第二十一話 時の番人としての運命
 スヴェンとは違い、どこをそうすれば解散などという考えに行き着くのかイヴには理解できなかった。
 セフィリアを助けに行くと決めたのなら、三人一緒だと当たり前のように思っていたからだ。
 解散と言う言葉から胸を締め付けられたように感じ、イヴは胸に手を当てながらすがるようにスヴェンへと振り向いた。
「スヴェン……」
「今回は、星の使途の時とはくらべものにならないって事だ。奴らは力こそあれ、所詮は個人の集まりだった。だがクロノスは違う。セフィリア一人を助け出した所で、びくともしない。危険な蜂の巣を全員でつつく必要はないってことだ」
 タバコを燻らせながら努めて冷静にスヴェンは言った。
「そう言うことだ。それにセフィリアについては俺の個人的な感情に基づく行動だ。だから二人には、クロノスの支配下にない場所に行って欲しい」
「それは違うよ、トレイン。トレインだけなんかじゃない。私もスヴェンも、セフィリアさんを助けたいって思ってる。スヴェンだって、そうだよね?」
「ああ、そうだな」
 スヴェンから同意をもらえ喜んだのも束の間。
 次にスヴェンがとった行動にイヴは目を丸くした。
 肩に置かれた手で引っ張られて後ろに下げられると、イヴと位置を変わるようにトレインへと肉薄したスヴェン。
 その拳が見事にトレインの頬を貫いたからだ。
 全くの予想外はトレインも同様であり、なすすべもなく狭い玄関の中で転げる。
「痛ェ」
 手加減はなかったらしく、唇から漏れた血を拭ったトレインが呟く。
「そいつは、勝手にチームを解散しようなんて言った落とし前だ。いいか、トレイン。確かにクロノスに手を出せば、今後俺たちの行動には制限がかかる。掃除屋稼業も続けられなくなるだろう」
「だから俺は一人で行くつもりだった。俺や姫っちはともかくとして、アンタには続けなきゃならない理由があるだろう?」
 危険だからと言う理由だけで解散を言い出したわけではないことに少し驚きながら、スヴェンは言った。
「確かに俺は、大勢の人を救う為にロイドからヴィジョン・アイを受け継いだ。だけどな、セフィリアが例外であっていいはずがない。つい最近まで生活を共にした女性一人見捨てて逃げ出しちゃロイドに会わせる顔がない」
「トレイン、私も出来るなら掃除屋を続けたい。それが人の言いなりになって多くの命を奪ってきた私なりの贖罪だから。だからこそセフィリアさんを見捨てられない。助けたい」
「まったく」
 スヴェンの、そしてイヴの言葉を聞いてトレインは薄く笑った。
 これから何に立ち向かおうとしているのか、歯向かおうとしているのか解っているのかと問いただしたい気分であった。
 だが実行すれば迷うことなくクロノスという単語が出てくるのであろう。
 自分はこんなにも馬鹿な連中と今まで一緒に掃除屋をやってきたのかと、驚くと同時に嬉しくなってくる。
「生きて帰られる保障なんてないぜ」
「だろうな。それでもこの場にいる三人ともう一人で戻ってくるつもりだ」
 脅しを含めた台詞に間髪いれずスヴェンが答えた。
「生きて帰っても、掃除屋は廃業だぞ」
「掃除屋は手段であって目的じゃない。人を救う方法は他にだってある」
 強く言い切りイヴが笑うと、手を差し伸べられた。
 同じくスヴェンからも。
 トレインは差し伸べられた二つの手を取り、立ち上がった。
「なら俺はもう何も言わねえ。最後にでっかい仕事してやろうぜ、報酬はないけどな」
 そう言ってトレインはスヴェンにデータディスクを渡して内容の読み取りを頼んだ。
 こういった機器に一番詳しいのはスヴェンであり、早速スヴェンの部屋でデータディスクの内容を読み取る事にした。
 パソコンの正面にスヴェンが座り、その左右からトレインとイヴがディスプレイを覗き込む。
 データディスクに入っていたデータは、ベルゼーが言った通りのものであった。
 セフィリアの処刑場所とその期日。
 期日そのものは一週間とまだ少し余裕があった。
 他にはクロノスの影響下にない各国の街や村の情報、あくまで比較的安全な場所のリストであった。
「あの人、どうしてここまでしてくれたのかな」
 イヴの疑問はもっともで、スヴェンともどもトレインへと視線を送る。
「ベルゼーの考えなんてわからねえよ。普段から何を考えているかわからないって程突飛な考えじゃないんだが、読み取る事は不可能。ただ、クロノスには絶対的服従しているはずだ」
「絶対的服従か……わからないものだな。なのにこうやって、ん?」
 データディスクの中身を眺めていたスヴェンが、ある一点で手を止めた。
 ベルゼーは確かにセフィリアに関してと、クロノスの影響下にない場所のリストの二点だと言ったはずだ。
 なのにこのデータディスクには三つ目のデータが入れられていた。
「二人とも、少しこいつを見てくれ」
 ここまできて罠はないだろうとデータを開いた直後、三人はその内容に時を忘れ呆然とする事になった。





 一方、トレインたちのアジトを去ったベルゼーは、一週間後にセフィリアが処刑される場所へと赴いていた。
 人里離れた森の中にある洋館。
 辺り一帯がクロノス所有の森に建てられた洋館は、昔から裏切り者の処刑の場所として使われてきた場所であった。
 地下には牢獄、専用の処刑部屋にはクロノス幹部へと繋がるモニターまでも用意されている。
 幾人もの裏切り者の死を見つめてきた、歴史ある洋館である。
 その門の前に立ったベルゼーは、連れである部下の一人に声をかけた。
「一週間後までに、可能な限りのナンバーズをこの洋館に召集しろ」
「可能な限りですか?」
「そうだ。特別な急務がある者以外は全てだ」
「しかし……」
 洋館の門をくぐり屋内を歩きながら、部下が言いよどんだ理由は察していた。
「一週間後には前リーダーであるセフィリア様の。ジェノス様と言った、今回の処刑に納得の言っていないメンバーを集めるのは難しいかと」
「ならば、意思ある者だけでもいい。不吉を届けに猫がやってくる。そう言えば、多少は集めやすかろう」
「猫……はッ、了解しました」
 猫と言う言葉が何かをさっすると、部下はすぐさま連絡の為に走った。
 恐らく猫と聞いただけで、バルドルとクランツはやってくる事であろう。
 何よりもセフィリアや自分と言ったクロノスの申し子である二人にとって、今回のセフィリアの失態は許せないからである。
 こないのは恐らくはジェノスを筆頭にクロノスの申し子ではないスカウト組みであろう。
 ナンバーズには基本的に二種類の人間がいる。
 クロノスで生まれ、クロノスの為に育てられ力を手にした申し子達。
 もう一つがクロノスの外で生まれ、望む望まざると関係なく力を手にしクロノスの目にとまった者達。
 両者の決定的な違いは、自由と言う意味を知っているかどうかである。
「自由の意味を知らなければ、憧れる事も望む事もない。だが、セフィリアは自由の意味を知ってしまった。辛かっただろうな」
 自由を知らない申し子達は、自由を知ることを許されてはいない。
 自由を知ろうとすればする程、体が拒否反応を示す。
 それはクロノスによって申し子達に埋め込まれた呪いのようなものである。
 決して裏切れない首輪でもあった。
「トレイン、私がセフィリアの為にしてやれるのはここまでだ。後は自分自身と仲間の力で掴み取れ」
 窓の外に見える森と空へと向けて呟いた後、ベルゼーは自嘲的に笑った。
 自分の行動の無軌道ぶりに笑いたくなったのだ。
 トレインたちにセフィリアを救う為の道を用意しながら、こうして迎え撃つ為の準備を行おうとしている。
「今なら私にも、クロノスを抜けたトレインの気持ちがわかるかもしれないな」
 自分の気持ちを偽らずに、願ったように行動したい。
 出来る事ならセフィリアをトレインの元へと、そう願った瞬間にベルゼーは口元を押さえていた。
 原因不明の吐き気に足が震えるほどのめまい。
 そう、それがクロノスの申し子達にかけられた呪いである。
「お前は救えるか、トレイン。セフィリアをクロノスから、この呪いから」
 自分には決して出来ない願いをトレインへと託したベルゼーは、吐き気も何もかもを飲み込んだ。
 ただクロノ・ナンバーズのリーダーとして、トレインたちを迎え撃つ為の準備の為に歩いた。

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