翌日の早朝、アムルとルミィを連れて一足先に街を出たレン。 残ったフレイとセイは、アモンにレンの気持ちを全て話してからアッサラームを出た。 話を聞いたアモンはしばらくの間呆然としており、瞬き一つしないほどであった。 だが、やけに納得のいった顔を後で見せたため、そのまま別れを告げてフレイとセイもアッサラームを出た。 「本当にこれでよかったのかしら?」 「レンちゃんがああ言った以上、これでよかったんじゃない? ま、これで邪魔者は居なくなってせーせーしてるけどな」 「相手にされても居ないくせに」 端で見ていなくても解る事を指摘してやると、ありありと解るほどにセイの動きが止まった。 それも数秒の事ですぐに復活したセイが、微笑を浮かべながら呟いた。 「ふっ……妬くなよ、フレイちゃん」 「暑い事だし、思いっきり冷やしてあげましょうか?」 そう言ったレンの右手に冷ややかで青い光が灯り始める。 やがてその光から氷礫が精製され始めたのを見て、降参の意味を込めてセイが両手を上げた。 いくら砂漠が近いからといって、そこまで冷やして欲しいわけがない。 これ以上余計な事を言わないように注意して歩いていると、炎天下の下で待っていたレンが声を掛けてくる。 「遅かったな。出来るだけ砂漠の横断には時間を掛けたくない。早速行くぞ。砂漠の暑さは主に日差しだ。出来るだけマントで体全体を覆え、それと水はカブのみするなよ」 手短に注意してまずレンが歩き出した。 「ん〜、結局どうなったのかしら。昔の男は、やっぱり昔の男なのかしら。アムルは気にならない?」 「あんまり。レンがしたいようにさせるのが一番いいと思うから」 「ほら、お子様たち。あんまり大人を詮索するもんじゃないぞ。歩いた、歩いた」 「「お子様じゃない!」」 綺麗に揃った声で一箇所を否定しつつ、アムルとルミィがレンを追い始めた。 その後に続いてセイも歩き出すが、ついてこないフレイを振り返る。 「フレイちゃん?」 「なんでもないわ。行きましょう」 フレイが見ていたのは、まだアモンが居るであろうアッサラームであったが、セイは得に突付き回す事はせず、歩き出した。 砂漠に突入したのは、アッサラームを出てから小一時間程経ってからであった。 言葉どおり突き刺すように日差しが強くなり、普段洞窟で過ごしていた真っ白な肌のルミィなど素肌をさらせば数分で火傷を負ってしまうだろう。 さらに一行を苦しめたのは日差し以上に、足場の悪い砂地であった。 ただでさえ体力が減りやすい状況で、一歩一歩砂にうずもれる足がさらに体力を奪っていった。 「ルミィ、大丈夫?」 「ピ〜、ピ?」 「心配いらないわ、キーラもありがと。これぐらい…………義姉さんだって、レンさんだって文句一つ言わず歩いてるんだもん」 出来るだけ強い口調で言おうとしているものの、声が上ずり始めていた。 比較対照にフレイやレンを挙げているが、同じ女でも十二歳の少女であるルミィにかかる負担は段違いである。 レンは先頭を歩いているためアムルからその顔が見えないが、フレイはまだ多少の余裕は見られた。 「手貸して。引いて上げるよ。それでも辛くなったら言って、おぶるから」 「べ、別にまだ疲れてないわよ。それでも、いいなら」 さあ引っ張れとばかりに差し出された手を、アムルは得に感じることなく握ってルミィのやや先を歩き出した。 「あれ?」 「なによ」 その微笑ましい光景を見て、セイが不可解そうにフレイを見た。 そしてルミィの手を引くアムルと、フレイを何度も往復するように見ながら言った。 「いや、いつもならここで対抗して私の手も引っ張れって言うと思ったから」 「アンタねぇ。いくら私でもそんな負担アムルに掛けられるわけないでしょ。それにルミィの方がよっぽど辛いって解ってるわよ!」 「だ〜、解った。解ったから、首絞めないで、振り回さないで。なけなしの体力が……ってか、やっぱり引っ張って欲しいんだろ」 「当たり前でしょ!」 「あっさり、本音がでた!」 幼年組みはまだしも、騒ぎ出したフレイとセイを見て、何をやっているんだとレンが振り向いた。 その顔はやはりパーティ内で一番余裕のあるものであった。 それでも顔には大量の汗を張り付かせ、疲労の色は隠しきれていなかったが。 「おい、止めろ。ペース次第では今日中に辿りつけないんだぞ。それに本番は夜だ。下手をすれば徹夜で歩くんだぞ」 「「「「え(ピ)?!」」」」 平然と言ってのけたレンとは違い、アムルたちはその言葉に盛大に驚いていた。 いくらなんでも徹夜で歩くとは思っていなかったからだ。 「ちょっと待ってよレン。いくらなんでも皆そんなに体力持たないよ。得にルミィが」 「ルミィなら私が背負う。本当なら砂漠を歩いて横断する場合は、日差しの無い夜に歩き、昼間は穴を掘ってその影で休むのが一番いいんだ。だが、それでも小さいルミィの体力は持たない。だから、一番短時間で横断する方法を取った」 「そうなんだ、解った。でもレンも辛くなったらちゃんと言ってよ? これまで気付けなかったけど、レンが一番辛い時だってあったんだ。俺達を仲間だと思うなら、レンももっと頼ってよ」 辛い時が今を指しているつもりなど、アムルには無いだろう。 だがレンは素直に頷く事が出来ず、また先を歩き出した。 「ルミィ、ちょっとごめん。ねえ、レン。解ったの? 聞いてる?」 無視するように黙々と歩き始めたレンに追いつき、アムルがちょこまかとまとわり着く。 「へっ、言うようになったなアムルも。そう思わない……か?」 同意を求めてフレイを見ると、ちょっと膨れていた。 「なによ、なによ。ルミィの次はレンなの? お姉ちゃんの心配は全然しないで」 こりゃダメだとルミィを見ると、こっちはこっちで。 「お、男らしい。はっ、ダメよこれぐらい出来て当たり前なんだから。それよりも私を放ってレンさんに着いて行った事が問題よ」 メラメラとフレイに負けず劣らず嫉妬の炎を燃やしていた。 ここでボケたらまた袋叩きだろうなと、セイは照りつける太陽を見上げて断念した。 これ以上なけなしの体力をなくしては、かなり命が危ないからである。 「それにしても、熱いなぁ」 さりげなく、その台詞は太陽ではなく、フレイとルミィに視線を注ぎながらの言葉であった。 そのときである、一行のはるか後方で砂が爆発するように立ち上って柱を作ったのは。 その後も続いて連続に砂の柱が立ち上る。 「な、なんだぁ?」 爆発音とセイの疑問の声を聞いて、ルミィとフレイも遥か後方をみやった。 段々と爆発がこちらに近づいているようで、次第に聞こえてきたのは魔物の声であった。 「もしかして誰か襲われてるんじゃ、レン! アム!」 先行して歩いていた二人に呼びかけると、すぐに二人は戻るように走り始めた。 足場の悪いはずの砂の上なのにどうして走ることなど出来るのか、慌てて魔物の元へと急いだ三人も走ろうとしたが、出来なかった。 力を入れて踏み出そうとすれば砂に足をとられ、思うように動けなくなってしまう。 「義姉さん、セイさん。二人とも行っちゃいますよ!」 体重が軽いせいか、フレイやセイほどに苦労していないルミィが急かすが、焦れば焦るほど思うように前へと進めない。 「わ、解ってるわよ。足場さえ、悪くなかったら……」 「いいじゃん、どうせ俺らが行っても応援しか出来ないし」 「「一緒にするなぁ!!」」 三人を置いて走り出したレンとアムルが見たのは、緑色の甲羅と巨大な二つのはさみを持つ軍隊ガニの大群であった。 先ほどから立ち上っていた砂の柱は軍隊ガニが、砂漠の砂へと叩き付けた大きなはさみが作り出していたのだ。 そしてそのはさみを叩き付けられ、目標とされているのは、あのアモンであった。 「くっ……こんな奴ら、昔なら!」 砂に足をとられながら砂に手をついて逃げるように走っていた。 その様はとても、レンよりも強かった時があった様にはとても見えなかった。 「なんでこんな所に一人で……とりあえず、助けないと!」 素早さだけはレンより高いアムルが、ある程度軍隊ガニに近づくと大きく飛び上がった。 「はああああ!!」 飛び上がったまま、右手を振り上げると炎が絡みつく。 重力に任せて舞い降りた軍隊ガニの背中に炎の拳をたたきつけるが、効果は薄かった。 そのあまりの硬さに炎は無意味で、痛んだのはむしろアムルの手の方であった。 だがとりあえず軍隊ガニの気をアモンからそらす事は出来たようで、アムルは軍隊ガニの背中から飛び降りた。 「硬ッた。安らかなる癒しよ、ホイミ!」 「君は、レンと一緒にいた」 「アムル、そいつの甲羅は異常に硬い。狙うのなら弱点の目か腹だ!」 「レン!」 アムルに続いてレンの姿を確認するや否や、アモンは喜びの声を上げた。 だが、それも長くは続かず、視界に映ってすらいないようにレンはアモンの横を駆け抜けて行った。 「そして、もう一つ。こいつらの弱点は間接だ!」 軍隊ガニが振り下ろしたはさみをかわし、砂に埋もれて動きが鈍った隙をついてそのはさみを間接から切り飛ばした。 痛みにのたうち暴れようとする軍隊ガニの懐に入り込むと、そのまま無防備で柔らかい腹に剣を突き刺した。 その一撃が致命傷だったようで、数秒もしないうちに軍隊ガニはその活動を止められた。 だが、まだ後から後から沸く様にして軍隊ガニが現れる。 「今度こそ、ずおりゃ!」 レンのアドバイスを聞いて、今度は軍隊ガニの懐にもぐりこんでから腹に一撃を入れるアムル。 さすがに腹から背中へと甲羅を貫く事は無かったが、腹の中はズタズタに焼かれ破壊されたことでまた一匹活動を止めた。 「強い、あんな小さな子が……一体彼は、何者だ」 「…………何をしているアモン! 貴様も戦え、それとも自分の尻拭いを他人にしてもらうつもりか!」 「な、なにを。み……見ていろ! うぉぉぉ!!」 道具袋の中から鉄の爪を取り出すと、それをはめてアモンもまた軍隊ガニへと向かっていった。 だがその動きはアムルは言うまでもなく、レンよりも各段に遅かった。 懐にもぐりこむよりも前に、軍隊ガニの大きなはさみがアモンへと振り下ろされた。 「うわぁッ!!」 避けようと頭では解っていても、アモンの体はそうはいかなかった。 思考に体が追いつかなく、ただ振り下ろされる巨大なはさみを見て叫ぶことしかできなかった。 「どけ、アモン!」 「レン!」 そこへすかさずレンがアモンを突き飛ばすようにして入れ替わり、そのまま軍隊ガニのはさみが振り下ろされた。 立ち上る砂の柱に、追いついてきたフレイ達からも悲鳴が上がった。 アモンも、自分の身代わりとなってしまったレンを見て、降り注ぐ砂の中呆然と尻餅をついていた。 「そんな、レン……」 「そんな所にいつまでもいちゃ、邪魔だよ!」 「しかし、レンが」 「レンがこれぐらいで死ぬわけないだろ! そんなんでよく、レンと付き合ってたなんて言えたよね!」 「全くだ」 まだ砂の柱が降りきらないうちに、レンの姿が現れた。 振り下ろされたはさみを真っ向から受けることなく、剣の腹を使って角度を微妙に変えたのだ。 直接的な怪我は見えない。 「甘く見られたものだ。この私も」 振り下ろされたはさみが再度振り上げられる前に、レンはその軍隊ガニの腹へと剣を突き刺した。 その怪我をしたとは欠片も思えない動きを見て、フレイやルミィも魔法を唱え、弓を構えて矢を添える。 「ルミィ、フレイ。お前たちの攻撃では、腹は狙えない。目を狙え、当てられなくても牽制にはなる!」 「解ったわ。天と地にあまねく精霊たちよ!」 「エルフの弓は天下一品よ。例え小さな目だって射抜いて見せるわ」 「やれやれ、それじゃあ俺は応援でもしますかね。軍隊ガニだけに防御力を下げる呪文、ルカニ! アムル、レンちゃん俺が軍隊ガニの防御力を下げるから、いくらか攻撃が効き易くなるぞ」 五人のチームワークの前に、体のなまりきったアモンの出る幕はなかった。 レンとアムルが前衛となって完璧に軍隊ガニを押さえ込み、ロングレンジからはフレイとルミィの魔法と矢がふりそそぐ。 さりげに一番嫌らしいのがセイの呪文である。 直接的な攻撃力はないにしても、支援効果は抜群であった。 先ほどは背中の甲羅を破れなかったアムルの一撃が、魔法拳なしでさえ貫けるようになったのだ。 本当に、アモンは見ている事しかできなかった。 「よし、これで全部倒したな」 倒れ伏す数体の軍隊ガニたちを前にしてあたりを見渡したレンが呟く。 そうしてアモンに何か言葉を投げかけるかと思いきや、何も言わずにまた歩き始めた。 「待ってくれ、レン!」 さすがに手を伸ばしてアモンが語りかけるが、レンを立ち止まらせる事は出来ても振り向かす事が出来なかった。 「私の知っているアモンは、この程度の敵が倒せぬほど弱くは無い。まして、逃げるなど決してするような男ではなかった。貴様は私の…………知っているアモンではない」 「確かに俺はあの頃よりも弱くなった。それでも、また強くなりたいと思っている。そのためにもイシスの王家が所有している黄金の爪が欲しいんだ」 「貴様、本当に変わってしまったな」 それ以降、何度アモンが言葉を放ってもレンが答える事はなかった。 再び歩き出したレンを追ってアムルたちも歩き出し、やや離れたその後方をアモンはとぼとぼと着いて歩き始めた。 すっかり太陽が水平線の向こうに落ちたものの、まだまだ辺りは砂しか視界に映ることは無かった。 時折レンやセイが星から位置を割り出して、方角を確かめながら砂漠の横断は続く。 「ねえ、レンさん。あの人まだついてくるよ?」 ルミィが指差したのは一行の後ろを着かず離れず歩くアモンであった。 「……私の知るところのものではない」 「好きで着いてきてるんだ。次に魔物に襲われた時には、助けなくていいんじゃねえか?」 「私もそう思う。そりゃ最初は同情したけど、ああもしつこいとねぇ」 「ピ?」 すっかり同情心が薄れ、厄介な者を見るようにして誰もが後方を歩くアモンに視線をよこしていた。 そんな中で、アムルだけは口数が少なくなっていたレンを見ていた。 違和感を感じるのだ。 普段ならばもと歯切れ良く、断罪するように言葉を吐くはずが、歯切れが悪い。 複雑な恋愛事情などアムルにはわからなかったが、それよりも別のものを感じたのだ。 「ねえ、レン」 ポンッとアムルが軽くレンの背中を叩くと、そのままレンが砂漠の砂の中に片膝を落とした。 「レン?!」 「すまない……少し疲れた、ようだ」 いきなりの事態に、慌てて皆がレンを取り囲むが、レンの様子はとても疲れただけのようには見えなかった。 日の落ちた砂漠ではドンドンと昼間の暑さがひいて、肌寒いぐらいであるのに、レンは昼間と同じぐらい、それ以上の汗をかいていたのだ。 顔も上気したように赤く熱を帯びて、息遣いも荒かった。 「ちょっとどいてくれ。この肌寒い中でこの体温、熱病か?! でも、一体いつから……」 「セイさん、良く見たらレンさんの肩口。着物がほつれてない?」 「ちょっと変わりなさい、セイとアムルはあっち向いてて!」 だんだんとぐったりと体から力が抜け出したレンをセイから奪うと、フレイは二人に明後日の方向を向かせてからレンの上着のをはだけさせた。 さらしを巻かれた胸があらわとなるが、問題はルミィも言った通り肩にあった。 小さな傷口が赤く腫れて、一番の熱を持っていた。 フレイは舌打ちすると、上着を元に戻してそっぽを向かせた二人を振り向かせる。 「まさかアモンを庇った時に? なんですぐに言わないのよ。セイ、ここからイシスまではどれぐらい?」 「まだ半分って所だ。どんなに急いでも到着は夜明け」 「でもそれって、皆で一緒に歩いたらでしょ? 誰か一人がレンを背負って走ればもっと早くつける」 アムルの言葉にそれはそうだがと、セイは言葉を濁した。 その場合、必然的に背負うのはセイかアムルとなるが…… 「おい、一体レンはどうしたんだ? 一体何が」 後方からレンが倒れたのが見えたのかアモンが現れたが、一様に皆はそれ所ではないと無視を決め込んだ。 例えもしアモンがレンを運ぶ役に志願したとしても、無視しただろう。 「俺がレンを背負って先に行くよ。前衛が居なくなっちゃうけど、敵を牽制しつつ逃げるぐらいなら出来るよね?」 「昼間の軍隊ガニを見た限りでは、逃げるぐらい簡単よ。セイ、ロープを出して。アムルとレンじゃ、身長差がありすぎるわ。落ちないように縛り付けるわよ」 フレイとセイがそれぞれアムルの後ろと前に回りこみ、レンを縛り付ける。 それだけでは負担がかかるだろうと、アムルもレンを背負うように足に手を回した。 縛り終えてすぐにアムルは走り出し、何があったんだと喚くアモンにルミィが説明している中、セイは一人唇をきつくかみ締めていた。 悔いるように、堪えるように。
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