第十七話 戴冠式で


ロマリアに戻ってきた翌日、フレイは誰もいない朝の時間帯を選んでロマリア王宮内のセイの病室へと足を運んでいた。
アムルの重傷を治した反動で倒れたと聞いたからであり、誰もいない時間帯を選んだのは単に相手がセイであったからだ。
セイが身を起こして座っているベッドの前に、椅子を寄せて座っている。

「結局全員無事で、まあよかったじゃねえか」

「まあね。でもアンタは大丈夫なの? アムルは詳しい事覚えてなくて、自分がどうやって大怪我から回復したかも忘れてるらしいのよ」

そいつは好都合だとセイは心の中だけで笑みを浮かべた。
できるならザオラルを使ったことはまだ、とくに魔法に精通しているフレイには知られたくなかったのだ。
今はまだその辺の事情に触れさせて良いほど、確証が持てていない。
だから、嘘で全てをごまかす事ができた。

「俺もあんまりよく覚えてないんだわ。とにかくアムルを治さなくちゃって考えてたら……アムルのほうが魔力を吸収するみたいに。で、こうなっただけさ」

「そう……ごめん、アムが何したのかはわからないけど。そう、言わせて欲しい」

「何を謝ってんだよ。いつものフレイちゃんなら自業自得だって馬鹿にする所だろ?」

「そう、かな?」

自分の事情でついた嘘で気にして欲しくないセイが、いつもの調子でフレイの感情をあおるが反応は薄かった。
顔を俯かせたままセイに目を向けず、じっと黙りこくっている。
どうも別の原因で自己嫌悪に陥っているようで、セイが首をかしげていると、少しだけフレイが顔を上げた。

「アタシさ……今回色んなことがあって、思ったことがあるの。レンとはアリアハンで、アンタとはレーベで会って。それで私たちは何?」

「仲間だろ?」

セイが即答した事で、フレイはますます落ち込んでいた。
ちゃらんぽらんだとばかり思ってたセイが、即答したからである。

「だよね。どうも私はそう思ってなかったみたい。アムルを一番に助けなきゃいけない時に、レンが戦いを優先させると思った。アンタが、倒れてまでアムルを治すとは思いもしなかった」

尻すぼみに言葉が消えていくのと同時に、フレイの視線も再び落ちて行った。
自分の足に置いてギュッと握り締めた両手だけを見つめている。
そんなフレイを見て、ああそうなんだとセイは理解した。
フレイはわからないのだ。
アムルという弟にかまい続けていたために、自分の弱さを見つけたときに甘える事も吐露することも出来ないのだ。
今だって特別自分に聞いて欲しかったわけでもなく、会話の流れから本音が漏れただけなのだと。
だからセイは、優しくその手をフレイの頭に乗せて、撫でた。

「別に悪い事じゃないさ。俺たちまだ出会って一ヶ月も経ってないんだ。それだけで心底信頼しあう方がおかしいさ。話に聞いたオルバって親父も、最初っからお前の父さんに全幅の信頼を寄せていたわけじゃない。ゆっくりと時間をかけてそうなったのさ」

「うん、そうかな」

「焦らなくても、俺たちもゆっくりそうなっていけばいい」

最後にポンポンと頭を叩いて、セイはその手を下ろした。
これ以上は……そんな安らかな顔で頷かれたら、本気で手を出してしまいそうで。

「ありがとう。アンタがいて、よかったって今なら言えるわわ」

自分が何をされたのか、全てが終わってから気づいたフレイは、顔に少し朱が指していた。
照れくさそうにそう言って椅子から腰を上げ、取り繕うように伝える。

「レンからの伝言、明日にはココを発つから療養するなら今日が最後だって」

「明日って、行く先は?」

「ポルトガよ。ロマリア王が、父さんを追いかけるのなら、世界を渡る足が必要だって。だからまずは船の確保のために、造船業の盛んなポルトガに行けって教えてくれたの。それじゃあ、アタシ行くから」

行くからと言った台詞に対し、何の返答も無かった事に対してわずかな不満を積もらせ、さらに積もらせた事に恥ずかしくなって荒々しくフレイは扉から出て行った。
残されたセイも半分はわざとだが、残り半分は違っていた。
フレイが部屋を出て行きドアを閉めたのを確認すると、体の力を抜いて背中からベッドに倒れこんだ。
そのまま数秒の間天井を見上げ続けると、その視界の中につい先ほどフレイの頭を撫でた右手を持ちあげた。

「やべぇ、ちょっとマジになりかけた。気をつけねぇとなぁ……でも、久しぶりだな。誰かの頭を撫でるなんて」

昔を思い出したように、感傷に浸りながら呟いた後、セイは布団を頭の上まで引き上げる。
そしてそのまま思い出しすぎるのを止めるように、考えるのを止めて眠ろうとしていた。





「なんであんな酔っ払いになんかに」

閉めたドアに背を預けていたフレイは、腰砕けになりそうなほどの羞恥心をギュッと眼をつぶって耐えていた。
頭を撫でられた時の手の感触、その後の自分のあふれ出しそうな感情を伴った声。
周りの気温が一気に十度は上がったと思えるほどに熱く、フレイの顔は赤くなっていた。
胸の鼓動が止まらない。

「姉ちゃ〜ん!」

そんなフレイの下にパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
走ってくるのは何故か赤くい厚手のマントを纏い、金の冠を被ったアムルであった。
良く見れば赤いマントの下もいつもの旅人の服ではなく、黒地に金の刺繍を施された高価そうな服を着ている。
フレイがそんなアムルを見ていると、そのうち床に届きそうなマントに足を絡ませてこけてしまった。
その拍子に金の冠が脱げてコロコロと転がっていく。

「うべ」

「ちょっと、アム。大丈夫? それにその格好……」

慌てて駆け寄ると、涙目で、鼻を打ったのか鼻の頭が赤くなっていた。

「う〜〜、姉ちゃん」

だが涙目になっていたのも一瞬で、フレイが抱き起こすと笑いながら抱きついてきた。
シャンパーニの塔から戻ってきて、終始このように甘えてばかりいる。
フレイは抱きついてきたアムルの背中をポンポンと叩きながらも、一応は注意しようと試みた。

「アンタねぇ…………いや、いいんだけどね?」

「ムッ」

無理やり引き離せるわけないかと諦めの境地に達したフレイを、抱きついていたアムルが何故か不満そうに見上げてきた。

「兄ちゃんの、匂いがする」

「兄ちゃんって……バ、バカ。なに言ってんのよ!」

アムルが言う兄ちゃんとは一人しかおらず、しかもそのセイに先ほど何をされたのか。
またしても思い出してしまったフレイが顔を赤くし、アムルの顔が風船のように膨れに膨れた。

「ム〜〜〜〜〜!!」

「あ、ちょっと」

パッとフレイの腕の中から消えると、セイの病室のドアに押し入るように入っていってしまう。

「…………なんだ、アムルか。何だその格好? 王様みてぇだな。この国でも乗っ取って、俺とハーレムでモッ!」

部屋の中から聞こえたセイの声が途切れるその直前、ボグッと殴るような音が聞こえた。
そして殴るような音が連続して聞こえ、セイの悲鳴も同じように連続して聞こえた。

「ちょ、やめェッ! ア、アムバァ!」

何発、何十発殴ったのだろうか、途端に部屋の中が静かになると、少しだけ頬の膨れが収まったアムルが出てきた。
逆にセイの顔はどれだけ晴れ上がっていることか、アムルの膨れの収まりとはわりがあってないだろう。
こんなに嫉妬深かかったっけとフレイは乾いた笑いを浮かべて、再び抱きついてきたアムルを受け止めた。
ゴロゴロと猫が喉を鳴らすようにしてくるアムルの頭を仕方ないかと撫で付ける。
今までお互いに二日も三日も離れていた事が無いのだ。
甘えたい感情が溜まっていたのだろう。

(ちょっと異常な気がするけど、ま……いいや)

アムルのしたいようにさせ、フレイも久しぶりに腕の中のアムルの温かさを感じていた。
その時にはすでにセイのことなど遥か彼方であった。
しばらくそうしていると、甘えが収まったのかゆっくりとアムルが離れたのでフレイは聞いた。

「それでアム、その格好はなに? その金の冠ってあの金の冠よね。それにその赤いマント、本当に王様みたいよ?」

実は金の冠は最初から盗まれてなどいなかった。
ただオルバは宝物庫の中央の台座に配置されていたソレを隅っこの床に隠すように置いたため、盗まれたと勘違いしたのだ。
実際に宝物庫や王宮に侵入者の姿があったため、咄嗟にそう勘違いしても無理は無いだろう。
ちなみにその事をオルバから聞いたフレイが、ロマリアに戻ってから王様同伴の元、宝物庫で見つけたのだ。

「あのさ、ロマリアに着いた時宿の人が言ってたじゃん。いつもの戴冠式って、おっちゃんは元々俺をその戴冠者にするつもりでここに連れて来たみたいなんだ」

「そっか。そう言えば王様には私たちが誰なのか言ってなかったもんね。そんな理由でもない限り、王宮にほいほいつれてこないか」

「うん、それでね……ちょっとおっちゃんにお願いしたんだ」

そう言うと、アムルは体格的に大きすぎるマントに隠れた懐をあさり始めた。
そして取り出したものをそっとフレイの頭に、そっとのせた。
手探りで頭の上にのせられた物が何なのか察する事は難しく、フレイはそれを手にとって見た。

「これって……」

「銀のティアラ。一緒に出ようよ、戴冠式。姉ちゃんも、王妃様役で」

「はぁ?!」

それはいやだと言う意味ではなく、単純に驚きと戸惑いからであった。





本当に突然の話であった。
確かにお祭りの戴冠式が迫っているとは聞いてはいたが、それが今日、当日だとは思いもしなかった。
国民全員に顔を見せるために作られたバルコニー、薄布一枚で隔てられた向こうからは、今回の王が誰なのか待ち焦がれている民衆の声援がとどろいている。
これを前にしてびびるなと言う方が無理である。
あるはずであるが、

「アンタもその格好……」

「ああ、王と王妃も護る近衛騎士役だ。しかしこんな重い物では素早さが殺され、咄嗟に護る事などできんぞ? 護るべきは己ではなく、王なのであろう?」

白銀の甲冑に身を包んだレンは、黒髪と鎧との色合いが確かに綺麗だった。
自分達の着替えを手伝い、後ろで控えているメイドや本物の近衛騎士の中にもレンを盗み見ている者は多い。
いつも強くなりたいという言動や性格に隠れているが、明らかにレンは美人の部類である。
だが今フレイが問題にしているのはそんな事ではなかった。

「そうじゃなくて、アンタらしい感想だけど。あの歓声、怖くないの?」

「なんだそんな事か。先ほどあの薄布から外を覗いたが、私と戦えそうな者は五人ほどだった。それよりも私は、後ろの近衛騎士の実力のほうが気になるな」

「ああ……それこそ、アンタらしいわ」

聞くだけ無駄だったかと、もっとまともな意見を言ってくれそうなセイの方に振り向く。
が、宮廷魔術師のような黒に赤の刺繍を施されたローブを着込んでいるセイは、一人のメイドと手を取り合っていた。

「そのお姿素敵ですわ、セイ様」

「君の瞳には負けるよ。その輝きこそが俺の心を奪い、虜にした」

ある意味別世界に入っている二人に唖然としたフレイが呟いた。

「なに、アレ?」

「セイの看病を主に受け持っていたメイドらしい。なかなか純朴な子らしく、騙されたらしい」

「騙された?」

「傷だらけの子供を見捨てられず、わが身を省みず癒した聖人だと。セイもそんなことは無いと謙遜しつつ、気を引いたらしい」

「ふ〜〜〜ん……」

なんとなく面白くなかったフレイは、綺麗な笑顔を見せつつ心でいやらしく笑っているセイを後ろから蹴飛ばした。
無様に転んだセイを心配し、駆け寄ったメイドの子がキッとフレイを睨んでくる。

「文句ある?」

「いえ……」

フレイの勝利であり、

「ふっ……ヤキモチか。可愛いぜ、フレイちゃん。ぶっ!」

「そんなんじゃないよ。兄ちゃんの方こそ、いちいち勘違いしない!」

アムルがセイの背中を踏んづけて止めを刺し、フレイの手を取るとセイに向かって舌を出していた。
どうも一番ヤキモチを焼いているのはアムルであるようだなと、一連の行動を見ていたレンは一人静かに思った。

「さて、そろそろ時間じゃな。四人とも心の準備はいいかの?」

それまでじっと待っていたロマリア王が、用意された椅子から立ち上がって四人を見渡した。
順番にそれぞれが頷き、セイだけはまだ腰を抑えて転がっていたが、なんとか片手を上げて返事を返した。

「言っておくがただのお祭りじゃ。必要以上に硬くなる必要はない。メインイベントじゃがな」

付け加えるように意地悪をして、王様が薄布の向こう側に消えた。
それだけで歓声が倍増され、王様の名を呼ぶコールが幾重にも重なっていった。
かなり長い間続きそうなそれであったが、王様が手を上げる事で納まっていく。
完全な沈黙に近い状況が出来上がったことを確かめると、王様は口を開いた。

「まずは皆の者に謝らなければならん事がある」

そんな話の切り出し方に、沈黙が壊れ、ざわめきが生まれた。

「本来ならば、国民の中からこの戴冠式の王役を選ぶのが昔からの決まりであった。だが……どうしても、この戴冠式に外せぬ人物を見つけてしまった」

ざわめきが、どよめきに変化した。
それだけ王が決まりを変えたことが驚きなのだ。
その変えさせるきっかけとなった人物が誰なのか、誰もが気になっている事だろう。

「心して聞いてくれ。それは魔王バラモス打倒の途中で惜しくも命を落とした勇者オルテガ、その意志を継ぐ勇者オルテガの息子アムル。そして娘のフレイである!」

これまでで一番大きな歓声がロマリア王国中に響いていった。
歓声の中に、アムルとフレイの名が幾度と無く叫ばれた。

「さあ、姉ちゃん。行こう」

「そ、そうね」

歓声の前に足がすくみそうになっていたフレイの手を、アムルが握り締めた。

「アム?」

「一緒だよ。だから、行こう」

「ありがとう」

バルコニーの直前にかけられた薄布を、両脇の兵士が紐を引っ張って開いた。
外から差し込む眩いほどの光、そして自分達の名を呼ぶロマリア国の国民達。
それらを前に、フレイは控えめに、アムルは惜しげもなくぶんぶんと両手を振って応えた。
天井知らずに大きくなっていく歓声、それを上げる者たちの中に、全く正反対の視線を投げる影があった。
場に似つかわしくない真黒なローブについているフードを目深に被った小柄なその姿。
フードで見えぬその顔が、緩やかなローブに隠れたその手のひらが、強く憎しみに歪み、握り締められていた。
まるで射殺すような視線の先にいるのは、馬鹿みたいに両手を振っているアムルただ一人。

「ようやく見つけた。アムルそれが貴方の名前なのね。アムル…………お師匠様の、ザイオン様の仇」

その姿が一瞬にして消えたが、アムルとフレイ、遅れて出てきたレンとセイに眼が行っているため誰もそのことに気づかなかった。

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