第十一話 賭博場での出会い


「申し訳ありません。ただいま満室でございまして」

尋ねた宿はまだ一軒目であるため、カウンター越しに頭を下げられれば無理を言うつもりにもなれない。
真夜中になってしまったがここはロマリアの城下町、宿などまだいくらでもある。
早々に交渉を諦めたレンは、ロビーで待っていたアムルたちに振り返って言った。

「仕方がない、次へ行くぞ」

「ま、仕方ないわね。ほら、アム立ったまま寝ないの」

「ん〜〜〜、眠い」

立ったまま寝入りそうに成っているアムルの足が、今にも折れそうにガクガクしている。
なんとかフレイが上手く立たせようとするが、アムルの方にその気がほとんど見られなかった。

「俺が背負おうか? 俺の背中は女の子専用なんだが、まあガキだしな」

「……………………駄目、こんな事これからいくらでもあるんだから。ザメハできない?」

「ありゃ、魔力で無理やり引き起こされた睡魔を排除するもので、通常生活で起こった睡魔には無力だ。だいたいそんなことできたら、教会で勉強しにくるガキに使うさ」

酷く迷ってから決断したフレイは、セイの言葉を聞いてキーラをアムルの頭に乗せた。
そして完結に一言呟く。

「キーラ、やっちゃって」

「ピーーーッ!」

歯が、あるかはともかくとしてガブリと擬音が聞こえそうなほどに口をあけてアムルの頭へと噛み付いた。
さすがにある程度の手加減はしている為に血が出るような事はないが、睡魔と痛みの狭間に苦しんだアムルがチョロチョロと駆け回る。

「痛い、痛い、なに?! なにこれ!?」

パニックに陥ったアムルは事態が把握できず、頭の上で噛み付いているキーラに気づいていない。

「うわ……お前、甘やかす時と厳しい時の差がありすぎねえか? ちょっと泣いてるぞ」

「ちょっとやりすぎたかなぁ? キーラ、もう良いわよ」

「あの〜、お客様」

さすがに騒ぎすぎたのか、カウンター越しに居たはずの男が、回りこんで一行の前に出てきていた。
その顔は、騒ぎを咎めると言うよりは、逆にすまなそうに見える。

「気にするな。すぐ大人しくさせて出て行く」

「いえ、確かにお静かにと願いたい所ですが、別件です。これから別の宿を探すおつもりですか?」

何を当たり前のことをとレンが頷く。

「そうですか。大変申し上げにくいのですが、本日は何処の宿も満室だと思われます」

「城下全てがか?」

「はい、数ヶ月に一度こういう日があるのです。期間が決まっていないだけに対処の仕様がないのですが、王様の悪い癖なのです」

全く要領の得ない言葉に、レンはますます首をかしげた。
何故全ての宿が埋まってしまう事と、王様の悪癖が関係するのか。
とりあえず問題としては、宿がない事の方が重要だった。

「いつもの戴冠式が近いのです」

男の言葉に、半分納得し、半分は前の言葉と同じように首をかしげる。
いつもの、そんなに頻繁に戴冠式があるものなのかと。





「あの話本当かしら、かなり迷惑よね。その王様」

先ほどの宿からそう離れていない、酒場に休憩がてらに腰を落ち着け開口一番にフレイが言った。
宿の店主が言うには、ロマリア王は遊び半分で王位を適当な人物に譲り渡すのが趣味なんだそうだ。
もちろん形だけで、権限まではさすがに譲渡しない。
そしてその戴冠式は数日後に迫っており、現在王はその譲り相手を探しているそうだ。

「前回私は通りすぎただけだから初めて聞いたが、愚かだな。だが大衆に娯楽として受け入れられているのならまだいいのではないか?」

「名物と同列ってことよね。アム、夜中にあまり食べると明日の朝胃が重たくなるわよ」

「起きてる事になりそうだからいいじゃん。それに寝たら何されるかわかんないし、ふんっ」

テーブルには適当に頼んだ摘める物が数点置かれているが、主に食べているのはアムルである。
口の周りにソースか何かをつけたまま拗ねても、フレイの苦笑がもれただけであった。
ハンカチを取り出したフレイが、顔を拭いてやる。

「アンタが起きてられればね。こら、動かないの。しょっと、それで今日はどうしようか。何時までもここに居座るわけにも行かないし」

「同感だな。まあ、あの店主も予測で言っただけだから、空いている宿もないことはないだろう。セイが見つけてくればの話だが」

「探す人選に多大に問題がありそうな気がするのはアタシだけかしら」

「戦えないのなら、それ以外の方法で役に立ってもらうしかあるまい。役に立たなければ、切り捨てれば良い」

「そんなの可哀想だよ。兄ちゃん居ないと困る事もあるじゃん。回復とか」

例題を挙げようとして、そこでアムルが止まった。
必死に良い例を上げようとしているのだが、弁護の言葉が出てこない。

「ほら、良いところないじゃない。回復以外で戦闘は足手まとい。そこに居るだけでセクハラをする。利点よりも害が勝ってるのよ」

「それはどうかな?」

どこから聞いていたのか、いつの間にか戻ってきていたセイがフレイの背後からにゅっと姿を現した。
言葉だけを聞けば宿を見つけてきたと聞こえなくもないが、その顔はやけに涼しげで走り回って探してきたようには見えない。
だが、不気味なぐらい不適に笑っている。

「どうやら好き勝手言ってくれていたようだが、アレを見てもまだそんな口が利けるかな? ちゃ〜んと、見つけてきたぜ。夜を凌げる場所をさ」

嬉しいはずの報告なのに、その微妙な言い回しとコレまでの経験からフレイとレンは半眼で得意満面のセイを見ていた。
その冷たい視線に少し後ずさってしまったセイだが、踏みとどまった。

「大丈夫だって、俺を信じろよ。最高の場所に案内してやるからよ」

どこまでその言葉を信用してよいものか。
それでも行かないわけにもいかず、結局は席を立つしかなかった。





そして、はっきりと後悔した。
何故こんな男を信じてしまったのかと。
ガヤガヤと大通りより人が多いのではないかと思うほど、そこは人ごみになっていた。
歓声と怒声それに混じって時折魔物の声も聞こえ、妙な熱気がこの空間を支配していた。
そう、もう一つのロマリア名物、公営賭博場。

「どうよ、ここで過ごせば一晩なんてすぐだぜ。しかも旅費も増えて、今度の宿はちょっと豪華なホテルでってか!」

アムルと頭の上のキーラはキョロキョロと物珍しそうにしているが、レンとフレイは無言だった。
少々うつむき加減に、顔に影がさしているのは気のせいか。

「お、なんだよそんなにナイスアイディアだって、感動してんのか? だから言ったろ俺にまかせとけば、ッ!」

無言のまま、レンの拳がセイの腹に突き刺さり、あっさりとその体が折れた。
口をパクパクと死にかけの金魚のようにしているのは、横隔膜を痛打され呼吸困難に陥っているからだろう。
なにかを訴えるように顔を上げようとしたセイの顔を、フレイが杖で思いっきり殴った。

「ブォッ!」

呼吸と悲鳴を同時に上げて倒れたセイを、まだ無言のまま蹴り続けるレンとフレイ。
そんな三人を中心に、周りの者達も痴話喧嘩かと人垣を形成し始めている。
何処からそうなったのか、二股をかけていた男が双方の女性にばれてリンチにあっているや、親友を弄んだ男をぶちのめしに来た女性など人々の口から話が飛び出した。
それを聞けば、二人は今度は周りを巻き込んでいたかもしれないが、あいにくリンチに集中しているようだ。
止めるべきかどうするべきか、アムルが何も出来ないままリンチは数十分続いた。

「酒、女、ギャンブル。ここまで完璧な男は見たことがない。斬り捨てられないだけありがたいと思え」

「最低、アム行くわよ。こんな駄目男のそばにいたら、アンタまで駄目になっちゃうわ」

アムルの手をとって歩き出そうとしたが、抵抗された。

「アム!」

「でも、兄ちゃんがまだ……」

倒れて痙攣を起こしているセイを心配そうに見るアムルに、フレイは深く溜息をついた。
そんな男放っておけと言ってしまいたいが、心底心配するような顔をされては無理やり連れて行くのも気が引ける。
妥協点を見つけ、懐に隠れていたキーラを掴んでアムルの頭に乗せる。

「キーラ、あんたは見張り。馬鹿男が妙な事をアムに教えそうだったら躊躇なく、殺りなさい。いいわね」

「ピッ!」

「アムも、馬鹿正直にコイツの言う事を鵜呑みにしない事。いいわね!」

「う、うん」

「そこのアンタ、どっかここに多少なりとも落ち着ける場所は?」

「お、俺? あ……あっちにバーが」

ばらけ出した人垣のなかから、運の悪い男が指差され、しどろもどろにバーの場所を指した。

「そう、ありがとう。レン、行きましょう」

「そうだな。アムル、気がすんだらバーに来い。その男とは短い付き合いだったが、今日でお別れだ」

パーティ内の多数決では、二対一。
これ以上セイに拘っては自分の我侭になってしまうのかもしれない。
だが、アムルは何故だかセイを放っておけなかった。
気がついたのか、蹴られた傷にホイミをしているセイに駆け寄り、手伝う。

「イテテテ、あいつらホイミがあるからって手加減無しに暴行加えやがって」

「ごめんね、兄ちゃん」

「アムルが謝るこっちゃねえよ。よっ、こんなもんか」

確かめるように腕を回す。

「さあて、ちっとばかし残念だが、最後になっちまったもんは仕方がねえ。アムル、お前ギャンブルなんてした事ねえよな?」

「賭け事は姉ちゃんが嫌いだから。それにアリアハンには極度の賭け事を取り締まる決まりもあるし」

あまり良い印象を抱いていないアムルの頭を軽く叩く。

「姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん……たくよぉ。本当にお姉ちゃん子だな、お前は」

呆れるようにアムルを見下ろしてから、セイは良い事を思いついたように笑った。
まずはキーラの口を塞いで無力化させる。

「お前、なんで身長が低いか考えたことあるか?」

「ないよ。高くする方法を考えた事はあるけど」

「いいか、フレイちゃんはアムルが言う事を聞くように押さえつける。主に言葉でだが。だが、言葉にも体はしっかりと反応する。たまには姉ちゃんの言う事に逆らってみな。身長伸びるぜ?」

「本当! そうか、姉ちゃんのせいだったのか」

「俺が嘘をつくわけないだろ。ほら、キーラもそうだって言ってら」

セイの腕のなかのキーラはふさがれた口を何とかしようともがいているが、身長を武器にされたアムルはそれさえ賛成の身振りに見えてしまった。

「やるやる、ギャンブルする。それで身長伸ばす!」

鵜呑みにするなという忠告をあっさり忘れ、アムルは乗り気を示すように右腕を上げた。
その手を片手で受け止め、キーラをアムルの頭に戻す。

「決まりだな。楽しもうじゃねえか、名目上はお別れの夜を」

そう言って笑ったセイの顔は、とてもお別れを目前にしたものには到底見えなかった。
笑った口の端が、どうせ後ろからついていくんだしと言った気がした。





深く掘り下げられた魔物専用闘技場の上空に、どよめきに混じって幾つものハズレ券が乱れ舞う。
少し大きめの紙ふぶきといった感じがしないでもないが、そこに込められた思いはかなりドロドロとしたものである。

「かー、またハズレかよ!!」

頭を抱えるセイの手ににも、フロッガーと書かれたハズレ券が数枚握られている。
対戦表は本命のフロッガーにさそり蜂、大アリクイにスライム。
そこで勝利したのは、大穴中の大穴、スライムであった。

「ふざけんな、八百長が! ぜってー、金受け取ってんだろう!!」

セイの手からも大き目の紙ふぶきが舞った。

「くそ、絶対次には取り替えす! アムル、次の対戦表見に行くぞ!」

「それはいいけどさ、兄ちゃんなんでさっきからわざわざ勝ちそうにない魔物の券を買ってるわけ?」

「あ、コレだからトーシロは。 ギャンブルってのは確率だぜ、本命を狙ってれば高確率で当たるってなもんだ」

「その確率だって変だよ。魔物の種類でしか分けてなくて、個人の力量が考慮されてないじゃん。スライムだって、キーラみたいに呪文が使えたり力量の差は出てくるよ?」

アムルの頭の上で胸を張るように体をそらしたキーラを見て、一利あるかもと頷く。

「それにあのフロッガー、なんか足怪我してたし、さそり蜂は一匹でおびえてた。大アリクイはちょっとやる気だったけど」

「って、気づいてたのなら止めろよ!」

「だって兄ちゃん目血走らせて人の話聞いてなかったじゃん」

思い当たる節があり、目をそらす。

「ふむふむ、それは中々興味深い見解だな。下手な予想屋よりもよっぽど筋道がたっている」

そこへ一人、身なりの良さそうな壮齢の男が身を乗り出すようにアムルの言葉に食いついてきた。
額は少し後退し始めているが、髪は整えられており、貧相でも豪華でもない衣服が何故かそれなりの物に見てとれる。
想像だが、豪商のご隠居といった所であろうか。

「なんだ、おっさん?」

「なになに、ワシが誰か気にする事はない。興味があるのはその坊の見立てじゃ。ほれ、次に対戦するモンスターが入り始めたぞ。坊ならどれを買うかの?」

「ん〜〜っと」

闘技場に入場してきたのは、一角うさぎに大ガラス、さそり蜂にまたスライムであった。

「またスライムかな」

「はあ? 大穴が二度も来るわけねえだろ、さすがに」

「坊はなんでそう思った?」

「あのスライムさっき勝ったスライムだよ? 傷も手当てされてるし、連戦でテンションが他の魔物と違うよ。力はさっき勝ったから証明されてるし」

先ほどのスライムと同じと言われても、セイとこの壮齢の男には区別がつかなかった。
ただ、少しいきり立っているようにも見え、連戦というのは間違いないかもしれない。

「よし、坊の言う事を信じて大穴狙いでいってみようかの」

「げ〜、マジかよおっさん。なんか玄人っぽい言い分だったけどアムルは素人だぜ?」

「買うのはワシじゃ、気にする事はない。ただ、連日通いつめても素人に近いままの者と、初日から玄人に近い者も中にはいるというものじゃ」

年を経た者の特有の柔らかい笑みを出しながら、男は本当にスライムの券を買いに行ってしまった。

「兄ちゃんはどうするの?」

「あ、ああ……俺は今夜はついてないし、お前の考えを考慮するのも悪くは、ないかな?」

「なら、速く買いに行ってきなよ。俺ここで席とってるからさ。券売り場混んじゃうと間に合わないよ?」

まだ迷いを表に出しながら、券売り場へと向かったセイ。
入れ替わるようにして、先ほどの男が券を束にして戻ってくる。

「お〜間に合った、間に合った」

「おっちゃん、そんなに買い込んで……外れても責任とれないよ?」

「そんなケチくさいことはせんわい。ワシがスライムが勝つと思ったから買ったまでだ。だが、あの男はまだ迷っておったようだが」

「兄ちゃん、確率って言った割にはまわりに流されて買ってるから」

「それこそ素人の所業よの」

二人に笑われているとも知らずに、券を握ったセイが戻ってくる。
何故かそのまま無言でアムルの隣に居座る。
隠し事でもしているように。

「?」

首を傾げそうになったアムルだが、闘技場ないに開始のゴングが鳴った。
まっさきに狙われたのは、弱いと目されたのであろうスライムであった。
一角うさぎが角で突き刺そうと突撃し、大ガラスが上空から足に持ったどくろを落下させる。
だがスライムが落下してきたどくろを上手く被って、一角うさぎの角をなんとか防ぐ。
さすがにどくろは砕けたが、コロコロと転がって闘技場の墨へと転がっていった。
戦闘不能ではないが、一時的な離脱である。

「なんだアレ、詐欺くせぇ!」

その所業に幾つも罵声があがり、その中には何故かセイの声もあった。
どくろを失い、戸惑ってしまった大ガラスに後ろから忍び寄ったさそり蜂の針が突き刺さる。
しびれて落下した大ガラスは一角うさぎに止めを刺され、一番早く戦闘不能となった。
そして、何時の間にか戻ってきたスライムがこれまた背後からさそり蜂の羽に撒きつき地面へと落下させた。
またしても一角うさぎが止めを刺すかと思われたが、近寄った所に闇雲に振り回された針が刺さりしびれて戦闘不能となった。
最後には、背中のスライムを誘うとして自分自身を刺してしまい、大穴のスライムがまたしても勝利となった。

「ぐあああぁぁ! アムルの言うとおりじゃねえか、あそこで、カウンターの前で心変わりしなければ!!」

「に、兄ちゃん……もしかして」

「ああ、そうだよ。俺が買ったのは本命のさそり蜂だよ!」

「だから言ったじゃろう。通いつめても素人に近いものもおれば、初めてでも玄人に近い者もおると」

男が握り締めているのは、もちろんスライムの券である。
しかも束になるほどの数であるため、相当な儲けとなっている事であろう。

「…………なあ、おっさん。その金はアムルのおかげだよなぁ?」

なにを思いついたのかいかにも邪悪な笑みを浮かべたセイが、男の首に腕を回した。

「やめなよ、兄ちゃん。みっともない」

「なあに、構いやせん。どうせあぶく銭だ。そのかわり、坊よ。もう二、三戦だけワシに付き合ってくれんかの?」

「いいよな、いいよな? アムル!」

「いいけど、だから……みっともないマネしないでよ兄ちゃん」

小躍りしそうなほどに喜び始めたセイを恥ずかしく思い、アムルは恥ずかしそうに男を見上げたが、なんとも面白そうに笑っていた。

「それでは、坊よ。次の対戦じゃが」

続いて行われた対戦、そのまた次を次々に的中させ男の財布は紐が締められないほどに膨れ上がっていた。
もっとも、セイにいらぬ分け前を与えていれば明らかにパンクしていたであろう。
そのかわりセイはなんとか賭博場に入る前ぐらいまでには、所持金が復活していた。

「なんだろう、連続で勝ったのなんて初めてなのに……むなしい」

「兄ちゃん、どんだけ浪費してたんだよ」

「いやいやこんなに楽しい賭けは本当に久しぶりだ。どうだ、坊。これからワシの家に来て色々と話を聞かせてくれんかの?」

「え?」

呟いたのはアムルだが、セイと顔を見合わせる。

「でも、おっさん。俺ら、他にも二人連れがいるぜ?」

「なあに、一人や二人増えた所でたいしたことではない。一緒に連れてきなさい」

今の宿無しの状況で、それはあまりにも嬉しい言葉であった。

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