第十七話 たまにはのんびりと
 真っ白な洗濯物をお日様の下で広げながら、物干し竿にかけていく。
 もちろんその前にシワを伸ばす事を忘れずに。
 すっかり主婦業が板についてきたセフィリアは、性格的なものも手伝ってそつなくこなしていく。
 だがここへ来た当初、干す時にトレインのパンツを手にとってしばらく硬直してしまったはセフィリアだけの秘密である。
 洗濯かごからすべての洗濯物を干しきり満足していると、後ろからイヴが歩いてきた。
「セフィリアさん、トレイン知りませんか?」
「トレインですか? そういえば見てないですね。またふらりと散歩にでも出かけたのではないでしょうか?」
 やっぱりそうかとイヴが小さく溜息をついた。
「訓練、すっぽかされた。不戦勝で勝っても嬉しくないのに」
 訓練と聞いて、セフィリアはしばしば二人がそのような事をしている事を思い出した。
 とは言うものの、訓練になっているのはイヴのみで、トレインは半分以上からかっている所もあったが。
「そうですね。普段イヴちゃんにはお世話になっていますし、私でよろしければお付き合いいたしますが」
「え、でも……セフィリアさんに勝ってもあまり意味が」
「意味ですか? 詳しくはわかりませんが、たまには違う人を相手にしないと動きが単調になってしまいますよ」
「それじゃあ、お願いしていいですか?」
 ペコリと頭をさげてきたイヴにセフィリアが了承し、急遽二人による訓練が行われた。
 内容はトレインと行っているものと変わらず、規定時間内に一撃当てられるかどうかである。
 庭先を移動しなおし、時計を用意しさあこれからと言う所でスヴェンがアジトから顔を出してきた。
「お、なんだ今日はトレインが相手じゃないのか。これは少し面白そうだな」
 そう言い終わりふいに上を見上げると、何かを思いついたかのように車のあるガレージへと足を伸ばし始める。
 重そうにひっぱりだしてきたのは、屋外に設置するための木工テーブルである。
 その上に服の中からこまかい部品を散らばらせ作業を始めてしまう。
「まあ俺の事は気にせず始めてくれ」
 どちらかと言うとギャラリーと言うよりは、良い天気なので外で作業しようと思ったようだ。
 それはさておいて、時計のスイッチをイヴが入れ、セフィリアと視線を交わす。
 セフィリアの格好が私服にエプロンとなんだか気が抜ける格好だが、実力はトレインと同等のはずである。
 僅かに身を沈めた後にイヴが地面を蹴った。
「トランス、フィスト」
 ぼそりと呟いた後に、イヴの両手が光を帯びて変化していく。
 ナノマシンによる変身で鋼鉄のフィストを作り出したのだ。
 鋼鉄の重さも加えてセフィリアへと殴りかかっていくと、当たり前だがかわされる。
 そこまではトレインが相手の時とあまりかわりはなかった。
 違ったのは追撃を加えようと追いかけたセフィリアの姿が、背景に滲むように消えていった事だ。
 再び目で追った先にいたことはいたのだが、すぐに同じように消えてしまう。
「え?」
 特殊な足運びである桜舞という動きであるが、もちろんイヴにそんな知識はない。
 むしろセフィリアが本気を出しすぎであり、まさかとイヴは後ろを振り返った。
「わりぃ、姫っち遅れちまったぜ。でもセフィリアが相手になってるからいいよな」
 いつの間にかスヴェンが作業しているテーブルにトレインが肘をかけ、手のひらに顎を乗せていた。
 セフィリアの実力の底など知らないが、特殊な技を使う理由は知れた。
 トレインに良い格好を見せるのにセフィリアが全力をつくさないはずがない。
 すでにセフィリアの残像は十人を越え始め、一体何処に本人がいるかさえイヴはつかみ取れなくなっていた。
「セフィリアさん、大人気なさすぎです」
 せめてもの抵抗としてほほを膨らませても、セフィリア相手に効くはずもない。
 動きのつかめない相手に闇雲に殴りかかっても体力を消耗するだけで、イヴがなにか良い手はと考えているとトレインから意外な形で援護が送られた。
 本人には無自覚でそのつもりもなく、かつ声は限りなく小さかったが。
「なんか綺麗だな」
 だが効果は絶大で、残像を残すセフィリアの動きがあきらかに鈍っていた。
 流れる水のような動きが一転、坂道を転がる石のようにぎこちなくなる。
 例え地力では及ばずとも、今のセフィリアならばイヴでも目で追うことができた。
 両手のフィストに加え、髪の毛からも二本の腕を作り出し四つの手で殴りかかる。
 寸止め、完全に動きの止まったセフィリアの目の前で四つの手は止められた。
「お前がそんな言葉を使うようになったとは、変わったな。お前がね、綺麗か」
「違う。なんて言うか、動きだ。無駄のない動きがであって、セフィリアがってつもりで言ったんじゃない。ようなそれもまた違うような……」
 必死に否定するとセフィリアが違うのですかとでも言いたげな視線をよこすため、トレインの視線が泳いでいく。
 セフィリアの目はもうすでにイヴではなく、トレインのみに注がれていた。
 勝つには勝ったが、そんな実感がわくはずもなくイヴはトランスを解いて自分もまたテーブルに座る。
「なんか綺麗だな」
 似せる気はさらさらないままに、先ほどトレインが呟いた言葉を腹いせに真似てみる。
 さすがに気分を害したのか、トレインは立ち上がってイヴの頭をくしゃくしゃにかき回してからアジトの中へと入っていってしまう。
 イヴもイヴで文句を言いながら乱された髪を手櫛で整えていると、スヴェンの視線が屋根に向かっているのに気付いた。
 何を見ているのかと思えば、アジトの中へと入っていったトレインが屋根裏の窓から屋根に上っていたのだ。
 そしてごろんと屋根に寝転ぶと、昼寝を始めてしまった。
「なんでわざわざ」
「気にするなイヴ、トレインがする事だ。さて、茶でも飲むか。トレイン、それにセ……あれ」
 立ち上がったスヴェンが二人も飲むかと尋ねようとすると、トレインはともかくセフィリアの姿が消えていた。
 どこへ行ったのかと見渡していると、イヴが居場所を教えてくれた。
「スヴェン、上」
 言われるままに上、つまりはトレインがいる場所を見上げると屋根に寝転がっているトレインをなんとか膝枕できないか奮闘しているセフィリアがいた。
 ただし奮闘といっても、まずは自分がなんとか正座できないか四苦八苦していた。
 屋根の傾きは半端ではなく、正座でもしようものなら頭から転がり落ちかねない。
 セフィリアがそんな間抜けな事をするとも思えなかったが、なにしろトレインがからむと何をしでかすか解らない女性である。
 少しの間スヴェンもイヴも上を見上げながらハラハラしたが、すぐに馬鹿らしくなってイヴは休憩をスヴェンはお茶をとりにアジトの中へと入っていった。
 一応人数分のティーカップとお菓子を盆にのせて戻ってくると、まず上を見上げた。
 意思の確認だけでもしたかったのだが、二人の姿が屋根の上から消え失せていた。
「あれ、イヴ二人はどこへいった?」
「そっち」
 イヴが指差したのはそれほど手入れされていない芝生を生えさせている場所である。
 そこではトレインを膝枕できて満足そうなセフィリアと、まんざらでもなさそうなトレインが一緒にひなたぼっこをしていた。
 状況を確認するまでもなく、セフィリアがひざまくらできるように降りてきたのだろう。
「きまぐれ猫が、相手の為に屋根から下りてくるようにまでなったか」
 感心するようにスヴェンが呟くと、ちらりとトレインが目を開けてすぐに閉じていた。
 聞こえてはいたようだが反論するつもりもないらしい。
 持ってきたティーセットをテーブルの上に置き、自分とイヴの分を入れて座る。
 お茶を飲みお菓子を一つ、二つ口に放り込み、またお茶を飲む。
「良い天気だね」
「そうだな」
 お茶請けの一つのような感じでぽつりとこぼしあう。
 穏やかだと実感できるままに日がな一日のんびりと出来る日など掃除屋稼業などしていればその数は知れている。
 たまにはこんな日もいいだろうと、スヴェンはへってきたティーカップのお茶を継ぎ足し、イヴにも注いでやる。
 特別な会話を交し合うでもなく、自然とイヴは本をアジトからとってきて読み出し、スヴェンは機械いじりを始めた。
 相変わらずトレインはお昼寝中であり、セフィリアも目を閉じながらトレインの髪を手ですいていた。
 行動はバラバラではあるがさして広くない一箇所で四人は今日と言う一日を過ごしていた。

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