シャンパーニの塔は、一人の男が、自分の下に集った仲間と作り上げた塔であった。 その男の名はカンダタ。 後に大盗賊、義賊として近辺に語り継がれる事となる男であった。 レンはカザーブで一晩宿を取ったときに、宿の女将からそんな話を聞いていた。 そして見上げた塔は、どちらかと言うと要塞、もう少し格下げして砦に見えないことは無かった。 入り口は正面に一つだけ、見張り窓が幾つも作られ、おそらく今自分達が来た事も知られている事だろう。 「レン?」 「いや、なんでもない」 姉を救うことで頭が一杯でも、欠片も余裕が無かったわけではなかったアムルがレンの様子に気づく。 だが、なんでもないと言われてしまえば追求は難しい。 (どうも腑に落ちない。確かにアムルの怪我で追うことが遅れたとはいえ、これまで自称カンダタの影も形も見えなかった。抵抗、もしくは気絶したフレイを抱えているにもかかわらずだ。気絶したフレイを一緒に馬に乗せるとは考えにくいが) 他にもレンの腑に落ちない事はあった。 これまでの道中、カンダタが魔物と戦ったであろう戦いの跡が何度か見受けられた。 その中にフレイが共闘するような跡、派手に魔法を使った跡があったのだ。 (カンダタが魔法を使った可能性もあるが……そもそも、奴は何故アムルに来いと伝言を残した? そのまま殺すことも出来たはずなのに) 疑問を考えれば考えるほど、降り積もるだけで振り払う事が出来ないでいた。 「考えていても仕方が無いか、アムル。いくぞ」 「うん」 正面の大きな鉄の扉の前に足を踏み出すと、触れる前にその扉が開き始めた。 風雨にさらされサビとガタがきているらしく、非常に耳障りな音を立てて開いていった。 「やっぱり、見られてるみたいだね」 「気づいていたのか」 「なんとなく解るんだ。でもその中に姉ちゃんが混じってる」 アムルが見上げたのは最上階。 人の視線をそこから幾つも感じるが、何故かその中にフレイの視線が混じっている事に多少戸惑っていた。 「おそらく私たちが来た事を知らされたか、見せさせられたのだろう。だが、これでフレイが最上階に居る事がわかった。上出来だ」 レンはアムルの頭に手を置くと、開ききった鉄の扉から塔の内部へと足を踏み入れた。 そして、最上階を目指しアムルも続いた。 「驚いたな。確かに来いとはメッセージを残したが、まさか怪我を治してくるとは。それに、俺たちが見て居た事に気づいていやがった。さすがオルテガの息子だな」 やや手狭な窓から階下の正面口をのぞいていたオルバが少しだけ嬉しそうに呟いた。 殺す殺さないは別にして、アムルと戦う事は楽しみではあるらしい。 「アム…………ねえ、オルバおじさん。どうしても止められないの? お父さんがアムを殺してくれだなんて、絶対何かの間違いよ。私たち父さんを探してるの。だからもう一度、もう一度だけ確かめてからでも」 「その話は何度もしたはずだ。俺にとってオルテガの言葉は絶対、俺たちオルテガの友の中にあいつの言葉を疑うものなど一人もいない。確かにロマリアの王宮ではアムルだという確信が無く、全くのガキだったアムルを殺すことに戸惑いはしたが……」 「戸惑うぐらいなら……父さんの言葉に納得してないのなら、殺すなんて言わないでよ。言われたままに信じて殺すなんて変よ!」 「それが例え創造主である精霊ルビスが悪だという言葉でも、俺は信じる。例え魔王バラモスが大儀によって動いているという言葉でも信じただろう」 フレイの説得に少しも臆することなく、オルバは言い切った。 その時点でオルバのオルテガに対する信頼、絆は、信仰と言ってしまってよいほどであり、娘であるフレイよりも上であった。 その原因はオルテガとオルバが出会った何十年も前の話だが、フレイが知らぬ事である。 フレイは説得は無理だと判断し、この二日で何度目かになる実力行使を考えた。 両の手のひらに光が集まるようにして熱い、力がともっていく、その直前轟音がフレイの目の前で鳴り響いた。 「止めておけ。お前じゃ止められない」 気が付けば、目の前に自分と同じ大きさの大戦斧が振り下ろされており、フレイは腰が砕けて座り込んだ。 当然、手に集めた魔力など四散してしまっている。 「あ……」 「殺すのはアムルだけだ。フレイ、お前は全てが終わってからアリアハンに帰れ」 そのままオルバが部屋の外に声を掛けると、重甲冑を着込んだ男達が数人部屋に入ってきてフレイを引きずるようにしてでていった。 言葉でも力でも止められず、精霊ルビスに祈るしか残されていなかったのだ。 だが、連れて行かれるフレイを見送っていたオルバは、迷っていた。 フレイに語った言葉は嘘ではない。 それでも、なんの理由も聞かされないまま、単純に鵜呑みにするほどオルバは愚かではなかった。 オルテガの行動には常に理由があったのだ。 だからこそいつも理由を理解するがゆえにまっすぐにその言葉を信じてこられた。 「オルテガ、なんだってお前は……理由も言わずに息子を殺してくれだなんて」 一番オルバを戸惑わせていたのは、そこであった。 「邪魔だぁ!」 ガスの集合体であるギズモの体に拳を付きいれ、中からメラで焼き尽くす。 砦のような塔であっても、魔物が全くいないわけではなかった。 恐らく窓から侵入してきたであろう空を飛ぶ魔物が数匹迷い込んできていた。 「アムル、あまり魔法は使うな。最上階でカンダタと戦う事になろうが、体力は温存すべきだ」 「うん、だけどギズモだけは魔法じゃないと効果が薄いんだ。レンはキラービーやこうもり男を狙って。ギズモは俺が全部倒す」 「解った」 出来るだけ上へ上へと走りぬけることを第一に、前を塞ぐ魔物だけを二人は倒していった。 そのうちに目に付いたからと襲ってきていた魔物が道を開けだした。 立ちふさがりさえしなければ無害だと気づいたからだ。 好機とばかりに走り抜ける。 内部はそう複雑になっているわけでもなく、少し上への高さがあるだけの建物であった。 複雑な迷路になっているわけでもなく、比較的楽に上の階への階段がみつかっていった。 「レン、こっち。こっから四階に上がれるよ」 常に先に階段を見つけるのはアムルであり、登っていくのもアムルが先であった。 だが、階段を中ほどまで登った所でアムルの足が止まり、ならう様にしてレンも足を止めた。 何かが壁の向こうにあるかのように手で壁の表面をなでるようにしている。 「どうしたアムル? その壁が」 「隠し部屋か何かがある。そこに姉ちゃんがいる、と思う」 突拍子もない言葉だが、レンは信じないわけにはいかなかった。 事実何度か見ているし、フレイからも何度も聞かされているからだ、アムルの勘の鋭さを。 「おそらく階と階の間に作られる部屋だろう。で、どうする? 壁をぶち破るか、まずは最上階でカンダタを相手にするか」 ずっと壁を撫で付けていたアムルは少しだけ迷うようなそぶりを見せてから、続く階段の先を見上げた。 「上に、この部屋に居ればとりあえず姉ちゃんは大丈夫。だから、上に行こう」 (真っ先に助ける事を選ぶと思ったが、どうもフレイが居なくなってから様子が変だな) 再び階段を登り始めたアムルを追って、レンも階段を登り始めた。 外から見た限りでは、このシャンパーニの塔は六階。 残るは五階と六階だけだと思っていたが、五階はフロアではなく、階段が直接一つの大きな部屋へと続いていた。 そして奥に一つの階段が見え、その先に恐らくカンダタが待ち構えている事だろう。 「アムル、恐らくあの階段の先にカンダタを名乗る男がいる。準備は良いか?」 言われてアムルは一つ大きく息を吸い込んで吐いた。 「大丈夫、行こう」 ココまで来て急いで走る事は焦りに繋がる。 二人はゆっくりと部屋の中央を通って六階への階段を目指して歩いていった。 五階となるこの部屋は相当広く、まるで大人数が雑魚寝で寝泊りするためにあるようなスペースであった。 注意力ができるだけ散漫にならないようにあたりを見渡していたレンだが、足元からバンと何かを叩いたような音が聞こえた。 「しまっ!」 感じた浮遊感に、振り向いて驚きながらも手を伸ばそうとするアムル。 そして、レンの体が落ちていった。 「レン!!」 アムルの伸ばしたては見事に宙をからぶり、再び開いた床が閉じてしまった。 「これで邪魔者は全て消えた。上がって来いアムル」 六階の階段から聞こえてきたのは、全てが見えて、意図した事であるかのような声。 アムルは鋭くその先を睨み付け、上を目指した。 一歩歩くごとに足から怒りがにじみ出ているのか、小さな砂利が音を立てていた。 六階への階段は二十と少し、登りきると灰色の鎧を着込み、大戦斧を背負った中年に差し掛かった男がいた。 鍛え抜かれた肉体は筋肉が張り巡らされ、パワータイプの戦士だと一目でわかるが。 「三日振りか、アムル」 「カンダタ? オルバのおっちゃんが?」 「さすがに明るい所で顔を見られれば、わかるのか」 その見覚えのある顔に、少しだけアルムに戸惑いが生まれていた。 あの時は暗かったため顔もわからず殴りかかり、倒されたのだが、今は、はっきりとそれが誰なのかアムルは思い出していた。 「どうして……どうしておっちゃんが姉ちゃんを!」 「お前を殺すためだ。いくぞ」 「待ってよおっちゃん!」 アムルの言葉もむなしく、オルバはその手に持った大戦斧を振り上げ、力任せに振り下ろした。 慌てて避けたアムルの場所に突き刺さり、床が盛大に割れた。 まともに食らえば骨折どころか、アムルであれば胴体さえ軽く切断されてしまうだろう。 話をするにはまず動きを止めるしかないと、後ろに大きく跳んでいるアムルは右手をオルバに向けた。 「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、邪を掻き消す閃光を我に与えたまえ。べギラマ!」 閃光が、オルバを行動不能にする程度に焼き払う予定であった。 だが、アムルの声だけがむなしく響き、魔法が発動していない。 「なっ、なんで」 「未熟だな。それに失敗したからと言って隙だらけだ」 「なら、ギ」 「遅え!」 大きくめり込んでいるはずの大戦斧を容易く床から引き抜いたオルバは、まだ地に足の着いていないアムルをなぎ払った。 あの晩のように刃を向けずに柄で殴るのではなく、刃をアムルに付きたてなぎ払った。 ギィンと金属同士がぶつかる音を残して、アムルの体が吹き飛ばされ、床の上を転がっていく。 それでもすぐにアムルは立ち上がった。 「背中の剣を盾にして防いだか」 「痛ッ……傷付きし者に安らかなる癒しを、ホイミ」 「そうやって攻撃呪文と回復呪文を使うところは器用なオルテガ譲りだな。さあ、回復は終わったか? いくぞ」 「おっちゃん」 表情では全力で戦いたくないとは語っていても、アムルは向かってくるオルバに対して構えた。 先ほどの大戦斧の一撃も、運が悪ければ絶命している。 本気で殺す気なんだと、死なないために、殺されないために構えた。 「おっちゃん……おっちゃん、ああああああ!!」 「吠えるだけなら犬でも出来る。見せてみろ、勇者としてのお前の力を。オルテガに言わせた台詞の理由を!」 大戦斧のような重量級の武器は、一度振り上げられればとめることなど出来ない。 振り下ろされる一瞬先にアムルは体をひねりそれをギリギリでかわす。 そして、自らの武器に動きを止められたオルバに接近する。 「はああぁぁ!!」 「そう考えるのが普通だな」 オルバは余裕をもって一歩移動した。 その一歩がどんな意味を持つのか、アムルが知ったのは自分の拳が大戦斧の柄の部分に当たった時である。 「大抵の奴はこの大戦斧の重量に目をつけるが……柄もコイツの一部なんだぜ」 さらに続いて繰り出されたアムルの拳を、比較的軽い柄をわずかに動かし捌いていく。 ガンガンガンと三発音が鳴り、その痛みにアムルが顔をしかめた時、オルバの両手が柄を……大戦斧を持ち上げた。 「おらぁ!」 「邪を貫く光を、ギラ!」 大戦斧が振り下ろされるのと同時に、今度は成功したアムルのギラがオルバを直撃した。 ギラの方が先に当たったようで、大戦斧の軌道が僅かにそれてアムルの真横の床にひび割れをおこしていた。 大戦斧がめり込んでいる間にアムルは距離をとり、再び構えた。 ギラの巻き起こした熱線が作り出した煙のなかから、多少の火傷を負ったオルバがあらわれる。 「まだだな……この程度なら、そこらの冒険者にだってできる。俺が見たいのは、あのオルテガにあんな事を言わせた理由だ」 「ハァハァ、なんなんだよさっきから。人に一々忠告したり、かといって攻撃は遠慮なくて。おっちゃんは何が知りたいんだよ、何をしたいんだよ!」 「聞きたいか?」 オルバの声が急に冷えるような凍えた声に変化した事に、アムルの体が硬直した。 これまでは知り合いの、親友の息子と言う事も有り、行動はともかくとして言葉にはかすかな温かみが垣間見えていた。 だが今の声は、純粋に忠告をしていた。 それを知れば、選択肢が多くない事を。 それでもアムルは、一度だけ頷いた。 「レン! アンタどうして上から……ううん、そんな事はどうでもいいの。はやくここからアタシを出して! 速く二人を止めないと」 「ピーーー!」 無様にも落とし穴に落とされてみれば、そこはアムルが言っていた中階であった。 しかも本当にフレイが檻の中にとらわれており、レンは少し混乱していた。 「何呆けてんのよ! この檻、特殊な金属でできてて魔法が使えないの。だからそっちからなんとか」 「わかった少し隅にどいてろ。カギの部分をなんとか切断してみる」 さすがに格子ほど太いものは切断できないが、カギのような精密な部分であればいくらか他に比べて脆いはずだとレンは腰を低くして鞘を腰の部分に当てて構えた。 斬鉄はさすがに経験がないが、できないとは思わなかった。 すっと息を細くし、集中していく。 そこから一気に剣を解き放つと言う所で、頭上から床に大きなものを叩きつけたような音と、砂やホコリが降ってきた。 当然、そのおかげでレンの集中は一度途切れてしまう。 「ヤバイ、始まっちゃってる。急いでレン」 「解って」 「そこまでにしてもらおうか。今フレイ様を上に行かせるわけにはいかない」 レンの背後から現れたのは、オルバの下からフレイを引きずっていった重甲冑の男達であった。 全員が抜刀しており、レンに対して実力行使をいとわないようだ。 「なんだ貴様ら」 「我々はカザーブの自警団の者だ。恩人でも有り、創設者オルテガ様の命、意向に沿い今フレイ様を上に行かせるわけにはいかない」 「父さんが……恩人なのに、なんで恩人の息子を殺す手伝いをするのよ! それこそ恩知らずじゃないの!」 「アムルを殺すだと?!」 「それこそがオルテガ様の意向だからです。恩人はオルテガ様であって、そのご子息、ご息女ではありません。もちろん、色々と優遇させてはいただきますが」 「フレイ、一体どういうことだ! 話が、自称カンダタの目的は一体」 突然の言葉に全く付いていけないレンは戸惑い、敵を前にしても視線をフレイによこしてしまっている。 カザーブ自警団とやらが動かなかったのは、あくまでフレイを上に行かせない事が目的であるからであろう。 「あの人の名はオルバ。父さんの親友の一人なの。そのオルバおじさんが父さんから頼まれたって、アムルを殺してくれって」 フレイの言葉に、レンは耳を疑い……呆然となる前に叫んだ。 「貴様達、私の邪魔をするならば斬る!」
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