺もアムルみたいにレンちゃんか、フレイちゃんの下敷きが良かったなぁ」

「喧しい、さっさと心当たりに案内しろ。何時誰が黒胡椒を手に入れてポルトガに戻るとも限らないのだ」

「レンちゃんってば最近俺の出鼻をくじくよな。ま、それだけ心が通じあっべ!」

「いいから、案内しろ」

剣の鞘で殴って冗談、本気かもしれないが、止めさせると何故かアッサラームとは間逆の森へと入っていくセイへと着いていった。
どんどんと森の奥へと入って行き、やがて行き着いたのはアッサラーム方面とポルトガ方面を隔てる山脈であった。
それも山登りが出来るような緩やかな者ではなく、絶壁に近い、岩のような代物であった。

「ちょっと、本当にこんな所にポルトガ方面へ続く道があるわけ?」

この山を登るなんて言わないわよねとばかりに、フレイが言った。

「道はないけど、洞窟があるんだよ。抜け道の一種みたいなもんでさ、知り合いのドワーフが住んでる洞穴がたまたま繋がっててさ」

「ドワーフね。また気難しい種族に知り合いがいるんだな」

「まあ……ちょっと」

何かを懸念するような雰囲気のセイに連れられて、山脈に沿って移動するとそれは見えた。
アムルでも頭をかがめなければ入れないような高さの、洞窟である。

「あった、これだ。ドワーフって気難しいからさ、俺が先に行って話をつけてくる。ちょっと待っててくれ」

そう言って洞窟に入って行ったセイを待つこと数分、急に何かが爆発したような音が洞窟内から振動と共に伝わってきた。
洞窟内からほこりのようなものまでもが噴出し、生き埋めになってないかと心配になる。
一応と言う一言がついた心配であったが。

「大丈夫なのかしら、アイツ。死んでんじゃない?」

「キーラ、ちょっと見てきてよ」

「ピッ!」

勢いよくキーラが穴に飛び込んだのはいいが、すぐに壁に何かをぶつけた音と悲鳴が聞こえた。

「痛って〜、キーラか」

「ピ〜〜〜〜」

どうやらタイミングが悪かったようで、飛び込んだキーラとぶつかったようだ。
大方驚いて頭を上げて、天井でぶつけたところか。
その通り、頭にたんこぶをつけて、顔中ほこりまみれのセイが洞窟から顔を出した。

「かなり狭いけど、入ってきてくれ。案内するから…………ってなんだよ、その顔は」

「ブハッ、変な顔!」

「ごめ……兄ちゃん、こっちむかないで」

「失敬な、この超絶美形でモテモテの」

叫んだフレイが指差した事で、力一杯セイは否定するが、ほこりを中途半端にぬぐいパンダのようになっていては説得力はゼロであった。

「鏡を見て出直してこいと言ったところだな。おいブサイク、もうちょっと奥で待て、アムルから入って次はフレイだ」

「くっ、いつかこの美貌で世界中の女の子をメロメロにしてやるぜ」

「いいから行け」

無謀や野望に拳を握り締めているセイの頭を、鞘でつついて奥へ行かせると、言葉通りアムル、フレイが洞窟へと入り込んでいく。
そして最後にレンの順番で小さな洞窟にもぐりこんで、セイの案内のもとに奥へと入り込んだ。
光る苔のようなもののおかげで何も見えないという事はなかったが、入り口同様に洞窟の中はかなり天井が低く、背が一番高いレンなどは腰が痛そうに押さえていた。
セイが先頭で腰を屈めながらしばらく歩くと、前方から声が聞こえた。
反響しとてつもなく大きなその声に誰もが耳を押さえる中、セイは天井の低さを忘れたかのように走り出した。

「おお、いらっしゃった。セイリ!」

「わー!! わー!! ノルドのおっさん、別に見送りなんていいって言ったのによ!!」

そう叫びながらセイが肩に腕を回しておさえつけるようにしたのは、この低い洞窟でさえ苦にしない小柄なドワーフであった。

「そのような事をおっしゃらずに、セイリュ」

「わー!! おっさん、狭い洞窟で騒ぐと皆が困ッ!」

「喧しいのはあんただ、あんた!!」

左右の幅も狭い中でむぎゅうっとアムルを押しのけてセイを突き飛ばしたのは、フレイであった。
それは有る意味見慣れた光景ではあったが、激昂する人物がいた。
セイにノルドと呼ばれた髭面のドワーフであった。

「き、貴様! この方をどなただと心得てお」

「それはいいから! こいつ等がさっき言った仲間なんだよ。そ、それじゃあな! アムル、それにフレイちゃん来い!」

「え、ちょっとイダッ!」

「ひ、ひっぱらないでよ兄ちゃん!」

無理に狭い洞窟内でひっぱられたフレイとアムルは、頭や肩などをぶつけていた。
あきらかに様子のおかしいセイの行動にノルドはあっけにとられ、同じく残されたレンはあえてノルドには何も問わず後を追って歩き出した。
セイが走った事から、大幅に時間を短縮させて洞窟を抜ける事が出来た。
と言っても、走ったことでセイだけでなくひっぱられたアムルやフレイまでも、そこかしこに擦り傷やうち傷が見えた。
その中でも一番致命的に痛いのは腰であり、セイを攻める事も忘れ、背筋を伸ばして太陽の光を一杯に浴びた。

「あ〜、もう。本当にろくな道じゃなかったわね。柔らかいベッドでやすみた〜い」

「腰が……ちぇっ、キーラは良いよな。首だけだから」

「ピーッ!」

羨ましいのか、反論なのか判断のつかないキーラの訴えは置いておいて、最後にレンが洞窟を抜けて体を伸ばした。
が、すぐにとあるものを見つけて、背筋を伸ばすのをやめてしまった。

「……………………」

それはキョロキョロと辺りを不審気に見渡し、おもむろに取り出したバンダナで頬被りしはじめたセイである。
バンダナとバンダナを結ぶ結び目を鼻の真下に置き、キュッと結んで胸を張った。

「よしっ、行くぞ!」

「何処へ行く気だ貴様」

普段から不審な行動を起すことはあるが、それでも極端に不審なこの行動にもはやフレイでさえ突っ込めず、剣の鞘を実際に突っ込んだのはレンであった。

「痛ッ! ちょっと待った、俺の言い訳を聞いてくれ。本当にヤバイんだって」

「聞いても無駄な気がするから、聞かん」

「だからマジだって。俺このへんが出身でさ!」

その一言は決め手であった。
レンは鞘で突付き回すのを一旦止め、次の言葉を待った。

「昔っからこの辺に住んでてさ、色々やっちまってるんだよ。得にダーマ、あそこはヤバイ! 殺される!」

「殺されるって仮にも僧侶が集まる神殿よ。一体何したのよ。あんたの事だから、精々神殿の巫女に手を出したとかじゃないの?」

「女の子にってのはある意味間違いじゃないな。精霊ルビス像に落書きしたり、あと神官長の椅子に画鋲を置いたり、あっ……神殿の本でヤギが紙を食うか本当に試したことあるな」

セイは他にもとまだまだ過去の悪事を思いつく限り暴露し、最後に若かったなと舐めた台詞でしめた。

「兄ちゃん、よく生きてたね」

「おう、生命力の強さには自信があるぜ。まあ、この辺で俺の顔と名前を出すのは自殺行為だから止めとけ」

「わかったから、せめて頬被りは止めなさいよ。せめて」

「かしてみろ」

具体的な案をフレイが言う前に、レンが頬被りにされたバンダナを取ってほどくと、セイの頭を丸々包むようにして首の後ろで結んだ。
帽子のようにされたバンダナが髪の毛全体を包み隠している。
やや長めの髪をしているセイは、髪の毛が押し込まれただけでかなり別人に見えた。

「あとは少し眉を剃るなり、工夫しろ」

「お、サンキューレンちゃん。どうよ、フレイちゃん。決まってんだろ!」

「アンタじゃなければね。さ、それで黒胡椒のあるバハラタへはどう行ったらいいのかしら?」
ビシッと格好つけたつもりのセイの言葉を軽く流し、フレイは洞窟からぬけた平原に眼を向けた。
だが見渡す限りなだらかな丘が続くばかりで、街どころか村も、集落さえも見えない。

「バハラタはここから南東だ。ちょっと距離があるから野宿をはさんでだな」

ようやく腰の痛みが和らいできたのを見計らい、皆が歩き出した。
いつもはレンが先頭に立って歩くのが通例だが、さすがに出身地と言う事もあってセイが先頭を歩いた。
だがその顔は帰って来たと言う喜びを見出しているようには見えなかった。
顔は確かに笑っているのだが、雰囲気がそうは見えなかった。

「兄ちゃん、あんまり嬉しくないの?」

「まあな。ろくな思い出がないとは言わないが……色々、な」

その言い草こそが一番らしくなかった。
いつもならふざけて付き合った女の子に久しぶりに会えるかも等言いそうなものだが。
アムルが首をかしげている前で、さらにセイはその足を止めた。
なにが見えるのか分からないが、不審気に当たりを見渡し始めたかと思うとレンへと振り向いた。

「……レンちゃん、わかるか?」

「はっきりとはしないが、見られてる気がするな。かといって、まだ襲う気はないようだな。野宿で寝入った隙をつくつもりか」

「アム、わかる?」

「わかんない。誰かいる気がしないでもないけど」

眉をひそめたアムルに、レンが説明する。

「お前が探しているつもりなのは殺気だ。言っただろう、まだ襲う気はないと。だから殺気じゃなく、気配を探せ」

「ん〜〜」

「まどろっこしいわね。それなら、おびき出してみたら? 今から皆で走り出せば、慌てて追いかけてくるかもよ?」

「それじゃあ……一、二の三!」

お互いに顔を見合わせてから、セイがカウントし、合図を出した。
次の瞬間には全員が一斉に走り出した。
さすがに魔法使いのフレイは、体力や俊敏さの点で劣ってはいたが、その分はアムルが手を引いて走っていた。
走り出した地点から一キロは走っただろうか。
徐々に走るスピードを落としていくと、よほど慌てて追ってきたのか、フレイ以上に息を荒く詰まらせた男達が数人現れた。
格好はそれぞればらばらだが、手にナイフや剣を握り締めていれば、大体どのような輩かは察しがつく。

「こ、この野朗! いきなり走り出しやがって、逃がしちまうかと思ったじゃねえか!」

かなり理不尽な怒りをぶつけてきてはいるが、突きつけた剣が呼吸の乱れでプルプルと震えており、かなりみっともなかった。
溜息を一つついた後、レンは冷静に聞き返した。

「で……なんだ貴様らは」

「へっ、聞いて驚け。俺達はあの大盗賊カンダタ率いる盗賊団だ。命が惜しけりゃ、金目の物とその二人の姉ちゃんを置いていきな!」

少しばかり懐かしいその名前に、レンを初め、アムルまでもがクスリと失笑を漏らしていた。
カンダタはそもそも大昔のカザーブに出現した義賊である。
今はもういない、大盗賊である。

「な、何がおかしい!」

「お前がブサイクだからだよ。邪を裁く一刃の風を与えたまえ。バギ!」

セイの台詞に怒り狂う前に、盗賊たちの中で一番前で喋っていた男が胸を斬られて倒れこんだ。
それに盗賊たちがひるんだ一瞬で、アムルとレンが駆け出した。
得にアムルは風のような速さで躍り出ると、かなり手加減した一撃を一人の盗賊の脳天に打ち込んだ。
アムルやレンに打ちのめされた者は、まだ運がいい方だろう。
一番たちが悪かったのはフレイであった。

「まだ覚えたてで、手加減できないのよね。天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、邪を焼き尽くす業火を我に与えたまえ。メラミ!」

メラとは比較にならない大火球がフレイの杖から解き放たれた。
その時、そこまでしなくてもとアムルが見ていたが、大火球は止まることなく盗賊たちの足元に突き刺さった。
一気に燃え上がった炎が、土くれごと盗賊たちを中へと舞い上げた。

「うぎゃぁぁあ!」

「ま、魔女だぁ!!」

さすがに直撃ではないため、体に多少の火傷を負ったぐらいの盗賊は逃げ出した。

「ちょっ、誰が魔女よ! 訂正しなさい、こら!!」

わらわらと四方八方に逃げ出した盗賊たちを追う手はなく、フレイは行き場のない怒りをもった両手を空に上げたまま下ろす場所を失った。
プルプルと持ち上げた両腕の所在に困り、イライラしながら腕を降ろす。
そして何かを思いついたように、アムルへと振り返り甘えるような声をあげて両腕を広げた。

「アム、お姉ちゃんの所においで」

「え゛……」

何故かちょっとあとづさったアムルに、再度怒りの沸点を最大限まで上げた。

「なによ、お姉ちゃんが魔女呼ばわりされて怒るならまだしも……そうなんだ。アムってばお姉ちゃんの事嫌いなんだ!」

「ち、違うよ。ちょっとさっきのが怖かっただけで」

「やっぱり嫌いになったんだ!」

わっと泣き真似をして顔を両手で覆って座り込んだフレイ。
どうしてよいか分からずにオロオロとするアムルに、キーラが追い討ちをかけるように鳴いた。

「ピー! ピギャッ!」

「五月蝿いな、わかってるよ。嫌いなんかじゃないから、姉ちゃんのこと好きだから!」

「あたしもアムルのこと好きよ!」

嘘泣きだから当然として、泣いた形跡もない顔ですぐさま抱きついてきたフレイにアムルが騙されたとようやく気付く。

「あ、騙したな姉ちゃん! なんだよもう、放してよ!」

「やーよ。騙される方が悪いんだから、あ〜温かい」

放せ嫌だと繰り返す姉妹に、軽い溜息をついたレンはアムルが打ち倒した一人の盗賊の胸倉を掴んでその頬を叩いた。
やはり一番手加減されていただけあって、レンやセイが倒した盗賊とは違いウッとうめいた声を上げた後に眼を開けた。

「おい、起きろ。聞きたいことがある」

「う……あ、俺は。うわ!」

ハッキリと意識を持った後に、レンを振り払おうとした盗賊だが、グッと強く胸倉をつかまれていたため、不可能であった。

「迅速に答えれば命まではとらない」

「わ、わかったよ、何でも喋る。だから殺さねえでくれ! 俺だって殺しだけはやってねえんだ!」

現れた時との身の変わり様は凄いものだが、そんなもんだろうとレンが口を開こうとしたが、先にセイが訪ねた。

「おい、なんでこんな所で盗賊なんかできるんだ? ここら辺一体はダーマの管轄で、頻繁にダーマからの見回りが」

「アンタ、一体何年前の話をしてるんだ? ダーマの方は神殿がゴタゴタしてるらしくて、かなりその辺いい加減になってるぜ」

その盗賊の言葉がどれ程ショックなものだったのか、完璧に狼狽して眼を丸くするセイを、レンは初めて見た。

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