第九話 元]Vと現]T
 アジトの玄関でセフィリアを見送ろうとしていたトレインは、彼女の背中へと視線を注ぐ。
 セフィリアの様子が今日はずっとおかしかったのもあるが、自分がどれだけ無茶な要求を彼女に伝えたか理解していたからだ。
 断られるのも範疇のうちだから気に病む必要はないと言葉を投げかけた。
「すまなかったなセフィリア。こっちの事はなんとかするさ」
「ええ、わかっています。私も……できるだけのことはしてみます」
 振り返らず答えたセフィリアを、その姿が見えなくなるまでトレインは見送っていた。
 その時セフィリアがどんな顔をしているのか予想する事もなく、ただ断られたと思い見送っていた。
 やがてその後姿が見えなくなると同時に、ゆっくりと玄関を閉じて完全に彼女への視界をさえぎってしまう。
「ダメ、だったみたいだな。どうするつもりだ?」
 玄関が閉まると同時に、控えていた部屋から顔を覗かせてきたスヴェンが問いかけた。
「ないもんを欲しがってもしょうがないさ。今手にあるカードでなんとかするしかないだろ。それよりも、スヴェン腹減らねえか?」
「なんだ、急に?」
「飯食いにいこうぜ、飯。姫っちもつれて行こうぜ。俺のおごりでいいからさ」
「どういう風のふきまわしだ。最後の晩餐のつもりなら行かねえぞ」
「そんなつもりはねえよ。おーい、姫っち。飯に行こうぜ!」
 だったらどういうつもりなのか。
 そう問いかけるスヴェンの視線をかわすように、トレインはアジトの奥にいるであろうイヴへと声をかける。
「トレイン、一人でいってくれば? スヴェンが行くなら、行くけど……」
「冷たすぎるぞ。それに姫っち、そろそろ親離れしろよ」
「別に、トレインこそ早く大人にでもなったら?」
 スヴェンと同じようにご飯の誘いをしぶるイヴの背中に回りこむと、トレインは無理やりにでもその背中を押し始めた。
 先にガレージで待ってるからなとスヴェンに声をかけてアジトを出て行ってしまう。
 普段からつかめない性格をしているが、今はもっとつかめなかった。
 ルガートに勝ちたいといった事から相当拘っているかとおもいきや、勝利のためのピースであるオリハルコンが手に入らないとなってもあの態度。
 オリハルコンがなくても勝てると思っているのか、それとも……
 スヴェンは帽子を目深にするように手で押さえながら溜息をつくと、車の鍵をとりにいき、それから玄関の扉に手を添えた。





 こんな事は以前にもあったことであった。
 休日にトレインと会い、翌日は上の空ばかり。
 今回は手のひらを見ているわけではなかったが、セフィリアは仕事に身が入っていないのは同じであった。
 時折憂いを帯びた顔つきで溜息をつくところなどは、以前よりももっと酷くなっていたのかもしれない。
 今度は何があったのか、知っていながらもベルゼーは知らない振りをしながら尋ねていた。
「また、悩み事か?」
「あ、すみません。次の書類を……」
 言われるままにベルゼーが書類を渡しても、受け取ったセフィリアは書面の文字を読み始めようとはしていなかった。
 目線だけは書類上にあるのだが、文字を追っていないのだ。
「トレインとルガートのことか?」
 確信をついた言葉は、想像以上にセフィリアを驚かせたようであった。
「何故、貴方が?」
「ルガートの身辺調査と、スカウトを直接行ったのは私だ。その時にトレインとの事も少なからず入手している。それと、トレインとルガートが三日後に決闘の約束をした事もな」
 決闘の日にちまで教えてしまったのは喋るすぎたか、ますますセフィリアは考えにふけってしまった。
 いや、ふけると言うよりも、苦悩するように片手で髪を掻き分け頭を抱えていた。
「個人としても、部下の一人としても進言するが。あまりトレインと関わらない事だ」
「それはどう言う、貴方は何を知っているのですか?」
「あいにくトレインとルガートについては、渡した書類以上の事は知らない。私が言っているのはセフィリア、お前の事だ。トレインと出会ってから、幾度か体調の不良を感じた事があるだろう?」
「ええ、原因はよくわからないのですが、何度か」
「そう言うことだ」
 そう言われても、体調の不良がどうトレインと関わってくるのかセフィリアには解らなかった。
 セフィリアは確かにクロノ・ナンバーズのリーダーをしているが、クロノスやクロノ・ナンバーズについてはベルゼーの方が余程詳しい。
 メイソンという例外はあるものの、ベルゼーも肉体が衰え始める年代であり、若さと言う点が勝りセフィリアがリーダーになったに過ぎない。
 ベルゼーはセフィリアの知らぬ何を知っているのか。
 そちらに考えが奪われそうになりながらも、首を振ってセフィリアはトレインからの頼まれごとを思い出した。
 オリハルコンが、オリハルコン製の武器が欲しいと言う願い。
(でもそれだけはできない。オリハルコンはクロノスの最重要機密。この私でさえ、その生成方法、加工方法は知らされていない。知っているとすれば……)
 セフィリアが覗き見るようにしたのはベルゼーであった。
 だが頼んだとしても断られるのは目に見えていた。
 例えクロノ・ナンバーズのリーダーであろうと、例外はない。
 せめて加工方法さえわかれば、トレインに新たな武器を渡す方法はない事もないのだが。
「具合が悪いのであれば、少し休息にするか? このまま無理をしても、効率があがるわけでもない」
 気を使ってか、そう言い出したベルゼーをセフィリアは捕まえるように止めていた。
「待ってください。ベルゼー、一つだけ教えて欲しい事があります」
「その前に、一つ逆に聞かせて欲しい」
「なにを、でしょうか?」
 出鼻を挫かれるとは思わず、オウム返しのようにセフィリアは聞き返していた。
「私は何を聞かれようとしているのか、大体察している。だがセフィリア、お前はそれを実行した途端に、運命が定められる。変えることの出来ない、短い時しかお前には残らない。それでもか?」
「本当に、私が何を言おうとしたのか、わかっているのですね」
 もしもクロノ・ナンバーズではない、むしろそれを裏切った立場にいるトレインに渡したとすれば、待っている未来は一つしかない。
 だが例えそうだとしても、トレインが勝ち取りたいと願う未来を与えてあげたい。
 例えそうする事によって自分にどんな運命が待っているとしても。
 馬鹿な事だとは解っている。
 こんな馬鹿な事をたった一人の男の為に行おうとするなど、少し前の自分からは考えられもしなかった。
「おかしな話でしょう? 幾人幾百の人を殺してきた私が、たった一人の男の人の為に。狂っているのかもしれません。それとも以前の私が狂っていたのか。どちらにせよ、トレインのために、私のできることは全てしてあげたいのです」
「そうか。ならば私についてくることだ。三日後の決闘に間に合うかまでは保障しないがな」
 目を閉じ、セフィリアの決心を聞き届けるとベルゼーは背中を向けるように踵を返していた。
 そしてセフィリアを促すように言うと、確認する事すらせず歩き出していた。
 まさかベルゼーが協力してくれるとは思わず、セフィリアは自らの武器であるクライストを持ってついていった。





 その夜は美しい黄金の満月が上る夜であった。
 窓越しに覗いても、欠片もその美しさが損なわれる事はなく、らしくもなくトレインは自室からそれを見上げていた。
 自分が一体何のつもりでそうしていたかはわからず、やがて見上げるのを止めて自室を見渡した。
 あまり使用しない事もあってか、自分の部屋なのに愛着はそれほどあるわけではない。
 そんな部屋の中で一つだけ愛着をいだかずにはいられないのは、テーブルの上に無造作に置かれた愛銃であった。
「期待しても、無理なものは無理か。これでやるしかねえ」
 手に取り、腰のホルスターに納めると。
 変わりにザギーネから貰った子供の護身用の銃をテーブルに置いた。
 敵討ちのつもりは以前に言ったようになかった。
 望むのはそのようなことではなく、超えたと言う証、越えたと自分に納得させられる材料である勝利と言う文字である。
「行くか」
 ドアを開け廊下に出ると、まっすぐ階段へと向かう。
 その途中で、普段なら見る事のないものがイヴの部屋の前にあった。
 丁度トレインの顔がある位置に張られていた張り紙、その上にはパソコンでも使ったのかのような綺麗な字が書かれていた。
 勝ち逃げ厳禁と、イヴの文字で。
「勝ち逃げするつもりなんてないから、何時でもこいよな。姫っち」
 イヴの事であるから、こっそり起きてドアに張り付いているだろうからと軽くドアを叩いて返事を返す。
 また廊下を歩いていくと今度はスヴェンが待っており、手のひらサイズの紙袋を投げてよこしてくれた。
「特殊弾もろもろだ。そいつを使い切る前に、奥の手を使う前に決着がつくことを願ってるぞ」
「ああ、解ってるさ。ありがたく貰っておくよ」
 スヴェンの視線はトレインと言うよりも、その愛銃であるハーディスへと注がれていた。
 二人の見送りに送られて、トレインはアジトを出て行った。
 決闘の場所は、アジトよりも郊外のさらに郊外へ、山の中へと一歩足を踏み入れた場所にある。
 歩いてだいたい二十分ほどのところであるが、トレインはゆっくりと歩いていた。
 何気なしに上を見て目に入るのは、部屋の中から見上げていたのと同じ月。
 夜に月を見上げるような嗜好はなかったはずだが、なんとなくセフィリアの顔が月に重なるようにして思い出させられた。
「そういや、セフィリアの奴あれっきりこなかったな。できれば決闘前にもう一度会っておきたかったな」
 何故そう思ったか自分でもわからないままに、トレインはぼやきながら歩き続けていた。
 ルガートと決めた場所はもう目の前。
 人里と山を切り分ける境界線へと足を踏み入れると、ここだと場所を教えるかのような気配が流れ始めた。
 殺気などではなく、純粋にこの勝負と決着を欲している気配であった。
「待たせたな」
 月明かりが薄れるほどに木が多い茂る山林の中で、トレインは現れた男へと呟いた。
「ブラックキャット……いや、トレイン。互いの師の事もあるだろうが、今日は俺とお前が勝負をつける日。余計な事はドブにでも捨てる事だ」
「そう言いたいところだが、すんなり従うのも癪だからな。せめて口には出さない事にしておくさ」
「開始の合図は?」
「互いの姿が見えてから。つまり、もう開始ってことでよろしく!」
 これぐらいで隙をつける相手でもないため、遠慮なくトレインの方から開始の合図が弾丸付きで放たれた。
目次