「どうどう? 似合うかな?」 嬉しそうな声をあげフレイが体をひらめかせると、細やかな刺繍が施された白いスカートが体に引かれて舞う。 スカートだけではなく、上着も普段の地味な魔法使い用の服ではない。 今日と言う謁見の日のためにライラがこしらえたドレスである。 「おお、よう似合っておるぞ。その金髪と言い、ばあさんの若い頃にそっくりじゃ」 「ん〜、できればアムと同じ黒が良かったんだけど、こればっかりはね。金髪は私だけだし」 目じりの下がりまくったダイダを尻目に、フレイは姿見に自分を映し肩まである髪をつまみ上げた。 ダイダはすでに白髪のみであるが、オルテガ、ライラ、アムルと皆黒髪である。 この家で金髪を持っているのは、死んでしまった祖母を除いてフレイのみであった。 家族でそろうと少し浮いてしまうが、フレイはそれほど気にした事もなかった。 フレイが最後の確認として髪をいじくっていると、奥の部屋からライラの嬉しそうな声が聞こえてきた。 「こっちも準備はできたわよ。ほら、恥ずかしがってないで出てらっしゃい」 「ちょっと待ってよ。なんか変じゃない?」 「そんな事無いわ。とっても良く似合ってるから」 ライラに手を引っ張られてきたアムルは、新調されているもののいつもの旅人の服であった。 だがその額には見覚えのある青く輝く石を収めたサークレットが輝いていた。 「な〜んだ。いつもとあまり変わらないじゃない。私だけ気合入れたみたいでおかしくない?」 「そんな事無いわよ。コンセプトがお姫様と勇者だもの。ほら、並んでみて」 「え〜、姉ちゃんが姫ぇ?」 「あによ。アムが勇者の方がよっぽど無理があるじゃない」 お互いにブツブツ言いながら並ぶ。 「ほら、姫より背の低い勇者が何処にいるのよ」 「そ、そんな事無いわよね。お父さんもお似合いだと思うわよね? サークレットが良く似合ってて」 「そうじゃのぉ。ど、どこをどう見ても立派な勇者じゃ。サークレットが輝いとるぞ」 どもりつつ、アムルを直視していない時点で、説得力は皆無であった。 しかもサークレットしか褒めていない。 お世辞一つ満足に言えなかった肉親に、アムルは大いに不満を募らせていた。 「勇者じゃないのはいいけど、背が低いのは生まれつきじゃん! ある意味、爺ちゃんのせいじゃんか!」 そう言ってアムルが指差したダイダは優に百八十を越えている。 ライラもフレイも百六十を楽に越えていて、女性にしては高い方だ。 そして問題のアムルは百五十二と、同年齢に比べてもかなり落ち、決してダイダのせいではなさそうだ。 「思いっきりアムのせいじゃない」 「ピーッ!」 「ごめん、もういいよキーラ。そういう慰め方はよけい嫌だから」 アムルの頭にのかったキーラが精一杯背を伸ばし、身長を割り増ししようとする姿がより悲しい。 「一体さっきから、何を騒いでいる。煩くて寝ていられないぞ」 「って、なんでアンタは普段着なのよ。今日は王様に謁見する日だって言ったじゃない」 言葉とは裏腹にちっとも眠そうではなく、嫌そうな顔をしたレンが二階から降りてくる。 その姿はフレイの言ったとおり、袴と呼ばれるものであり、一昨日出会った時のままである。 「なんで私がこの国の王などに会わなければならないのだ。そいつが強いのなら会ってやっても良いが」 「今の国王はワシと同じ師に剣を学んだ仲から、ワシと同等ぐらいの強さじゃ。今でも欠かさず鍛錬を積んでおれば、じゃが」 「なるほど、会ってやっても良いかもしれん。こうも短い間で二人の達人に会えるとは運が良い」 「やっぱダメ、あわなくて良い! と言うか、ついてこないで!」 一転、興味津々に剣を腰に挿したのをみてフレイが慌てて止める。 衆人観衆の前で王様に切りかかられたら、旅立ちどころかレンを連れ込んだ自分の家の存続が危うい。 いくらこれから旅をする間柄でも、そんな事態は御免こうむる。 「冗談だ。ソレぐらいの常識は持ち合わせている」 「アンタのは冗談に聞こえないのよ」 言葉ではそう言っても、フレイには眼が冗談ではない様に見えたのだ。 「レンは家で留守番、決定だね。キーラも、お城にはあんまりキーラを良く思ってない人もいるし、ゴメンな」 「ピ〜〜」 「結局、当初の予定通りアムと私だけで行くって事ね」 「お城の前までは母さんも行くわよ。そろそろ時間かしら」 予定時刻は丁度、一日の謁見が開始される時刻であった。 お城へと続く一本道の先にあるのは、二人の門番と何メートルあるのか巨大な鉄の城門。 フレイもアムルもアリアハンの城に訪れる事はそう珍しくない。 ナジミの塔へ行く時にも入城していたし、それ以外の理由で訪れた事もしばしば。 それほど慣れ親しんだ城であるというのに、今日と言う日はしり込みをしそうになる程に空気が違って見えた。 息苦しい、それは二人の内面的な気持ちだったのかもしれない。 「それじゃあ、二人ともしっかりね。母さんが着いていくのはここまで、ここに一歩踏み込めば、貴方達はもう大人よ。何があっても二人でなんとかするのよ」 まだ雰囲気に飲まれているのか、ライラの言葉に二人は無言で頷いた。 「さあ、いってらっしゃい」 ライラの言葉に見送られると、二人は真っ直ぐ城門へと歩いていき二人の門番に扉を開けてもらう。 徐々にゆっくりと開いていく門をくぐり、二人は謁見の前と続く階段を目掛けてぎこちなく歩き出した。 自然にしているつもりだろうが、特にアムルが転びそうなほどに危なっかしい。 「姉ちゃん、ごめん。手繋いでいい?」 「あんたねぇ……これから王様の前に、まあいいけどさ」 言葉では呆れてはいるが、フレイも緊張していたようであっさりと手を差し出してきた。 「王様に直に会うなんて何年ぶりかな」 「父さんが最後にアリアハンに帰って来た時かしら……四、五年前」 「その時は、こんな理由で王様の所に来るなんて思ってもみなかったね」 「そうね、あの時は……父さんの力になりたいからって理由だった」 「姉ちゃん」 謁見の間、その扉の前でアムルが姉を見上げた。 ほんの少しだけ大人びた顔をして。 「絶対に、父さんを探し出そう」 「もちろんよ。それで今度こそ父さんの力になるんだから、アタシたち二人で」 そう言って、二人は繋いだ手を離した。 さすがに謁見中まではそうしていられない。 「アリアハンの勇者オルテガの息子、アムルです」 「同じく娘、フレイです」 「お話は伺っています。王様が首を長くしてお待ちです。どうぞ、お通りください」 長槍を持って塞いでいた門を、槍を引いて開けてくれる。 扉が開き、王の証である冠を被った老齢の男が二人をみて微笑みかけてきた。 二人同時に、王様へと続く赤い絨毯を進むと、大臣やその他城の重鎮たちの唸る声が聞こえた。 ある程度王座へと近づいてから進んでから、二人は立ち止まる。 「良くぞ参った。勇者オルテガの息子、アムル。そして娘のフレイ。ひさしいな、見違えたぞ。特にフレイ、そなたの事は宮廷魔術師のサージュから良く聞いておる。優秀な上に、美しいとな」 「お褒めに預かり光栄ですわ。王様こそ、お元気そうでなによりです」 フレイがスカートをつまんで屈むように頭を下げると、王は今度はアムルを見た。 「うむ、そしてアムルよ。そなたも勇者らしくなってきおった。ワシとしては、できれば後数年、新たな勇者として力を磨いて欲しいと思っておるのだが、決心は変わらないか?」 「お、私は……まだ勇者ではありません」 咄嗟にアムルが言い直した言葉に、辺りがざわめきにつつまれた。 おそらく、アムルが旅立ちたいと言い出した事を聞いて、勝手に勇者として魔王討伐に出かけるものとばかり思っていたのだろう。 それは王様も同じ様で、王という立場を忘れ目を丸くして固まっている。 「アム、ここは」 フレイはアムルが自分を勇者と言わない理由を知ってはいたが、こんな公衆の、王の前ですら言わないとは思っていなかった。 「嘘でも、仇討ちだなんて口にしたくない。絶対に……勇者の称号はまだ、父さんの物だ」 「好きにしなさい、バカ」 小声でフレイが笑いかけると、アムルは迷い無くまっすぐに王を見た。 「私は武術は言うに及ばず、知恵も勇気も父の足元にも及びません。ですから、世界を巡り父の後を追い……その力が得られた時こそ、またここに戻ってきます」 「う、うむ。期待しておるぞ、アムルよ」 アムルの言葉と、取り繕うように頷いた王を見てようやくざわめきが収まっていった。 それにほっとしたのはフレイだけでなく、アムルもだ。 「アムルよ、お前の気持ちはわかった。だが、あえてワシは二つのモノをお前に送ろうと思う」 右手を挙げ合図をすると、一人の神官職らしき人が一振りの剣をうやうやしく掲げながら持ってきた。 王はそれを受け取り、立ち上がってアムルまで近寄った。 「これはお前の父オルテガが、消息を断つ直前まで持っていた剣。銘は誓いの剣である」 「父さんの、あの時の剣……」 「オルテガは剣の銘しか話さなかったが、魔王を相手にする時の切り札になるそうだ。オルテガ程の男がそう言った理由を、探ろうとしたが無理であった。お前ならいずれその理由にたどりつけるやもしれん。受け取るが良い」 「あ…………」 王から差し出された剣を受け取るそぶりも見せず、怯える様にアムルは見ていた。 「王様、剣を私に」 何時までもそうしていれば変に思われるだろうと、フレイが進み出た。 王から無理の無いように奪い取ると、瞬きすらしないアムルの背に斜めがけにつけてやる。 その際にアムルの背中から、誰にも聞こえないようにささやきかける。 「アム……これは剣じゃない。貴方の背中を守る盾よ。そう思いなさい、良いわね」 「う、うん。盾……背中を守る盾」 いささか釈然としない剣の受領だったが、後の予定も押しているのだろう。 咳払いをしてから、王は続けた。 「そしてもう一つ、これもある意味オルテガからのモノじゃ。アムルよ、世界を巡るのなら仲間を集めよ。オルテガも世界をめぐり仲間を集めた。そのもっとも有名なのがサマンオサの勇者サイモンであろう」 まだ少し顔の青いアムルと、それを心配そうにチラチラ見ていたフレイの頭によぎったのは、強い人大好き人間のレンだった。 「世界には、まだ魔王バラモスの存在すらしらない国や村すらある。そういった国や村へ赴き、力ある者に呼びかけ。反対に魔王に苦しめられている国や村があったのならば、必死に対抗する者たちに力を貸しなさい。さすれば、いずれ自分を勇者と認めた時、お前の元にはより多くの力が集う事になるだろう」 「そのお言葉、肝に銘じておきます」 「よろしい、では行きなさい若者達よ。お前達が立派な勇者となって帰って来る事を期待しておるぞ」 アムルとフレイは深く頭をさげ、もと来た赤い絨毯の上を歩き出した。 入って来た時とは違い、盛大なファンファーレに見送られながら。 家にたどり着き、着替えを済ませたフレイは完璧に体の力を抜ききって椅子に座り込んだ。 緊張から来る疲労が溜まりきっていたのだろう。 力を抜いた腕がぶらりとたれ、背もたれに後頭部を乗せて大口を開けたまま天井をみている。 その様子に年頃の娘がとダイダが顔をしかめていたが、次のフレイの台詞の方がインパクトが強かった。 「あ〜、疲れた。アムがいきなり勇者じゃないって言うから、肝が冷えたわよ」 「なんじゃ、王の前でもそう言ってしまったのか? 融通がきかんのぉ」 「だって、勇者じゃないし。姉ちゃんだって好きにしなさいって言ってくれたじゃん」 まだ言葉の反論が出来るほどには、アムルは疲れていないらしい。 「そりゃ、あの状況じゃそういうしかないじゃない。無理やり言わせて、ケンカするわけにもいかないし」 「話が良く見えないが、勇者オルテガの息子であるからして、アムルの将来は勇者ではないのか?」 「普通はそう考えるわよね」 要領が得ないようで眉をひそめるレンに、フレイも同意する。 だが、その同意はあくまで一般的な意見としてだ。 「だって父さんはまだ生きてるんだよ? なのに勝手に父さんの勇者って称号を名乗れないよ」 「勇者が一人と決められているわけではないのだがの」 「そこがアムのこだわり。アムの中じゃ、一番強い人だけが勇者を名乗っていいみたいなの。だから一番強い父さんが生きてるから、勇者を名乗っちゃいけない」 「つまり、勇者の称号はそのうち私のものになるのか」 一人で勝手に納得して唸るレンをみんなが凝視している。 「何勝手に決め付けてるのさ。今は名乗らないけど、そのうち父さんから勇者の称号は貰うつもりなんだから!」 「なんだ……いらないわけではなかったのか。なのに、貰わないとはややこしい」 「いや、アンタはアンタで相当図々しいわよ」 呆れながら、一体何処まで強くなるつもりだと言外につっこんでいる。 ともかく、アムルは勇者になりたくないわけではない。 ただ、父の行方知れずという状況から名乗らないだけなのだ。 「図々しいというのは気になるが、王から貰ったのがその剣となんの役にもたたない言葉らしいな」 レンがあご先で指したのは、アムルが背中から外した誓いの剣である。 周囲の視線が剣に集まるなか、アムルだけは微妙に視線を外している。 「アンタ、本当にいつか不敬罪でつかまるわよ。……世界を巡り仲間を集めよだってさ」 「仲間って言っても、すでにレンがいるよね」 「お前たちの間では、脅迫した相手を仲間を評するのか? 珍しい風習だな。よく知りもしない風習を罵倒するのは気が引けるが、あえて言おう。絶対に間違っていると」 いつの間にか、家になじんでいたが、忘れたわけではないらしい。 「ごめんなさいね、レンさん。旅立ちも近くて、強い人が欲しかったの。強い人が……二人を任せられるぐらい強い人が」 「ま、まあな。私ほど強いものも、数えるぐらいだろう。強い者が必要だったのであれば、仕方があるまい。強い者が。理解はできないが、納得はしてやろう」 やけに強いを強調し連呼したライラに、胸を張ってやはり強いを強調するレン。 その様子にフレイとダイダは呆れているが、アムルは自分の小さな両手を開いたり握ったりしていた。 その行為自体に意味は無いが、そのままテーブルの上に置いた誓いの剣を見た。 剣を持ちたいわけではないが、自分の小さすぎる手が少し悔しかった。 「勇者としての強さか」 「ん、どうしたのアム?」 「なんでも……それで、何時出発するの? もう王様に会ったし、いつでもいけるよね?」 「そうね、出来れば早い内がいいわ。明日の朝にでも」 「そんなに早く? 別に急ぐ理由があるわけでもないし、もう少し家にいたって……」 確かに謁見を済ませる前に旅の道具はそろえたが、翌日に出るとは思っていなかったのだろう。 慌てて止めに入るライラを見て、フレイは呆れと嬉しいの中間の顔をした。 「思い切った行動に出ないと、何時までたっても出発できないでしょ。母さんも、覚悟を決めて」 「そりゃ、お城の前ではああ言ったけど」 子を思う気持ちは、決して親にしかわからない。 だからライラは言葉ほどに覚悟を決められないでいた。 すると、急にレンが立ち上がり、客室から自分の荷物を持って戻ってきた。 「レン、どうしたの?」 「いくらなんでも、今日すぐは嫌よ。謁見で疲れてるんだから」 「私は今日は、宿をとってそちらですごす。別にこれで今生の別れではないが、最後ぐらい家族だけで過ごせ。明日の早朝、町の出入り口の門前で集合だ」 そのまま止めるまもなく出て行ってしまう。 「気を使わせてしまったの」 ライラとダイダは、レンが出て行った玄関に向けて小さく頭を下げた。 「それじゃあ、使わせてしまった分楽しまないとね。アムル、フレイ今日は何が食べたい?」 「俺、ハンバーグがいい」 「太るから嫌だけど……私の分が少なめなら、私は母さん特性の野菜スープがいいかな。」 「えー、じゃあ俺も野菜は少なめで」 「こら、俺も、じゃないでしょうが。ちゃんと野菜も食べなさい、大きくなんないわよ」 「二人とも、ちゃんと食べるんじゃ。旅は体力がいるからの、好き嫌いはいかんぞ」 ダイダの言葉を納得しながら、それでも文句をたれる二人を見てライラはグッと涙が滲むのを我慢した。 この二人のやり取りが毎日見れなくなると思うと、寂しくてたまらない。 だが、二人を前にして泣くわけにはいかない。 反対に笑ってみせた。 「それじゃあ、準備をしないとね。フレイもアムルも、手伝って頂戴ね」
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