第十八話 ロマリアの関所


「あれが有名なロマリアの関所?」

地面に広げられた携帯食料の一つを手にとって頬張りながら、フレイは後一息とまで近づいてきたそれを指差した。
ただその顔は有名な関所を遠目とはいえ眼にした割には、輝きが足りなかった。
単に携帯食料の味が気に入らなかっただけだが。

「ああ、そうだ。その昔、ロマリアとポルトガは比較的距離が近いことからもたびたび戦争になったあげく、国をしきる門として打ち立てたのがロマリアの関所だ。どうも当初はポルトガへの輸入物資の通行料が目的だったという意見もあるが」

「けどそのおかげでポルトガは逆に海を使った輸入経路、航海術や造船技術が発展したと」

「そうだ。そもそもその戦争の終わりも魔王の出現が原因らしいが」

「そうなの? ってその戦争は何年前の事?」

水筒にを傾けて喉に水を流し込んだレンからは、百年以上前だとの言葉が帰って来たため、フレイはふむと考え込んだ。

「百年か……そんなに昔から魔王バラモスっているんだ」

「いや」

初めて知ったとばかりのフレイの言葉に、レンは首を横に振った。
その表情は、不可解そうであった。

「魔王バラモスがこの世界に現れた時代を正確に知るものはいない。それほどまでに昔からいるのか、逆にまだ近年の事なのか。全ての知が集まると言うダーマ、もしくは同じ神殿のランシールに行けばわかるかもしれんが」

「……あのさ、一応アタシはアリアハンの王宮魔術師の下で色々学んだんだけど。なんでレンはそれ以上の事を知ってるわけ? 単に長旅だからって理由じゃないと思うんだけど」

「ああ、それは私の家が」

そこまで言ったところで、何故かフレイが急に立ち上がって辺りを見渡した。
油断無く見渡した辺りに広がるのは風が撫でる草花と、その向こうの大人十人程の大きさはありそうな岩の前でなにやら話しているアムルとセイだけが見えた。

「どうした?」

「ん、いやなんか……近くで魔法を使ってたような魔力が」

「アムルではないのか?」

「違う気がするけど、そうなのかしら?」

そのアムルを見ると、腰を落として右の拳を腰に当てて左手で包むように構えていた。
なにかセイがレクチャーしているようだが、そのうちアムルの絶叫が聞こえてきた。
そして舞い上がる炎。
アムルの握りこんだ拳から炎が生まれ、まるでアムル自身を飲み込むかのようにそれは大きくなっていった。

「なにやってんの、あの子?!」

フレイの驚きはその光景が、そのままあの時の魔法剣へと頭の中で直結された。
止める間も無く、アムルはその拳を目の前の大岩へと叩き込んだ。
爆音と激震、フレイとレンは二人からかなりの距離を離れていたと言うのに熱風がムアっと迫ってきたのを感じた。
そして、信じられない事にアムルの前にあったはずの大岩が真っ二つに割れていた。

「姉ちゃん、できた! 本当に出来たよ魔法拳!」

嬉々として両手を振りながら戻ってくるアムルを見て、フレイは冷や汗を流した。

「ちょっと魔法拳って、拳?! 剣じゃなくて?! それよりアム、アンタまた記憶が飛んでたりしないでしょうね!」

「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ。オルバのおっちゃんの事だって、半分ぐらいは思い出したし」

「それって半分は飛んでるってことじゃないの!」

走って戻ってきたアムルを受け止めながらも、フレイは心配させるんじゃないとアムルを軽くコツンと叩いた。
それでもアムルは嬉しそうであったが。

「話には聞いてたが、メラであの威力とはねぇ。あんまり人間相手には使わない方がいいな。良くて重傷、悪くて即死のレベルだ。あれは」

「アンタも、話に聞いてただけで実戦させんじゃないわよ。アムになにかあったらどうするのよ!」

「大丈夫だって、そのために俺がついてたんだし。もし威力も知らないでアムルが人を殺しちまったら、可哀想だろ?」

「むっ、それはそうだけど」

まともすぎる意見に言葉を詰まらせていると、さらに黙らされる言葉をレンから聞かされた。

「フレイ、アムルの心配をするのはいいが。お前も真面目に次の魔法を習得しはじめたらどうだ? アムルはこの前、べギラマを使いこなしたぞ?」

「嘘……メラすら最近覚えたアムが?」

「本当の事だ。そのことは覚えているか?」

「う〜ん、オルバのおっちゃんにギラを使った事は覚えてるけど、べギラマは……やってみる」

アムルは三人がいない方を向くと、両腕を真っ直ぐに伸ばして前を見つめた。
体内に流れる魔力をコントロールして、体から腕に、腕から手のひらへと順に川の流れのように魔力を流れ込ませる。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、邪を掻き消す閃光を我に与えたまえ」

「お、結構良い感じじゃねえか?」

ほのかに光を宿しだしたアムルの両の手のひらをみて、フレイは密かに焦りを感じていた。
自分よりも、アムルが。
そんな想いがフレイの胸に去来し、焦りと不安を掻き立てる。

「べギラマ!」

だが、それは杞憂に終わった。
アムルの最後の言葉が高らかに風に流れ、それだけで終わったからだ。

「あれ?」

首をかしげてアムルが振り返ると、レンの顔が多少引きつっていた。

「ちょっと、レン。ちっとも使いこなせてないじゃない。集まった魔力を無駄に放出して、成功するどころか全くの無駄!」

「一応両手に魔力は集まってるし、でも。別にべギラマじゃなくても、集めるだけならできるもんな」

「ちょ、ちょっと待て。アムル、ならばギラをやってみろ」

「うん、天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、邪を貫く光を我に与えたまえ。ギラ!」

今度は確かにアムルの両手から光がほとばしったが、やはりほとばしっただけに終わった。
これでは敵を一掃するどころか、夜の明かりにもならない。
再度振り返ったアムルに、レンは今度こそしっかりと眼をそらし立ち上がった。

「うむ、休息はこれぐらいで十分だろう。今日中にはロマリアの関所を抜ける事にしよう」

爽やかに笑うことまでは出来なかったが、遠くに見えるロマリアの関所を眺めて歩き始めた。
だがその後ろから、かなり強い疑いの眼差しの目を投げかけたフレイに捕まった。

「なにを必死にごまかしてるのよ。アンタ、カザーブでアムルと一緒に寝たり。なんか怪しいわよ! 他にも隠してる事あるんじゃないでしょうね!」

「だからアレは、お前がいなくて寂しそうだったから添い寝してやっただけだと説明しただろうが!」

「なんだと、なんて羨ましい!! 正直に言えアムル、レンちゃんは優しくしてくれたか? どれぐらいの大きさだった。絶対着やせするタイプだと俺は睨んでるんだが」

「貴様は黙っていろ。そう言う事は口に出すな。そして考えるな!」

余計な事を聞き出そうとしたセイを蹴り上げるが、蹴られた尻を押さえたセイも負けてはいない。

「いいじゃねえか。イマジネーションは男の武器なんだよ!」

「どういう論理武装だ、それは。そんな事が二度と言えぬ様に切り取ってやろうか!」

「へっ、俺の子孫繁栄能力を持ってすれば、再度生え変わる事は間違いない。しかもよりグレートに強力になって!」

「「なるか!」」

急に真っ赤になってレンにフレイが加勢したことで、セイは二人がかりでボコられた。
その様子を一人残されたように、黙ってみていたアムルは自分の肩にいたキーラに問いかけた。

「なんだか、ようやく四人そろったって感じだよね」

「ピッ!」

同意するようにキーラも、嬉しそうに頷いてきた。





ロマリアの関所は、ロマリアとポルトガの二つの国を分ける大きな門である。
高く険しい、人の足の踏み入れる余地のない山脈に囲まれた間に建てられており、そこを通らなければ二国間を行き来する事は不可能である。
そのためにポルトガへ向かおうとする者、ポルトガを脱しようとする者が大勢底を訪れる。

「うわ〜、すっごい人。何人ぐらいいるのかな? それにまだ門までかなりの距離がある」

門をくぐる為に順番待ちをしている列に並ぶと、途端にアムルはキョロキョロを辺りを見渡し始めた。
人の多さならば先日のロマリアでのお祭りの方が遥かに多いが、上から見ていただけあって、自分がその群集の中にいるとでは実感に差があるらしい。

「一日に何人の出入りがあるかは知らないが、小さな村や町の人口よりは多いはずだ」

「へぇ〜、すっげぇ」

「ほら、あんまりキョロキョロしないで並ぶの。あ〜もう、恥ずかしいなぁ」

あまりにも田舎丸出しの行動のアムルに、周りからクスクス笑う声が聞こえ、真っ赤になりながらもフレイはアムルを捕まえた。
そしてレンと共に列の最後尾に戻すと、一人立ち無い事に気づく。
いつのまにかセイがいなくなっていたのだ。

「レン、セイは?」

「ん? そう言えば、つい先ほどまで……」

言われてからいなくなっている事に気づいたレンも辺りを見渡した。
成人男性顔負けの身長を誇るレンだけあって、フレイが辺りを見渡した時よりも遠くまで見渡す事ができた。
だがそれでもセイの姿は無く、変わりにとある者を見つけてしまった。
何処にでもいる迷惑な者と、それにからまれた不運な少女である。

「や、やめてください」

「いいじゃねえか。どうせ一人なんだろ。このご時世、女の一人旅は危険だぜ?」

「そうそう、女の一人旅はよぉ」

絡まれているのは、黒いローブで体、顔まですっぽりと覆った小柄な体つきから、女と呼ぶにはまだ早い少女であった。

「ふん、女の一人旅がどう危険か。教えてもらおうではないか」

いかにもああいう手合いが嫌いだとばかりにレンの手が腰に帯びた剣へと伸び、係わり合いにならないようにと間を空けだした空間へと足を向けた。
そのまま列を離れていこうとするレンを、フレイもアムルも止める事は無かった。
腹のたち具合はレンと同じであったからだ。
だが、別の者の声がレンを止めた。

「むぁてぇ〜!!」

声の調子は違うが、その言葉に、この状況にレンとフレイは覚えがあった。
声のしてきた方向、わざわざ手ごろな岩を見つけて登り、腕を組んでふんぞり返っているセイを見上げた。

「人目もはばからず可憐な少女と強引にイチャイチャするとは……俺も一度はそんなプレイをしたい!」

血管が浮き出た拳をワナワナと握ったセイに注がれる、冷たかった視線が、更に冷えていった。

「しまった、つい本音が! も、もとい」

「どこまで戻っても手遅れなの、教えてあげれば?」

「私にそんな義理はない。できれば生まれる前に戻って、二度と生まれないで欲しいのだが」

注がれる見知った視線に、セイはとりあえず基本に戻る事にした。

「ずっと前から愛してましたっ!」

どこまでもズレたその言葉を合図に岩から飛び降り、そのまま男の一人に体当たりを仕掛けた。
ぶつかった瞬間にセイの方が悲鳴を上げたのは気になるが、セイの体重に押し負けて倒れた拍子に頭を打って気絶したようだ。

「て、てめぇ。なにもんだ」

「ふっ……尋ねられれば答えぬわけにはいかん。俺は美しい少女と女性限定で愛を伝える哀しい戦士。そう、俺は愛のテントウ虫だ!」

決めるべき所でも、やはりセイは間違えた。
しかも狙ったわけではなく、素で間違えてしまったために頭の中はパニックで動けなくなってしまっていた。
周りの視線が、まるで敵部隊を弓で狙い撃とうとしている軍隊にさえ思えた。

(どうする?! このまま気づかない振りで押し通すか? いや、でも周りの目は気づいている。ならば、な〜んちゃってとごまかすか? いや、なんちゃってももう古いだろう。どうする俺?!)

「へぇ〜、兄ちゃんってテントウ虫だったんだ。顔が赤いのもお酒のせいじゃなかったんだ」

こちらは素でボケたアムルの台詞であった。
絡まれていた恐怖と、味方なのか馬鹿なのかといった不安を抱えていたはずの少女がアムルを見た。
その口が、誰にも聞こえない音量である言葉を吐き出した。

「お出でなさい。そして暴れるのよ。デルパ」

悲鳴が上がった。
ロマリアの関所、その両端に何処に隠れていたのか二匹の暴れざるが煙と共に現れたのだ。
暴れざると言う名に恥じぬようにと言うわけではないであろうが、その大人の胴よりも太い腕を地面に、関所の壁にとぶつけ破壊する。
人々は綺麗に並んでいた列を乱しに乱し、我先にと逃げ出していた。
単に関所から離れるだけならば良いのだが、近いからと関所を通過する者も現れ、兵士たちの対応は遅れる事だろう。

「フレイ、アムル、ついでにテントウ虫。私たちであの魔物を片付けるぞ。兵士たちが場を収めるのを待つよりも私たちの方が多少速い」

「でもこの人の流れを逆らって……でも行くしかないわね。アム、あいつらの注意を魔法でこちらに向けるから、護衛よろしく」

「わかっ?」

言われるままにフレイへと近づこうとしたアムルの服のすそを、先ほどの少女が掴んだ。
魔物を見て腰を抜かしたのか、逃げもせず地面に座り込んでいた。

「ご、ごめんなさい。怖くて……一人に、しないでください」

「あ、でも」

「ピ〜」

目深にかぶったフードからはその瞳が見えなかったが、声が震えていた。
その手を振り払う事などできるはずも無く、アムルは困り果ててキーラと眼を合わせた後、フレイを見た。

「ムカツクけど、仕方ないわね。アム、しっかり護ってあげるのよ。テントウ虫、代わりに盾になってね」

「盾にでもなんでもなるから、テントウ虫はやめてくれ。泣くぞ、こら!」

アムル一人を残して三人が暴れざるに向かった事で、少女の口元が笑みに歪んだ。
だが、アムルはそんな事気づきもせず純粋に少女を気遣っていた。

「姉ちゃんたちがすぐにあの魔物をやっつけてくれるから、もう怖くないよ」

「ごめんなさい。私が」

「大丈夫だって、本当に姉ちゃんたちは強いんだから」

「ピー、ピー!」

アムルの言葉に同意をするようにして、キーラが鳴いた。
そして少女を安心させるためか、必要以上にアムルの肩で跳んで跳ねていた。

「知ってる」

少女の声が変化した。
見知らぬ男たちに、突然現れた魔物に怯えていたそれではなく、強く仇敵をみつけたどす黒い物に。
アムルはもちろんそこまで気づけていないでいた。
ただ見下ろした少女の漆黒のローブから一条の光が生まれるのを確かに見たのだ。
小さく鋭い銀光がアムルの腹部へと走った。

「だから、あの三人を貴方から遠ざけたのよ。死ね、アムル!」

目次