第十二話 因縁の対決に決着
 ルガートから繰り出された拳、一つ一つを新たなハーディスで弾き飛ばしていく。
 オリハルコン製だけあって受け止めた衝撃音以外は軋んだ音一つ上げない丈夫さである。
 だがさすがに両腕から繰り出される拳は片手に持ったハーディスだけでは到底防ぎきる事は難しい。
 ハーディスを手にした事が嬉しくてつい飛び出してしまった事を後悔して、一旦さがろうとするもルガートが許すはずもない。
「どうしたトレイン、それでは先ほどまでと何も変らないぞ!」
 言われて直ぐにハーディスを向けるも、片手で押さえつけるように銃身をそらされる。
 瞬間、トレインは構わず弾丸を撃ち放っていた。
 足元へと捻り込まれた弾丸は土の中で真っ赤な光を放ちながら膨れ上がる。
 バーストブレッドによって盛り上がった地面から土くれが飛び散りはじめた。
「くッ!」
 まさかまだ特殊な弾丸が残っていたとも思っておらず、さらには目に入ってはとさすがのルガートも手で目を庇いながらさがる。
 当然トレインもルガートの手が止まった隙に下がって一息つく。
 これで正真正銘通常弾以外は、爆弾もバースト、フリーズブレッドもなし。
 自分の銃技だけが頼りであった。
「さて、お前のリントヴルムに見劣りしない武器だって解ったところで、やり直しといこうか」
 弾丸を込めなおし、自分の目の前で一度ハーディスをたてると、ルガートへと向けて引き金を振り絞った。
 ほぼ一つの銃声の後に三発の弾丸がルガートへと向かうが、その三つを弾きながらルガートが地面を蹴った。
 さらに三つの弾丸を放つもルガートを止める事は敵わなかった。
 そのままトレインへと接近したルガートの右の拳が振るわれ、ハーディスが二人の間に差し込まれる。
 片手を止めてもまだ左が残っているとばかりに突き出されるが、黒猫の爪が真正面から弾き返す。
 防御と攻撃を同時にしてくると思っておらず、気がつけばルガートの目の前にハーディスの姿があった。
「油断大敵」
 からかう様な声の後に放たれた弾丸は、身をのけぞらしたルガートの真上を通過していく。
 それで安心するのもまだ早く、顔を上げなおす前にトレインの蹴りが迫る。
 直撃を食らわないように宙返りを加えて飛び上がったのは良いが、トレインの良い的であった。
 新たに込めなおされた弾丸が迫り、一つ一つ丁寧にリントヴルムで弾いていく。
「さすがに今のは肝を冷やしたぞ」
「俺だってこいつを手にするまでは肝を冷やしっぱなしだったさ。にしても、なかなか勝負がつきにくいな」
 これで結構長時間戦っているのだ。
 お互い体力こそまだまだ残っているものの、これでは何時になったら勝負がつくのか解らない。
 このままでは些細な切欠で勝負がついてしまう可能性もあり、ザギーネを越えたいと思うトレインは望んでなどいない。
 どうやらルガートも似たような事を考えていたようで、すぐにニヤリと笑いかけてくる。
「ならば手は一つだ。互いの最強の技で、どちらかが倒れるまでぶつけ合う事だ」
「技の威力が劣るか、先に根負けした方が負けか。俺がこんなに好戦的な性格だとは思ってもみなかったな。その話、乗ったぜ」
 わざわざハーディスに込められていた弾丸を、ルガートの目の前で取り出し呟く。
 もう弾丸は必要ないという意思表示であった。
 対するルガートも自分の提案が受け入れられた事に笑うと、右の拳を腰の辺りで貯めて絞る。
 一度はトレインの旧ハーディスが破壊された事でうやむやとなったが、今度はどうなるかわからない。
 再びルガートの技が上回るか、ハーディスを手にしたトレインが盛り返すか。
 視線を交し合う事で合図を出すと、同時に蹴った地面が二箇所で爆発した。
 弓のように一直線に突き進むルガートと、竜巻のように体を回転させながら飛び出したトレイン。
「無双天牙!」
「ブラッククロウ!」
 一度目の勝負と全く同じ技名が二人の口から叫ばれる。
 真っ直ぐ突き進んだルガートの拳が一足早くトレインへと迫る。
 ブラッククロウの一撃目でルガートの拳は止まらず、二撃目で動きが鈍り、三撃目でよやく止めるに至る。
 ルガートの技を完全に止めたことにはなるが、トレインの方も似たようなものであった。
 技を相殺しあい向かい合って止まった状態から、ルガートはすぐさま身を屈めて至近距離から二度目の体勢に入っていた。
 トレインも一度だけ地面に足をつけると弱まった回転を強め、再度ブラッククロウを放つ。
 至近距離からの互いの技も一度目と似たような結果となると思われたが、明らかな違いがブラッククロウの一撃目から見えていた。
 一撃目でルガートの拳を鈍らせ、二撃目で完全に弾いたのだ。
 これにはトレインの方が驚いていたが、止めることなく無防備となったルガートの胸へと三撃目、計六連撃目を喰らわせる。
 胸に黒猫の爪あとが残されたルガートは、崩れるようにその場に倒れこんだ。
 トレインも連続のブラッククロウの後遺症で痛む体を支えるのがやっとで、荒い息をついているうちにルガートの呟きが聞こえた。
「そういうことか」
 自分が負けた理由を悟ったような呟きに、トレインは息を整える事さえ後回しにしてしまう。
 互角のはずの技の打ち合いで何故自分が打ち勝てたのか、まったくわからなかったからだ。
「どう、いうことだ?」
「どうもこうもない。ただ俺がお前に劣っていたという事だけだ」
 それだけではないはずなのだが、ルガートがそれ以上理由を口にする事はなかった。
 ただ自らの敗北を認め、仰向けになってトレインへという。
「さあ、お前の勝ちだ。敗者の処遇を決めるがいい」
「言うまでもないだろ、そんなもん。お前の好きにしろよ」
「確かにそう言うと思ったが、俺は生きている限りお前の首を狙い続けるぞ。それでもか?」
「ああ、またやろうぜ」
 戦闘狂のような自分の台詞にトレインが一度笑ってから尋ねる。
「お前はこれから、どうするんだ? クロノスにい続けるのか?」
「言っただろう。俺は生きている限りお前の首を狙うと。その為にはオリハルコンの武器が必要だ。となれば答えは決まっている」
「飼いならされた生活で耐えられるのか?」
「飼いならされたつもりなど何処にもない。利用しているだけ、要は受け取り方しだいだ」
「まあ、お前がそれでいいならいいさ。準備ができたら言えよ。いつでも付き合うからさ」
 片手を上げてまるで遊びの約束でも取り付けるように言うと、トレインは倒れているルガートをおいて歩き出した。
 連続のブラッククロウのせいで耐え難い痛みを訴え続ける体をなんとか動かし、時には木に手を触れさせながら歩く。
 アジトまで無事にたどり着けるのか、不安になってすぐに案の定膝が意志に反して折れた。
 悪い事は続くもので、つかまれそうな木もなく倒れこむしかなかった。
 だがトレインの体が地面に倒れこむ事はなかった。
「大丈夫ですか、トレイン?」
「見てたのか?」
 それはルガートとの勝負の事を指していたのだが、セフィリアはゆっくりと首を振ってからトレインに肩を貸した。
 ゆっくりとトレインを歩かせながら、先ほどの問いかけに答える。
「いいえ、頃合を見計り迎えに来ました。今頃ルガートの方もベルゼーが迎えに行っています。私達はハーディスを貴方に渡した事以外は、何一つ勝負に触れていません」
 それを聞いてトレインは心底ホッとしていた。
 自分達の戦いには、例えどんなに些細な事でも干渉して欲しくなかったからだ。
 ハーディスの件はルガート自身も望んだ為、例外中の例外であるが。
 本当に、正真正銘の真剣勝負であったことに安心すると、これまで以上にトレインの体から力が抜けていった。
 一瞬でもホッとした事に、保っていた緊張感が切れてしまったのだろう。
 セフィリアに断る事もできず、むしろセフィリアを巻き込んでトレインは意識を失い倒れこんでしまった。
「あの……トレイン?」
 押し倒される格好で自分まで倒れてしまったセフィリアは、頬を染めながら困り果てていた。
 そのままトレインを自分の上からどけて、アジトまで連れて行くことができないわけではない。
 ただもう少しこのままでも良いかなという考えが頭から離れず、腕に力が入らずトレインを上からどける事ができない。
 しばらく考えた結果、とりあえずはトレインの真下から這い出し、トレインを仰向けに寝ころがし膝枕を始めた。
 そのままトレインがおきるまではと、その顔を眺めながら長い時間をセフィリアは待っていた。

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