第二十八話 ピラミッド(その2)


「はあぁぁぁ!」

振り上げた拳が炎を巻き上げ、元々もろかったスケルトンの群れをまとめて火葬にしていく。
数ヶ月か数年か、暗闇に閉ざされたこの場にあった骨は脆くなっており、簡単に砕き燃やされ粉以下へと落とされていった。
一方両手を合わせてなにかを呟いていたセイの両手が白く優しい光をもって、増幅し始める。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって、さ迷い出でる魂を救いたまえ。二フラム!」

突き出した両手から膨れ上がった光がスケルトンたちを包み込み、灰のような粉と化して浄化していく。
だがそれでもこの部屋にばらまくように配置された人骨は尽きる事がなく、倒しても浄化しても次が生まれる。
スケルトンたちは剣などの武器持つ者は少ない者の、その圧倒的な物量が脅威であった。
さすがに焦りをもったアムルとセイがふりかえると、必死に辺りを見渡していたフレイがある一点を指差した。

「ルミィ、あそこの壁! かすかに光ってるあれが魔力の元よ」

「りょうかい、行っけー!!」

首を上げなければ解らないような高さにある壁に、かすかに赤く光る玉が埋め込まれていた。
そこへルミィの手から放たれた矢が突き刺さり、甲高い音と共に砕け散っていった。
同時に無限とも思えるほどに現れた骸骨たちも、ちからなく崩れ落ちていった。

「さてと、あとはこの部屋から脱出するだけか」

「そうだね、兄ちゃんさっきはありがとう。レンをイシスに連れて行ったときも思ったけど、まだまだだよね俺」

「あたりまえだ。お前はまだ子供なんだ。困ったり迷ったりすれば、素直に大人を頼ればいいんだよ」

「義姉さん、さっきからアムルへのポイントとられちゃってるわよ」

「くっ、酔っ払いのくせに。ところで……アモンさん、アンタ大丈夫?」

信頼しあう兄弟のような二人を見るのが嫌でそむけた視線の先には、いまだ人骨に腰を落としているアモンがいた。
どこかを痛めたのか、戦闘の最中もずっとそうしている。

「あ、ああ。落ちてきた時に少し足を捻ったようでね。少しすれば歩けるようになる」

どこか言い訳がましい言葉だったが、揚げ足をとっても無意味であり、フレイはそれっきり興味を失っていた。

「それにしても、どこから出るのかしらね。出口がないってのは勘弁してほしいわ。ま、あれだけ大掛かりな仕掛けを作るには、魔法使いの出入りが必須だから隠し扉ぐらいありそうだけど」

「そういう時は、壁を叩いて音の違う箇所を探すんだ。音の違う場所に隠し扉がある場合が多い」

突然の助言はアモンからであった。
はじめて役にたったと言える言葉に、だれもが失礼ながらも驚きの視線を向けていた。

「ついてきた以上、これぐらいは役にたっておかないとな」

そうおどけたアモンだが、セイの目つきが人知れず厳しいものとなっていた事には気づいていなかった。

「それじゃあ、手分けしてその作業にあたろう。兄ちゃんは念のため、アモンのおっちゃんの足を看てあげて。ここを出たはいいけど、走れないなんて状況だったら危ないしね」

「いや、そこまでする必要なはないさ。ほら、この通り」

無事である事を示すように軽く跳んで跳ねるアモン。
ならば大丈夫かと、皆で手分けしてフロアの壁を手当たり次第にたたき始める。
部屋中でコンコンと何度も何度も音が絶え間なく続き、いい加減嫌になり始めた事に隠し扉は見つかった。

「あったぞ、ここだ」

喜びの声をあげたのはアモンであり、壁の有る一点を手で押すと、細かい砂をすりつぶすような音を立てて壁が開いた。

「な〜んだ。アモンさんもやれば出来るじゃないの。意外な才能よね」

「武道家の俺にとって隠し扉を見つけるなんて、褒め言葉じゃないけどね。さあ、行こうか」

隠し扉を抜けると、奥へと一本道が続いていた。
人一人がやっと通れるような細い道であり、高さは落ちてきた時の穴がある場所ぐらいの所に天井が見えた。
特殊な罠の部屋だけあって、それほど大人数が通れるようにはできていないのだろう。

「アタシたちって階段下って、穴に落ちて、結構な所にまで来たわよね。今ってピラミッドのどの辺りなのかしら?」

「大体の勘になるが、そろそろピラミッドの地下に入ろうかって所だろうな」

フレイに答えたのはセイであり、その言葉はかなり自信がありそうであった。
普段ちゃらんぽらんのくせに、旅や世界についての知識はレンに劣らないセイである。
信憑性は高かった。

「あら? あれって上り階段じゃ」

ルミィが指差したのは、細い通路の先に唯一見えてきた終点、階段である。
だがさらに下っていくのかとおもいきや、上りとなっていた。

「いや、上りでいいんだろ。もしここがあの罠を作るためだけに作られた通路なら、普通に下って宝物庫に行けるとは思えないからな」

「なら、一旦上ってそこからまた宝物庫探しってことなんだね」

今度こそちゃんとやってやるぞという言葉だったが、全く違う意味でアムルは裏切られる事となった。
どうやら罠を作るためだけに作られた通路自身、隠し階段の先にあったのだ。
階段を上りきった先にあった石畳をおしあげると、そこは大きな扉の前であった。
お城の城門かと疑うような大きく重厚な扉は、明らかに何か大切な物を治めている風貌であった。
間違いなく、宝物庫の扉であろう。

「あはは……どうやら、最短距離をきちゃったみたいね。もしかして、引っかかったのはピラミッド最大の罠だったんじゃない?」

フレイの乾いた笑いは、運がいいのか悪いのかといった所であった。
何度も誰かが死にそうな目にあうか、完全なる全滅か生還かの選択、かなりきわどい所である。

「でもこんなおおきな扉をどうやって開けるのかしら? 鍵穴も大きそうだからキーラに入ってもらう?」

「ピピ?」

「そんな事しないよ。女王様がなにも言わなかったんだから、どこかに開くしかけがあるはずだよ」

ルミィの意見にキーラがやってみるかとアムルに問いかける。
だがすぐに否定すると、扉に近づいていった。

「あ、何か書いてある。この扉を開けるもの、汝一切の望みを捨てよ……だって。どういうこと?」

「つまり、欲を出すな。女王様に言われたもの以外は持って帰るなって事でしょ?」

「じゃあ確認するけど、薬草以外は決して持ち帰らないこと。薬草を見つけたらすぐに外に出て帰るよ。万が一、魔法の鍵を見つけたら、わかりやすい場所に置いておいて、次に取りに来るよ」

アムルが確認の言葉と共に、皆を見渡すと間髪いれずに頷き返してきた。
それをみるとアムルは巨大な扉に手をついた。
そのまま力を入れようとしたのだが、軽く触れただけで宝物庫の扉は勝手に開き始めた。
鍵すらされていない事は、決して盗賊がここまで入り込んで来れないという自信か。
そのイシス王家の自信過剰ぶりに呆れるよりも先に、開き始めた扉の向こうから漏れ出した輝きに一行は目を奪われた。
一言で金色。
まるで屋内に太陽を押し込んだような、黄金による輝きが宝物庫を占めていたのだ。

「こいつは……たまげたな。盗掘しようって奴が後をたたないはずだ」

そう思わないかと同意を求めてセイが隣のフレイやルミィを見ると、完全にお宝に目を奪われていた。
宝物庫の中の黄金に勝るとも劣らない輝きを両目に抱かせている。
誰に目を配ることなく、宝物庫へと駆け込んでいった。

「あは、すっごーい! 義姉さん、見てみて。大きな宝石のついた指輪。綺麗〜」

「アタシなんかほら。アム、似あうかしら、このネックレス」

「あ、ずるい義姉さん。そのネックレス私が狙ってたのに!」

「早い者勝ちよ。あ、このイヤリングもいいわね!」

「おいおい」

完璧に扉の前での言葉を忘れて、装飾品の入った宝箱をあさる二人にセイは味気ない突込みをしてしまった。
綺麗なアクセサリを前に何もするなとは無茶な言葉だったかもしれないが、一時の宝の為に呪いが掛けられてはたまらない。
あきれながらもアムルは精一杯声をはりあげた。

「姉ちゃんもルミィも、つけるのはここだけだからね。ちゃんと元の位置に返しておいてよ」

「わかってるわよ。ねえルミィ、これ付けてみなさいよ。似あうんじゃない?」

「本当ですか? って、なんで黄金の髑髏がついた首飾りなんですか?!」

「…………俺達は、薬草探そうか」

もはや何も言えず、振り向いたアムルに二人はそれしかないと静かに頷いた。
未だ宝石や装飾品に騒ぐ二人を置いて、アムルたちは宝物庫の方々へと散っていった。
宝物庫の中には大きいものでは宝石を散りばめられた甲冑や、天蓋のついたベッド、果ては玉座までもが用意されていた。
小さなものというと、先ほどからフレイとルミィがあさっている宝石や装飾品があった。
大も小も貴金属が多く、このなかに本当に薬草が用意されているのか、アムルはどんどんと宝物庫の奥へと進んでいく。

「兄ちゃん、アモンのおっちゃん、あった?」

「こっちはまだだ」

「い、いや。こっちもだ……薬草は、ないな」

何処にあるんだと多少苛立ち始めたアムルは、一度立ち止まって宝物庫を見渡した。
そこでふと目に入ったのは、他の宝石などを散りばめた宝箱とは違い、ボロボロに崩れかけた木で出来た宝箱であった。
街角に転がっていても誰も見向きもしなさそうな箱が部屋の隅に置かれており、やけに気にかかり手にとり開けてみる。
そこには乾燥させられ、幾つか束になった植物が収められていた。

「あった、兄ちゃん。これじゃないかな!」

「マジか、それにしては汚い箱だな。……本当だ。薬草が入ってら。ん? なんか紙も入ってるぞ」

それは箱同様に薄汚れた紙片であった。

「真を見抜く眼を持つ者よ。我こそが真の宝なり。金属でも宝石でもなく、他者を救う我こそが真の宝なり。我をもってイシスを救うべし……聞こえてるか、そこで欲にまみれたお二人さん」

「だ、誰が欲にまみれたよ! これは……似合うからしょうがないじゃない!」

「義姉さんのいう通りよ。わたし達か、可愛いもの!」

弁解にならない弁解を吐いた二人は、どこかの貴婦人宜しく体中に装飾品を纏っていた。
このまま宝物庫を出れば、確実に呪われることは間違いないであろう。

「ほら、そんな事はいいから。二人ともちゃんと宝石とか元に戻して帰ろう。レンを少しでも早く治してあげないと」

「そ……」

「そんなこと……」

至極真っ当な言葉を吐いたアムルであるが、そんなこと呼ばわりされた二人は愕然と落ち込みながらトボトボと宝石を戻して歩いた。

「まあ、やっぱりお前もまだまだだよな。目がくらんだとはいえ、乙女心か。そのうちそっちも教えてやるか」

二人が暗い顔で宝石を返す様を笑いながら見ているセイの横で、アモンの顔もまた暗かった事はこの場の誰も気付いていなかった。
何かしらアモンに対して気をつけていたセイですら、薬草が見つかってほっとしていたのだ。
それに気付ける余裕が出来た事には、すでに呪いは始まっていた。





宝物庫を無事何事もなくでたのは良いが、ここまでは罠にはまって来たため、帰り道は解らなかった。
それでも薬草を見つけた後でほっとした一行の足取りは軽く、とりあえずは上への階段を目指して歩いていた。
その時である、何かが聞こえたようにルミィが立ち止まり皆を見回した。

「あれ? 今誰か、なにか言いました?」

突然なにを言い出すのかと皆が首を振った。
おかしいなと首を捻ってからルミィが再び歩き出したが、すぐにその足は止められた。

「やっぱり聞こえる! 声、それに足音も複数!」

その焦りようは自分たちのではないと言う意味が込められており、アムルが前方を、セイが後方に向かって構えた。

「…………カ……セ」

「なに、今の声……すごく気持ちが悪い」

「ピッピー!!」

口元を押さえながら呻いたフレイの肩でキーラが警戒の声をはいた。
それと同時にアムルとセイ、つまり前方と後方から見えたのは包帯の白と、その中に暗く蠢く闇の見えるミイラであった。
その足はかなり遅いが、数え切れないほどの数がゆっくりと迫って着ていた。
口があるのかは判断できないが、ミイラ全てが同じ台詞を繰り返す。

「カ、エセ……オウノ、タカラ…………カエセ」

「薬草以外持ってこなかったわよ。気持ち悪いからこれ以上喋らないで。邪を掻き消す閃光を、べギラマ!」

耐え切れないとばかりに方耳を押さえながらフレイが魔力を解き放ったつもりが、不思議な力に掻き消されていた。
何故と言う思いを込めてフレイは、光熱を発しなかった自分の両手を見る。

「な、なにこれ! 魔法が」

「まさか、さ迷い出でる魂を救いたまえ。二フラム!」

確かめるようにセイも叫ぶが、浄化の光が手のひらからあふれる事はなかった。
ただむなしく声だけが響き、かわりにまた増えたミイラたちが唸るようにカエセと繰り返す。
原因はわからないが、確実に呪いが降りかかっていることを理解するには時間は掛からなかった。

「皆、逃げるよ。魔法がないのにあんな人数相手にできないよ!」

弾かれるように走り出し、前後からせまるミイラを尻目にまだ無事かと思われる角を曲がる。
その先に続く通路はまだミイラが現れていないようで、後ろから迫ってくるミイラを気にしつつ走っていく。
すると運良く上り階段が見え、駆け上がる。
そこはあの時落とし穴に落とされた四つ角が幾つもあるフロアであった。
階段を上って見えた右通路と左通路は、すでにいくつものミイラがひしめきながら向かってきている。

「真っ直ぐ、とにかく外に出ちゃおう。さすがに外まではこの魔法を消しちゃう効果も続かないはずだ」

まだミイラの見えない正面の道を選んで走る。
だがすぐに正面の道にもミイラが現れ始め、仕方なくアムルは出会い頭の一匹を殴り飛ばした。
虚をつかれたのか、元々素早い動きは無理なのか折り重なるようにして倒れたミイラの上を駆け抜ける。

「うわっ!」

その中で、セイの前を走っていたアモンが急に倒れこんだ。
追い越してしまったセイも何故と振り返ると、アモンの足にミイラの包帯が巻きついていたのだ。

「カエセ……オウノ、タカラ…………カエセ」

「ひぃ!」

カエセと言う度に、アモンへと絡みつく包帯の量が増えていく。

「アモンのおっちゃんを放せ!」

とっさに引き返したアムルが絡み付こうとするミイラを殴り飛ばすが、絡みついた包帯が解ける事はなかった。
しかもミイラが吹き飛べば、その分だけアモンも吹き飛んでしまう。
余計に皆との距離を開けさせてしまい、己の失策を悟るアムル。

「しまった!」

「た、たす……」

「くっ……包帯をなんとかしないと、剣を…………兄ちゃん、姉ちゃんとルミィを連れて先に外へいって。後から俺も行く」

「ちょ、先に行くなんて」

真っ先に反論したフレイとルミィの腕をとって、セイは外へと走り出す。
魔法の使えないフレイはもはや完全なる足手まといでしかないし、それでは年齢的に実力の劣るルミィを助ける余裕もないという事である。
二人が残る方が危険だと、多少恨まれる事を覚悟してセイは無理に連れて行く。

「いいから、ここはアムルに任せろ! 一人助けて、また一人捕まったじゃ意味がないだろ!」

「だからって」

「アムル、すぐに追いついてきてね!」

何故かミイラたちはアムルには見向きもせず、アモンだけを狙ってその包帯を絡みつかせていた。
だが、今の魔法の使えないアムルには絡みついた包帯からアモンを救い出す方法は一つしかなかった。
背中の誓いの剣を抜くことである。

「た、助けないと。でも……」

背中の剣を抜こうと伸ばした手が振るえ、柄を握ろうとしてくれない。
そうして迷っている間にも、アモンの姿はどんどんと包帯に巻かれ、顔はもはや片目が唯一外を覗くだけである。
その恐怖に彩られた目を前に、迷ってなどいられなかった。
はっきりと自分の意志で、誓いの剣の柄を握り、引き抜く。
その瞬間にに誰かがアムルの肩を叩いて駆け抜けた。

「よくやったな、アムル」

駆け抜けたその人は、その手にした剣で一瞬にしてアモンに絡みついた包帯を散り散りに切り裂いた。
アモンを包み込んでいた包帯は肌に張り付くようにしていたはずが、アモンに傷一つついていない。

「レン!」

その名を叫んだのは助けられたアモンであったが、レンの目に彼は映ってなどいなかった。
すぐにアムルの手をとり、出口へと向けて走り出した。

「え、レン? アモンのおっちゃんが、わっ……後ろ、きてる!」

「うっ、うぉ! ま、待ってくれ!」

二度はないと言いたげなレンの後姿を慌てて追いかけはじめるアモン。
いまだ諦めずに追いかけてくるミイラたちに、二度と捕まるまいと走り続けた。
正面にみえてきた、あの槍の突き出てくる階段を上る。

「来た、来たよ。義姉さん、キメラの翼用意して!」

「フレイ、今だ使え!」

入り口から飛び出したレンが叫んだ。
次の瞬間、一行は光のたまに包まれて、イシスの王国へと向けて飛んだ。
その姿を見送りながら、ピラミッドの入り口にまであふれ出したミイラたちは、しばらくするとピラミッドの中へと戻り始めた。
その口からは投げかける相手がいなくなってもまだ、カエセと王の為に口ずさんでいた。

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