第二十四話 アッサラーム


ロマリアから東へ、橋を渡って森を左手にアムルたちは、まずは砂漠の手前にあるというアッサラームの街へ向けて歩いていた。
それは良いのだが、どうにも居心地の悪さを感じずには居られないアムルとセイがいた。
折角魔法の鍵と言う情報を手に入れたのに、ノアニールを発ってからというものすこぶる女性人の機嫌が悪かったのだ。
レンは一人先頭に立ち、喋る事も振り返ることすらなく黙々と歩いているし、フレイはレンとルミィを黙って睨むようにしている。
ルミィはそんな二人に気おされるようにして少し大人しい。

「アムル、お前今度は何をやらかしたんだ?」

「何もしてないよ。ノアニールでちょっとレンと姉ちゃんが言い合って、その後ルミィがきて……」

「ルミィが来てから何があったかは想像がつくが、レンちゃんがねぇ」

普段からレンは率先してパーティの戦闘を歩くようにしている。
だがこれまでならペースが速すぎやしないか、誰かが遅れ始めていないか。
表面には出さないこそすれ、そう言った気配りが見られたはずだ。
なのに今日に限っては、このままアムルたちが立ち止まっても一人で先へと歩いて行ってしまいそうな雰囲気である。

「なあ、レンちゃん」

「……………………なんだ?」

振り返らず、たっぷりの間をもって帰って来た言葉に、セイは見えないであろうからと肩をすくめた。
そこでチラリとフレイをみると、

「なによ、にやけた顔見せないで。むかつくから」

今度は間髪入れず、トゲトゲしい言葉が帰ってくる。

「ねえアムル。いつもこのパーティってこんな感じなの? なんか暗い、すっごくギスギスしてるし」

「いつもはそうでもないんだけど、今日はちょっと、二人とも機嫌悪いみたい」

「ま、いつも顔つき合わせてるんだ。喧嘩ぐらいするだろう。溜め込むよりはいいさ、そもそも怒りなんてものは長続きしないしな」

多少自分が来たことを発端と考えているルミィに、セイがフォローするような言葉を吐いた。
怒りやイライラは思ったよりもエネルギーを使うので、それだけ持続しにくいのだ。
そうセイが気楽そうにしたのを見て、ようやくルミィも妙な緊張が抜けたようだ。
早足になってアムルに追いつくと、寄り添うようにして並ぶ。

「な、なに?」

「別に、それとも私が並んで歩いちゃいけないの?」

「そうじゃないけど……」

アムルがチラリと見たのは、フレイである。
何も言わないが、やはり一段と機嫌が悪くなり目つきが細くなっていた。

「可愛い弟に彼女ができそうで焼もちってか。あんまり冗談飛ばす雰囲気じゃねえが、そうも言ってられ」

「おい、来るぞ」

一発和ませてやるかとセイが考えた所に、レンから短い合図の言葉が送られた。
なにがと問い返す前に、それは現れた。
三匹と徒党を組んだ、暴れざるである。
左手に見える森の中から空気に響き渡るような雄たけびを上げながら、飛び出してきた。

「行くぞ!」

「あ、うん!」

言葉少なくレンが鞘から剣を解き放って先陣をきった。
とても指示とはいえない言葉に、慌ててアムルが後に続いて飛び出していく。

「フレイちゃんと、ルミィは援護してくれ。俺は、応援してるから!」

「え゛、なんですかその役立たずてきな配置は」

「いつもの事よ。コイツは喋る薬草みたいなもんなんだから。天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、邪を掻き消す閃光を我に与えたまえ、べギラマ!」

先に暴れざるへとむかったレンとアムルを追い抜くように、閃光が駆け抜けた。
ブスブスと大地を焦がしながら向かっていった閃光が、暴れざるたちを焼き焦がしていく。
暴れざるたちが火傷に苦しんでいる今こそ、ねらい目なのだが何故かレンが振り返った。

「フレイ、範囲魔法を使うときは少しは考えろ!」

わずかに反応が遅れたのか、上着の袖に焦げ目が見えた。

「いつもならアンタが勝手に避けるから、避けなさいよ!」

「なにを!」

「レン、どいて!」

振り返っていたレン目掛けて、苦しんでいたはずの暴れざるが両手を組んでたたきつけてきた。
反応が明らかに遅れたレンを突き飛ばし、変わりにアムルが暴れざるの攻撃をもろに受けてしまう。
いくつかアムルの名前を呼ぶ叫び声が聞こえたが、アムルは無事であった。
両腕を頭の上でクロスさせて踏ん張り、暴れざるの攻撃を受け止めていたのだ。

「アムル、そのまま動くな。私が」

「レンは他のを頼むよ。こいつは、俺がぁぁ!!」

唸るような叫び声を上げて、たたき付けられた暴れざるの腕を少しずつだが押し返していく。
最後には完全に弾き返し、そのまま暴れざるのバランスを崩すまでに至った。
そしてその一瞬の隙をついて、アムルの右腕が炎を吹いた。

「ずおりゃぁ!!」

両腕を万歳のように上げていた暴れざるの腹に、拳がめり込み火炎の爆発と共にその巨体が吹き飛んでいった。
一瞬時を忘れるほどに、誰もがその光景に目を奪われていた。
同世代の間でもかなり小さなアムルが、その何倍もの重量を誇る暴れざるを殴り飛ばしたのだ。
アリアハンを発ってから、正確にはシャンパーニの塔でオルバと相対してから加速度的にアムルは強くなっていた。

「すごい、私も負けてられない。レンさん、援護してあげるわ!」

「足を狙え。暴れざるの体力を考えれば、足を狙って動きを鈍らせるのが先決だ」

「わかった。いっけぇ!!」

レンの指示を聞いて、ルミィが背負った矢筒から矢を引き抜いて弓の弦を引き絞る。
弦が弾かれて、矢が空気を裂いて暴れざるの足に突き刺さる。
立ち上る咆哮にひるまず、レンは動きの止まった暴れざるに接近して深々と剣を胸に突き刺した。
そして残る一匹はと振り返ってみれば、アムルが止めの一撃を入れる瞬間であった。
今度は魔法拳ではなかったため、吹き飛ぶような事はなかったが、暴れざるの意識をなくすには十分であったようだ。
その様子にレンが感嘆の息をついていると、我先にとフレイがアムルに駆け寄っていった。

「アム、大丈夫だった?! 怪我は、頭とか打ってない?」

「大丈夫だよ、姉ちゃん。最近すっごく調子いいから。ザイオン並の敵ならともかく、そこら辺の魔物なら負ける気がしないんだ」

「馬鹿、そうやって甘く見てるといつか痛い目みるわよ。セイ、アムを」

「いい加減にしろ!!」

レンの叫びが響き、皆が言葉を失いながら呆然とレンを、そしてフレイを見た。

「なによ、そりゃ昨日とか悪かったとは思ってるけど」

「そんな事はどうでもいい。私が言いたいのはアムルを甘やかす……アムルの邪魔をするなという事だ」

「邪魔ってどういうことよ。弟を心配して何が悪いのよ!」

「ただ心配するのは悪くは無い。だが、お前の行動は明らかにアムルの邪魔になっている。お前の前だとアムルはお前の弟でいるしかない。一人の男として強くなれないんだ!」

「レンさん、いきなりどうしたの?!」

「フレイちゃんもストップ。アムル、見てないでお前も止めろ」

「俺は…………」

お互いに掴みかかるような事はなかったが、それでも何時そうなるのかもわからずセイとルミィが止めに入る。
そのままお前も間に入れとアムルを見るが、レンの言葉を掴みかねて動けないで居るようだ。
もちろん、レンが言ったような事は考えた事もなかったからだ。

「アムル、アンタは余計な事考えなくていいの。これまで通りでいいじゃない」

「だからそれでは何時までたっても!」

「確かに強くはなりたいけど、姉ちゃんの弟を止める事もできないよ。でも強くなりたい。だからこのまま強くなって見せるよ!」

見方を変えれば卑怯な物言いだったかもしれないが、とりあえずは二人の激昂を少しは抑えられたようだ。
さほど力をいれずともセイもルミィも二人を押しとどめられるようになった。

「お前がそういうのなら。ただし、言ったからには実際に証明して見せろ」

レンはそうアムルに言い残し、再び先を歩き始めた。
フレイはまだ少し何かを言いたそうにしていたが、言い争う気はなくしたようだ。
レンと十分過ぎるほどの間を空けて歩き始めた。

「あ〜びっくりした。まったくなんなの、一体。冷静そうなレンさんがあんなに怒るなんて」

「強くなって、欲しいからだろうな。アムルに。だから過保護になりすぎるフレイちゃんに、自嘲しろって言いたかったのか。それとも他に理由があるのか。どちらにせよ、俺らも歩こう」

ロマリアの門を開ける魔法の鍵の情報が入ったものの、雲行きはかなり怪しくなっていた。





「ここが、アッサラーム?」

街に入ってすぐにフレイが疑問の声を上げたのには理由があった。
砂漠が近いことも有り灼熱の風と日差しが包み込む街は、一言で寂れていた。
人通りはいくばくもなく、店の数は多いことは多いのだがその殆どが閉ざされていたからだ。
時折目つきの悪い男たちや、行き倒れ同然に見える者が路地裏に倒れていたりと気持ち悪い事このうえない。

「私この街いやぁ。なんだか変な匂いがするし、変な視線を感じるわ」

「まあ、言ってしまえば大人の汚い町だからな。昼間でも女性は大通り以外歩けないぞ。何されるかわかったもんじゃない。ルミィは得に気をつけろ。エルフなんてばれたら力ずくでさらわれるぞ」

セイの台詞に視線の意味を察したルミィは、慌ててとがった耳を髪の毛の中に隠す。
それだけでルミィに集まっていた視線が段々と減り始めた。

「で、その汚い街に何の用があって寄ったわけ? アムルよりも年下のルミィがいるのよ。あまり好ましくない場所なんじゃない?」

「それは」

説明を続けようとしたセイに言葉を重ねるようにして、レンが説明を始めた。
もっともその相手はフレイ個人ではなく、皆にといった感じではあったが。

「それはこれから砂漠を越えるからだ。砂漠はこれまでの草原とは勝手が違う。ラクダか、せめて対日射用のマントでも購入したい所だ」

「さすがに良く知ってるわね」

「まあな。この街は少しな」

「へぇ、アンタがそんな訳有りそうな事言った街はじめてじゃない? まさか男とでも別れた街だなんて」

「レン? レンじゃないか!」

喧嘩の名残を払拭しようとした一言であったが、その言葉が終わらないうちに一人の男が突如レンへと声を掛けてきた。
それだけに飽き足らず、持っていた荷物を放り出す勢いでレンに走りよりレンを抱きしめた。
レンはそれに抗うわけでもなく、驚きを顔に貼り付けたままされるがままであった。
やがて信じられないと言った呟きがレンからもれる。

「アモン、貴様まだこの街に」

「この街にいればいつか君に会えると思っていたんだ。突如僕の前から姿を消した君に」

そう言われたレンは、抱きしめられた腕を振り解きアモンと呼んだ男を突き飛ばすようにして放した。

「気安く触れるな。お前は、もう……兎に角私に話しかけるな。お前たち、まずは宿を探すぞ。どうした?」

無愛想にアモンという男を突き放したレンが見たのは、様々な表情をしている仲間たちであった。
フレイとアムルは単純に昔の男という事に驚いており、セイは涙目で、ルミィは興味津々でレンを見つめている。
態度もそうだが、それぞれ思った事柄も三者三様であった。

「そんな、レンちゃんに男が……いや、いいんだ。俺は君に昔なにがあったかなんて気にしないさ。俺達の未来は真っ直ぐ前さ」

「大人の恋の話よ。昔の男と今の男、揺れるレンさんの気持ち。見ものね」

「誰が今の男だ」

昔を否定しなかったレンが、刀の鞘でセイとルミィの頭を小突く。
ルミィが増えた事で単純に突っ込む相手が二倍になったようだ。

「レンこの子達は一体……」

「貴様には関係のない事だ。今度こそ本当に、行くぞ」

「レン、いいの? 話さなくて……」

「私は止めたのだ。人を好きになる事は……私は宿を探してくる。お前たちは、好きにしろ」

喧嘩のことなど忘れて話しかけたフレイだが、思いもしないレンの言葉にそれ以上引き止める事はできなかった。
確かにレンの性格上、昔の男と話せと言われれば断るだろうとは思ったが、今の言葉の真意は何なのか。
一人宿を探しに向かったレンを皆が見送ると、間が持たなかったのかアモンと呼ばれた男が話しかけてきた。
アッサラームにずっといたということから、肌は小麦色に焼け、伸ばした髪を三つ編にして首筋から垂らしている。
一見野性的に見える体つきだが、どこか曲線的な印象を受けずには居られない男であった。

「君たちは、今レンと一緒に旅をしているのか?」

「へ〜ん、もう終わった男の言葉など受け付けん。精々美人を取り逃した事を悔やんで余生を過ごすがいい!」

「一緒に旅をしているのなら、彼女に聞いて欲しい。何故突然私の前から姿を消したのかと」

「無視かい!」

絡むように言葉を吐いたセイを無視して、アモンはフレイたちに懇願の言葉を掛けてきた。
どうやらその目にはセイの姿が映りこんでいないようだ。

「突然姿を消したって、心当たりはないんですか?」

「わからない。本当に彼女とは仲が良かったんだ」

「と言われても、レンさんが男の人と仲のよい光景って想像つかないなぁ。私たちはそうでもないけどね」

「そうだよね。普通だよね」

喜んでいいのか悪いのか、アムルの返答に隠れてルミィが肩を落としていた。
内心そのことに笑いながら、アムルの背後に回りこんでフレイが勝ち誇ったように抱きしめながら言う。

「ま、それぐらい聞いてあげてもいいけど、期待しないほうがいいわよ」

「本当かい?!」

「ちょっとフレイさん、アムルから離れなさいよ。嫌がってるじゃない」

「姉ちゃん、熱い……」

「確かに熱いわね。アムル、あんた次から冷たくなりなさい」

「そんな無茶言わないでよ」

小さなアムルを取り合う様子を見たアモンは大丈夫かなと不安げにしていた。
そこへセイが今度こそはとアモンの正面へと回り込む。
そしてしっかりと指差しながら勝ち誇ろうとするが、

「へっ、勝ち目が無くて俺を無視する気持ちはよ〜く」

「兎に角頼んだよ。それじゃあ、また!」

「今度は最後まで喋らせんのかい!!」

またも完璧にアモンに無視される始末。
究極の一人相撲をとらされたセイが喚く中、放り出した荷物を拾ってからアモンは街の中へと消えていった。





その夜段々と騒がしくなっていった街の中で、レンのとった宿に入った一行は、それぞれ自由行動をとった。
と言っても街へと繰り出して言ったのは恋人にでも会うようにめかしこんで、気合を入れていたセイだけであった。
アムルとルミィはその年齢からフレイ監視のもと部屋で大人しくさせられ、レンは宿の一階にある酒場のすみで一人酒を飲んでいた。

「懐かしい者に会ったものだ。もう、すっかり忘れていたがな」

自嘲的な笑みを浮かべグラスを傾けるレンは、普段よりも幾分女らしい顔であった。
その自嘲的な笑顔が人目を引き、酒場の男たちの誰もが声を掛けようか迷っていた。
うざったい視線が自分へと集まっている事を自覚していたレンは、寄ってくるなとばかりに席を立とうとした男を睨みつける。
すごすごと座り込んだ男を見ても、晴れる事のなかった思いを呟く。

「一人で何も考えずに飲ましてもくれないとはな」

「悪かったわね、一人にさせてあげられなくて。珍しいじゃない、アンタが飲んでるなんて。アタシは初めて見たんだけど?」

「貴様か」

酔いが回ってきたのか、うつむき加減になっていったレンに話しかけたのは、アムルたちの面倒を見ていたはずのフレイであった。
昼間の続きでもしに来たのかと見上げるレンの前で、フレイはその隣に椅子を引いて座り込んだ。

「二人とも、もう寝たわ。それはいいとして、アンタに二つ聞きたい事があるの」

「何だ? 今はかなり酔っているからな、なんでも喋るかも知れないぞ」

「一つはアムの事。昼間の言ってた私が居るとってどういうこと?」

「ああ、以前アムルがべギラマを使った事は話したな?」

それを聞いてキョトンとしたフレイは、一瞬なんのことだか思い出せなかった。
なぜなら言葉で聞いただけで、その時にはパーティ内に自分が居なかったからだ。
だが直ぐにべギラマを使おうとしてただの光すら放てなかったアムルを思い出した。

「あの時のアムルは、正直今よりももっと強かった。アムルが強かった時に居て、弱くなった今居るのはフレイ、お前だ。だから私はお前の存在がアムルを弱くすると思ったのだ」

「順序だてて説明されると納得しちゃいそうね。でも、私は嫌よ。アムは私の弟なんだから」

「そうだな。私も妹のような姉が居たからわからないでもない。だが、甘やかせないように気をつけることはできる。本当にアムルの事を思うならば。アイツの強くなりたいという願いを解ってやれるのなら」

そう言って飲み干したグラスに新たな酒を注ぐレンだが、そのグラスを横からフレイが掻っ攫う。
そしてレンによって注がれた酒を、躊躇せず一気に飲み干そうとする。
本来は止めるべきなのであろうが、レンは止めずにフレイがグラスを置くのを待った。
ゴクリと喉が鳴るほどに勢い良く酒を飲み込んだフレイが、音を立ててグラスをテーブルに打ち立てる。

「まっずぅ、もう一つ。これは聞いてくれって頼まれたんだけど、アモンって人の前からなんで消えたの? すっごい驚いてたらしいわ」

「その話か」

「すっごい未練タラタラよ。きっぱり言ってやった方がアモンって人のためよぉ」

「貴様、それぐらいで酔ってるのか?」

「いいから、話なさいよ。私が気になるじゃない」

自分にしなだれかかるようにして持たれてきたフレイを鬱陶しく思いながらも、レンは喋ってやる事にした。
もっとも話さなければフレイにレンを開放する気はなかっただろうが。

「興味がなくなったからだ」

「うわ、可哀想。正真正銘捨てられたんじゃない、アモンって人」

「話は最後まで聞け。あの頃のアモンは私よりも強かった。だからその強さに憧れ、いつか憧れが恋愛感情に発展したっと私は思っていた」

「違ったって事?」

「アモンに結婚を申し込まれた時、勝つことを諦めきれなかった私は最後の勝負を私は持ちかけた。その勝負、アモンが手を抜いたのか私が強くなったのかわからないが、私の勝利に終わった。それでも悔しがりもせず、おめでとうと言ったアモンを見て興味を失った」

お酒に頭を侵されながらも聞いていたフレイにでさえ、レンが僅かに見せた苦悩が見えた気がした。

「私が好きだったのは、私より強く、今よりももっと強くなろうとするアモンだったのだ。だがそれは、本当にアモンを好きだったのか? 好きと言えるのか? 私は……」

「ごめん、もう……それ以上聞けない」

「だから私は人を、異性を好きになる事を止めたのだ。私が興味あるのは」

「もう、いいよ…………ごめん、私」

お酒の手伝いもあって、泣き出したのはレンではなくフレイの方であった。
レンの肩に顔をうずめて、それ以上レンが言わないように止めた。
そのままフレイの意識は遠く、眠りに落ちてしまったが、レンはフレイをそのままにさらにグラスに酒を注いだ。
グラス一杯に酒を注ぐと、レンは振り返ることなく近くのテーブルに隠れて座っていたある男を呼び寄せる。

「ところで、そこで聞き耳を立てている馬鹿。こっちへこい」

「あれ? 気付かれちゃってた? 聞いてないよ? 分かれた理由なんて、これっぽっちも。ちょっと美人二人のただならぬ蜜月を邪魔しちゃ悪いと」

「相変わらず馬鹿だな、貴様は。後でフレイを運ぶのを手伝え、それと。しばらく付き合え」

そう言い出したレンを見て、珍しい事もあるもんだとセイは移動してレンが居るテーブルについた。

「レンちゃんがそう言うなら、遠慮なく。それで俺からも一つだけ」

「なんだ?」

「今はどう思ってるのかな?」

「愚問だな」

どちらとも取れすぎる言葉に、セイは訝しげにしながらしばらくレンの酒に付き合った。

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