第八話 魔法の玉


爆発で起きた振動と天井の崩壊が収まってから数十分後、フレイは兵士の一人と一緒に祠内へと入っていった。
そして後で気づいて恥ずかしくなるほどに大口を開けて、瓦礫の山を見上げてしまっていた。
多少の大きさの違いはあれ、どれも大の大人が数人掛かりでようやく持ち上がりそうな瓦礫がつみあがっている。
それも通路一杯に、天井までだ。
本当に天井すれすれには人が通る事の出来る空間はあるが、そこにたどり着く前に二次災害が起きるのは必死である。

「これは完全開通に一ヶ月はかかりますねぇ」

自分と同じように見上げていた兵士の人にため息混じりに言われ、駄目元でフレイは言ってみた。

「私がイオで吹き飛ばしたりとか……駄目よね?」

「天井を見て、言ってください。俺なんか何時天井が落ちてくるかビクビクしてるんですから」

「やっぱり駄目か」

「盗賊達もとんだ事しでかしてくれましたよ。一体何がしたかったのやら、そもそも旅の扉を人質に金でも要求するつもりだったんですかね」

何がしたかったのかは、フレイは察しがついていた。
旅の扉の破壊、もしくは封印であろう。
だが、それがどんな意味を持つのかまではわからなかった。

(アリアハンを孤立させる? させてどうするのよ。アリアハンは海に囲まれてるし他国から離れすぎてるから、拠点としては向かない。攻め込まれにくいという点はあるけど、それならネクロゴンドで十分じゃない)

考え付かない事も無いが、ソレをする意味がないのだ。
無理やり理由をつけるとすれば、勇者オルテガの出身国だからはやめに潰したかった。
それでも、旅の扉は他国から援軍を呼ぶには小さいため向かず、やはり破壊の意味は無い。

「ふぅ……本当、何がしたかったのかしら?」

ザイオン、アムルから聞いたあの魔族の名前を思い出し、フレイは悩んで腹にたまった息を勢い良く吐いた。





「うわ、まぶし」

薄暗かった祠を出たフレイは、手のひらで輝きすぎる太陽をさえぎった。
じょじょにだが外の明るさに慣れてくると細めていた目を開かせる。

「よぉ……どうだった? 大体想像はついてるけどよ」

「一ヶ月は掛かるんじゃないかって言われたわ。完璧通行止め、まいったわ。あれ、アムとレンは?」

地べたに座り込んで、一人酒瓶を傾けていたセイに応えると二人の姿がない事に気づく。
二人は応急的な治療では足らず、セイに治療を受けていたはずなのだが、姿が見えない。
一体何処へと心配するフレイにセイがある方向を指差して言った。

「心配しなくてもいいさ。元気すぎる程に元気だ」

セイが指差したのは、祠の入り口から少し離れた薄暗い森の中だ。
そこに動き回るレンとアムル、二つの影があった。
草木を掻き分けて疾走しながら森を飛び出すと、お互いの姿を確認した途端各々の武器、拳と剣を振るった。

「はあぁぁ!!」

「ふんっ!」

レンはアムルにレベルを合わせているのか、いつものキレがない。

「ちょ、ちょっと何やってんのよ! けが人だったんだから安静にしてなさいよ!!」

フレイが叫んでも二人は聞こえていないかのように、組み手を止める様子はなかった。

「強くなりたいんだってさ」

「は?」

「相当悔しかったみたいだぜ。レンは人の手を借りなけりゃ、一太刀浴びせられなかったのが。アムルは手も足も出なかったのが。でもまぁ、そろそろか」

ご飯が炊き上がる時間を計っていたかのようなセイの言葉。
そのすぐ後、レンとアムルが同時にパッタリと倒れこみ、地面と体をこすり上げながら勢いを相殺していった。
時期に完全に止まった体だが、そこから一歩も動けなかった。

「あら? む、くっ……」

「うむ……」

振るった拳と剣がお互いに触れることなく、力なく地面を叩いた。

「回復呪文ってのは基本的に怪我を治すだけなんだ。失った血とか体力までは戻らない。だから怪我が治ったからって無理をすると力尽きる」

「暢気に解説してんじゃないわよ。知ってたんなら止めなさいよ!」

「今のあの二人のやる気は、俺じゃあ止められねえよ。だから、強制的に止まるのを待ってたのさ。さて、レーベに帰りますか」

のんびりと腰を上げたセイがむいた方には、こちらへ向かってくる馬車が見えた。
業者をしているのは祠の警備をしていた兵士のうちの一人だ。
お礼なのかついでなのか、送ってくれるらしい。

「セイさん、準備はよろしいですか?」

「ああ、ウチの方も今丁度大人しくなったところだ。フレイちゃん、レンちゃんを頼むよ。俺はアムルを乗せるから」

「アンタ、馬車を利用するために二人を倒れさせたわね?」

「今の二人じゃ、歩く事も修行のうちだって言いそうだからな。俺、楽するの大好きなんだよね」

ただの冒険者にしか見えない旅人の服といい、今の台詞といい本当に僧侶なのかとフレイは少しだけ疑う視線を向けた。





カラカラと一定のテンポを持って、馬車の車輪は規則正しく回る。
だが、道が道ゆえに小石に乗り上げて大きく揺れる事もたまにはある。
ガタン、また一つ大きな揺れが起こった後、ゴンと弾んで落ちた音が一つなった。

「おい、レンちゃん無意識ながらすっげぇ苦しそうに、うめいてるぞ」

「だから?」

「いや、だからって……おぉっと」

あまりにも躊躇無く聞き返してきたフレイに何も言えず、セイは杯に酒を注ぎ過ぎそうになる。
なんとかバランスをとって酒が溢れる事を回避すると、具体的に聞きなおした。

「だから、何でアムルだけ膝枕なんだ? ついでにレンちゃんにもしてあげたってバチは当たらねぇだろ? なんなら俺が膝ま」

「アンタはしなくていい。ちょっとした罰よ。気を失うまでアムに組み手させたんだから」

アムルも賛成しての事だったんだがと思っているうちに、またレンの頭が跳ねて落ちた。
今度は先ほどよりも強烈だったのか、頭を押さえてゴロゴロ転がっている。
それでも起きない所を見ると、体力を相当消耗していたようだ。
一方アムルのほうは、フレイの膝でスヤスヤと幸せそうに寝こけている。

「こりゃ当分、レーベまで起きないな」

「ところでレーベまで戻ってどうするつもりよ。できれば父さんのたどった道をちゃんと行きたいけど、このさいアリアハンから船ででもいいんじゃない?」

「最終的にはそれでもかまわないが、ちょっと気になる事があってな。確認するが、祠の中が瓦礫で埋まったんだな?」

「うん、イオで吹き飛ばそうと思ったけれど天井が何時落ちてくるかわからないし。今思えば、イオ程度じゃ無理かも」

それを聞いて、思い出すようにセイが眉間にしわを寄せだした。

「どれぐらい前だったか、一人の爺さんがレーベのあの宿の酒場に来たんだ。散々よくわからない愚痴を聞かされたんだが、革命だとかなんとか」

「ただの危ない人じゃないの?」

「いや、そうじゃなくて。魔法じゃないのに離れた場所で爆発を起こせる何かを造ったそうだが、誰もまともに取り合ってくれないとか」

「それの何処に革命が出てくるのよ。それじゃあ、まともに取り合わないわよ。ボケてんじゃない?」

「いや、革命なのは……あ〜、とにかくその爺さんを尋ねてみるつもりだ」

元々話半分以下で聞いていたため、それ以上思い出せずセイは思い出す事を投げ出した。
会って話を聞けば解ると言うものだから、これだけで十分だと思ったのだ。

「まあ、ボケてても一ヶ月足止めを食らうよりはマシね」

「そうだな……あぁ、眠みぃ。俺も寝るわ。レーベについたら起こしてくれ、なんなら膝ま」

「勝手に永眠してなさい」

寂しそうに舌打ちをすると、セイは酒瓶を枕にフレイに背を向けて寝だした。
実はいじけているのではないかと思えるセイから興味をなくし、フレイは膝に乗るアムルの頭を優しくなでた。
癖の混じった髪の毛が押さえられた事に逆らうように跳ねると、くすぐったそうに眠っているアムルが微笑んだ。

「強くなりたいか」

フレイも、二人の気持ちが解らないわけではなかった。
ザイオンが放ったメラミを思い出すと、それに飲み込まれたレンを思い出すと、悔しくてたまらない。
下位の呪文、メラであったとは言え、アムルとキーラの助けを得てさえメラミの射軸すらずらすことができなかった。

「私も強くならないといけないわね」

「ピー?」

「そうね、せめて……」

肩で問いかけてきたキーラに答える。

「アムが怪我しないように、アムを守れるぐらいにもっと」





レーベについた頃には、日が暮れ再び夜の喧騒が甦っていた。
そんな中を馬車が通れば誰の目にも止まるが、おおむね問題は無かった。
兵士の人に馬車をあの宿の前に止めてもらい、二人と一匹をとった部屋に寝かせると、すぐにまたフレイとセイは宿を出てきた。
人を訪ねるには少々遅いが、行き先は決まっている。

「その革命お爺さんの家はわかったの?」

「ああ、結構有名な爺さんらしくて、女将さんが知ってた。ここからそんなに遠くは無いみたいだ」

セイが持ってきたメモをフレイも覗き込み、遠くない道のりを視線でたどる。

「ならさっさと行きましょう。目を離すとアムが何しだすかわかんないんだから」

そう言って足早に歩き出したフレイを見て、過保護と一瞬だけセイは顔をしかめた。
だがそれは馬鹿にしているというよりは、自分の過去の行いに照らし合わせての苦笑いに近かった。

「ほら、さっさと歩く」

「へいへい」

一度見ただけで道のりを覚えたのか、フレイが先へ先へと歩いていくため、セイは追いかけ始めた。
大通りは昨日と同じように人であふれていたが、メモにある道のりをたどるにつれその人ごみが減っていった。
そして、とある一軒家にたどり着いた頃には喧騒なんて言葉は存在しない、寂れた通りに二人はいた。
見上げた一軒家も寂れた通りに負けず劣らずボロい。
壁には幾重もの亀裂が入っているし、屋根には雨漏りどころか拳大の穴が空いている場所さえあった。
本当にこれで人が住んでいるのかどうかさえ怪しいぐらいである。

「ここ、なの?」

「間違いはない。この通りがやけに寂れてるのは、爺さんのせいらしい。普段から怪しげな実験を繰り返して、隣人が殆ど逃げ出したそうだ」

「ますます、疑わしいわね。本当にそのお」

夜が一瞬だけ明るくなり、驚きに身をかがめるより先に、盛大な音をたててボロ家のドアが吹き飛んできた。
吹き飛んだドアが二人に直撃しなかったのはただの幸運だろう。
地面を転がりながら破損していき、下の半分程度の大きさになる頃に停止した。

「な……アンタ、アンタ先にいきなさいよ。アンタが言いだしっぺでしょ!」

「馬鹿野郎、あんなん見せられて先いけるか! お前が行けよ、魔法使いは探究心の塊だろ? 止めやしないから、存分に原因を探求してこい」

「なによ、危険な場所に女の子を先に行かせるなんて男としてどうなのよそれは!」

「そんなもん場合によりけりに決まってんだろ! 安全な快楽は自分から、危険な揉め事はほっとく主義だ」

未だモクモクと入り口から灰色の煙を出すボロ家の前で、グルグルと先を譲り合う二人。
これで隣人が逃げ出した理由を理解する事はできたが、次に話を聞きに行く勇気がそがれていた。
そもそもにして、煙が充満するボロ家から老人を救い出す事など思いもしない。

「ッホ、ゲッホ……また失敗か」

どちらが先を行くか争っているうちに、一人の老人がボロ家から咳き込みながらでてきた。

「煙ばかりで威力がないのぉ。やはりアレが無い事には……ん? なんじゃお前さんたちは」

どんな奇抜な老人が出てくると思いきや、まったくもって普通の老人であった。
しわが無い場所が無いのではと思うほどしわまみれの顔に、伸ばす事は二度となさそうな曲がった背中。
ローブなのか、ボロ布かわからないようなやけに薄汚れた着物を着て、杖をついていた。

「よ、よお、爺さん俺の事覚えてるか? 実は、爺さんの革命について話を」

姿を見て、安心したのかセイが気楽に話しかけるが、老人の目が確かに輝いた気がした。

「なんじゃと、ワシの話を聞きたいとな。くぅ……いつか、いつかワシの研究を解ってくれる者が来る日を願っておったが二人も。しかも、一人は女子。ええじゃろう、ええじゃろう。存分に話して聞かそうぞ」

「え? あ、ちょっと」

「おい爺さん、まだ何も」

「なに、遠慮することはない。ちと汚れとるが上がるがよい」

よほど普段誰にも相手にされてないのか、強引過ぎるほどにフレイとセイを家の中へと押し込んでいく。
強引過ぎるその姿勢に押されて踏み込んだボロ家の中は、やはりボロボロだった。
先の爆発のせいもあろうが、ススで汚れ、なにかの薬品の匂いや、謎の草の乾燥させたものなどがあり、あまり呼吸をしたくない環境であった。

「待っておれ、今茶でも」

「いや、茶はいいよ。それより速く話を聞きたいんだ」

「なにぃ? しかたないのぉ、そこまで待ちきれんか。そうじゃろう、そうじゃろう」

実はこんな環境で入れたお茶など、何が入っているかわからないから断っただけだが、老人が喜んでいるから問題はないだろう。

「して、何が聞きたいんじゃ?」

「実は、今日誘いの洞窟で揉め事があって祠の中が瓦礫で埋まってしまったの。天井が不安定で、爆発系の呪文で瓦礫を吹き飛ばそうとすると術者が危ないの。そこで」

言葉を止め、フレイは上目遣いに爺さんを見た。
最後まで言わずにモノをくれないかと目でおねだりしているのだが、爺さんは難しそうに額のしわを数本増やしていた。
元々怪しかった雲行きがさらに怪しくなってきたとフレイとセイはお互いを見合った。

「もしかして……瓦礫を吹き飛ばす程の威力がないとか?」

「ワシの魔法の玉に不可能はない。ただ、瓦礫を吹き飛ばすほどのモノとなると、ちと特殊な材料がいるんじゃ」

魔法の玉、名前を知ったのは実は今だが、二人とも知っていたかのように頷いて話をあわせる。

「それで、その材料ってなんですか?」

「火炎草じゃ。とても貴重な燃える草なんじゃが、コレがないことには精々岩一つ砕くのが精一杯じゃ」

「火炎草か……たしか栽培するにも国の許可が要るって奴だよな。金を積んだ所で手に入らないのがつらいな」

「あるわよ」

老人と同じように眉間にしわを寄せだしたセイだが、あっけらかんと言い放ったフレイに眼をむいた。
それは老人も同じ事で、言葉を失っていた。

「えっと、厳密には今手元にないんだけど、確かお師匠様がいくつか研究所に持ってたはずよ。あ、お師匠様って言うのはアリアハンの宮廷魔術師のサージュ様ね」

「なんと、お嬢さんは宮廷魔術師殿のお弟子か。ならば丁度良い、少しばかり都合を付けてくれんかの」

「それは構わないけど……余分な量は貰えないわよ。誰がどれだけの量を何に使用したかは申告が必要だし、仮にお爺さんの手元にいくらか残ってたら、今日みたいにドアが吹っ飛んだだけでも逮捕されちゃうわよ?」

「物騒だな……罪状はなんになるんだよ?」

「詳しくは知らないけれど、テロ破壊活動って所かしら……いや、本当に多分だけどね?」

実は余分に手にしようとしていたのか、老人は盛大に冷や汗をかいていた。
しかし、テロという罪状は怪しいものだが、厳しい監視がつくのは間違いないだろう。
火炎草はそれだけ燃えやすく危険な代物なのだ。

「しかし、アレがないことには作れやせん。今量を書いたメモを渡すから持ってきてくれ」

「解ったわ。それで、魔法の玉を作るのにはどれぐらい時間がかかるのかしら?」

「そうじゃのぉ、火炎草以外はほとんど現物があるから半日とかからんじゃろう」

「じゃあ今からキメラの翼でアリアハンに行ってくるわ。時間が惜しいもの。明日の朝には帰るから、あらかたの事はアムとレンに説明しておいてね」

善は急げと言うには、急すぎるほどにフレイは老人の家を出て行った。
老人が盛大に名残惜しそうにしているが、どうせまた明日には戻ってくる身だ。
セイもおいとましようかと腰を上げると、その肩をかなりの力を込めて鷲づかまれた。
恐る恐る振り返ると、老人が嫌な笑みを見せていた。

「まあ、若いのもう少しわしの話を聞いていけ」

「いや、でも……仲間が宿に」

「そんなに時間はとらせやせん。ちょっと空が白んでくるぐらいまでじゃ」

「そりゃ、キッパリと夜通しって事じゃねえか!!」

そしてハッと気づく、やけにいそいそと出て行ったフレイを。

(俺に爺さん押し付けやがったな!!)

寂しがりやの老人に捕まったセイは、言葉通り夜通し老人のわけのわからない研究を聞かせ続けられた。

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