第五話 酔っ払う馬鹿


日が昇り始め、まだ幾ばくもたたない時間帯である。
小鳥のさえずりでさえまばらに静まり返ったアリアハンの城下街を二つの足音が駆けていく。

「姉ちゃん、まだ眠い……だいたいレンだって、まだ宿で寝てるよ」

「こら、走りながら寝るんじゃないの。そこん所は爺ちゃんが確認済みよ。本気で早朝出るみたい」

「ねむ……ンガッ! イテテテ!!」

「ピーッ!」

「ナイスよ、キーラ」

フレイに手を引かれながらフラフラと頼りなげに走るアムルの頭を、甘噛みとは言えない威力でキーラが噛み付いた。
おかげで眼が覚めきったアムルはまっすぐ走り始めたが、仕返しをしようと頭上のキーラを掴もうとした。
だがそれより先にキーラはアムルの頭を離れて、フレイの方へと逃げていく。
さすがにフレイの肩に乗るキーラを無理に捕まえるわけにも行かず、悔しそうにアムルが唸る。

「くそう……キーラの奴、姉ちゃんに逃げ込めば良いと思ってるな」

「気にしなくて良いからね、キーラ。アンタは正しい事をしたんだから」

「ピーーー」

「ムカッ、ふんっだ」

「アンタもすねない。ほら、見えてきたわよ」

走りながらフレイが指差した先には、アリアハンの城下町と外との区切りが見えてきた。
そこには、手に袋を持ちながら二人を待っているレンがいた。
ただしすこぶる機嫌が悪そうにこちらを睨みつけてきており、妙な気迫を放っている。
二人が挨拶の言葉を言うよりも先に、怒鳴ってきたほどだ。

「遅い! 早朝と言っただろうが、さっさと出発するぞ!」

「なによ、こっちだって走って……ちゃんと早朝に来たじゃない! だいたいアンタの早朝って何時の事よ、単に歳とってるから朝が早いだけじゃないの?!」

「貴様」

「今のは姉ちゃんが悪いぞ!」

腰の剣に手が伸びかけたレンだが、アムルが何故か自分にフォローを入れたので思いとどまった。
とは言うもののアムルがフォローしようとした理由は単に、先ほどの続きで意地になっているだけである。

「女の人に歳関係の話題は禁物だって爺ちゃんが言ってたじゃんか! レンはどう見ても二十代後半だろ!」

見事にフォローに失敗したが。

「子供を斬るのはさすがに初めてだな」

「こらこらこら、真顔で剣を抜かないの。子供のアムに人の年齢言い当てられるわけないでしょ。レンは、ん〜二十三、四って所でしょ」

「私はまだ二十二だ」

「え゛……」

単に予想が大幅に外れて咄嗟に放ってしまった言葉だったが、今度はレンも躊躇無く剣を抜いた。
フレイもさすがに今のレンを無理に止めようとは思わなかった。
子供でも、失礼なものは失礼なのだから。

「まさか旅立つまえに別れが来ようものとは、いささかやり切れぬ物があるが、これも運命か」

「わ、わわ……違うよ、ほら、レンって喋り方が時々爺ちゃんみたいだから」

「あ〜あ、墓穴掘った」

「つまり、爺臭いと言うわけか。貴様の墓前には爺臭かったと書いておいてやろう」

「だからちが……う〜〜ぅぐっ」

レンがどんどん笑っていない笑顔になっていくと、言い訳しようとしていたアムルが困りに困った果てに涙ぐむ。

「あ〜、もうコレぐらいで泣かないの」

「な、泣いてないッ!!」

「盛大にバレバレな嘘をつかないの。レンも冗談に決まってるでしょ、ね?」

「当たり前だ。何処に年齢を間違えられたぐらいで人を斬る奴がいる」

剣を鞘に収めながら、完璧に呆れた声でレンは言った。
それと同時に、フレイはともかくアムルのお守りをしなければならない事に盛大に先行きを不安に思ってい始めていた。

「ほら、コレで涙ふきなさい。袖で拭いたら殴るわよ」

「だから涙じゃないもん、ちょっと眼にゴミが入って怪我しただけだよ!」

「アンタの血は透明か。いいから、拭け!!」

「イタイ、イタイ、イタイ!!」

ゴシゴシと音が聞こえそうなほどにハンカチでアムルの顔を拭くフレイ。
その姿はとてもこれから世界を渡る冒険者とは言えず、家で親に見守られながら行う行為である。
レンは、二人に隠すそぶりもみせず大きくため息をついて見せた。
だが、涙を拭く拭かないで揉めている二人はそれさえ気づかずにいる。

「本当に子守だとは。オルテガを見つけるまでか、長い…………」

もう一度、深くため息をついた。





未開の土地が数え切れぬほど残っているこの時代、まだ街の外にはレンガや石畳によって舗装された道と言う物が存在しない。
街の外にまで気を使う余裕も金も無いというのも一つの理由ではあるが、最たる理由はまた別の物であった。
魔物の存在である。
彼らは特に人の匂いを極度に嫌うため、たとえ無機物のレンガや石畳であっても人が敷いたものであれば破壊してしまうのだ。
だからフレイとレンは、人ができるだけ魔物のいない場所を選び抜き、幾度と無く通り踏みしめて草の禿げ上がった大地の上を歩いていた。

「ねえ、レン。アタシたちまだアリアハン大陸を出た事ないんだけれど、旅の扉を使うのよね?」

「そうだ、この道を歩いて行った先にレーべと言う村がある。そこから東に行くと、誘いの洞窟へと続く旅の扉がある。誘いの洞窟を抜ければロマリアだ」

「村ねぇ、そんなのパスパス。都会派のアタシには似合わないもの」

「貴様、本当にアリアハンを出た事ないのだな」

馬鹿にしたわけではなく、純粋に驚きの目をフレイに向けてレンは言ってきた。
常に強者を求め世界を渡ってきたレンにとっては、一箇所に留まる事自体が信じられないのかもしれない。

「レーべは地図上では村となっているが、十分に街と呼べるぐらいに栄えているぞ」

「嘘、だってレーベって何も無いって聞くけど……」

「確かにレーベにはないだろうが、人を強制的に集める物が一つだけあるだろう、旅の扉だ。誘いの洞窟を抜けるには半日以上かかる。だからこれから誘いの洞窟へ行く者、誘いの洞窟から来る者。その殆どがレーベを利用する」

つまりレーベは特産と言うような物は無いが、地理的に宿場街となりうる。
しかもその相手が冒険者や商人が多いため、それだけレーベに金が落ちてくるのだ。
金が落ちてくる場所など宿や道具屋などいくらでもある。

「うわっ、恥ずかし! アタシ、めちゃくちゃ世間知らずだ。レン、レーベの宿に着いたら色々世界のこと教えてよ。アンタの目で見てきた事をさ。無知の魔法使いなんてありえないわよ」

思ってもみなかった真実に真っ赤になった顔を両手で挟んで、フレイは声を荒げた。
だがレンの答えはというと、そっけないものであった。

「暇がある時はな」

「暇なんてあるもんじゃなくて、作るもんよ。だから作りなさい」

「作った時間を修行に当てているから、暇がないのだ。飯の時でもいいのなら、その時にでもするが」

「ご飯時かぁ……私はいいけど、アムが。あの子の場合、自分の目で見る事を楽しみにするタイプだから」

そう言いながら、フレイは近くにいるはずのアムルを探したが、右を見ても左をみてもその姿は見えない。
また勝手に先に行ってしまったのかと、フレイはレンの背後に回りこみ、両肩に手を置いた。
そのままジャンプするとレンにもたれかかる様にして、腕で体をささえる。
肩車ほどではないが、かなり高くなった視界のかなり向こうにキーラを頭に乗せたアムルが見えた。
道のわきにある雑草を千切っては振り回し、時にキーラとじゃれあっている。

「あ〜、あんなに遠くまで……なにはしゃいでるんだか」

「この道ならばそうそう魔物は出ないだろうから大丈夫だが、ペース配分を考えているのか?」

「絶対に考えてないわね、アレは」

そう言ってから、フレイは一旦レンから降りると、笑いながらその顔を見上げた。
微笑みかけると言うよりも、からかう様な笑顔にレンが嫌そうに聞いた。

「なんだ?」

「いや、レンって強くなる事ばかり考えてそうだけど、時々妙に優しいなって。昨日も気を使ってくれたし、今だってアムのことちょっと心配した?」

「べ、別に心配などしておらん。アムルのせいで野宿になってはかなわんからだ」

口調を強めて言っても、顔がやや赤い時点で説得力はない。

「母さんとお爺ちゃんがありがとうって伝えてくれって言ってたんだけど」

「知らん、しめっぽいのが嫌だから宿に行ったまでだ」

そう言っていたのは本当だが、フレイがからかう様に言うと、レンは早口にまくしたててから歩くスピードを上げた。
だがスピードは上がったものの、どこかぎこちない動きで歩きにくそうである。

「上手くやっていけそうじゃない?」

急ぎ歩きで行ってしまうレンの背中を見てくすりと笑いながら、フレイは後を追い始めた。





「ハァ……だから、ペース配分を……ハァ、考えろと言ったのだッ!」

「ごめん、ちゃんと伝えるべきだったわ。まさかぶっ倒れるまではしゃぐとは思わなかったわ」

すっかり日が暮れてから到着したレーベの町の門前で、肩で息をするレンに誓いの剣を両手にかかえていたフレイがすまなそうに謝った。
その原因はレンの背中でグルグルと目をまわしているアムルとキーラである。
視線がふらふらとさまよったかと思うと、不意に顔をくしゃくしゃにして呟く。

「気持ち悪眠い……」

「ピ〜〜〜〜」

「自業自得だッ!」

レンの怒りはもっともで、好き勝手に跳んで歩いていたアムルが、遊びつかれてキーラの上に倒れたのだ。
そうでなくても散々フレイとレンのペースを乱しており、アムルに甘いフレイでさえ言葉が無かった。
全く動けなくなってしまったアムルは、仕方なくレンが背負う事になった。
本当は最初にフレイが背負うと言い出したのだがどう考えても体力的に無理があり、せめてもとフレイは、アムルの背中から誓いの剣を外して手で持って歩いてきたのだ。

「この時間帯で宿がとれれば良いのだが、行くぞ」

さすがのレンもアムルを背負っての旅路は疲れたのか、心なしか声が焦っていた。

「行くぞって、アテはあるの?」

「数日前に来た時に世話になった宿に行く。そこの女将に頼めば、最低野宿は避けられる。問題が無ければ行くぞ」

「キーラ、一応町の中だから私の服の中に」

「ピッ」

異論もなにも、何処へ行けばよいかさえわからないフレイはキーラを懐に招くと黙って従った。
日が落ちたとはいえ、大勢の人、特に冒険者達が酒や賑わいを求めて大通りを出歩いていた。
その中を、アムルを背負う一際大きな背丈のレンの後を追う。
門前から続く大通りをしばらく突き進むと、他の店や宿から一回りも二回りも小さな酒場兼宿があった。

「ここ……なの? なんか違う意味でやけに浮いてるけど」

「良い宿とはそういうものだ。自分の力量以上の客はとらない。頼もう」

宿の扉を開けると、一回は食堂兼酒場になっているのか酒を酌み交わす男達の怒号があふれてきた。
その中にレンの声が通ると、一人の壮齢の女性が振り向き、嬉しそうに顔を輝かせた。

「あら、その声は……レンじゃないかい!」

「久しぶりと言っても、数日前だが。また世話になる。部屋は空いているか?」

「空いているとも。所でその背中の子とその子は? ……そのサークレットはまさか」

「うむ、オルテガの子らだ」

そう聞いた女将の顔が、レンを見たとき以上に輝き始めた。
まるで懐かしい人にでも会ったようにアムルとフレイを交互に見ている。

「そうかい、あのオルテガの。こりゃ、あの部屋を用意してあげないとね。セイ、この子たちを適当なテーブルに案内してやっておくれ。アタシは急いで部屋の準備をするからさ」

「了解っと。お〜〜……これはこれは美しいお嬢さん方、貴方達の前では今宵の月でさえ霞んでしまう。まさにこんな感じで、あ〜とにかくこちらです」

女将がセイと呼んだウエイターは、「こんな感じ」のところで手で円を描くようなジェスチャーを見せた。
どんな感じだとフレイとレンが首を傾げそうになった時に気づいたのだが、セイは鼻の頭を赤く染めて目じりも妙に垂れていた。
その様子は明らかに酔っているようにしか見えない。
さらに中途半端にキザな台詞も投げやりに切り上げ、レンとフレイをふらつく足で案内していく。

「ちょっと、大丈夫なのこの人? どう見てもお客さんのうちの一人よ?」

「数日前はいなかった気がするが、あの女将がいいかげんな人物を雇うとは思えないから、まあ大丈夫だろう。座ろう、アムルを背負っているのも限界だ」

「ご注文はお決まりでしょうか? ご注文がなければ……えっと、こちらなどいかがでしょう。本日シェフに勧めてこいと言われたメニューだったはずです」

「そんな重要な事は覚えておきなさいよ。もう、後でいいです。どうぞアンタは休んでいてください」

手で追い払いながら、フレイはレンの背中からアムルを椅子へと座らせる。

「ん〜〜、牛乳を一杯」

丁度その時に眠そうな声でアムルが発した声で、騒がしかった酒場の中が静まり返った。
すぐに嘲笑と言う名の爆笑に包み込まれたが、アムルは船をこいでいて状況に気づいていない。

「おいおい、何時からここはママのオッパイが恋しい子供が来るような場所になったんだ?」

「ウエイター、返事はどうした? 坊主がママのオッパイだとよ!」

「アンタたちねぇ……」

「止めておけ、酔っ払いの言う事だ。それに、アムルが子供だと言う点は間違っていない。下手に反論すれば、自分まで子供だと言う事になるぞ」

「くっ……わかったわよ」

レンに止められ、飛び出そうとしたキーラを服の中に押し込んで、大人しくテーブルにつくフレイ。
だが酔った気分も手伝って、男達の嘲笑は止まることなくどんどんエスカレートしていく。

「姉ちゃん、そんなガキを相手にするぐらいなら、こっちで酌でもしてくれよ」

「ガキと違って、女の扱いは知ってるつもりだぜぇ」

「そのかわり、今夜は眠れねえけどな」

嘲笑が下品な笑いへと変わっていった。
さすがに我慢できなかったのか、フレイが勢い良く立ち上がり、レンも今度は止めるつもりが無いのか剣を手に立ち上がる。
怯えるどころか挑発的に睨みつけてきた二人に、酔っ払いたちの目つきも変わっていった。
酒瓶やグラスを片手に持ったまま、立ち上がる。

「ああ? 素直に酌をするって顔じゃぁねえなぁ」

一時の間を持って二人と男達がにらみ合った。

「止めな」

割って入ったのは、あの泥酔していたはずのウエイター、セイだった。
だらしなく酔っていた時の名残はなく、フレイとレンの前にかばう様に立ち、鋭い目つきで男達をにらむ。
これがあの酔っ払ってふらふら歩いていた男と同じ人間なのかと疑うほどの雰囲気の変化である。
セイが一度睨みつけるだけで、酔いも手伝って気の大きくなっていた男達が気圧されていた。

「お前達は、どう見ても女の扱いに慣れているツラじゃないだろう。この俺と違って」

余裕綽々で前髪を手でなびかせるセイ。
サラサラの青みを帯びた髪がふわりと舞い上がらせ、彼の言う女の扱いに慣れているツラを見せ付ける。

「ふっ、ふざけやがってこの野郎がッ!!」

「図星か」

「うるせぇー!!」

本当に図星であったのか、三人の男達が同時にセイに殴りかかっていった。
だがあくまで余裕を見せながら向かってくる三人を見ているセイは、謎の自信に満ち溢れている。
目前で振り上げられた拳を見てもまだ微動だにしない。
周りが固唾を呑んで見守る中、どんなに華麗に避けるかと思いきや……そのまま殴られた。
見事と言う他に言葉が見つからない程に、派手に吹き飛んだセイの体が、近くのテーブルを破壊してからようやく止まる。
破壊されたテーブルの破片が、静まった店内でカタンとやけに大きな音を立てて落ちた。

「へっ?」

だれが呟いた疑問の声かもわからなかった。
優然と女性の前に立ち、悪漢に立ち向かう男がこうも見事に一瞬でやられるとは誰が想像しただろうか。
殴った男でさえ、拳を振りぬいた格好のまま数秒固まっていた。

「なんだコイツ、めちゃくちゃ弱いぞ!」

「やっちめぇ!!」

「誰がブサイクだこら!」

「あー、ごめんなさいスイマセン! 調子に乗ってました、一回やってみたかったんです!」

涙目になりながら真実を告白するセイであるが、涙ごとその顔が蹴り下ろされた。

「ふざけんなコラ! 二度と使い物にならないようにしてやろうか!!」

「そ、それだけはぁ!!」

喧嘩と言えないリンチが、唖然とした聴衆の前でしばらく続けられる。
止めようと思えば止められたのかもしれないが、殴られながら謝るセイの姿にイラついていたのかもしれない。
もう少し根性を見せてみろと。

「けっ、二度と調子こくんじゃねえぞ! シラケちまった、次いくぞ次!!」

三人の男達が口々に文句を言いながら店を去り、ハッと気づいたようにレンとフレイが駆け寄った。
手ひどくやられたセイは、痛みを堪えるようにうずくまり、震えていた。

「ちょっと、アンタ大丈夫? あんまり見事に、しかも一瞬でやられちゃったからビックリしちゃって」

「貴様、ちゃんと自分の実力と相談はした方がいいぞ?」

「一応助けてくれようとしたんだから、もうちょっと言葉を選びなさいよ」

「全然、平気です。もう自分で治しましたから! でも、できればその胸のなかですごす安らかなひと時で心に癒しを!」

「ギャーッ!」

怪我は一体何処へ行ったのかうずくまっていたセイが突然起き上がり、フレイに抱きつくように飛び上がってきた刹那、

「姉ちゃん!!」

「ふごっ!」

つい先程まで椅子の上で船をこいでいたはずのアムルの拳が、深々とセイに突き刺さっていた。
そしてまた一つのテーブルにセイが突っ込み、ただの木片の残骸へと姿を変えた。
木片と化したテーブルを体の上からどけながらセイが起き上がるが、さすがに今度は無傷とはいかなかったようだ。

「ふっ……やるじゃねえか。ナイスなパンチだ、見事に足にきちまったぜ。酒を……お酒に宿る精霊よ、どうか傷付きし者に安らかなる癒しを、ホイミ」

酒瓶が淡く光、その酒を飲み干したセイの右頬の殴り後がさっぱり消えた。

「あれ、ここ何処? 兄ちゃん誰? 牛乳は? あ〜……気持ちわるい」

「グロッキーだな、お前。一杯やってやろうか?」

状況が理解できずに次々と問いかけるアムルに、酒瓶を持ち上げ問いかける。
一杯とは回復呪文の事であろうか、リンチされた傷もそれで治したのだろう。
だが型破りな魔法の使い方は、それはそれで珍しかった。

「なんなのこの人、一体。だいたい何処までが本気で、どこまでが酔ってたのよ」

「私に聞くな。所で、そろそろ腹が減って仕方がないのだが」

「アタシだってとっく減ってるわよ!!」

宿についてから、二人とも未だになにも口にしていないから当たり前だ。
だが給仕をするはずのセイは、酒瓶を片手にかってにやっている。
結局二人が夕飯を口に出来たのは、酒場でさえ人が減りだす深夜になっての事だった。
当然のことながら、セイはこの後女将からしこたま怒られていた。

目次