第十二話 夜の闇にまぎれる者


一行は言葉を失っていた。
目の前には、昼間ですら滅多に近寄る事のないような大きな鋼鉄の門。
ロマリア王城の門の前で、件の男は兵士と旧知の間柄であるように朗らかに話していた。
兵士の方が酷く敬い、困っているようにも見えたが、それは小さな事である。
問題はこの男が何者であるかという事だ。

「も〜、勘弁してくださいよ」

「そのために治安の向上は最優先で行っておる。それに、君達兵士が優秀だからこそじゃ。安心して出かけられるのは」

殺し文句という奴である。
優秀だと言われて、これ以上文句を言う気にもなれず、兵士の男はある方向を指差した。

「それじゃあ、帰って来たと通達は出しておきますから。いつものように裏の入り口を使ってください」

兵士が指差した方向は、城を乗り越えた向こう。

「いつものようにじゃな」

「いつもって。おっちゃん、いつも抜け出してんの?」

「いつもは言いすぎじゃが、多い時で三日に一度じゃ。あまり出すぎても大騒ぎになるからの」

そう言って男がアムルと歩いていくのを見送ったまま立ち止まっていると、兵士の男が苦笑しながら言った。

「大変だね、君達も」

「大変って……あのおじさん何者なの? カジノにいたお金持ちのご隠居だって聞いたんだけど」

「いや、一見それっぽいだけで。そういや俺ら、名前もまだ聞いてなかったな」

「そんな奴の家に泊めようとしたのか貴様」

「ちょっと、君達知らないでついて来たのか?! あの方はこのロマリアの城主、ロマリア王だよ!」

慌てたような、かつ珍しそうな兵士の言葉を聞いた瞬間、目が点となった。
その後迷惑なぐらいの悲鳴が複数、ロマリアの夜に吸い込まれていった。
逆に悲鳴に腰を引いてしまった兵士を置いて、辺りを見渡すと、すでに王様とアムルはいない。

「ちょっとアンタ、裏ってどう行けば良いの?! アムと王様を二人きりになんてさせられないわ。さりげに王様をおっちゃん呼ばわりしてたし。音速で侮辱罪になりかねないわ」

「こ、ここの壁にそってグリト裏に回れば、厨房の勝手口が。王様についていけば空いているはずだよ。鍵は閉めておいてね」

聞いてすぐにフレイは小走りに、走り始めた。
続いてセイとレンも後を追い始める。

「しっかし、侮辱罪なら俺だって王様の首に腕まわしたり、金たかったりしちゃってるんだけど」

「知らん」

一行を見送ってから、また門番の続きを行おうと兵士はポツリと呟いた。

「王様、誰に戴冠式するつもりだ。本命はあの坊やかな?」





もう深夜過ぎであることから、廊下は外と変わらないほど、月明かりや星明りが届きにくい事からそれ以上に暗かった。
先頭を勝手知ったるとランプ片手に歩く王様の後をぞろぞろとついていく。
本当はアムルが王様の横を歩いていたのだが、何かしやしないかとフレイが自分の横に歩かせたのだ。

「ねえ、おっちゃん。おっちゃんって王様なの?」

王様と知ってまでぞんざいな口調に、フレイが心の中で悲鳴をあげている。

「なんじゃ、門の所の兵士にでも聞いたのか? むう、いきなり王衣に着替えて驚かそうと思ったのじゃが、あやつめ」

「カジノに居たり、人を驚かそうとしたり。暇なの?」

「はっは、暇なわけではないぞ。ただの趣味じゃ」

アムルの砕けた言い方に、同じように砕けた応答を繰り返すロマリア王。
不快に思うどころか、そのやり取りを楽しむようにしているように見えるが、これ以上はとフレイが口を開いた。

「王様、何用で私たちを城に?」

「ふむ、話しても良いのだが時間が時間じゃ。それは明日にでも構わぬであろう? 今日はもう遅い、ゆるりと休むが良い」

そう言ってロマリア王が指したのは、暗がりで置くまで見通す事の出来ないほどにまっすぐと続く廊下。
数え切れないほどのドアが左右に並んでいる。

「部屋はどれでも使うが良い。明日の朝、使いのものを寄越す。それではの」

「おやすみ、おっちゃん」

「おやすみ、良い夢を。坊」

主故、完全に主導権を握られたまま、アムル以外は頭を下げる事で精一杯であった。
踵を返し遠ざかっていくロマリア王を見送ってから、一行はお互いに顔を見合わせる。
似たような困惑顔を浮かべて。

「で、どうする?」

「どうするもこうするもない。言葉に甘えて適当な部屋で寝るしかあるまい。今更出て行くわけにもいかんし、出て行った所で行く先もない」

「んじゃ、俺は先に寝かせてもらうぜ。夜伽用の召使の子が居る部屋、これだけは譲れん!」

そう言いながら、部屋の一つ一つを空けては閉めて、通路の奥へとセイが消えていく。

「まあ、アホは放っておいて。出来るだけ三人近くの方がいいだろう」

「もうこの三つでいいんじゃない? 順番にレン、アタシ、アム。……アム、アンタ知らない部屋で一人で大丈夫?」

「姉ちゃん、馬鹿にしすぎ。一人で寝られるよ!」

べっと舌を出して部屋へと入り、荒々しく扉を閉じた。
そのすぐ後に扉を開けて、

「……おやすみ」

と、言ったのはアムルらしい。
苦笑しおやすみと言い返したのはフレイだけで、レンもまたアムルが入っていった部屋の二つ隣に入っていく。
最後まで廊下に残っていたフレイも、ゆっくりと自らの部屋へと足を踏み入れた。
そこはさすが王宮の中の客室、無駄に装飾や調度品が並べ立てられ自己主張をおこなっていた。
部屋の広さにしても個室というよりは大家族用のリビング程に広い。
だがフレイは、疲れもあってかそれらにあまり目を奪われる事なくベッドを目指し、倒れこんだ。
柔らかい形を持った水のようにベッドがフレイを沈み込み、受け止められる。
懐に入れたまま忘れていたキーラが慌てて逃げ出す。

「ピーーーーッ」

「ごめん、忘れてた。あ〜、疲れた。なんだかわけわかんないうちにこんな所につれてこられて。結局あの馬鹿の処遇も曖昧になっちゃうし」

レンはどうだか知らないが、フレイは本当にセイをパーティから外すつもりであった。
一言で、好きではない。
なぜアムルがセイに拘るのか、理解しようとする気持ちすら起きてこないのだ。
たとえ聞いたとしても、相手がアムルなだけにまともな答えが帰ってくる確率が少ない事を理解しているからでもあるが。
面倒な思考が一気に脳の活動を遅くした。
睡魔に堕落し、身をゆだねようとした時、ドアが開かれた。

「姉ちゃん、寝た?」

気だるそうに、フレイは体を起こして上着を脱いで手で持っているアムルを見た。

「アム……ノックぐらいしなさい。まだ三十分も立ってないのに、もう寂しい?」

「ち、違うよ。今日、服破れたから姉ちゃんに縫ってもらおうと思って。忘れてたんだもん」

この深夜、そんなことは明日でも良いと思う、だがアムルを手で招き入れる。
渡された上着の破れているややお腹の右寄りの箇所に、なんとなく指を突っ込む。

「ほら誘いの洞窟で、キャタピラー転がしたときにはさんだんだ」

「これぐらいなら三十分もかからないわね」

そこで部屋を見渡し、テーブルに移動し荷物から針と糸を取り出す。

「んじゃ、待ってる」

そう言ったアムルはベッドに勢いよく飛び乗り、寝かけていたキーラを弾ませた。
怒るキーラを頭に乗せてうつぶせになってフレイが服を繕う様子を見ている。
その言動と行動がひたすらに怪しく、絶対に寝るなと思ったフレイが冷ややかな視線を送るが気づいた様子はない。
顔をフレイに向けたまま立てた足をブラブラと揺らしているが、もって十分だろう

「全く、仕方ないわね」

服を破った事なのか、繕いにかこつけて一緒に寝に来たことか、どちらへの嘆息かフレイも判断しかねた。
はげれるようにして破れた部分を、針で突き刺し、糸でくくりつけていく。
単調な作業に、まるで時間が止まったかのようにフレイは感じた。
音もなく、明かりも室内の小さなランプのみ、変化が目の前で繕われていく服しかないからだ。

「なんか……お、母さん…………みた」

無意識の呟きだったようで、顔を向けた時にはアムルはベッドに顔を突っ伏していた。
キーラもまた、アムルの頭の上で器用に寝ている。

「やっぱり一緒に寝にきたんじゃない。母さんもお爺ちゃんもいないんだから、甘えられるのが私しかいないんだけどさ」

アムルには、甘えているという意識はないのだろう。
本当に自分は服を繕いにきてもらったとしか思っていないが、結果はフレイが寝るはずだったベッドで寝ている。

「もう、明日でいいや。アタシも寝よう」

繕いかけの服をテーブルに置き、ベッドを占領しているアムルを隅に押しどける。
抵抗なく移動したアムルに寝つきの良い奴だと笑い、ベッドに四つんばいになってのりかかる。
アムルの寝顔を見ながら自身もベッドに身を委ねようとすると、とある音が響いた。

「呼子?!」

かなり遠くの方で鳴らされたのか、消えかけではあったが見回りの兵士が使う笛の音だった。
用途はもちろん、侵入者等の緊急事態である。
ここがアリアハンならば、駆けつけるべきであろうが、今は右も左もわからない客の身。
フレイが迷っているうちに、ドアが荒々しく開かれレンが姿を見せた。

「聞こえたか?」

「もちろん、この子は寝てるけどね」

「仕方のない奴だ」

熟睡しているアムルを見て、それだけで済ませるとはレンもアムルに慣れてきたのだろう。

「私はこれから事態の確認に向かう。お前達はこの部屋でじっとしていろ。誰が来ても部屋を出るな。あの馬鹿が来るかも知れんが無視しろ」

「無視はするけど、アンタがいったら余計混乱するわよ。一応客人だけど、まわりに全然知られていないと思うし。特にアンタ、その独特のジパング衣装目立つんじゃない?」

「ん、かもしれん」

勢いよく飛び出していこうとしていたレンが立ち止まった。
自分の姿を見つめなおし、いかに周りから浮いていたかを思い出したようだ。

「チッ、ならばここに留まるのが正解か」

惜しがる様子を見る限り、どうやら単にトラブルに飛び込みたかっただけのようだ。
何考えている居る事やらとフレイは呆れて、寝ているアムルの横にボスンと音を立てて座る。
眠るアムルの頭に手を乗せて撫でていると、頭の上に居たキーラが転げ落ちてしまい目を覚ます。
抗議の声にゴメンと呟いて肩に乗せる。

「呼子が鳴らされた割には静かね。大した事なかったのかしら」

「呼子が鳴ったのは一度だけだったな。それだけ兵士が優秀なのか、それとも呼子を鳴らす暇もないぐらいの事態なのか」

窓に掛かったカーテンを開き、窓の外を覗いた。

「どうやら、後者のようだ」

この部屋の窓から覗けるのは、中庭なのだが、明かりが幾つもに別れ広がっていく。
かなりの広範囲にわたり班を組み、侵入者を探しているらしい。
すると見つかったのか、ばらけていた明かりが一つに集まっていく。

「見つけたぞ、侵入者だ!」

「イデデデデデ、ちげーよ、俺は何も。俺はロマリア王の客人だぞ。いきなり夜中に騒いでふざけんな!!」

「ふざけるな。貴様のようないかにも怪しい人物が他にいるか。しかもそれは客室に保管してある酒瓶。盗人の証拠だ」

「だからその客人なんだよ!」

忘れるわけのない声が聞こえた。
野次馬根性でひょいひょいと出て行った馬鹿が完璧に悪いが、放っておくわけにも行かない。

「放っておくという選択肢はありか?」

「ありって言っちゃいたいけどねぇ」

「仕方がない。私が説明しに行く」

一度はばらけ、再び集まった明かり目掛けてレンが窓から飛び出した。
その姿はすぐにセイを連行していく明かりの元へと向かい闇に消えていった。
窓枠がガタガタと鳴り、冷えた風が室内へと入り込んでフレイは身震いをしてから窓際に近寄った。
窓を閉めようと手を伸ばした時、中庭に蠢く影が見えた。
いや、目があい、注意を引いてしまった。

(本当に居た!)

セイが捕まったのは、単にそこに居たから間違われただけではなく、侵入者を追ってきたために間違われたのだ。
咄嗟に隠れたが、壁越しに相手がこちらに向かって歩いてくる気配がわかる。

(どうしよう。レンは今……)

チラリと見たのはこの期に及んで爆睡している弟だった。

「ピ〜」

「静かにキーラ……服の中に入ってなさい。時間稼ぎ、行くわよ。天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって、邪を打ち砕く力を我に与えたまえ」

フレイの両手に隠しきれない光を放つ力が集まっていく。
侵入者も光に気づいたのか、駆けるのがわかった。

「レン、早く気づいてよ」

フレイが窓枠に足を掛け、窓から外へと飛び出した。
向かってくるとは思っていなかったのか、侵入者の足が止まった。

「チャンス、イオッ!」

侵入者へと今フレイが使える最大の呪文が放たれる。
すでに避けられるタイミングではない事は明白であった。
窓から飛び出した勢いを殺しつつ、フレイも完璧に決まったと思っていた。
だが信じられない光景が目に飛び込んできた、暗闇の中大きな何かがひるがえり、イオの軌道が一気にそれたのだ。
着弾したのは、侵入者ではなく、その後方にある王宮の廊下へであった。

「嘘」

爆発の熱と風が夜の静寂を激しくかき回し、数分もしないうちに誰かが駆けつけるであろう。
が、間に合わない。
次の呪文を唱えようと意識を集中させようとしたが、一足も二足も早く重い一撃がフレイの鳩尾に突き刺さる。
急速に遠ざかる意識の中、声の出ないフレイが名を呟いた。

「姉ちゃん!!」

聞こえたはずはない。
単にイオの爆発で目を覚ましたのか、アムルが窓から飛び出し、侵入者へと、こちらへと向かってくる。
薄らいでいく意識を必死に繋ぎとめ、フレイは見ていた。
おそらく何が起こっているのかはわかっていないのだろうが、その目は確かに敵を認識していた。
フレイを抱えようとしている侵入者を敵として認識していた。

「…………ア、ム」

「姉ちゃんをはな」

言葉の途中で、アムルの体が横に折れた。
小さな体に、大きく太い棒のようなものが打ち込まれたのだ。
ソレも一瞬のこと、アムルがフレイの視界から消え、アムルが突っ込んだのか窓ガラスが割れた音が響いた。
フレイの意識もそこで途切れた。
侵入者はアムルを吹き飛ばした武器を背に背負いなおすとフレイを担ぎ上げた。
イオの爆発があったせいで、兵士達が集まってくる。
その前に、侵入者はフレイを担いだまま姿を消してしまった。

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