第二十三話 切り札を守りぬけ
 ジェットブースターが火を噴き、唸りを上げるヘイルダム。
 その後からヘビの尻尾のようにヘイルダムとバルドルを繋ぐ鎖が軋みながら後を追う。
「今日こそ、心置きなく葬り去ってやるぜトレイン。裏切り者がノコノコやってきたんだ。前みたいな戦闘中止なんて奇跡はないと思え!」
「ただノコノコやってきたわけじゃないさ。セフィリアは返してもらうぜ!」
 当たれば頭蓋骨ごと粉砕されてしまうヘイルダムを避けるそぶりも見せず、トレインは正面からハーディスで撃ち返した。
 同時に放たれるのは三つの銃弾。
 ヘイルダムに比べればかなり小さなその銃弾たちがヘイルダムの軌道を変えて、トレインを救い出す。
 だがヘイルダムは軌道が変わっただけで撃ち落されたわけではない。
 バルドルの指先が、コントローラーを素早く弾く。
 トレインを中心にしてヘイルダムが弧を描くと、遅れてやってきた鎖がトレインの首を刈ろうと後ろからしなる。
「トレイン、後ろ!」
 迫る鎖に気付いた素振りも見せないトレインへと離れた場所で見ていたイヴが叫ぶ。
 次の瞬間、全く後ろを見ないままトレインが身を屈めて鎖をやり過ごした。
 そしてバルドル自身もトレインのそうした動きに驚く事はなく、操ったヘイルダムを自分の手前で停止させ掴む。
「相変わらずいい動きするじゃねえか。あの頃のままだ。お前の考え方は気にいらねえが、そう言うところは嫌いじゃねえな」
「そいつはお互い様だ。戦闘狂と思想と残忍さと格好つけと鉄球と鎖とその他色々意外は、気に入ってたな俺も」
「はっ、減らず口も相変わらずか。まずはその口を潰してやるぜ」
 無駄口が終わると直ぐにトレインが飛び出し、バルドルがヘイルダムを投げつけた。
 戦闘が始まってまだ十分と経っていないが、イヴはこの二人の戦いが長引くと思った。
 ヘイルダムは一撃必殺の威力で気が抜けないが、トレインの早撃ちさえあれば決して怖い武器ではない。
 ジェットブースターが付いていると言っても、やはりオリハルコンの鉄球の重さからくる鈍重さは否めなのだ。
 だが簡単に防げはしてもそこからさらに攻め込むと言うのも難しい。
 例えヘイルダムを撃ち落してもその後に続く鎖が邪魔をして避けているうちに鉄球の方が息を吹き返す。
 見た目や言動にそぐわずバルドルは頭を使った戦闘を得意としているようであった。
 そしてもう一方、スヴェンとクランツはというと、
「無駄だ、例え姿が見えずとも私の耳はターゲットを見失わない」
「らしいな。だが体まではそこまで反応できないみたいだな」
 スヴェンはグラスパー・アイを単発的に発動させて、振動ナイフであるマルスをかわしていた。
 体力の続く限りスヴェンは絶対的に安全ではあったが、断然有利とは言えなかった。
 それはグラスパー・アイが持つ能力に起因していた。
 グラスパー・アイは緩やかになった時間の流れの中で本人だけが通常の感覚で動く事の出来る能力である。
 例え力の使用中に銃器を使用したとしても、弾丸は本人との接触面を失った瞬間に制止してしまう。
 力の使用中に出来るのは殴る蹴ると言った直接攻撃のみ。
 だがクランツを相手に迂闊にそれを行えば、力がとけた瞬間を狙われる危険があった。
 そこで力がとけた瞬間にアタッシュウェポンケースの出番となるが、クランツの耳は全てを正確に捉えマルスで叩き伏せていた。
「なにか、おかしい」
 四人の戦い方を周りから見ていたイヴは呟いた。
 一見、四人は互角の戦いを繰り広げている。
 それぞれが致命傷どころか、かすり傷一つ追わないままに戦闘が続いていっている。
 戦力が拮抗している、ただそれだけではない胸騒ぎがするのだ。
 現状のままでは千日手となるのが目に見えているのに、トレインやスヴェンはともかくとして、バルドルやクランツもそれぞれの相手を変える素振りを見せない。
 逆にトレインやスヴェンが相手を変えようとすると邪魔をしているような節がある。
 一体この状態で何を狙っているのか、戦闘に参加できないのならばとイヴが状況を見定めようとした瞬間、二つの視線がイヴを射抜いた。
「え……」
 完全に自分は戦闘の範疇外だと思っていたイヴは、一瞬送られた視線に対して身を縮めていた。
 その後体の硬直がとけると同時に、その意味に気付く事となった。
「二人の狙いは私?!」
 少々声が大きくなった呟きの後、肯定するかのようにヘイルダムがイヴへと向けて投げつけられていた。
 咄嗟に距離を取りながらエンジェル・ウィングで空へと逃げるが、まだ終わりではなかった。
 空気を引き裂く音が迫る。
「イヴッ!」
 スヴェンの叫びに反応すると、クランツのマルスが自分へと向けて一直線に突き進んでいるのが見えた。
 急上昇した状態から再び急旋回するのは難しい。
 唯一対抗できそうなナノスライサーも集中力を欠いた今は難しく、イヴはせめてと両腕で顔を庇った。
 だが痛みも苦痛も訪れる事はなく、マルスはトレインが放った銃弾を受けて落ちていった。
「姫っち、うかつに飛ぶとさっきみたいに狙われるぜ。だが違った意味でも姫っちが狙われてるみたいだ。おい、なんで戦闘に加わらなかった姫っちを狙う!」
「はっ、今さらだな。敵は全部粉砕する。それが俺とコイツだ。解ってるだろ、ハートネット」
 そう言って笑うバルドルだが、意図的にイヴを狙ったのは間違いなかった。
 セフィリアを助けるのにイヴの力が必要な事を知っているのか、単にベルゼーが教えたのか、そこまでは不明である。
「イヴ、完全に間合いを外した距離にいろ。俺とトレインが前で抑えれば問題ないはずだ」
「うん、ごめんねスヴェン」
 トレインとスヴェンがバルドルとクランツを牽制しながら、イヴをさらにさげさせる。
 今回の救出にはイヴが要であるのだ。
 イヴがいなければ絶対にセフィリアを助ける事は出来なくなってしまう。
「姫っちを守りながら、少しばかりきついけど。やるしかないな」
「ああ、その為に俺たちは来たんだからな」
 僅かに振り向く事でさがろうとするイヴを確認してから、再び二人はバルドルとクランツを見た。
 向けられたのは好戦的な笑みではなく、唾でも吐きそうな詰まらなさそうなバルドルの顔であった。
 ゆっくりとクランツがマルスをかかげると、その後ろ、セフィリアが待っているであろう館の屋根から光が流れた。
 今この場にナンバーズは二人しかいない、そう信じ込んでしまっていた。
 そんな二人の間を光が流れた。
「姫っ!」
「イヴ!」
 振り向き叫ぼうとした二人の目の前で、光がさがろうとするイヴの背中へと吸い込まれようとしていた。
 イヴは自分に何かしらの攻撃がなされたとも気付いておらず、その時は訪れた。
 砕け散る光は、本来の矢という姿となって真っ二つになった姿で地面に落ちた。
「僕の夢の為にもイヴ、君は殺させないよ」
 オリハルコンの弓であるアルテミスの弓から放たれた矢を防いだのは、見えない刀を持つ男であった。
 イマジン・ブレードを手にしたクリード・ディスケンスである。
 以前のような濁りきった目の変わりに、別人かと思うような純粋な瞳を持っており、驚き固まったイヴの頭を撫で付けている。
「嗚呼、それにしても久しぶりだねトレイン。変わらない君で嬉しいと伝えたい所だけれど、聞いたよ。君があのセフィリアと恋仲になっていると」
 自己陶酔は直らなかったのか、トレインへと腕を伸ばしながら身震いをしている。
「なにも責めているわけじゃないさ。そう、おかげで僕は新しい夢を見つけることが出来たのさ。それをどうして責めようか。ねえ、トレイン。君とセフィリアの力を受けついだ子供と、僕と僕の愛する人の力を受け継いだ子供が結ばれたとしたら、どうだい? 素晴らしいと思わないかい!」
 バルドルやクランツも例外ではなく、誰もが突然現れたクリードと次々に繰り出す言葉の羅列に呆気にとられていた。
 トレインの子供と自分の子供云々はわりと本気らしく、なんだか子供の名前も次々と出てきていた。
 誰かコイツを止めてくれと誰もが願う状況で、やっとまともに放せそうな人物が現れた。
「クリード、その話は後にした方がいいよ。今はそのセフィリアを助け出さないと、アンタの未来予想図も粉みじんになっちゃうよ」
 遅れて現れたのはエギドナ・パラス、あの日クリードと共に消えた一人である。
「ああ、そうだね僕のエキドナ。僕の夢の為に、バルドルそれにクランツ。君たちには消えてもらうよ」
「全く解らん。そこのアンタ、ちゃんと説明してくれ!」
「説明は不要さ、全ては僕のぉ」
 トレインがわざわざ無視したのに割り込んできたクリードをエキドナが無理にどけると、ようやくまともな説明を受ける事ができた。
 細かい所はさすがに省かれていたが、セフィリアが処刑されると言う情報と、セフィリアとトレインの関係を知りクリードが助けに行くと言ったそうだ。
 だがまだクリードの体が完全ではない事も踏まえ、ルガートと連絡を取り引き入れたそうだ。
 ルガートが言っていたある人物とはクリードのことだったらしい。
「どんな理由にせよ、クリードが貴方を助けたいと言うのなら私はその言葉に従う。トレイン、その娘をつれて先にいきなさい」
「この場にいるナンバーズはバルドルとクランツ、そしてアルテミスを持つアイツだけ。三人いれば僕の夢をかなえるには十分さ」
「トレイン、そう言うことらしいぞ」
 まだ呆気にとられていたい気持ちがないわけではなかった。
 クリードが変わって欲しいと願ってあの時は見逃す事を選んだが、こういう風に変わって、しかも目の前に現れるとは思いも寄らなかった。
 だが何よりも優先すべきはセフィリアだと思いなおし、トレインはイヴへと振り向いた。
「姫っち、いけるな?」
「うん、大丈夫。行こう、セフィリアさんのところに」
 トレインがイヴを連れて屋敷の正面から進もうとすると、やはりバルドルとクランツが身構えていた。
 飛びかかるその一瞬先に、クリードとスヴェンがそれぞれの武器を持って踊りかかる。
 クリードはクランツへ、スヴェンはバルドルへと。
 二人が作ってくれた隙を突いて屋敷へと向かうトレインだが、敵はもう一人いる。
 アルテミスというオリハルコンの弓を持ったナンバーズ、その正確な射撃がトレインとイヴを付けねらうが矢が届く事はなかった。
 屋敷へと向かう二人の目の前に開かれたゲートが、全ての矢を吸い込み何処でもない場所へと消し飛ばす。
「かつては私達もコソコソしてたものだけれど、影から撃ったことは一度もないよ。そんなに私が怖いかい?」
 屋敷の屋上、ナンバーズがいるであろう場所を見てエキドナが呟く。
 その声や立ち振る舞いは、映画のワンシーンさながらである。
「僕のエキドナ、油断してはいけないよ。かりにもナンバーズ、君と同等の力はあるはずだ」
「どっかのナンパ馬鹿を連想させてくれるじゃねえかクリード。ぶっ潰しがいがあるってもんだぜ!」
「だが君の相手は目の前にいるスヴェンさ。侮っていると足元をすくわれるよ」
「その前に私がお前を叩き潰す。例え見えない刃であろうと、私には関係ないことだ」
 クリードのイマジン・ブレードをまるで見えているかのように鮮やかにクランツは避けていく。
 全て音でものを見るのだから、ある意味でクランツはイマジン・ブレードが見えているのだろう。
 だがクリードは愛剣をかわされながらも笑っていた。
「なら見せてあげるよ、例え見える見えないに関わらず決して避けられない剣を。イマジン・ブレード、レベルU」
 見えない刀身が輝き刃の体積が増えていく。
 館へと突入する直前でその光に気付いたトレインは、一度だけ振り向き、曇りのない輝きを放つその光へと向けて僅かに笑っていた。

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