第二十七話 ピラミッド


今しがた登り始めた朝日を反射させているピラミッドは、砂漠の砂以上に黄金に輝いていた。
一抱えどころか、大人数人でも運べないような石材を積み上げ作られたお墓。
王家とはいえ墓のためにそこまでできるイシスの王家がいかに力を持っているかが理解できた。

「それではみなさん、薬草を入手後はキメラの翼でお帰りください。それと女王様のお言葉を決してお忘れになる事のないように。では」

ピラミッドを見上げていたアムルたちに念を押してから砂上の馬車で去っていったのは、王家に雇われた人間であった。
女王の言葉とは、王家に許された物以外は決して持ち帰ってはいけないという事である。
それは熱病の薬を作る為の薬草だけしか持ち出していけないということであり、そうしなければ恐ろしい呪いがふりかかるそうである。
誰かが怯えるような身震いをした気がした。

「さ、いつまでも見上げていてもしょうがないし。行きましょうか」

「そうだな。アムル、レンちゃんがいない今、お前がリーダーだぜ」

「うん、目的は薬草。レンや呪いの事を考えて、魔法の鍵はまた次に取りに来る事。隊列は俺が先頭でその後が姉ちゃんとルミィ。アモンのおっちゃん、最後尾は兄ちゃんで」

その事におやっと疑問符を浮かべたのは、ルミィとフレイであった。
どうしてと二人が口を開く前に、慌てたようにアモンが言った。

「よし任せておいてくれ。二人の護衛はしっかりとつとめて見せよう。アムルもセイも、前と後ろだけを気をつけていてくれ」

「ま、そういうこった。新顔に連携なんて無理だしな」

「行くよ」

どこか肩をすくめるような雰囲気で言ったセイの言葉を聞き流し、アムルはピラミッドへの入り口へと続く階段に足をかけた。
納得のいかなそうな顔をしたフレイもルミィも後に続き、見えないように悔しげに呻いたアモンが続く。
ピラミッドの入り口は階段を上ったやや中腹にぽっかりとその大口を開けていた。
下からでは奥まで覗く事はできなかったが、そこから先は暗く深いことだけは容易に察する事ができた。

「どうも不安だね。レンちゃんがいずに、あんなのがいると」

わざと聞こえるように言ったのか、一瞬振り向いて睨んできたアモンの視線を軽く流すと、セイも階段を登り始めた。





中腹に見えた入り口を覗くと、今まで階段を上ってきた分を無駄にするかのように今度は下り階段であった。
だがそれぐらいで落胆していてはとてもこの先進んでいけないと、すぐにアムルは入り口から折り始めた。
何処まで続くかも解らないくだり階段は、その角度も一段一段の高さも普通の階段より多きい。
もちろん手すりなどあるはずもなく、アムルは振り返って注意を促した。

「結構急だ。底も良く見えないし、足元に気をつけて。あと女王様の話だと、盗賊撃退用に罠とかもあるから無闇に壁には触れないで」

「そんなこと言われても、私じゃ、結構……そうだ。アムル」

「あ〜、ルミィ私の手繋ぎなさいよ。なんて優しいのかしらアタシって」

「それはどうもありがとう、義姉さん」

暗いはずの階段が、二人が視線を合わせたことでバチッと一瞬だけ明るくなったように感じた。

「ほら、フレイちゃんもルミィも今回は喧嘩はやめとけって。アムルはリーダー初経験だぞ。手伝ってやれよ」

「「ふんっだ!」」

お互いに顔を背けたものの、アムルの為にという言葉は効いたようで素直に階段を折り始めた。
その時だった、急にアムルが振り返って叫んだのは。

「アモンのおっちゃん、そこ踏まないで!」

脊髄反射的な叫びであったが、遅かった。
丁度今アモンが踏んだ階段の石の一部が沈み込み、カチッと言う音が底から鳴り響いた。

「な、なにか今……」

「アモン、ちょっと黙ってろ」

鋭い声でセイが黙らせると、同じように皆が黙った。
静まり返る暗闇の中で、シャキンっと刃が伸びきり斬りつけるような音が降りてきた階段の上の方から段々と近づいてくる。
目を凝らすと、銀光が……壁の両脇から槍が突き出してきていた。

「ピ、ピーーッ!!」

「走って!」

言われなくともキーラの警戒の声で、皆が一斉に走り出していた。
あまり広くない階段を一斉に下りても、体格や体力的にどうしてもルミィが遅れ、それ以降のアモンやセイに影響してしまう。

「速く走れ、そこまで来てるんだぞ!」

「五月蝿いわね。罠を作動させた本人が」

「ルミィ、ごめん!」

「へっ、キャーーーーーーッ!」

半分振り向いて怒鳴り返そうとしたルミィを、アムルが後ろから抱えて脇に抱きこんで跳んだ。
一歩一歩降りていられないからと跳んだはいいが、元々底が見えない程に深い階段である。
アムルに抱え込まれるという至福と不安定な浮遊感が二重の悲鳴をルミィにあげさせていた。
その数秒後、ズダンっと音を立てて浮遊感からも、アムルの腕の中からも開放される。

「あ……」

状況を忘れて名残惜しそうな声を漏らしてしまったルミィだが、アムルは聞いてすらおらず、すぐに階段を見上げた。
階段が詰まってしまうという最悪な状態は避けられたが、何本も突き出される槍は、セイのすぐ後ろにまで迫っていた。
このままではいずれアムルがいる階段の底にたどり着く前に餌食になってしまうであろう。

「兄ちゃん、バギだ!」

「そういうことか。フレイちゃん、アモン跳べ! 邪を裁く一刃の風を与えたまえ、バギ!」

セイの言葉にあわせて跳んだ二人を確認すると、セイもまた階段から跳躍し、そのまま一回転して上下逆さまになりながら迫る槍たちに両手を向けて叫んだ。
次の瞬間、刃というよりは突風に近い風がセイから放たれ、反動で跳躍しているセイたち三人を階段から押し出した。

「姉ちゃん手を!」

「アム!」

階段から突風に押し出されそのまま飛び出しそうなフレイをアムルが手を繋げて勢いをいなそうとする。
だが思い切りフレイが抱きついてきた為に抱き合うように倒れこんだ事で、ルミィが額を引くつかせていたのはご愛嬌。
続いて飛び出してきたアモンは無事とはいえぬ格好で床に投げ出され、突風の術者であるセイもまた似たように転がり出てきた。

「イテテ、まさかいきなりこれとはな。王家の墓なら、通行証ぐらい発行してくれっての」

「なんて乱暴な……もっと他に」

「ごめん。あれが最善だと思ったから。みんな、怪我はない?」

腰を打ったのか、痛そうに押さえながら立ち上がったアモンに謝りながら、抱き倒されて頭を打ったアムルが確認する。

「ぜ〜んぜん、ないわ」

「アタシもないわよ。なんてったアムが抱きとめてくれたから」

「なによ私だって」

「アンタはかつがれたの間違いじゃないの?」

「なんなんだこの子たちは……」

額をつき合わせて唸る二人をみて、アモンがしんじられないとばかりに呟く。
ついさっき死にそうな目に合いながら、そのようなくだらない事で言い合えることが信じられなかったのだろう。
そしてハッとしてアムルを見た。
安心してくだらない事で言い争えるほどに、信頼されているのかと、男としてのプライドを刺激されたが、すぐに頭を振ってそれを掻き消した。

「すまない。私が罠を作動させてしまうとは。だが、何時までこうしていても何処に罠があるかわからない。先へ進もう」

「誤る事はないよ。俺が言うのが遅かったんだから」

アモンよりも済まなそうにしたアムルに、誰もがおやっと首をかしげていた。
卑屈になっているように、アムルの様子がおかしく見えたからだ。

「アム?」

「ん? なに?」

そう言って無邪気そうに首を傾げるアムルは普段どおりであり、何も聞けなくなってしまう。

「目指すのは宝物庫なんだけど、単純に下としか聞いてないし……」

「でも、なんで中の地図を残しておかなかったのかしら? 王家にぐらい残しておいてもよかったのに」

アムルの迷った声に便乗して、ルミィは考えていた疑問を口に上げた。
確かに道理であるが、これまた当たり前の道理に疑問は解決された。

「秘密ってのは何処からでも絶対に漏れるもんだからな。それにこれぐらいの罠を潜り抜けられなけりゃ、ピンチに陥った国に先はないとでも考えたんだろう」

「これぐらい」

セイの言葉を反芻して、アムルは辺りを見渡した。
階段を下りてからはある程度広いフロアにでたようだが、それは全て細い通路が方々に伸びるフロアであった。
前方と左右に通路が延び、どの通路にも九十度に曲がる曲がり角が幾つも見えた。
完璧に正方形の辺をかたどった通路である。
単純なようで、下手をすると自分が今何処にいるのか解らなくなる可能性のある危険な通路でもある。

「ここはアムの勘に頼るべきだと思うわ。下手に考えると迷いそうだもの」

「おいおい、本気か? そんなものに頼るなんて」

「アムルは貴方が考えるより、ずっと凄いんだから。そうよね?」

「凄いかどうかはわからないけど、こっちに行こう」

普通感と言われれば迷ってから指し示す者だが、アムルが全く迷わずに道を指した事でアモンも文句を言わずに歩き出した。
通路は単純な四つ角の繰り返しであったが、その壁は単純などという言葉で片付けられなかった。
大きな窓をつけるようなくぼみを見つけようものなら、そこには安置された棺が何故か立てかけられていた。
一定間隔に置かれた燭台は蛇を精巧に模した燭台であり、まるで生きているようなそれにルミィが短い悲鳴を上げた程だ。
どれぐらい歩いたであろうか、ふと最後尾を歩いていたセイが振り返った。

「アムル、なにか聞こえないか? 唸りながら……か後ろから追いかけてくるみたいな」

「そういえばここ、良く考えればお墓だったわよね。まさか…………ゆうれい?」

「や、止めなさいよね。悪い冗談は……」

こういった話は苦手なのか、ルミィもフレイもアムルのマントを掴んで離さない。

「そういえば、君たちは知らなかったかな? このピラミッドは確かにお墓だが、いつか死んだ王家の人間が生き返った時の為に用意された建物でもあるんだ。宝物庫に近づけば、昔死んだ王家の人間のミイラぐらいあるだろう」

「なら、幽霊ぐらいいるかもね。帰ってきてたら」

「ピッ、ピピピピ」

アモンの説明に安易な意見をアムルが述べたため、カチカチと歯を鳴らす音がでてきた。
言うまでもなく、フレイとルミィである。
キーラは単純に、アムルの方の上で虚勢を張りながら青い体をさらに青くさせていた。

「本気で止めなさいよ。こ、子供みたいな話。幽霊なんて、私は……し、信じないんだから」

「あら、め……珍しく意見が合うわね。そうよ、幽霊なんていないわよ?」

「いや……あんがい、そっちの方が良かったかもな。走れお前ら!」

何故という疑問はあったものの、全員が階段での経験から走り出した。
そのすぐ後に、つい先ほど曲がってきた四つ角から、人の何倍もの大きさのある鉄球が転がり出てきた。
セイが耳にしたのは唸り声などではなく、鉄球が転がる音であったのだ。

「またこんなんなの?! もう、イシスの人ってろくなこと考えないんだから!」

「文句は後で聞いてあげるから、走りなさい!」

このピラミッドという空間で、どうやって転がり続けているのかは謎であったが、鉄球はかなりの速さで転がって着ていた。
ただし唯一の幸運はこのピラミッド内が薄暗かったことであろう。
よく見えたのなら、鉄球の表面につぶれて平らになった人の腕や頭蓋骨の欠片などが付着していたからだ。

「まずいなんてもんじゃない。さっきは階段だったからよかったものの。アムル、このままじゃ追いつかれるぞ!」

「解ってるよ。あそこの四つ角を右に、行き止まりだけど鉄球はこない。あそこに飛び込んで!」

視線の先には確かに、新たな四つ角が見えていた。
だが、そこが行き止まりであり、さらに鉄球が来ない保障など何処にもない。

「信じて!」

その言葉は三人にとっては今更であった。
誰もアムルを疑うことなく、角を右へと跳ぶと、鉄球はそのまま真っ直ぐ転がって行ってしまう。
助かったとアムルの勘に感謝しつつほっとしたのもつかの間、飛び込んだはずの足元が一瞬にして消えた。
消えたのではなく、開いたのだと気付いた時には、皆が大口を開けた奈落の底へと悲鳴を残しつつ落ちていった。





落下が終わったとたんに、白くて脆い何かがクッションとなって大怪我にいたることはなかった。
ポロポロと崩れていく石灰のようなソレをルミィが手に取り、小さな手で握りつぶしても粉になってしまうのを確認する。
だがそれが何かと解った途端に、悲鳴がいくつかあがった。

「な、ななななな……なにこれ!」

「ほ、骨……人の」

「人骨か、いい趣味してやがるな、これは。人様の骨に助けられてよかったものかどうか」

震える二人の少女をおいて、セイは上を見上げていた。
もともと暗いせいもあって、天井は遥か上で見えなかったが、下に何もなければ大怪我ですんだだろうか。
恐らく墓荒らしの骨であろうが、死んでから人様の役にたつとはと少しだけ祈ってやった。

「フレイちゃんもルミィも大丈夫か? ついでにアモン、あんたも」

ガタガタと震えるフレイとルミィに声をかけるのは当然だが、セイが男であるアモンにまで声をかけたのには理由があった。
先ほど上がった悲鳴の中に、アモンのものも含まれていたからだ。
表面上は冷静を装っているが、唇は青く、骨に触れようものなら怯えて振り払っていた。

「だ、大丈夫だ。こ……これぐらい」

どうだかと心の中で嘲っていると、悲鳴とは違う叫びが聞こえた。

「ちくしょお!!」

叫んだのはアムルであり、叩き付けた拳が罪のない人の骨を粉々に砕いていた。
その様子に震えていたはずのフレイやルミィも、状況を忘れて拳をたたきつけているアムルをみた。

「レンに言われたのに、目に映るものを全て守りたいなら良く考えろって言われたのに! 確かに勘は当たるけど、全てがわかるわけじゃないのは知ってたのに!」

そもそも勘に頼るといったのはフレイやルミィなのだが、アムルは自分を責めていた。
一時しのぎの勘に頼り、結局はこのように罠に掛かってしまった事に。
安易な自分の選択が、無事だったとはいえ皆を危険にさらした事に。

「アムル」

「兄ちゃん、俺……もっと強く、今よりもっと強くなりたいのに」

「たく、しょうがねえな。アムル、お前はいつも強くなりたいって言うが、お前の言う強さってなんだ? 敵を叩きのめす事か? 自分一人でなんでもできる事か? そんなのは強いってんじゃない、寂しい奴って言うんだよ」

言われてギクリとしたアムルは正直にどう思っていたのかを呟いた。

「ちょっと前までは、叩きのめす事だった」

「じゃあ、今はなんだ?」

「守る為に。誰も犠牲にしない真の勇者になりたい」

わかっていればいいんだとばかりに、アムルの頭に手をおいた。

「だったら、これだけは覚えておけ。いくら勇者でも何かを守るには限界がある。そのために仲間がいる。お前にとって俺らはなんだ? 石ころか? 単に守るだけの足手まといか?」

「違う……そんな事ない。仲間だもん」

「だったら、頼れ。手の届かない場所に敵がいれば、ルミィが討ってくれる。手が回らないほどに敵がいたらフレイちゃんがまとめてふっ飛ばしてくれる。俺は戦う力はないが、怪我を治す事なら長けている。ガキが一人で背伸びしてんじゃねえ」

コクリと首を立てにふったアムルをみて満足そうにセイが笑った。
その様子をフレイやルミィはぽかんと見ており、口を挟む暇もなかった。
アモンは唯一、眩しすぎる陽光から目をそらすようにして視線をそらしていたが。

「なら、わかったところで、しきりなおしだ!」

急にセイがアムルに背を向けると、人骨だらけの床の一部が盛り上がり、次々にばらばらだった骨が組み合わさり一体のスケルトンが生まれた。
一匹だけではない、次から次へと大小さまざまな人骨をもとにスケルトンが生まれていく。
辺りが骨だらけであるだけにスケルトンの元となる骨には困らず、性質の悪い事に骨に埋もれていた元墓泥棒の武器まで持ち出す始末。
こうなっては元々落とし穴そのものが罠ではないのだと理解する事ができた。

「姉ちゃんとルミィはこっちに集まって。アモンのおっちゃんも」

しだいにスケルトンに埋め尽くされそうになるフロアで、ばらばらではまずいとアムルが呼び寄せる。
このフロアに落ちてきた人はどうやらこのスケルトンたちの餌食になるようで、四角く区切られたフロアに天井以外に出入り口は見えない。
それでも、諦めるわけにはいかないと、アムルの右手が火を噴いた。

「兄ちゃんは浄化の魔法を、姉ちゃんは骸骨を操ってる魔力の源を捜して。ルミィをそれを打ち抜いて。それはでは食い止める!」

完全に元気を取り戻したアムルが、骸骨の群れへと飛び込んでいった。

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