一般的に誘いの洞窟と呼ばれているが、その入り口は森を切り開いた所に立てられた祠のなかにあった。 走ってきた為に、盛大に息をきらしたフレイは木に身を隠しながら祠の前を伺った。 そこには数人の兵士が縛られており、その周りに十人を越える盗賊らしき者たちがいた。 ここに来るまでに出会った兵士ほどに重い怪我を負ったものは見たところいないが、楽観は出来なかった。 しぜんと杖を握る手に力がこもる。 「落ち着けアタシ、一人で全部を相手にしなくてもいいんだから」 自分に言い聞かせるようにして、息を整える。 いくらアムルの言葉に頭に血を上らせても、走ってきた距離が距離である。 頭が冷えるには十分過ぎる時間と距離があり、二人を待つ事ぐらい思いつく。 「見たところ、普通の盗賊みたいだけど。親玉は何処……あの人の火傷からみて、たぶんそいつが魔法使いのはず」 少し遠いが、表にいる者たちの中にソレらしい力を持ったものはいない。 力を感じないだけなのか、それとも祠の中なのかもう少し近づこうとすると、 「なんだぁ、てめぇ」 「くっ……メ、キッァ」 「おっと、危ない危ない」 後ろからかけられた声に、反射的に魔法を使おうとしたが腕を片手でひねり上げられる方が早かった。 そのまま木に投げつけられるように、背中から押し付けられる。 「逃げた奴が呼んだ応援にしては早いし、様子を伺ってたって事は通りすがりの冒険者でもねえよなぁ?」 「た、ただの通りすがりよ」 「あぁ? 別にどっちでもいいが、結構可愛いじゃん。俺ってラッキー」 フレイを中間達の下へ連行するわけでもなく、真相を問いただすわけでもなく、男の自由な方の手がフレイへと伸びる。 「ヒッ」 短く上がる悲鳴、そして、 「動くな、その手を離せ」 精一杯にドスを効かせた幼い声の主が、男の背後からその首へと剣をつきつけた。 だが、男が青ざめたのは一瞬、突きつけられた剣の先を見るとニヤリと笑った。 「鞘つきの剣にビビるとでも思ったが、クソガキがぁ!!」 捕まえていたフレイをそのままアムルへと投げつけた。 再び短い悲鳴を上げたフレイを咄嗟に受け止めたアムルは、勢いに押されてそのまま地面に腰を打ちつける。 転んだ拍子にアムルは誓いの剣を手放してしまい、その間に男は持っていた剣を抜いた。 「ったく、人様の楽しみを邪魔しやがって。冒険ゴッコがしたいのなら、剣ぐらい抜けるようしときな」 「では、御所望通り抜き身の剣をやろう」 木の上から声と共に、レンが降っててきた。 そのまま重力に任せて男の肩に剣を振り下ろす。 斬れるのではなく骨が砕ける奇異な音がしたのは、峰を返していたからだろう。 「ゥアアグァ……」 倒れこんだ男がこれ以上悲鳴を上げぬよう、素早く持っていた布で口を覆い縛り上げる。 「全く、フレイ私が何を言いたいかは貴様ならわかるだろう。だから、あえて私は言わない」 「ごめん、これでも一応二人を待とうとしてたんだけどさ。いきなり見つかっちゃって、というか何処から降ってきてるのよアンタは」 「お前が人質になる可能性があったからな。アムルが囮で、私が奇襲した」 「そうそう、囮はいいとしてせめて鞘は抜きなさいよね。アンタが剣を……アム?」 気がつけば、地面に座ったフレイのお腹に顔をうずめて、背中に手を回していた。 「こ、こら、なに甘えてんのよ。って、痛い。爪を背中に爪を立てるな!」 「嫌だ。姉ちゃん、もう勝手に行動しないように、お仕置きだ」 「解ったから、イタタ! しかもアンタがお仕置きできる立場?! ナジミの塔でアタッ!」 アムルの背中をポンポンと叩いて抗議するが、なかなかお仕置きが収まらない。 いっそのこと逆に抱きしめてやれば収まるかと実行に移すと、本当に力が緩み始めた。 「おい、じゃれるのはいいが、しばらく目を閉じて耳を塞いでろ」 「え、なんで?」 「拷問してこの男から情報を聞きだす。大声は出させないが、男の苦悶の声なんて聞きたくないだろう?」 レンが指差しているのは、未だ砕けた肩の痛みに身を震わせている男だ。 「うわ……姉ちゃん」 「う、うん」 フレイとアムルはお互いに顔を見合うと、できるだけ大きな木の後ろに身を置いて耳をふさいだ。 木の後ろというのが意味があるのか無いのか、計りかねたがまあいいかとレンは男を見やった。 まだ肩が砕けた痛みに目を閉じて耐えているが、レンは構わず胸倉を掴んで目を開けさせる。 「さて、お前が戻ってこなければ仲間が騒ぐかもしれん、時間が無い。短時間で吐いてもらおうか」 肩の痛みにではなく、レンの低く重みを持った声に男がビクリと震えた。 「お〜い、お頭はどこいっちまったんだ。お前知らねぇ? なんか人数足んない気がしねぇか?」 「さあな、可愛い弟子と何処かにしけこんでんじゃねえのか?」 「可愛いねぇ、あんな真っ黒なローブ着てちゃ顔も見えねえし。声からして、子供だったぞ?」 アリアハンが派遣した兵士を縛り上げた盗賊達は、お頭と呼ぶ男の言うがままに見張りをしていた。 と言っても、その姿勢はかなりいい加減なものであった。 そもそも彼らは数日前に急遽お頭なる黒いローブを着て、フードで顔を隠した謎の男に集められたゴロツキ達だったからだ。 見張りと言っても、本当にあたりを見渡す程度である。 「それにしてもお頭の魔法は凄かったなぁ。一発だぜ。一発でこいつら戦闘不能だぜ?」 「そうそう、派手に爆発してよぉ。確か……丁度あんな、ぁあ!!」 一人が指差した空の先には、バチバチと荒れ狂う魔力の球体があった。 しかも、不安な軌道を描きながら向かってきていた。 「に、にげッ!」 「間に合わねぇ!!」 着弾し、熱と風が渦を巻いて吹き荒れた。 荒れる風が土煙を巻き上げ、盗賊達の視界は全てさえぎられてしまう。 そして、一つまた一つと上がるのは盗賊たちの悲鳴だ。 「敵襲だ! 応援が来やガッ!」 「三人目、いいか一人も逃がすな。フレイ、煙の中から逃げ出そうとした奴は容赦なく撃て!」 「解ってるわよ。それより、イオは当分撃たないからね。捕まってる人たちに当たんなくてホッとしてんだから!」 「そこか、このやブッ!」 「馬鹿野郎、俺は味方だ味方ッ!」 「レン、兵士の人たちの縄は解いたよ。言われた通りに避難中だよ!」 「上出来だ。抜け出したら、キーラと一緒にフレイの護衛をしろ」 土煙の中で統制の取れた声と、何も出来ず混乱する声が飛び交っていた。 < 盗賊たちは言うまでも無く、レンとアムルも土ぼこりの中で誰が誰だかわかっているわけではない。 単にレンは、視界に映った端から誰彼かまわず斬り捨てているだけだ。 それが出来る理由は、レンがあらかじめアムルに伝えておいた言葉にあった。 身長である。 レンは一定の高さ以上の姿をした者だけを全て斬り捨てているだけなのだ。 アムルが助け出した兵士達も、四つん這いになって、土煙の中を逃げていた。 「アム、こっちこっち」 「姉ちゃん、人質は全員無事。怪我してるけどね」 アムルが背を屈めながら煙の中から出て来ると、すかさずフレイは呼び寄せた。 その後ろには突然の出来事に、喜んでいいのか困惑顔の数人の兵士達がいた。 だがそれでもアムルやフレイを見て敵とは判断できなかったようで、アムルの後ろについてフレイの下まで歩いて来る。 「君達は一体……」 「必死になってこの事を伝えようとしていた人から聞いたの。襲われたってね」 「その人はキメラの翼でアリアハンに送ったから、たぶん無事だよ」 不安そうにしていた兵士達に笑いかけると、誰もがホッと安心していた。 「そうか、上手く逃げ延びたのか。よかった」 土煙が収まるにつれ、盗賊達の悲鳴の数が減ってきていた。 そして完全に収まった頃には、一人立つレンと倒れ伏す盗賊達だけであった。 誘いの洞窟の祠の一番奥にある清んでいる様で底の見えない泉、それが旅の扉であった。 地上のとある地点と地点を結ぶ、大昔に失われた技術で作られた遺産の一つである。 その旅の扉の前に二人の男女がいた。 二人とも一様に黒いローブに身を包んでおり、背の高い方が盗賊が頭と呼んでいた者だろう。 「お師匠様、少し外が騒がしくなったみたいです。三人ほどこちらに向かってきてますよ」 声から察するにまだ少女であるらしき娘が、背の高い男を見上げて伝える。 「チッ、時間稼ぎすら出来ぬとは……所詮ゴロツキか。まだ旅の扉の封印には時間がかかる。チェリッシュ、私が始末をつけてくる間この場を頼むぞ」 「わ、私がですか?! 無理です、絶対無理」 当然のように後を託すといった師に、チェリッシュと呼ばれた少女は正直に口に出していた。 多少、かなり情けなくはあったが、失敗が許されないと解っていて自分が引き受けるわけには行かないと思ったのだ。 そんなチェリッシュの叫びを聞いて、男はフードに隠れている目元を和らげた。 「自信を持て、チェリッシュ。お前は確かに攻撃魔法は苦手で戦闘向きではない。だが、封印や召喚といった特殊魔法ならお前は私を越える資質がある。」 「う、一応。やって……が、がんばります」 気弱な発言の後に旅の扉に手をかざし始めた弟子に、男は頭を一撫でしてからその場を離れていった。 態勢を整えられる前に突入すべきだと言うレンの意見をくみ、祠内に突入したのはいいが、フレイは顔をしかめていた。 祠の奥から流れてくる尋常でない魔力、キーラは半分震えながらフレイの肩で虚勢を張っている。 魔法使いであるフレイが一番魔力に敏感であり、それだけ危険であることを一番理解していた。 (まっずいわね。こりゃ、わざと逃がした方が被害がなかったかも) チラリとレンに目をやると、多少なりともこの魔力を感じているのか顔が笑っていた。 奇襲のおかげとはいえ、盗賊達が弱すぎたので不満だったのだろう。 止められないなと諦めて、祠の奥へ奥へと走っていると黒いローブの一人の男が待ち構えていた。 フレイたちが何者だといぶかしむ間も無く、男の両手に炎が生まれ始めた。 「天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって邪を焼き尽くす業火を我に与えたまえ」 アムル達が身構えるより前に、それは唱えられた。 「メラミ」 男の腕から生まれた、炎の大火球が放たれた。 アムル達を飲み込まんと炎が蠢きながら向かってくる。 「くっ、アム、キーラ一緒にやるわよ。メラ!」 「ピーーッ!!」 「止める、メラッ!!」 避けるのが間に合わないと、放たれたメラミに三つのメラが向かう。 だが詠唱すらなされていないメラは、詠唱をなされたメラミにたやすく飲み込まれてしまう。 欠片も勢いを失わなかったメラミの前に、レンが剣を掲げながらフレイたちの前に出た。 「お前たち、下がれ。はあぁぁぁ!」 レンが振り下ろした剣が大火球を切り裂いていく。 それでも両断するには至らず、剣が完全に振り下ろされる前にレンを飲み込んだ。 「くっそおあぁぁぁぁ!」 「レン! 天と地にあまねく精霊たちよ。汝らの偉大なる力をもって邪を撃つ氷礫を我に与えたまえ、ヒャド!」 フレイの杖から発せられた氷の礫が、レンを飲み込んだ炎を徐々に小さくしていく。 収まった頃には、レンは全身を、特に両腕に酷い火傷を負っていた。 「レン大丈夫!」 「くっ……腕を…………」 両腕に力が入らないのか剣を取りこぼす。 「レン……お前ぇ!!」 「よせ、アムル!」 レンの制止も聞かずにアムルが向かっていくと、ローブの男は細身の剣を長いローブの中から取り出した。 剣を取り出すことを予想していたわけではないが、アムルも元々正面から向かうつもりは無かったようだ。 男が剣を振り上げるのと同時に、真っ直ぐ向かっていた体を急転換させ、そのまま真横に回りこんだ。 そのまま飛び上がり、男の顔面へと拳を繰り出した。 「こんのぉ!!」 「そのサークレット、それにその背の剣」 しっかりとアムルの動きは男に見切られていた。 だが何かに気付いた男は、わざわざアムルの拳を手のひらで受け止め投げ返す。 「貴様、あの男の息子か。雑兵では足止めできないはずだ」 男が呟いた言葉にアムルもフレイも、レンでさえ痛む腕を忘れて凝視した。 こんなに早く情報が入ると思っていなかった事もある。 だがそれ以上に、オルテガの息子だからとその力量を察する言葉に驚いていた。 今目の前にいる男が、オルテガと戦った相手であるかもしれないからだ。 「と、父さんを知っているのか!」 「教えてやる義理はない。あえて一つ教えるとするならば、奴とあったのはバラモス様の御前だ」 それがどんな意味なのか、オルテガが立ち向かう前か後かわからない。 唯一つわかったのは、目の前の敵がバラモスの手先である事だけだ。 「お前を倒して全部聞き出す!」 「できるかな?」 問答無用でメラミを発した男とは思えぬ、愉悦が混じった声だった。 わざわざ剣を仕舞い、アムルと同じ拳での勝負に切り替え構える。 そのためにローブを剥ぎ取ったその姿は、異様に白い肌と緑色の髪……一般的に人が魔族と呼ぶ存在であった。 先に動いたのはアムルだ。 先ほどの同じように拳を止めさせ、体をそらすようにして男のあご裂き目掛けて足を振り上げた。 一手目がまたしてもフェイントだと読まれ、顔をわずかに引く事でかわされる。 「くそっ、これならどうだ!」 「…………」 着地直後、再度顎先目掛けて拳を繰り出す。 だが、拳が顎の高さにまで届いた頃には、男はその場にいなかった。 音もなくアムルの背後にまわったが、なにもしてこない。 「ちくしょう!!」 どんなにアムルが吠えて、攻撃を繰り出しても男は涼しい顔で全てを読み、かわし、時に受け止めた。 明らかに力量に差がありすぎた。 「フレイ、今のうちだ。包帯、他の物でもいい。私の腕に剣を巻きつけろ。剣が持てさえすればいい」 「馬鹿、そんな事したら傷跡が残っちゃうわよ!」 「アムルを失っても良いのか! あの男、オルテガとアムルの力の差に明らかに失望している。見切りを付けられたら即座に殺されるぞ」 「殺さ……」 確かに、オルテガの息子と知った時の愉悦はとっくに消え、男の顔には失望から来る怒りが満ちていた。 「急げ、いつ男がキレるか解らない!」 「わ、解ったわ。傷が残ったら、とりあえず私を殴って頂戴」 フレイは持っていたバッグから、包帯と薬草を取り出し治療と剣を撒きつける作業を同時に始めた。 その間もアムルは手と足を休ませることなく攻撃に使っていたが、一度もヒットさせる事はできていなかった。 無駄に体力だけが減り、唯一まともであったスピードさえも落ちてきた。 「やああ!!」 「もう良い」 短く切った言葉と共に、アムルのパンチを受け止めると勢い良く壁に投げつけた。 アムルは受身を取ることも無く壁にぶつかり、ずるりと落ちた。 「ガッ……ゥ」 「その程度なのか。あの男の息子であるお前が、その程度なのか!!」 激昂に任せて抜いた剣、ソレを一振りするだけで石畳が割れた。 「そのてい……なんだと」 「何度でも言ってやる。あの男は人間とは思えぬほどに強かった。この私が認め、ああなりたいと思う程に!」 手も足も出なかった事よりも、今こうして倒され動けずにいる事よりも、男の言葉がアムルの胸を刺す。 男はオルテガを、父を知っている。 そして父の強さを知っているからこそ、今の自分の弱さに失望している。 血が滲むほど拳を握り、歯を食いしばってもまだ悔しさがあふれてくる。 「死なぬ程度に地獄を見てもらう。そして、そこから這い上がれ」 男が剣を振り上げたが、アムルは動くことができなかった。 「させるかぁ!!」 叫びながら、包帯で剣を無理やり握らせたレンが駆けた。 怪我のためにそのスピードはいつもの半分以下、目に見えて遅い。 「邪魔をするなぁ、メラミ!!」 再びメラミがレンを襲う、だがメラミに衝突する直前にレンの姿が消えた。 驚愕に目を見開く男そして次の瞬間、ズンッとその男の体に突き抜ける衝撃が走った。 わき腹から刺さったレンの剣が、そのまま男の体を突き抜けていたのだ。 銀の刃に紫色の血が滴る。 「ば、馬鹿な……その体でそんなに速く、その腕でそんなに剣を握られ…………」 「確かにアムルはまだ弱い。だが、まだ十四。これから、いくらでも強くなれる!」 叫ぶと、男の体のなかの剣をさらに押し込んだ。 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ、離せぇ!!」 苦しみに呻きながら、剣が刺さっているのも構わずレンを殴りつけた。 持ち主の手がなくなった剣の柄に手を置いて引き抜くと、紫色の血が盛大に噴出した。 「グゥ……傷ついた体に漲る活力をべホイミ。そうか回復呪文か、しかしお前達の中に」 男の気づいた通り、一度は倒れこんだがすぐに起き上がったレンから、メラミで受けたはずの火傷がなくなっていた。 「ここら辺は酔っ払いがよく迷い込むようだ」 レンが笑いながら見た方向には、法衣ではなく普通の旅人の服を着たセイがいた。 のんきに手を振っていたが、レンの台詞に少しだけ不満そうな声をだす。 「おいおい、それが治してもらった奴の台詞かよ。しかもピオリムのおまけつきで」 「だいたいアンタ、ずっと追ってきてたんならもっと早く出てきなさいよ! そうすれば兵士の人もレンもすぐに怪我治せたじゃない!!」 「ふ〜ん、真っ先にしかもずっと反対してたフレイちゃんが言う台詞かね? まあ、同行を許してもらえるようにピンチになるのを待ってて、ずっと出そびれてたのは本当だけど」 「くっ……怒るべきか、謝るべきか」 今のが決定打と感じたのか、いささか口が軽くなっている三人。 事実、傷が癒えきっていない男のわき腹からはまだ血が滲んできている。 男も引くべき時を感じ、壁に手をついて体を支えているアムルを見た。 「アムルとか言ったな。お前の父オルテガは強かった。あの女の言うとおり、これから強くなるのであれば父を越えろ。そして私と再び戦え!」 「お師匠様!」 男の言葉に頷こうとした時、奥から黒いローブの少女が現れた。 「チェリッシュ、馬鹿者何故あの場を離れた!」 「だって、お師匠様が」 「ちょっと……アンタら何しようとしてたのよ。なによこの尋常でない魔力のうねりは!!」 フレイが感じたのは、祠の奥で幾重にも重なり合う蛇のように蠢く魔力だった。 確かに誘いの洞窟に入ったときから力強い魔力を感じてはいたが、こんなおぞましいものではなかったはずだ。 「チッ、制御する者がいなくなって暴走を始めたか。逃げろお前達、すぐにでもここは爆発する!」 男の言葉が終わるか終わらないうちに、祠の奥から轟音と爆風が吹き荒れ男の言葉を掻き消した。 悲鳴、叫び声さえも風に呑まれ、フレイ達は入り口へと走り出しりだしていた。 だが、一人足りない。 「アム!!」 アムルがまだ壁に手を着いて起き上がろうとして入る所であった。 壁に叩きつけられたダメージが深かったのだろう、立ち上がっても歩けず、すぐに膝を突いてしまう。 アムルの下へと戻ろうとしたフレイを、セイとレンが慌てて止める。 屋内での爆発に風の逃げ場が無く、床が割れ天井が崩れ始めたからだ。 「くっ、アムル!」 男が、落ちる瓦礫をものともせずアムルの元へと駆け寄っていく。 何故お前がと驚きの目を向けるアムルへとささやいた。 「強くなれ、お前には強くなる義務がある」 「兄ちゃん、名前は」 「ザイオン、いいか父を越えろ。全てはバラモス様の為に」 告げるだけ告げるとザイオンはアムルの襟首を掴み、フレイ達に投げつけた。 だが、無理をして体をひねったせいでザイオンはふたたび、治りかけていたわき腹から血を流し始めた。 膝をつくザイオンの目前に瓦礫が落下し、逃げたアムル達とは完全に視界を隔てられてしまう。 せめて無事逃げられた事を確認したかったが、目の前に落ちてきた瓦礫に添えた手からは何の力も沸きあがってこなかった。 「お師匠様!」 呼ばれてハッと気付くと、未だに逃げもせずに瓦礫が降る中自分に近寄ろうとするチェリッシュの姿があった。 「来るな、逃げろチェリッシュ!」 「嫌、お師匠様も一緒に逃げましょう!」 「私は……」 無意識に押さえたわき腹は、剣を引き抜いた時以上に血が流れ出ていた。 無理を、血を流しすぎたらしい。 「チェリッシュ、バラモス様に伝えろ。あの男の息子は、まだ時ではないと。強くなるには時間がかかると」 「お師匠様!」 「確かに伝えるのだぞ、遥か世界の彼方へ送れバシルーラ!」 「おしッ!!」 ザイオンが呪文と共に弟子に手を向けると、叫ぶ途中で姿を掻き消した。 すでに瓦礫が積もり、逃げ道の無くなったここから出るには、多少無茶をするしかなかったのだ。 失血から意識がうすれ、ザイオンの視界がぼやけだした。 「くっ……どうやら、私は強くなったお前とは」 瓦礫が全てを押しつぶした。
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