もう直ぐ約束の一ヶ月が過ぎようとしていた。 イヴはソファーで読んでいた本を下げて、隣に座っていたトレインを盗み見た。 最近は当初のギクシャク感もなくなり、かなりセフィリアとトレインの距離は短くなっているはずである。 だが逆に言うと短くしかなっておらず、いまだ距離は残ったままである。 相変わらず自分から行動しないトレインはともかくとして、セフィリアは物思いにふけることが多くなっていた。 残りの日々を気にしているのか、それは定かではないが、物思いと言うよりも思いつめた表情が少し気になる。 「ん、どうした姫っち。俺の顔になにかついてんのか?」 「考え事、トレインには関係ない」 「なんか、ご機嫌斜めだな」 そろそろトレインが気付いてやるべきなのである。 なのに暢気に自分の隣でしょうもないテレビなどを見て、苛立ちが募る。 今度ははっきりとトレインの横顔を睨んでやろうとしてふと、気付く。 トレインの顔はテレビの方を見てはいるが、瞳の焦点が画面にはあっていないのだ。 「トレイン?」 つい声をかけてしまったが、トレインの反応は一拍おいてのものであった。 そしてその内容は問いかけに答えるものではなかった。 「姫っち、なんか最近セフィリアの様子、おかしくねえか? 普段しないようなミスが多かったり、例えば飯の味つけが妙に薄かったり濃かったり。この前なんか掃除機片手にボケっと十分近く立ちっぱなしだったぞ」 他にもゴミを燃やそうとして煙に巻かれたり、食器洗い中にお皿を割ったりとセフィリアのミスが出てくる。 イヴが思っていたよりもトレインはセフィリアの事を見ている、気にしていた。 その事に感心しつつ、やはりセフィリアの様子のおかしさが再認識される。 やはり一ヶ月の事を気にしているのか、他に何かあるのか。 「あの、トレインそれにイヴちゃん」 ふいに投げかけられた言葉に、二人は同時に振り返った。 まさかいるとは思わなかったセフィリアに声をかけられ驚いたのだ。 「スヴェンさんはいないのですか?」 「スヴェン? スヴェンなら用事があるとかで出かけてますけど。スヴェンに用事ですか?」 「そう言うわけでは。スヴェンさんにというか、トレインとイヴちゃんにも」 歯切れの悪い言葉にトレインとイヴは見合い、わずかに首をかしげる。 「二人とも今日は、何か予定はありますか?」 「最近はこれといった仕事もないし、今日もアジトでごろごろだな。買い物にでも付き合って欲しかったのか?」 「いえ、買い物は先日すませたばかりです。アジトにいるのなら、それでかまいません。少し外に出るのでそれだけを伝えておこうかと」 結局それだけの事を伝えたかっただけなのか、セフィリアはそのまま玄関から外へと出て行ってしまった。 イヴとトレインはもう一度お互いに見合って、セフィリアの言動の不可解さを思った。 この一ヶ月、買い物以外の理由でセフィリアが一人で外に出るような事はなかった。 アジトに転がり込んだ理由が理由なだけに、出かけるとしても必ず誰かを共にしていたのだ。 イヴは自分と同じようにセフィリアの事を考えているトレインに言った。 「トレイン、追いかけなよ。セフィリアさんやっぱり、何かおかしいよ。本当はトレインについてきて欲しかったんじゃないの?」 「やっぱり、そうだよな。姫っち、ちょっと行ってくるぜ。スヴェンにもそう言っておいてくれ」 確認してようやく確信が持てる程度のトレインの走っていく背中に、にぶちんと投げかける。 空回りを続けていたセフィリアもセフィリアだが、トレインもいい加減セフィリアと自分の両方の気持ちに気付くべきである。 やれやれと溜息をついてしまいそうなイヴであったが、まだ自分がそういう経験がないため言いたい放題になるしかない。 かといって恋愛をしたいとも思えず、読書を続けようと持っていた本に視線を落とす。 するとアジトのドアを壊さんばかりにスヴェンが駆け込んできた。 「イヴ、セフィリアはどこだ!」 「スヴェン、どうしたの?」 「とんでもない事がわかったんだ。はやくトレインに伝えてやらないと、トレインはどこだ!」 「トレインなら、外に出て行ったセフィリアさんを追って出ていったけど」 その事を伝えるとなんてことだとスヴェンが壁を叩かんばかりに呟いていた。 これで不安にならないほうがどうかしており、イヴは不安を胸にスヴェンに何があったのかを聞いた。 「スヴェン、一体何がわかったの?」 「セフィリアがここに来たのは他組織から命を狙われているからじゃなかったんだ。クロノスから逃げる為にここにきていたんだ。その証拠にアネットから連絡があって、クロノスが動き出した事を知らされた」 何故一ヶ月も経ってからクロノスが動き出したのか、セフィリアが言った期間も当初一ヶ月であった。 何か意図的な期日のように思えてならなかったが、肝心なのはセフィリアが捕らえられようとしている事である。 そしてトレインやイヴの行動を把握してから外へと出て行ったセフィリア。 自ら出て行くつもりだったのか、イヴはスヴェンと共にアジトを飛び出していった。 一方のトレインは、すぐにアジトを出たにも関わらずセフィリアの姿を見失っていた。 すぐに追いつくだろうと急いで走らなかった事もあるが、セフィリアの行動がそれ以上に早かったのだ。 アジトから続く街外れの道を歩き、大通りのある街中へと入っていく。 そしてトレインはすぐに街並みの中にいくつもの違和感を感じ取るのことになった。 街だけあって人通りは多いのは何時もの事だが、その中に普段は裏道か夜にしか出歩きそうにない面々がちらほら見て取れたのだ。 「なにかあったのか? 妙に気を張った連中ばっかりいるな」 俺には関係ないねと無視するにはそういった連中が数多く、面倒ごとを避けるためにトレインは一度大通りを避けることにした。 大通りから横道へと避け、名前も知らないような公園へと入っていく。 セフィリアの事は気になるが少し時間を置いてから探そうと、腰の下ろせそうなベンチを探して辺りを見渡す。 その折に目に入ったのは、公園の中を一人歩くセフィリアの姿であった。 公園に来る為にわざわざ歩いてまで街へと繰り出したのか、トレインは声を大きくして叫ぶ。 「セフィリア!」 立ち止まったセフィリアが振り返る、どんな表情をしているのか目に納める前にトレインはその場を飛び去った。 直後トレインがいたはずの場所に、鉄球のようなものが突っ込みコンクリートの足元がひび割れ陥没する。 「ヘイムダル、バルドルか?!」 見覚えのある武器に繋がる鎖を追って姿を確認しようとするが、間逆である自分の背後から次なる殺気が迫っていた。 姿を確認する前にしゃがみ込むと頭上を特殊な音を奏でた武器が駆け抜ける。 それだけに留まらず、一度でも立ち止まれば四肢をバラバラにされてしまいそうな連続攻撃が繰り出される。 「クランツまで。なんでこんなところに」 無手のまま避け続けるなど容易ではなく、トレインが腰のホルダーにあるハーディスへと手を伸ばす。 抜きさる隙をうかがい今だと取り出し銃口を向けた瞬間、セフィリアの声が響く。 「バルドル、クランツ武器を納めなさい。命令です!」 リーダーであるセフィリアの命令は、クロノスからの命令。 クロノスに対して絶対の忠誠を誓う二人が止まらない筈がないとトレインが気を抜くのは少し早かった。 セフィリアの命令を聞いてもクランツは止まらず、気を抜いてしまったトレインの右肩をマルスの刀身が走る。 二人がクロノスに対して背信行為をおかした事実に驚き傷を負ったトレインに明らかな隙ができていた。 「トレイン!」 自分では止められないとセフィリアが叫ぶが、静かな声がクランツをとめた。 「命令だ。二人とも、武器を納めろ」 今度こそクランツの動きは止まり、振動ナイフであるマルスを止めていた。 そのまま何も言わずにトレインのそばを離れたクランツであるが、バルドルの方は明らかな舌打ちを打っていた。 「アンタの命令なら仕方がねえ。なんたって、ナンバーズのリーダーだからな」 「ベルゼーがナンバーズのリーダー?」 右肩からの出血を押さえつけながら、トレインは信じられないように呟いた。 セフィリアの命令では止まらなかった二人を、命令の一言で押さえつけたのはベルゼー。 副リーダーであったはずのベルゼーである。 「トレイン、大丈夫ですか?!」 混乱したトレインへと駆け寄ろうとしたセフィリアを、ベルゼーのグングニルが止めた。 単純に地面に対して垂直に突き立てただけであるが、それ以上動けば躊躇いはないと言う意思表示である。 「トレイン、セフィリアは連れて行く。それとも、三人のナンバーズを同時に相手にしてでも止めるか?」 確かにナンバーズを同時に三人も相手にしては、トレインもなすすべはない。 それでもセフィリアを連れて行くと言われて、引き下がる気などありはしない。 戦う事も辞さない意志でトレインがベルゼーを睨み付けた事で、一番怯えたのはセフィリアであった。 いくら自分の為とはいえ、勝ち目のない戦いに身を投じて欲しくなどない。 トレインの事を一番に考えるならと、アジトを一人で出てきた時の決意をもう一度胸に秘め、セフィリアは言った。 「トレイン、なにも心配しないでください。少しクロノスに戻るだけですから」 そんな言葉が嘘だと言う事は、明らかに解っていた。 だがトレインは動けなかった。 クロノスが普段使う軍用ヘリが下りてくる。 開けられたドアにバルドルが詰まらなさそうに乗り込み、クランツが無言で乗り込む。 そしてセフィリアが乗り込もうとした所で、やっとトレインの口が動いた。 「セフィリア」 「大丈夫です。トレイン、今までありがとうございました」 泣きそうな笑顔をトレインへと向けてからセフィリアが、そしてベルゼーが乗り込みヘリは行ってしまった。 呆然とヘリを見送ったトレインは、行き場のない気持ちを込めてセフィリアの名を思い切り叫んだ。
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