第十話 四人での道中


クワンクワンと眼と共に世界が回る。
暗くてすこしかび臭い洞窟の中に沈み込んで溶けていくような感覚。
振り払う気力が沸かないほどに、襲いくる睡魔にアムルの視界が闇に閉ざされた。

「アムッ!」

紫に近い青い毛に包まれた一角うさぎ、アルミラージを前にアムルが倒れた。
床に思いっきり頭を打ったようだが、衝撃を受けた様子もなく眠りこけている。
その姿に舌打ちをしながら、レンが件のアルミラージを斬り捨て、再び別の魔物へと剣を振りかざしはじめた。
彼らは今、警戒心を丸出しにして気を立てている魔物達に襲われていた。
たった今アムルをラリホーで眠らせたアルミラージやおばけありくい、毒をもつバブルスライムとまだ他にもいる。

「アム、こら起きなさい! アタシとレンだけじゃ、数が多すぎるのよ!」

「フレイ、今は放っておけ。援護を頼む」

「でも!」

アムルを腕に抱きながら反論しそうになった所に、魔物から逃げ回っていたセイが駆け寄る。
そして少々強引にアムルを奪い取ると、反論の余地のない言葉を浴びせかけた。

「ここは俺に任せとけ、魔法で眠らされたら簡単には起きねえよ。それよりも、あっちの団体さん。大量の敵を一気に倒すのは魔法使いの役目だろ?」

「い、言われなくても解ってるわよ。良い、ちゃんと起こすのよ?天と地にあまねく精霊たちよ!」

フレイが呪文を唱え終わると、合図で伏せたレンの上をすべるように閃光が駆け抜けていった。
光の通り過ぎた後には、焼けた魔物の群れが出来上がる。
それでもまだ魔物を一掃するには叶わず、光に怯んだ所をレンが斬り込んでいった。

「ひゅお、さっすがフレイちゃん。それに引き換えこのお子様は……仕方ねえな」

苦笑しながらも、セイは唱えた。

「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って、彼の者を永遠の眠りより解き放て。ザメハ」

「ん〜〜〜、おふぁよ。兄ちゃん」

「おはよじゃネェッ!」

寝ぼけ眼のアムルを叱ろうとしたセイが、半径一メートル近い巨大な何かに押しつぶされた。
薄くぼんやりとした視界のなかで起こった現象に、アムルは理解しきれず対応できていない。
巨大なボールのようなそれは、しばらくセイの上に乗ってグリグリと押しつぶした後にその体を伸ばし始めた。
見えてくるのは無数の、数え切れないほどの節足と大きな二本の牙。
巨大芋虫のキャタピラーだ。
ようやく、アムルが事態を理解した。

「こんの、兄ちゃんからどけぇ!」

直ぐに起き上がったアムルが蹴りを入れる瞬間、キャタピラーはまたボールのように丸まった。
だが、それで蹴りの衝撃が受けきれるかどうかは別問題であり、ゴロンと転がりセイの上から転がり落ちた。
その様子を見たアムルは妙に嬉しそうに笑うと、セイを助け起こすのを後にして丸まったキャタピラーに両手を添えた。

「レン、姉ちゃん。ちょっと退いてて!」

「状況を見て言え。この状況で」

「あ〜、レン退いた方が良いわ。アムルが馬鹿やるみたい」

呆れが混じった声が妙な説得力を持ち、レンが最前線から一歩引いた。
それを確認した直後に、アムルはふんっと息を鼻からあふれさせて丸まるキャタピラーの体を転がした。
徐々に加速させ、最後の一押しとばかりに体と手をピッタリとくっつけて力を込める。

「キャタピローラー、行っけ〜!!」

叫んだ声に混じってビッと布が裂ける音が誰の耳ににも届かず鳴った。

「はっ? わっ、あーーーーーーーーーーーーー!!」

変わりに聞こえたのは、キャタピラーの背中の甲羅と甲羅の間に服を引っ掛け、巻き込まれながら転がって行ったアムルの悲鳴だ。
アムルを巻き込んだせいで、不規則な円を描いて転がっていくキャタピラー。
端に寄ったフレイとレンを尻目に、狭い通路を転がりながら突き進んでいく。
逃げ遅れた魔物を踏み潰しながらある程度転がると、その姿がふっと消えた。
続いて起こったのは、重い物が高度から落ちた音とそれによる振動だった。

「ア、アム?」

「…………」

重い沈黙、あまりの馬鹿らしい光景に思考回路が停止していたのかもしれない。
だれがそのような事を考え付き実行し、果てに失敗するだろうか。
先ほどまで殺気だって襲って着ていた魔物たちでさえ、唖然とアムルとキャタピラーが落ちていった床の裂け目をみている。

「痛てて、お〜。フレイちゃん、今のうちだ。一気に倒しちまおうぜ」

「あ、でもアムが」

「馬鹿の回収は後でいいだろう。どのみち、この数を相手に暢気に救助などできん」

「そ、それもそうよね」

呆れて半分笑っているセイの視線と辛らつなレンの視線にはさまれ、唯一心配そうな視線を向けていたフレイも押し切られてしまう。
大きく息を吸い込んで、溜め込んだ魔力を解き放った。





一方、落ちたアムルはと言うと。

「ん〜〜〜〜〜〜ッ!」

落ちた時に、運良く自分の下敷きとなったキャタピラーの甲殻に引っ掛かった服を抜き取ろうと、奮戦していた。
力を入れなければ抜き取れず、力を入れすぎればさらに服が裂けていく。
ギリギリの緊張感と絶妙な力加減を用いて、その抜き取りに成功する。

「やっと取れた。あ〜ぁ、まだ新しいのに。姉ちゃんに縫ってもらおうっと」

キャタピラーの背から飛び降り、落ちてきた上を見上げる。
遥か上とまでは行かないが、とても登るなどといった発想は出来なかった。

「戻らなきゃ、どっかに階段ないかな?」

救助を待てばよいのに、現在地も確認しないまま適当に歩き出す。
落ちた場所は、上とは違い通路ではなかった。
暗がりのせいか、何処までが空間で壁かもわからないような広い広い部屋であった。
目印となるような物は、先ほど一緒に落ちてきたキャタピラーぐらいしかない。

「階段階段、階段やーい」

だがアムルはその唯一の目印でさえ見ることなく、階段を探しに闇雲に前進していた。





アムルが落ちていった床の裂け目を寝転がる事で逆さまに覗きこんだセイは、眉をひそめた。
見えるのは真下にある動かないキャタピーラーと、何もない空間であったからだ。
暗くてあまり遠くまで見通す事は出来なかったが、狭い一つのフロアではない事は理解できた。

「おい、アムルの奴いないぜ。あのお子様、まさか勝手に行っちまったんじゃねえか?」

「アムが? 私を置いて?」

「いや、そういう驚かれ方をされると対応に困って言葉が続かないんだが」

「もう、なんで待ってればいいのに単独行動をはじめるのかしら。ちゃんと言い聞かせとかないと今後困るわよね」

腰に手を当てて憤るのはいいが、解決策が出てこない。
セイは問いかける相手を変えた。

「どうするよ、レンちゃん。アムルの奴、たぶんこの真下にさえ戻ってこれなくなってると思うぜ」

「確かにな。アムルが、ここへ戻ってくるつもりか、出口を目指しているのかがわからんが、案は二つ。一つは一人が下におりて、アムルを追いかけ、上の二人は待機。戦力が分散されるし、これはあまりやりたくない」

「降りる役に戦えない俺は論外。魔法使いであるフレイちゃんも論外。レンちゃんが降りると、俺とフレイちゃんじゃ、待機できるかどうかも怪しいもんな」

「貴様はさっさと戦えるようになれ。それでもう一つは、このまま出口を目指す案。ここにアムルが戻ってきた場合の為に、床に案内の矢印でも書いておけばいいだろう」

聞きながら、セイは寝転がるのをやめて服についた砂粒やほこりを叩いて落とす。
元々汚れ擦り切れる事を前提とした旅人の服だが、気にならないわけではない。

「なら出口へ向かうだな。アムルが矢印に気づかない可能性もあるが。可能性ばかり考えていたら、きりがない」

「アムなら、気づかなくても素で正しい道を選びそうだけどね」

「意見がないのならば行くぞ。矢印はフレイ、お前がアムルの性格を考えて書け」

「性格ね……見やすい位置だと逆に気付かなそうね。あえて通路の隅とかの方があの子の場合気づくわ」

アムルが落ちていった裂け目から離れ、レンが元々持っていた地図を頼りに歩き出す。
誘いの洞窟はその使用頻度から地図が作成されており、アリアハン側からロマリア側まで通常なら何通りかの通り道が存在した。
だが、先ほどの裂け目が邪魔をして使えたはずの通路が使えなかったなどざらである。
そのため一行は、幾度となく遠回りを強要された。
そして、しばらく歩いた先で角を曲がり、ある物を見てまたかと三人同時に肩を落とした。
床の裂け目が、通路一杯に広がっていた。

「なんなのよ、コレは! ザイオンって言ったけ? なんてことしてくれたのよ!!」

「ここを渡りきれば出口はすぐそこなんだが、さすがに渡りきればの所ばかりで床が抜けていればいらつくな」

「これで四つ目だもんな。魔物もなんかピリピリして、攻撃的になってるしよ」

爆発により環境が変化し、それによりここを住処にしている魔物にもストレスがかかっているのだろう。
そのストレスの結果、先ほど一方的に襲われたばかりだ。
三人、それぞれの場所でぐったりと腰を落とした。

「半日で通り抜けられる場所を、もう夕方ぐらいになっている気がするな」

「そうね、途中で一回食事して、今またお腹が空いてるわ。朝方に洞窟に入って……丸一日使って抜けられてないじゃない」

「でもよ、正しい道がわかればその情報売れるんじゃねえか? そう考えれば、このイライラもマイナスってわけじゃ」

お金なんかで納得できるかと、いった視線を二つ向けられセイは肩をすくめた。
しばらくは休憩だなとあたりをつけ、荷物から酒瓶を取り出す。

「ピッ?」

最初に気づいたのは、キーラだった。
フレイの肩から降りると、キョロキョロとあたりを見渡す。

「どうしたの、キーラ?」

「ピ〜?」

首、はないが、かしげるようにして、裂けた床で隔てられた向こう側の突き当たり、その通路を見ている。
魔物に対する警戒の声ではない。
単純に不思議がっているような、正確にはフレイもわからない。

「誰か知り合いでも」

いたのかと聞こうとして、フレイは目を疑った。
キーラが見ていた裂け目の向こうの突き当たり、そこの通路をたった今アムルが通り過ぎようとしていたからだ。
距離にして十数メートル、だがこちらに気づいていない。

「アム!」

咄嗟に名前しか思いつかず叫ぶと、アムルが立ち止まり、座り込んでいるフレイたちに気付いた。

「姉ちゃん? あれ、なんでそんな所に座り込んでるの?」

「なんでアンタそっち側にいるのよ!」

イラツキと驚きから質問にも答えず詰問するようになってしまい、アムルが少し口を曲げた。
言い返すようなことはなかったが。

「なんか落ちた後、階段みつけて。登っただけだよ。それよりそっち側ってなに? どうすればそこに行けるの?」

「あの地図にも載っていない広い空間か。待てアムル。お前はそこにいろ、お前がいる側からはロマリアに簡単にいけるのだ。お前がいま通ろうとしていた通路をまっすぐ行けば行けるはずだ」

「じゃあ、はやくこっちに来てよ。なんか向こうとかあっちとかの通路も床が抜けてて使えないんだもん」

アムルが順に指差したのは、まだ通っていない通路であった。
つまり、全ての通路の床が抜けていたのだ。
アムルはあまり理解していないようだが、あの時落ちなければ出戻りになっていた可能性が高い。

「恐ろしいぐらいに運の良い奴だな。あの広い空間で階段を見つけたってか? アムル、縄とクサビ投げるから床に打ち込んでくれ」

「打つ物がないよ?」

「背中のごっつい剣を使えよ。何も抜けって言ってるわけじゃない。ハンマーだとでも思え」

「ハンマー、ハンマー……これはハンマー」

セイがカバンからロープとクサビを取り出し、くくり付けてアムルの側に投げる。
それを床に敷き詰められた石と石の間に差し込み、アムルは誓いの剣を鞘に入れたまま振り上げ落とした。
鞘つきではあったが、それなりの破壊力をもってクサビが打ち込まれていく。
ロープを引っ張り打ち込まれ具合を確かめると、セイもクサビを打ち込み、簡易の渡り綱ができた。

「さてと」

出来上がった声を上げたセイは、フレイとレンを見た。

「誰から渡る?」

普通に考えれば、体重の軽い者順である。
それならば一番はフレイだろう。

「じゃあ、アタシが一番」

当人もその気である。

「まあ、さすがにフレイちゃんよりも軽いと主張するのは無理があるな。とすると、二番手だが……」

「貴様、遠まわしに馬鹿にしてないか? 二番手は私だろう」

常識より頭一つ分飛びぬけているレンの身長は、セイより一、二センチほど高い。
女性である事を考慮しても、どちらが重いかは単純に計れないと言えなくもない。

「いやいや、それは解らない。そこで、はっきりとさせる為に、レンちゃんの体重、ついでにスリーサイズなんかモッ!」

「二番手は私だな?」

「エヘッ、そりゃあもう。レンちゃんのナイスプロポーションには、さすがのセイ君も叶わないってもんよ」

急にもみ手をしながらヘコヘコしだしたセイの右頬が、レンの拳の形そのままに凹んでいる。
体重はともかくとしえ、腕力では確実にセイの方が劣っているだろう。

「ねえ、速くおいでよ。姉ちゃんはもう渡ったよ」

気がつけば、いつの間にか渡ったフレイがアムルの横にいた。
床の裂け目は、幅にして七、八メートルはあるだろうか。
簡単には渡れないような気はするのだが、アムルの横にいるからには渡ったのだろう、簡単に。
次いでレンがロープに足をかける。
ギシッとロープの張り具合を確かめながら、進もうとする。

「あ〜あ、ここでレンちゃんが高所恐怖症とかなら、お姫様抱っこできるのになぁ。普段強気なレンちゃんが、俺の首に震える手を回す。その瞳は恐怖によって揺れ、優しい俺の顔を見上げるわけだ。そして一言呟く、もう貴方のお嫁になるしかありませんと」

「五月蝿い! この程度の高さが怖いはずなかろうが!」

ロープの上を進もうとした足を戻す。
この程度とは言っても、裂け目から落ちれば、悪くて骨折するぐらいの高さはある。
アムルの場合は、キャタピラーがクッションとなっただけだ。

「多少集中するから、黙っていろ!」

「別に思ったままの願望を大幅に抑えて口にしただけじゃねえか。一応、攻撃的なレンちゃんが新婚初夜で明かす意外なM属性編は口に出さなかったんだから、怒るなよ」

「貴様、本当に斬るぞ? と言うか、斬られたいんだな? 私はかまわないぞ、脆くなって落ちてきた瓦礫に潰されて死んだ程度には偽装しておいてやる」

「斬っちゃっていいわよ。私もそれ手伝うから」

事態を予想してアムルの耳を塞いでいたフレイも同意する。

「ああ、黙ります。黙りまくります。だから抜かないで、喋りません、レンちゃんが渡るまでは」

鞘から半分刀身を抜いていた剣を収め、レンがロープを渡りきる。
その後にセイが渡るが、仕返しとばかりにレンやフレイがロープを揺らしたり、斬ろうとしたりもした。
たかが数メートルのロープを渡る事に多大な時間を浪費し、一行はようやく誘いの洞窟を抜けた。
アリアハンの国を出て、初めてロマリアの、別の大陸の大地を踏みしめたアムルとフレイ。
眼前に広がるその光景は、闇と、わずかな月明かり。

「すっかり夜になってんじゃないの!!」

時間の感覚がかなりずれていたらしい。
フレイの突っ込む声が、ロマリアの大地に静かに溶け込んでいった。

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