第十六話 眠れる力の解放


「貴様達、私の邪魔をするならば斬る!」

叫ぶと同時に、レンは立ちふさがる男達三人に斬りかかって行った。
そんなレンの前に三人のうちの一人、おそらく隊長格であろう人物が剣を手に構え、待ち受けた。
重なる刃が甲高い音を立てた。

「お前達は手を出すな。あくまで足を止めるのが目的だ」

「くっ、舐めるな!」

止めるぐらい自分一人で十分だと言わんばかりの台詞に、剣を握るレンの手に力が込められていく。
ギリギリと刃同士が悲鳴を上げる。

「明らかに力が上の相手に、力で立ち向かう事は有効とはいえない。力みすぎだ。その程度では、オルテガ様から授かった剣技の前では、霞んでしまうぞ」

その言葉を聞いて、刃の重なりが解かれた。
レンが一方的に突き放し、間を空けたのだ。
確認するために。

「オルテガの剣技だと?」

「我々カザーブの自警団の創設者はオルテガ様。当然一部ではあるが、その剣技の施しも受けている」

「ちょっとレン! 今はそんな事よりも、アムを」

今の台詞を聞いて、レンがどちらに傾いてしまうか、フレイにはわかってしまった。
恐らくレンは、アムルよりも今目の前にある敵との戦いを望むだろう。
だからこその叫びであったのだが、レンに届いているかはわからない。
レンの気配が予想通り変わった。
押し通る事が目的ではなく、倒す事へと確実に変化していっていた。

「たいした仲間だな」

男もレンの変化を感じ取ったのか、そんな辛らつな言葉を吐いてきた。

「仲間を大切にしないものには、それなりの罰が必要だ」

「ふん、私は元々好きでついてきたわけではない。オルテガを探す。その為の利害の一致をみて付いてきただけだ。仲間では、ない」

全くしようとしている行動と矛盾してしまっているが、男の構えも止めるためではなく倒すためへと変化した。
フレイは、何を叫べばよいかわからなくなってしまった。
レンの仲間ではないという言葉に。
最初はそうだったのかもしれない、それでも例え数日とはいえ一緒にいて……仲間ではなかったのかと。
だが、一人……一匹だけレンの真意に気づいた者がいた。

「ピー!」

「え?」

クイッとフレイの服の襟を噛み付いて引っ張ったキーラである。
それが何を意味していたのか、フレイは振り向かずとも意識をこちらに向けたレンの背中を見て覚った。

「行くぞ!」

「来い!」

そう言って後方に飛び上がるように跳躍したレンは、振り向きざまにフレイのいる牢屋の鍵を斬り飛ばした。
鍵が吹き飛んだ所で、待っていたかのようにフレイが飛び出して叫ぶ。

「邪を打ち砕く力を我に与えたまえ、イオ!」

ありったけの魔力を込めたエネルギーが、男達の後ろの壁に突き刺さり大きな穴を空けた。
そこから見えるのは上へと続く階段。
砂やホコリが舞う中、フレイは一目散に駆け抜けた。
その後は逆転した立場がそこにあった。
上へ、フレイを止めようとする自警団員と、この場にとどめようと、足止めをしようと大きく開いた穴の前で振り返ったレンの姿が。

「まさか、全てが演技とはな」

「いや、半分は本音だ。まだ日が浅いからな、仲間として。これからは……わからないがな」

そう言ってニヤリと笑ったレンの顔が、これからどういった関係になるのかを雄弁に語っていた。





オルバの言葉を聞いたアムルの瞳から、大粒の涙がポロポロと湧き上がってきた。
泣き叫ぶわけでもなく、違うと否定するわけでもなく、アムルは黙ってオルバを見ながら涙を流していた。
その事が少しだけオルバをひるませていた。
理解を超えていたからだ。

「何故」

「否定……しないのか?」

オルバはようやく反応を見せたアムルの言葉に頷いて見せた。

「何故嘘だと否定しない。そんな事を言うはずが無いと否定しない。何故お前は!」

「ちょっとびっくりしたけど、本当の事だから。理屈じゃないんだ。ただ……解る。父さんは本当にそう言ったって事が」

「理由は? オルテガがそう言った理由は解るのか?!」

オルバの言葉にアムルはゆっくりと首を横に振り、否定した。
アムルがいつも解るのは、結果、事実だけである。
何故そうなったのか、何故そうしなければいけなかったのかまでは、解らない。

「悲しい? ううん、違う。会いたい。父さんに。会いたい……会いたい、姉ちゃんに」

ポロポロと断続しながら流れていた涙が、川の流れのように一つとなった。

「もう、だめだ。おっちゃんを倒すために必要だから会わなかったのに……もうだめだ」

「アムル?」

「ごめんね、おっちゃん。ごめんね……おっちゃんを殺しちゃうかもしれない」

子供の駄々から飛び出たような言葉のはずなのに、オルバははっきりと背中が凍りつくような寒気を感じた。
アムルの言葉、雰囲気が、結果を全て知っていて行動しているような……あのオルテガとタブって見えたからだ。
そう、感じたのは自分が死ぬのだという直感。
アムルが背中に背負った大きな剣に手を掛け、引き抜いた。
そして、両手で柄を握り締めると、重そうにしながらも剣先を持ち上げた。

「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫ぶ。
胸のうちに秘めた全てを吐き出すかのようにアムルが叫んだ。
その叫びが、誓いの剣の剣先に僅かな炎を灯らせる。
やがてそれは誓いの剣全体に及び、さながら炎の嵐が剣に絡みついたかのように荒れ狂う。

「まさか……魔法剣だと。あのオルテガでさえ成し遂げられなかった。剣魔一体の境地」

オルバは今度は直感ではなく、理性的に感じ取った自分の死を。
そして、オルテガの言っていたアムルを殺せと言った言葉に秘められた恐怖、それを知った。

「オルテガ、やっぱお前は正しかったみたいだな。アムルはやばすぎる。力を持つにはまだ幼すぎるんだ。一歩間違えれば、バラモスなんかよりもよっぽど性質が悪い」

オルバが考え込んでいるうちに、誓いの剣にまとわりついていた炎は、絡みつくだけでは飽き足らないように誓いの剣を離れて部屋中を駆け巡っていた。
もう立っているだけでその熱によって体力は奪われ、炎によってチリチリと徐々にだが焼かれていく。
アムルの持つ誓いの剣が発する炎が激しすぎて近づく事すら、もう歩く事すらできないでいる。
そして、一頻り暴れまわった炎が少しだけ治まった。
それは合図であった。

「おっちゃん…………いくよ」

この期に及んで、オルバは未だ冷静に考えをめぐらせていた。
自分がアムルを殺せない状況にまではなった事を理解しつつ、だがアムルを殺す方法が無かったわけではなかった。
それは、自分がアムルに殺される事。
そうすれば、きっと優しい心の持ち主であるアムルは……正気に戻ってから激しい後悔を抱き、心が死ぬ。

「ああ、来い」

オルテガとの約束だけは護らねばならないと、オルバも覚悟を決めた。
アムルに殺され、アムルを殺す覚悟を。

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

その剣の重ささえもはや感じていないのか、誓いの剣を抱えてアムルが走り出した。
三メートル、二メートル。
オルバにはそんなアムルの動きが、とても緩やかなものに見えていた。
アムルの流した涙が一瞬で蒸発してしまうような異様な炎の嵐を片手に向かってくるアムル。
その足を止めるように、叫びが割って入った。

「アム、だめぇ!!」

五階の階段から登ってきたフレイであった。
この炎の嵐の中を臆することなく突き抜けていった叫びの声が、二人を少しだけ正気に戻してしまう。
オルバは反射的に大戦斧を自分の前に掲げ、アムルは。

「ああああ!!」

剣先をわずかにずらす事に成功した。
接触する誓いの剣と大戦斧、その瞬間六階を、シャンパーニの塔全体を大激震が包み込んだ。
音は消え失せたかのように聞こえなかった。
まるで誰かの思い出話を必死に想像した様に、音のない映像だけが目の前にあった。
アムルの一撃で粉々に砕けた大戦斧、それでも勢いを失わなかった誓いの剣はオルバを捉えていたはずだった。
だが自らの意志で動き、アムルの手を離れて炎の嵐を纏ったままオルバの後ろの壁へと力を解き放った。
崩れ、爆発し、気が付けば全てが終わった後であった。

「アム!」

腰を抜かして向かい合いしりもちをついているオルバとアムルがいた。
アムルは姉の声が聞こえると、立ち上がり一目散に駆けて行った。

「姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん!」

「よかった……本当に、無事でよかった」

力いっぱい喜びをかみ締めて抱き合う姉弟。
そんな二人を見て、オルバはアムルが正気になった事を感じた。
なぜなら、オルテガに似た感じをアムルから一切感じなくなっていたからだ。

「殺し、そこねたか」

どちらも殺し損ねたが正解である。
オルバは火傷に痛む体に鞭打って立ち上がると、粉々に砕けた大戦斧の柄を持ちアムルが空けた壁際の大穴へと近寄った。

「アムル!」

その声に鳴きながらフレイにしがみついていたアムルは、ビクリとおびえたように振り向いた。
すっかり先ほどまでの雰囲気は消え失せている。

「オルテガは、やはり正しかった。次は手加減せずに殺す。首を洗って待っていろ」

「オルバおじさん!」

アムルの代わりに叫んだのはフレイであったが、オルバがその穴から飛び降りる方が早かった。
ここは六階なのにと声なき悲鳴を上げるが、どうやら心配は無用の用であった。
二階ぐらいにまで落ちると、大戦斧の柄を壁に突き刺し、そのしなりをもってオルバは落下の勢いを殺してから地面に着地していた。

「し、心臓に悪いわ、本当に……」

「ねえ、姉ちゃん」

いまだフレイに抱きついたままのアムルが、上目遣いで見上げるようにフレイを見た。

「なあに、アム?」

「今のってオルバのおっちゃんだよね? なんでこんな所にオルバのおッちゃんがいたの? それにここ何処?」

「はぁ?」

今更なにを寝ぼけているのだろうかとアムルを見たが、どう見ても本気で言っている様にしかフレイには見えなかった。
フレイにさえそうとしか見えないのだから、後でレンに聞いても同じ答えだろう。

「覚えてないの? ロマリアの王様のところに行った夜に襲われて、オルバおじさんに私がさらわれて」

「さらわれた?! オルバのおっちゃんがなんで?!」

「アム、本当に大丈夫? まさかさっきので頭でも打ったんじゃ」

心配そうに編むるの頭から体のそこかしこを触るが、特にどこかが腫れているわけでもない。
アムルはどこかくすぐったそうにわらっているだけだからだ。
そうこうしているうちに、先ほどフレイがそうしたようにレンもまた階段を登ってやってくる。
どうやらカザーブの自警団とやらは、オルバが退くと同時に退いたようである。

「お前たち、無事か」

「無事っちゃー無事なんだけど……アムが、記憶がハッキリしないみたいなの」

「記憶が? それにこの部屋の有様、さっきの地震みたいな揺れと関係あるのか?」

説明には時間が掛かるわねと、フレイは説明を諦め、とりあえず近くの村に向かおうと提案するだけであった。





近くの村と言ってもカザーブしかないわけだが、自警団とやらと鉢合わせるような事は無かった。
こうなると本当にオルテガが創設したという話は怪しい者だが、適当な村人を捕まえて訪ねただけでその話は聞けたため、本当なのだろう。
アムルが誓いの剣でやって見せた事、その後の記憶の混乱、立った二つの事柄ではあったが。

「魔法剣か……おとぎ話のようなものだと決め付けていたが」

「知ってるの?」

「ちらっと話しに聞いた程度だが、お前も魔法と剣を同時に使える、言わば魔法剣士の数が少ない事は知っているな?」

確認の為に尋ねたのだが、馬鹿にしないでとばかりにフレイは答えてきた。

「当たり前よ。人は剣と魔法をほぼ同時に習得する事はできない。剣術を学び剣技を極めれば魔力は衰え、魔法を学びこの世の理を学べば体を鍛えることまで手が回らない。本当はもっと他に理由がありそうだけど、アタシが知ってるのはそこまで」

「当たらずとも遠からずだな。コレはジパング式の考え方なのだが、魔力の対になるのは体に流れる気というものだ。気は体を鍛える事で充実し、極めれば肉体を鋼鉄のように強化する事も可能だ。反面、魔力はがた落ちになる」

「つまり魔力と気は、天秤の両端に置かれたようなものね。どちらが強くなれば、どちらかが弱くなる」

「ああ、だから二つの力が微妙なバランスでつりあわなければ魔法剣士にはなれない」

「そう言えば、父さんも言っちゃえば魔法剣士だったなぁ。剣と魔法を同時に使ってたし、アムも器用に武術と魔法を使うけど」

思い出すようにして言ったフレイの言葉をレンは少しだけ訂正した。

「だが聞いた話ではアムルは同時などではなく、魔法と剣を混ぜたそうだな。それはもはや魔力と気の前提条件が崩れている。混ぜるには天秤のように別々の場所に置かれていては無理なのだ」

「アムは一つの天秤皿の上に魔力と気を同時に持ってるって所?」

「あくまで概念的な話だがな。それにその威力は、凄まじいものがある。アムルが剣を嫌うのはそこに理由があるんじゃないのか? そのあまりの威力に潜在的に恐怖を抱いている」

突拍子もないとは言えない言葉だが、フレイは静かに首を振って否定した。
アムルが剣を、とくに誓いの剣を怖がるのには他の理由があるからだ。
それは何年前になるだろうか、まだオルテガが家に寄り付いていた事の話である。

「アムってさ、昔父さんの誓いの剣を勝手に持ち出しちゃった事があるの。たぶん単純な好奇心だったんだと思う。お父さんって言う存在ってさ、ただでさえ力強くて格好良く思えるじゃない? それに私たちの父さんは世界中から勇者と言われる存在だった」

「子供がその力の象徴に興味を抱くのは、まあ当然だな」

「うん、アムは誓いの剣を持ち出して……たぶん抜いたんだと思う。私は家にいたから良く知らないんだけど、急に天気が悪くなって雷が鳴り響いてた事は覚えてる。それからしばらくして父さんに連れられて帰って来たアムルはずぶ濡れで泣きじゃくってた。よっぽど酷くしかられたのか、しばらくは父さんを前にするだけで。誓いの剣を前にするだけで、泣いてた」

そうなるとっとレンは頭の中だけでフレイの言葉を続けた。
オルテガは知っていたのだろう、アムルが魔法剣を扱える事を。
恐らく魔法剣の存在を知り、絶対に使うなと念を押し、剣から遠ざけるようにまで仕向けた。
だがそれでは、今さらである。
魔法剣の存在を知っていたのなら、アムルを殺してくれと頼むのは今更の事であった。

「やっぱりあの記憶の混乱って、魔法剣の後遺症なのかな? だとしたらあまり使わせない方がいいのかしら」

「そこは心配せずとも、アムルが自ら使うことは無いだろう」

結局オルテガにそう言わせた理由はわからずじまいであるとレンが結論付けると、部屋のドアをあけてアムルが戻ってきた。
いいお湯であった事を示すようにそのほっぺたが赤く染まり、つやつやと輝いていた。

「良いお湯だったよ、姉ちゃん。二人とも入ってきたら?」

「そうね、なんだかんだで数日落ち着いて寝てないし。さっぱりして早めに休もっか」

「それでさ……」

休もうかといったフレイに対し、照れるように恥ずかしがるようにアムルがもじもじと言葉をつっかえていた。

「一緒に寝ても、いいかな? 俺が寝たいわけじゃないよ。姉ちゃんがその……寝れないんじゃないかと思って」

言ってしまってから即座に取り繕うように弁解を始めたアムル。
解りやすい奴だなとフレイとレンがお互いを見合って苦笑した。

「あら、アタシは一人でも平気よ? さらわれたって言ってもオルバおじさんが相手だったしね」

「そう……だよね。いい、一人で寝るから」

照れ隠しした時とは打って変わってシュンとしてしまったアムルに、フレイは胸をキュンと締め付けられるように感じた。
可愛いのだ基本的に、どんな力を秘めてはいても。

「嘘よ。お姉ちゃんもアムが一緒に寝てくれたらって思ってた」

「本当? じゃあ、待ってるからはやく湯浴みに行ってきてよ」

コロコロと変わる表情に言いようのない愛らしさを感じていたフレイだが、アムルの次の台詞に固まった。

「レンもさ、一緒に寝よう。二回目だし、別にいよね」

にっこりと嬉しさをはじけさせて言ったアムルだが、対照的にフレイの視線は絶対零度に近いほど冷たかった。
レンはなんでそんな事だけ覚えているのだ、このお子様はと口の中だけで毒づいた。

「レン……詳しく聞かせてくれないかしら。二人きりで」

「ちょっと待て、なにか勘違いをしてないかお前。別に寝たと言っても本当に一緒に寝ただけで」

「ほぉ〜……寝たこと事態は否定しないんだ。人のいない間に、へぇ〜」

「いや、私は遠慮しておこう。邪魔をしても悪いしな」

「そう? 悪いわね……でも、ちゃんと聞かせてもらいますからね」

魔法使いの癖にどこにそんな力があるのか、剣士であるはずのレンを引きずるようにしてフレイは湯浴みへと向かって行った。
険悪そうには決して見えなかった。
逆に仲が良さそうに見えたが、言葉のうちには確かなトゲが見え……アムルはベッドの上で首をかしげた。

「姉ちゃん、なに怒ってるんだろ。キーラ、解る?」

「ピ〜〜〜」

キーラの発した鳴き声は、とても呆れが混じったように聞こえたが、アムルは理解する事が出来ないでいた。

「よくわかんないや」

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