第二十四話 乱れ始める時の流れ
 思いもしない助けを幾度と受けたトレインは、イヴを連れて屋敷の中を縦横無尽に駆け抜けていた。
 適当な扉を見つけてはやり破るように開けては、違うとまた走り出す。
 二人で探し回るには大きすぎる屋敷を前に、ただ苛立ちと焦りが浮かび始める。
「くそっ、セフィリアは一体何処にいやがる。やっぱり一人ぐらいナンバーズを締め上げて……」
「トレイン落ち着いて。ナンバーズの口を割らせる方が時間がかかる。いつものトレインなら、わかってるはずだよ」
 言われて気付いたトレインは、焦りを示す汗を拭い一度立ち止まる。
 一階の部屋はほとんど総当りで当たったつもりだが、地下へ続くような階段は見られなかった。
 人を押し込める牢屋のようなものは大概地下にあるものだが、違うのだろうか。
 迷う前に確かめるしかないかと、トレインは言った。
「姫っち、確かさっき上への階段あったよな。無駄かもしれねえが、一度上に上がってみよう」
「そうだね、一階はほぼ見て回ったし。階段はあっちだよ」
 階段のあった場所へと一度戻り、そこから二階へと上がっていく。
 そこから再び一階の時のように手当たり次第に部屋を当たるつもりであった。
 だが階段を上りきって伸びる廊下の先にいた人物によってその必要はなくなった。
 一直線に伸びる廊下、その先にいたのは恐らくこの屋敷にいるであろう最後のナンバーズ、ベルゼーである。
「ベルゼー!」
 逃げしてなるかとトレインが叫ぶと、ベルゼーは直ぐ背後の扉の中へと消えていった。
「またあの人、どっちの味方なんだろう」
「わからねえ。だがベルゼーの近くにセフィリアはいるはずだ。姫っちの出番が近いぜ」
「うん、ぶっつけ本番はいつものこと。いつものように出来るはず」
 トレインを先にして二人でベルゼーが消えた扉へと走り、トレインがその足で蹴り破り部屋の中へと入り込んだ。
 一階の半分程度はその部屋についやされているのではと思う程に広い部屋であった。
 そしてその部屋で待っていたのは、オリハルコンの武器であるグングニルを持ち待ち構えていたベルゼーである。
 今はまだ穂先を上にして無造作に持っているだけだが、何かあれば何時でも戦闘態勢に移行できることだろう。
「やはり最後はアンタってわけだ。正直アンタの行動ははかりかねているが、立ちふさがるって言うなら倒すまでだ。今日のアンタは、どっちだ?」
 やや挑発的なトレインの言葉であったが、ベルゼーからはたいした反応は得られなかった。
 ゆっくりとグングニルを持ち直し、天井に向けていた穂先を床に向けた程度であった。
「一つ、お前にクロノスの秘密を教えてやろう」
「クロノスの秘密?」
「お前も知っての通り、ナンバーズにはお前達のような外の世界からスカウトしたスカウト組みと、クロノスの中で育ったクロノスの申し子がいる」
「その申し子に植えつけられた呪いって奴ならすでにアンタから貰ったディスクで知ってる」
 セフィリアに植えつけられて呪いの事を思うとはらわたが煮えくり返りそうなトレインであったが、ベルゼーが僅かに首を振った事に一時冷静に戻させられる。
「それは表面的な秘密でしかない。もっと大きな秘密、クロノスの申し子とは何か。優秀な暗殺者の血を系図ごとクロノスに取り込み、別の優秀な血の系図と掛け合わせる。セフィリアや私。メイソン、バルドル、クランツ。クロノスの申し子として育ってきた私達は、全員少なからず血が繋がっている」
 ベルゼーの突然の告白に、トレインだけではなくイヴもまた息を呑んでいた。
 だが次の言葉はそれ以上の衝撃を秘めていた。
「特に私とセフィリアの血は、ほかの者たちよりも濃い。セフィリアは私の姪だ」
 まさかと言う言葉が口をついてでそうであったが、そう考えれば今までのベルゼーの不可解な行動も納得できない事はなかった。
 ベルゼーは常に世界の安定とクロノスの存在を第一に考え、時に自ら進んで手を汚す事も自らの命を捧げる事もいとわない。
 だが決して残忍であったり、クロノスの狂信者と言うわけでもないのだ。
 彼にも情と言うものがあることはトレインも良く知っていた。
「それが、アンタがセフィリアを大切にしていた理由なのか?」
「そうだ、その事を知っているのはこの私だけでセフィリアは知らない。だが、所詮は私もクロノスの申し子。血が繋がっているとはいえ、長老会の命を無視するわけにはいかない。トレイン、お前をここで食い止める」
「やるしか、ないみたいだな。姫っち、悪いがもう少しだけ」
 さがっていてくれとトレインが言う前にベルゼーの言葉が割り込んだ。
「私の後ろの壁にある隠し扉から、セフィリアのいる牢獄へと続く階段がある。イヴ、とか言ったな。お前は先に行くがいい。戻ってくる頃には、トレインは息絶えているだろうがな」
「アンタの生き方、不器用すぎる。戦意がにぶちまうぜ。姫っち、先に行ってくれ後で必ず俺も向かう」
「お喋りはここまでだ。クロノ・ナンバーズのリーダーとして、裏切り者のNo.]Vを処刑する」
 ベルゼーが床を蹴ると、グングニルが弧を描きながら唸りをあげた。
 重量級の武器を扱いながら軽々と扱うベルゼーの腕力は、年齢の衰えを一切感じさせない。
 穏やかな流れの川が濁流となって牙を剥いたような、そんな凄みをイヴはベルゼーから感じ取っていた。
「姫っちぼけっとすんな。ベルゼーの気が変わらないうちにセフィリアのところに、急げ!」
 ベルゼーの一撃を避けたトレインがハーディスを抜きさりながら、動けずに居たイヴへと叫ぶ。
 その叫びに目を覚まされたイヴは、激しく自分を叱咤して固まった足を走らせる。
 探している暇も惜しいと、壁をナノスライサーで破壊して隠し階段を見つけだす。
「トレイン、セフィリアさんの呪いは私がといてみせるから。無事でいないと、絶対に許さない」
「それぐらいわかってる。俺だけでも、セフィリアだけでも意味がない。俺はセフィリアと一緒に、ここを出る!」
 力強いトレインの言葉の後に、連続する銃声の音が響いた。
「行け、姫っち!」
 度重なる銃声を切欠に隠し階段を折り始めたイヴであったが、心配なのはトレインだけではなかった。
 同じぐらいにベルゼーの事を心配している自分がいる事をイヴは自覚していた。
 もっと言うならば、あの二人を戦わせてはいけないと素直に思っていた。
「あの人も、ベルゼーさんもトレインと全く同じなんだ」
 トレインはもとより、ベルゼーもまた本気でセフィリアの事を考えていた。
 同じ思いを抱いた二人が戦う必要など何処にもない、だが仮にもナンバーズの、さらにはリーダーがクロノスの為に戦うと言う考えを覆すとも思えない。
 ベルゼーはセフィリアを助け出すチャンスを与えながら、それをつぶすと言う役目を同時に自分に課している。
 トレインによってセフィリアが救い出されても、または自分がトレインを食い止めてしまってもベルゼーは何かを失う事になるだろう。
 トレインの言った通り、本当に不器用な生き方である。
 もしもそんなベルゼーを止められる人がいるというのなら、この階段の先にある人だけだろうとイヴは思った。
「セフィリアさん」
 止められるのはトレインとベルゼーの両方に縁のあるセフィリアしかいないと、イヴは階段を転びそうな勢いで駆け下りていっていた。

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