第二十二話 時の流れに逆らう者たち
 セフィリアの処刑が行われるであろう、とある街はずれの森の中にある洋館。
 諸事情から処刑日ぎりぎりにたどり着くことになったトレインたちは、敷地に入り込んだ途端に大層な歓迎を受ける事になった。
 手に銃器を持ち、クロノスのエージェントたちが森を破壊しつくす勢いで弾を放ってきた。
 あまりの対応の早さに、まるでトレインたちがやってくる事がわかっていたようである。
 もしかすると、ここ数日の行動でさえ監視の一つぐらいはついていたのかもしれない。
「チッ、さすがにクロノスのお膝元。敷地の中で銃弾の雨あられ、金のある所はやる事も派手だな」
 大木の陰に隠れながら、あまりの銃撃の量に呆れたようにスヴェンが呟いた。
 その顔からすでに眼帯は外されており、力こそまだ使っていないものの何時でも準備はできていた。
「さすがの俺もこの銃弾の量じゃ、正面突破は難しいな。かと言って……」
 スヴェンとは別の大木の陰に身を潜めていたトレインは、言葉を途中で止め自分達の両端から回り込もうとするエージェントたちがいる事に気付いた。
 視界の悪い森の中と言っても集団の動く単位が大勢なので、すぐに森の中から違和感のする音が届くのだ。
 もう数分後には隠れている場所もばれて手榴弾を放り込まれる事だろう。
 そこで飛び出せば正面のチームから集中砲火を浴び、なんとか外れても包囲網はその時には完成してしまうことだろう。
 時間が経てば経つほど突破そのものが難しくなってくる。
「スヴェン、頼めるか」
「ああ、問題ない。イヴ、お前はトレインの後についていけ。決して前には出るなよ」
 いつもならば反論しなければならない内容にも、イヴは黙って頷いていた。
 今はそうしなければいけない理由があるのだ。
 イヴの頷きを確認したスヴェンが今か今かと出番を待っていた右目に力を込めた。
 瞬間、スヴェン以外の時間が全て停止してしまったかのような世界へと足を踏み入れる。
 そして大木の陰から飛び出した。
 ゆっくりと向かってくる銃弾の隙間を潜り抜け、ゆっくりと表情を変えていくエージェントたちの間でさえ潜り抜ける。
 まだ時間の流れは緩やかで、エージェントたちの背後をとったスヴェンはアタッシュウェポンケースを胸の前に持ち上げとあるボタンを押した。
 平常な時間を取り戻すと同時にアタッシュウェポンケースから投網のようなものが飛び出した。
 一瞬にしてそれが広がるとエージェントたちを包み込み電流が網の上を流れエージェントたちをまとめて痺れさせ、複数人の悲鳴が森の中に響く。
「電磁ワイヤーのさらに改良版、電磁ネット。こっちも掛けられるだけの金はかけてあるんでな。おかげでまた借金地獄だ」
 スヴェンが行動を完了すると同時に、トレインはイヴを守るようにして大木の影から出て行った。
 もう少し手が掛かったのなら手助けするつもりだったのだが、必要はなかったようだ。
「さて回り込んだ奴らが状況に気付く前に進もうぜ。こんな雑魚に体力使うわけにもいかねえしよ」
「ああ、そうだな。イヴ、解ってると思うが」
「うん、スヴェンの言いたい事はわかってる。正直に言うと私だってセフィリアさんの為に戦いたい。けど、ギリギリまで戦っちゃいけないのもわかってる」
 悔しそうに歯を噛んだイヴの頭に手を置いたのは、トレインであった。
「悪いな、姫っち。我慢してくれるか。変わりに俺とスヴェンが絶対にお前を守ってやるからな」
 もう一度イヴが頷いてから、三人はさらに森の奥、洋館へと向けて走った。
 まだまだエージェントたちの歓迎を受けるかと思いきや、最初に襲われていこうエージェントの姿は消えてしまった。
 走るにつれ洋館が近づいてきても姿は見えず、不気味な静けさを保っていた。
 エージェントたちを必要としない何かが待っている。
「どうやら、ナンバーズも来てるみたいだな。空気が変わり始めやがった」
「以前なら俺は話がわかる奴がと言っただろうが、無理だろうな」
「できればあの二人は勘弁してほしい」
 イヴが言ったあの二人とは、もちろんバルドルとクランツである。
 ナンバーズの中でも数人は顔をあわせた事があるが、イヴとは正反対の信念の持ち主である。
 あと第一印象も第二印象も悪かったりする。
 しばらくすると森が途切れ、目の前に洋館とそこへ入る為の門が見えた。
 同時に、森が途切れ明るくなったはずの視界が一瞬陰る。
「姫っちッ!」
 クランツとバルドルを思い出していた事で、イヴの動きが一瞬遅れた。
 トレインが咄嗟に叫んだ直後に、スヴェンの声が響く。
「いや、動くなイヴッ!」
 頭上を覆うように広がり急降下してその布のようなものの先端が襲う。
 本当に布にしか見えないそれが地面に突き刺さり、不規則な動きで地面を刻んでいく。
 その光景をスヴェンに抱きかかえられるようにしながら見たイヴは、気を抜いていた自分を叱咤すると同時に背筋を凍らせた。
「ごめんね、スヴェン。必要ない力まで使わせて」
「イヴを守る為なら必要な力だ。それにしてもアイツは、お前も知らない相手だったな」
「ああ、ナンバーズの殆どを知っているだけに、知らないナンバーズってのは厄介だな」
 その相手とは、一度ぐらいしか出会ったことのないNo.]であった。
「久しぶりだな、キツネ野朗。黙って通してはくれないんだろうな」
「そうですね。確かに今回のセフィリアさんの処刑に関しては、他の数人のナンバーズ同様に納得はしていません。少しサービスしますと、中で待っているナンバーズはバルドルとクランツ。あとベルゼーさんのみです。リーダーである以前に、セフィリアさんは慕われていましたから」
 少し含んだものの言い様に、トレインの額がピクリと吊りあがる。
 女性であるセフィリアが同僚に慕われていると聞かされては、内心穏やかではいられないようだ。
 そのような場合ではないと解っていても、苛立つ自分にトレインは気がついていた。
「本音を言うと、僕もセフィリアさんを慕っていた一人です。だからいずれ僕の手で知るべき事は知るつもりです。ただ、今はあなた方という敵を倒すのが命令です。この僕のセイレーンで」
 そう言ってスカーフのように身に纏うのは、先ほど自分達を襲った布であった。
 トレインも初めて見る武器であるが、どうやらオリハルコンを繊維状にして編みこんだものらしい。
 もしかするとナンバーズの誰よりも手と金のかかる武器かもしれない。
「トレイン、俺がやろうか?」
「いや、二人掛かりだ。俺たちの目的はセフィリアを助ける事だ。キツネ野朗の話を信用するわけじゃないが、クランツとバルドルに加えてベルゼーまでいるとなると一人を残して他が突入するよりも二人掛かりで倒した方が良い」
「トレイン、私は?」
 ナンバーズが現れてさえ自分は駄目なのかと言う意味を込めてイヴが尋ねる。
 確かにセフィリアの元へたどり着くまで、自分は五体満足でいなければならない。
 だがギリギリになれば参戦せざるを得ないはずだ。
「すまねえ、姫っち。相棒を庇いながらなんて器用な戦い方は出来ない相手だからな」
 相棒という点に力を込めて言われ、イヴは次の言葉を発する事ができなかった。
 普段相棒だなんて表現はしたことがないはずなのに、この場で急にそう言うのはある意味卑怯であった。
「わかった。私は、自分の事を守るのを最優先にする」
 不承不承頷くと、No.]であるシャオリーがこちらを射抜くようにして見た。
「それでは行かせてもらいます」
 シャオリーの言葉に身構えるトレインとスヴェンであったが、急にシャオリーの方が構えをといた。
 地が笑い顔と言うような顔の上に、変化が現れる。
 ほとんど顔を合わせたことのないトレインたちにでさえ、それがシャオリーの驚き顔だと解るほどに。
「貴方が何故ここに。貴方だけには緊急の召集がかけられていないはずなのに」
「だろうな。俺もある人物から知らされた時には耳を疑った。恐らく、俺とトレインの因縁を知るベルゼーが意図して外したのだろう」
 トレインたちの背後、森の中からゆっくりと姿を現したのはルガートであった。
 淡々と話してはいるがかなり立腹しているようだ。
 トレインたちを無視してシャオリーに近づくと、リントブルムをつけた右手を音が出るほど握り締める。
「少々気に食わない命令ぐらいなら聞いてやる。だがトレインを倒すのは俺だ。その仇敵をよってたかって横取りしようなどと、許せるはずもない」
「裏切る、という事ですか?」
「確認するまでもない。それに強くなるには強い相手と戦うのが一番だ。そう言う点でも好都合ではある」
 構えながら一体どうなっているんだという顔のトレインたちへと、ルガートが振り返らず言う。
「そう言うわけだ、お前達は先に行け」
「いいのか、俺と戦う為にリントブルムが必要なんだろ?」
「ふん、ハーディスを持ちながらクロノスを裏切った男の言葉とも思えんな。お前にできて俺に出来ない事はない」
 言い終わらないうちに、ルガートが地面を蹴っていた。
 まるでスヴェンがグラスパーアイを発動した時のように、姿が霞んで消える。
 また一段とスピードが増したルガートがシャオリーを攻めこみ、門の前からどけさせる。
「よくわからんが、罠というわけでもなさそうだ。お前の交友関係もたまには役にたつもんだ」
「命狙われてるけどね」
「こんな時にまで毒づくなよ、二人とも」
 セフィリアがいなくなってから久しい二人からの突込みを受け、トレインは二人と一緒に洋館の門をくぐった。
 そして洋館の扉に手を当てながら、ふとあることを思いつく。
 ルガートはある人物から自分達がこの場所へと向かった事を教えられたと言った。
 口ぶりからまたベルゼーがというわけでもなさそうで、それでは一体誰なのか。
 振って沸いた疑問であったが、トレインはセフィリアを優先させる事で一時的に頭から追い出した。
 そして洋館の扉を押し、開ける。
「なんだ、シャオリーの奴もうやられちまったのか。アイツの表面からは想像できない残酷さは気に入ってたんだがな」
「所詮はスカウト組みということだ。クロノスの申し子である私たちとは違う」
 大きなホールも兼ねた玄関口、そこで待っていたのはシャオリーの言った通りの二人組みであった。
 因縁という意味では、ナンバーズの中でもっともトレインたちと関係するバルドルとクランツ。
 自らの武器であるヘイルダムとマルスを手に、二人はトレインたちを待っていた。
「もうこの二人を見て、戦闘を避けようという気は皆無だな」
「そうだな、今度こそ戦いは避けられない。姫っち、悪いがまたさがっていてくれ。主義思想は抜きにしても、手ごわい相手だぜ」
 トレインとスヴェンも自分達の武器であるハーディスとアタッシュウェポンケースを手に前に進みである。
 イヴは言われた通りに下がりながらも、いざとなったらと言う意味を込めて瞳に力を入れた。
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