「このへんでいいかしら」 子供が使う遊戯用のボールぐらいの大きさの玉を持ったフレイが、積み上がった瓦礫を前に右の人差し指にメラで炎を灯した。 爺さんの説明では、魔法の玉から伸びる紐、導火線とやらに火をつけ後は置いておくだけらしい。 その説明を受けたのがフレイであったため、レンとアムルは外で退避している。 そしてセイはというと、 「あ〜、頭痛ぇ。誰のせいだろ、仲間を置き去りにしてさっさと逃げ出す冷徹非常な女魔法使いのせいの気がするんだが……なぁ、フレイちゃんそんな奴に心当たりねぇか?」 フレイの後ろでしゃがみこみ、ネチネチと呪詛を口から垂れ流していた。 「う〜ん、やっぱりここに置こうかしら」 ほっぺたに冷や汗を貼り付けながら、フレイは魔法の玉が目の前の瓦礫の隙間に入るか見比べる。 セイの声が聞こえていないはずがないのだが、なんとか無視しているところだ。 「しかもそいつ謝らねぇんだよな。信じられるか? 知っててやったんだぞ? 意識せずってもの問題だが、性質の悪さは同じだろ?」 「あ〜もう、うっさいわね! 男が過ぎた事を何時までもグチグチ言ってんじゃないわよ! しかもアンタが垂れ流す息が酒臭いのよ!!」 「仕方ねぇだろ! いつぽっくり行くかもしれねえ爺さんの与太話を延々と聞かされたんだぞ。飲まずにいられるかコレが! くらえ!!」 自らでは知覚出来ない息の臭気を、セイはどろどろとした勢いでフレイにはきつけた。 フレイはうっと鼻を押さえたかったが、魔法の玉と指に灯した炎で両手がふさがっておりモロにその匂いを嗅いでしまった。 酒に加えて、胃が荒れているせいか酸っぱい匂いもついてくる。 釣られるように自分まで何か吐き出しそうになってしまう。 「ウゲッ、最悪」 「ピーッ!」 「へっ、勝った」 「勝ったじゃないわよ! なんなのよアンタは、大体愚痴言うためだけに着いて来るんじゃないわよ。いい? どうもお爺さんの話だと、この魔法の玉はイオラより凄い威力なの! たとえソレが誇張だとしても、危険に変わりはないの! 危険なのよ!」 あまりの匂いにキーラはフレイの服の中に逃げ込み、フレイは一気にまくし立て肩で息をついた。 さすがにそこまで怒るとは思っていなかったのか、セイが二日酔いとは違う顔の青さで口をパクパクあけている。 しかもゆっくりとセイは右手の人差し指でフレイ、からはずれた一点を指した。 バチバチと音が鳴っているソコを。 「……が…………」 かすれた声に繭をひそめる。 「へ? なに?」 「火が着いてんじゃねえか!!」 「ッ!!」 いつの間にか、導火線が火花を散らしていた。 「ちょっと、ちょっと待って待って! まだ置き場所決めてないのにッ!」 「んなこといいから捨てろ、逃げるぞ!」 段々と導火線が短くなっていく魔法の玉を持ってオロオロするフレイからそれを奪うと、セイは近くにあった瓦礫の隙間に押し込んだ。 そして、フレイを促して出口に向かって走らせる。 イオラよりでかい爆発なのだ、しかも室内でとなればその威力は何倍にも膨れ上がるだろう。 ここで逃げねば生き埋めになる事は確実で、魔法の玉を使った意味がない。 「あ、やべ。気持ち悪い」 そんなことを言っている場合ではないと解っていても、セイは走りながら湧き上がる嘔吐感を無理やり押さえ込む。 だが、外へと続く階段までは平坦な通路ほど上手く走れなかった。 導火線がどれほどの速さで本体に引火するのかわからないので、余計に焦りが嘔吐感を倍増させる。 「セイ!」 正常なフレイは、まだこの状況で声をかける余裕があるらしい。 「先にいくから! 死なないでね、骨は拾わないわよ!」 「て、ッ!!」 叫ぶ事すらできないセイの視界の中で、フレイが階段を数段飛ばしながら上っていく。 そしてその姿が階段を上りきった頃、導火線の終わりが来た。 空気が幾重にも振るえ、粉塵が舞い、砕けた石が飛び、洞窟内も揺れ、ついでにセイの体も揺れ。 盛大に何かをぶちまけた。 「うっわ〜〜」 「ぴ〜〜」 「うむ……」 「あらら?」 呟いた言葉は、三人と一匹似たようなものだった。 上から順に、アムル、キーラ、レン、フレイ。 呟くにいたる理由が二つだったという事は似ているのではなく、同じであった。 眼前に広がる光景、それのせいであった。 階段の終端に倒れているセイには細かくなった瓦礫の破片が被っており、付近に正視しがたい黄色い物体が散らばっている。 もう一つの理由は、当の目的であった瓦礫の山だ。 確かに山ではなくなっており通行も出来るだろうが、それには砕きそこなった瓦礫たちを乗り越えなければならない。 「確か、話では瓦礫を全て吹き飛ばすではなかったか?」 「でもほら、お爺さんもこんなに威力があるのは初めてだとか言ってたし。希望的観測と現実はやっぱり違うって事よ」 「結局瓦礫を運び出す兵士の人たちの労力は変わってないね」 中途半端に通行が可能になって、かえって除去作業がしにくくなったかもしれない。 通行さえ出来れば、勝手に通行しようとする者がでてくるからだ。 「まあ、私たちの目的は達成できたからいいじゃない」 「いいわけあるかぁ!!」 叫んだのは自らに積もった瓦礫の破片を撒き散らしながら起き上がったセイだ。 「二度目だぞ! お前いくらなんでも短い間隔で裏切りすぎだろ! 昨日今日とでだぞ。嫌いか? そんなに俺が嫌いか?」 「嫌いよ? じゃあ、逆に聞くけどアンタの何処に私に好かれる要素が存在するのよ」 「俺こそ逆に聞きてえよ。気品があって教養もあって格好良いじゃねえか。俺の何処に女の子に嫌われる要素が存在するんだよ」 「そうね、嫌われる要素がない。それこそアンタ嫌われる最大の要素だわ」 「あ、なんだその凄く哲学っぽい言葉は?! 思わず納得しかけちまったじゃねえか」 よほど気が合わないのか、また言い合いをはじめた二人を止めるでもなく、アムルは一点をみつめていた。 瓦礫のへった壁際、あの時アムルがザイオンから名前を聞き、助けられた場所。 生きているからこそか、単に降り積もった細かなごみで見えないだけか、血痕はなかった。 「ザイオン」 不意に名前を呟きたくなった。 いきなり襲われたが、恨んでいるわけじゃない。 かといって二人の言い合いではないが、好きになる要素などすくない。 「行くぞ、アムル。私たちはもっと強くなる。もう一度胸を張って奴と戦うために」 「うん、ザイオンと約束したんだ。絶対に強くなる」 残っている瓦礫を乗り越え始めたレンに、アムルも続いた。 とりあえず今は、進むしかない。 「あ、こらアム。アンタ最近レンに構いすぎ。お姉ちゃん怒るよ!」 「こら人を不快にさせといて弟優先か? なんかもーアレだぞ。ギリギリ限界点突破しそうだぞ?!」 二人を置いて行動し始めた二人をフレイが追いかけ、セイも続く。 瓦礫はすでに大きいので一メートル四方ぐらいの物しか残っていない。 だからといってその上を渡りやすいかといえば、首を横に振らざるを得ない。 元々二日酔いと頭に血が上り過ぎてふらついていたセイは言うまでもなく、あまり身軽でないフレイも何度か瓦礫から滑り落ちそうになった。 「姉ちゃん、行けそう?」 「なんとか……でも、できたらお姉ちゃんの手を引いて欲しいなぁ」 前方から振り返ったアムルに甘えた声で言うと、すぐ横から手をさし出された。 それはセイの手であり、気持ち悪さをかなりの割合で飲み込んで微笑んでいる。 「アンタ……」 「困っている女性がいたら助ける。たとえソレが、どんなに心汚い奴であっても。な、好い男だろ?」 「そうね。それで手のひらがゲロにまみれてなかったらね!!」 決してまみれてはいないが、付着していたのは事実だ。 差し出された手を蹴り上げて断ると、フレイは不安定な瓦礫の上にしっかりと立って歩きだした。 「姉ちゃん、スカートなのに足上げるなよ」 「な〜に照れてんのよマセガキ。ちゃんと押さえてたわよ」 「痛ぇ〜、なんつー不安定な格好から蹴りくれるんだよ……でもまあ、淡いブルーか」 何がかは、明言されていない。 だが瓦礫の上に一つ、赤い華と悲鳴が咲いた。 怒り顔と無表情、この二つしかレンは持ち合わせていないのだろうかと、フレイとセイはレンの前で正座をしながらそう思った。 レンの後ろには何処から光を集めているのかキラキラと湖面を輝かせる旅の扉がある。 だが二人は今、旅の扉ではなくレンの怒り顔を見ていた。 「私は特に説教が好きだと言うわけではないことをまず、言っておく。いいか、相手が気に食わないそれはどうしようもない。仲良くしろとは言わないが、せめて隠せ。そして人様に迷惑をかけるな」 「ごめん」 「すまん」 シュンと素直に謝る二人の後ろ、乗り越えた瓦礫が少し増えていた。 元々限界だったのだろうが、先ほどフレイがセイへと放ったメラの振動で天井が少し落ちたのだ。 巻き込まれる事は無かったがそれは単に運の問題であって、危険である事には変わりは無かった。 「レン、もういいでしょ。先に進もうよ」 アムルから制止に似た言葉が上がるが、それは単に目の前に旅の扉に気を取られているだけである。 なぜなら、その眼が湖面と同じようにキラキラと輝いていたからだ。 レンはそんなアムルを見て、次にフレイとセイを見てため息をついた。 本当に、最近多くなってきたため息をだ。 「解った。いくぞ、最初に私、次にアムルだ。その後にフレイ、セイと続け」 反論は許さないといった声だった。 特にフレイとセイという順が、どうせまたゲロ男の後は嫌だとフレイが言いそうだからだったのだが。 「キーラ、おいで。一緒に行こう」 アムルがキーラを呼び寄せている間に、レンが旅の扉に飛び込んだ。 だが、湖面は相変わらず静かにさざめくだけで、水しぶき一つ上げなかった。 そして気がついたときにはレンの姿はこの場から消えていた。 「はぁぁぁぁっぁう」 「ぴぃぃぃぃ」 それは暗に旅の扉が見た目どおりの湖でない事を示しているが、息を止めたあたりアムルはわかっていないのだろう。 本当に、暑い日に川に飛び込む様に旅の扉に飛び込んだ。 またしても、湖面は静かなままアムルとキーラの姿だけが吸い込まれて消えた。 「アタシは……」 飛び込む前に、フレイはセイに振り向かずに言った。 「アンタを嫌いだけど、アムルがアンタの事を好きだから頑張ってみるわ。まあ、無理でしょうけど」 そう言って、旅の扉へと飛び込んだ。 そして一人残されたセイは、三人に見せた事の無い顔で笑っていた。 半分は嫌そうに、半分は照れくさそうにしてフレイが放った言葉に対してでもあり…… 「まあ、オルテガも生きてれば四十超えてるもんな。だったら、ガキと若い姉ちゃん二人の方がまだ健全だよな。ちょっと口煩えけどよ」 諦め半分、着たい半分で旅の扉に飛び込んだ。 その姿が泉の中で溶けた。 旅の扉をくぐる間の感覚は、人それぞれだといわれている。 何も感じなかった者、世界に対して自分が高速に自転を開始したようだと感じた者、自分が泉と一つになったと感じた者。 アムルは、世界と自分が一つになったように感じた。 世界と一つになり、世界の血管の中を血液となって流れていく。 血液の流れは当然、心臓から心臓へ。 アムルは世界の旅の扉から旅の扉へ、別の旅の扉へと流れていく自分を感じた。 「ここは……」 何時の間に眼を閉じたのだろうか、眼前に広がるのは再び荒れた洞窟であった。 ただし扉をくぐる前と違うのは、壊れているのが天井よりむしろ床であるという点だった。 てっきり直ぐ外に出られると思っていたアムルがぽけっと口をあけていると、レンが話しかけてきた。 「ここはロマリア側の誘いの洞窟だ。まだもう少し続くぞ」 「あ、うん」 「しかし、こちら側まで影響があるとは……爆発の威力が旅の扉を通ったということか?」 「人間が通れるならなんでも通るんじゃないの?」 現状を見ればそうだろう。 だが、そもそも議論したからといって何かが得られるわけでもない。 単にフレイとセイが来るまでの一時の暇つぶしである。 「っと、あ〜なにこれ。こっちまで壊れてるじゃない。また通行止めになってなきゃ良いけど」 「瓦礫というよりは、床が抜けてそうだな」 気がつけば二人が後ろに、旅の扉の前にいた。 いつの間にかではなく、初めからいたと言ったほうが感覚的に近いのかもしれない。 まるで現実に対し、無理やりつじつまを合わせたようだ。 「そう言えば、みんな濡れてないね。冷たくもなかったし」 「アム、素直なのはいいけど何時か恥をかくわよ。旅の扉って一見泉だけど、泉じゃない。古い忘れられた魔法で作られたものなんだから」 「ふ〜ん、でもなんで泉の形してるのかな? 旅の扉なんだから、ドアの形で良いのに」 「さあ、そこまでは知らないけど」 「なんでかな?」 「うっ」 答えに窮したフレイの代わりに、セイがアムルの頭に手のひらを乗せた。 「そういう事は、小難しい事を考えることが好きな学者さんにでもまかせときゃいいのさ。俺達がその理由を明かしたら、学者達はやる事がなくなっちまう。俺達は使えるから使う。別に理解しなきゃならん理由もないだろ?」 「う〜ん、それもそうか。それに泉の方が見た目が綺麗だもんね」 「そんなんで納得できちゃうんだ」 「もう良いか?」 アムルが納得するのを待っていたのか、レンが腕を組んで問いかけた。 もとより今の談義には興味がなかったようだ。 正真正銘、使えるから使うといった所だろう。 「アムルには言ったが、誘いの洞窟はもう少し続く。正規の道が使えればそんな魔物に会う可能性も少ないが、正規の道が使えるとも限らん」 三人と一匹はレンの後ろを覗き込み、その理由、床が転々と抜けている場所を見た。 「一応隊列の確認をしておくぞ。私が先頭、次がアムルだ。そして援護のフレイ、回復と背後確認のセイ……所でセイ、聞くのが後になったが得物はなんだ?」 「獲物? 最近はご無沙汰で、でも今狙ってるのはレンちゃんか、次点でフレイちゃん」 「なんで私が次点なのか気になるけど、構わないわよッ!」 フレイの樫の杖がセイの足のすねを打ち、痛みにしゃがみこんだ所をレンの剣の鞘が頭に落ちた。 「うぉぉぉぉぉ、痛い。愛されてる痛みが、でも痛い!!」 「もう一度聞くぞ。貴様の武器はなんだ?」 痛みにのたうちながらも、セイは両手を天井に向けて挙げた。 もちろん、その両手に武器はない。 「まさか、アムルと同じ武道家だとでも言いたいのか?」 セイの首がプルプルと横に振られた。 「もしかして、兄ちゃん。手ぶら?」 「ぉぉ、アムル正解。いでぇ〜……お、なんだ? 何故俺の襟首を絞める?! レンちゃんって愛を暴力で示すタイプか?」 「純粋に怒りをどう表現すれば良いのかわからんだけだ。舐めてるのか貴様。てぶらだと!」 「ああ、ごめんなさい。でも心の奥底には、鈍く光るナイフの一本や二本あるか、もぉ!」 「あ〜、そのナイフが錆びてんのね。だから馬鹿なのね?」 ジタバタと暴れるセイをぼとりと床に落とし、レンは頭痛をこらえるようにコメカミを抑えた。 そのうち自分はこいつらのせいで胃潰瘍になるのではと、今まで心配した事すらない事を心配してしまう。 「もういい、特に隊列の質問がなければ行くぞ。これ以上会話を続けると、剣に手が伸びそうだ」 アムルたちが着いてくる事も確認せずにレンは先へと進んでいってしまう。 慌てて追いかけ始めると、そう言えばと思い出したようにフレイが言った。 「確か僧侶って一個だけ攻撃呪文なかったっけ? ほら、風操る。アンタそれできないの?」 「風? すっげぇ、格好良い!」 「そうだろうそうだろう。俺って格好良いだろ? 解ってくれるのはアムルだけか? 見てな」 さすがに先へ一人で進もうとしていたレンも立ち止まり、眼を閉じて集中しだしたセイを見た。 「世界にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力を持って邪を裁く一刃の風を与えたまえ。バギ!」 叫びとは百八十度違う、そよりとした優しい風が吹いた。 何故かフレイの風にないだスカートとレンの袴を見ていたセイは首をかしげた。 その意図を察したのかフレイと、ついでに期待していたレンは強く、成人男性にもダメージを与えられるように強く拳を握った。 「おっかしいなぁ。調子の良い日にはスカートぐらいめくれ、ガッ!」 「ふざけんなこの酔っ払い。アンタはそんな事しか頭にないのか!」 「期待した自分が馬鹿だった。だが、責任はとってもらう」 「あ、ガッ。待って、待って。リンチ? 仲間をブギャ!」 フレイはともかくとして、レンはそうとう溜まっていたのだろう。 拳からついには剣の鞘でセイを殴り始めた。 「アムブッ、見てないで止め、グアワ、とめて!!」 叫んでいるのはセイだけで、レンとフレイはもう無言で殴り続けていた。 殴りつかれるまでは止まらないだろう。 アムルは、しゃがみ込んでそのリンチを見ながら、肩の上のキーラに問いかけた。 「なんで皆、仲良くできないのかな?」 「ピーピピー!!」 「まあ、確かに姉ちゃんのスカートめくろうとした、兄ちゃんが…………ムカッ」 とりあえず、アムルも加わる事にした。 「アレ?! そっちじゃなくテッ。アムあああああぁぁぁぁぁ!!」 またしても、セイの悲鳴が洞窟の中に響いていった。
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