しばらく経ってからアジトに帰って来たスヴェンを交えると、一度場所をリビングへと移動した。 セフィリアの体調がよくなったこともあったが、直接の理由はトレインが落ち着いて話したいと言ったからだ。 スヴェンがそれぞれの前にお茶を用意してからトレインが話し出したのは、自分のあこがれの人物の話であった。 名前はザギーネ、トレインの両親を殺した人物の事であった。 「ザギーネは強かった。格闘やナイフといったあらゆる殺人術、特に射撃の腕前は逸品だった」 「聞いた事のある名だな。ただそれは腕前のおかげと言うよりも、子を持つターゲットを殺す依頼を受けないと言う変わった殺し屋と言う意味でだが」 「でもトレインの両親を殺したのは、その人なんだよね?」 特に両親を殺した相手に憧れていると言うトレインの言葉の意味を図りかね、スヴェンとイヴがそろって首をかしげる。 「後で本人から聞いた話だが、依頼人が故意に黙っていたんだと。まあ、俺の両親が殺されたあたりはいいさ」 それで良いのかと言う思いもあったが、スヴェンもイヴも口を閉じる事にした。 肝心なのは過去に何があったかではなく、トレインがルガートと再戦を望む理由である。 「両親が殺された日から、俺はザギーネに育てられた。ザギーネの持つあらゆる技術を、殺しの技術を日々叩き込まれた。もちろん最初から俺も両親を殺した相手に憧れていたわけじゃない。ザギーネに向けて銃を撃って、返り討ちにあうなんてざらだった」 トレインにしては珍しく饒舌に自らの過去を語っていた。 今この瞬間が全てだと言いそうな普段と違うのは、やはりそれだけ今回のルガートのことが特別なのだろう。 つい本題を忘れてザギーネとの日々を語り出したトレインを、セフィリアが止めた。 「トレイン、貴方とザギーネの事はわかりました。ですが、まだ全く肝心の所が出てきません。そこを教えてもらえますか?」 自分に全く向けられない熱い視線を過去へと向けるトレインが嫌だったのか、声質が少し硬くなっていた。 相変わらずトレインはそんなセフィリアの様子に気づかずに、話の軌道だけを修正して続けた。 「わりい。それである雨の日に俺が買い物に出ると、人っ子一人いない裏路地で血まみれのザギーネを見つけたのさ。あの時は解らなかったが、すでに致命傷だった。俺の憧れた男が、最強だと信じていた男が、あっさり殺されちまった」 その日からザギーネを超える事だけを考えて生きてきたと続けたトレインは、ふいに言葉を閉じた。 一体どうしたのか訝しげにトレインの顔を覗き込もうとしたスヴェンやイヴ、セフィリアは見た。 普段のトレインでも、殺し屋としてのトレインでもなく、全く見た事のない第三のトレインの顔を。 喜びも悲しみでも様々な感情が押し込まれどれでもない笑みを浮かべるトレインの顔。 「あの日、ザギーネを殺した相手ってのがルガートの師匠だったんだ」 「トレイン、お前まさか」 敵討ちのつもりでもあるのか疑ったスヴェンであるが、それは杞憂に終わった。 「いや、敵討ちのつもりなんてこれぽっちもねえよ。敵討ちの件については、サヤのことで散々懲りてるしな」 一人セフィリアだけが、サヤの名に反応できなかったが、言葉通りトレインの顔は復讐に燃えるそれではなかった。 では先ほど浮かべた奇妙な笑みは何であったのか。 少々勘違いをさせてしまった事を薄々察したトレインは正直に自分の気持ちをさらけ出した。 「最初に言った通り、ザギーネは俺のあこがれだった。ガキの頃の大半を、ザギーネを越えたい一心で過ごしてきた。だからルガートが、ザギーネを殺した奴の弟子だと聞かされたときには嬉しかった。死んじまったザギーネを越えるなんて出来ないと思ってたからな。だけどルガートがいてくれた」 「ルガートを倒す事が、一つの区切り。ザギーネを超えると言う目標のゴールとなる。そう言うことですか?」 「ああ、何もルガートを殺すわけじゃない。俺たち二人が勝手に決着がついたと判断した時点で、この果し合いは終わりだ」 もちろん、ルガートはトレインを殺す気でくるだろうが、あえてトレインはその事については黙っていた。 無闇に心配をかける必要もない。 もっともそう簡単にスヴェンやセフィリアが騙されてくれるとも思えないが。 「解りました。ルガートとの決闘については、クロノスに知れないように私が手を尽くしましょう」 「そうしてくれると助かる。俺もクロノスに睨まれたいわけじゃないから。ただ……もう一つ、セフィリアに頼みたい事がある」 決断したように顔を引き締めたトレインは、一度スヴェンに目線をやってイヴを引き連れてこの場を離れてもらう。 「イヴ、ちょっとこっちへ。トレインとセフィリアだけにしてやれ」 「えっ、でも急に二人きりって言うのもセフィリアさんが耐えられるか……」 謎の言葉を残して退室して言ったイブを見送り、トレインは一度自分を落ち着けるように深呼吸をしていた。 ザギーネの話をする前に、スヴェンに頼みごとについて話したのだが結果は芳しくなかったのだ。 そうなると頼める相手は、今目の前にいるセフィリアしかいない。 ただし、この頼みごとが並々ならぬ内容であるのは、トレインも理解していた。 前を向くと妙に体を硬くして、どことなく舞い上がって上気しているセフィリアへと、それでも告げた。 「セフィリア、どうにかしてオリハルコンを手に入れられないか?」 告げた瞬間にセフィリアの体が大きく傾いたが、すぐに話の内容に目を見開き驚きの顔を見せてきていた。 確認するようにセフィリアはトレインの瞳を見つめたが、まっすぐに見つめ返されるだけであった。 トレインは正気であるのは間違いなかったが、常軌を逸していた。 オリハルコンはクロノスの中でも最高機密であり、オリハルコン製の武器を持つ事が許されるのはナンバーズだけ。 元]Vであるトレインがそれを知らないはずもなく、知っていてあえてこう言ってきているのだった。 「トレイン、それがどういう頼みか」 「解っている。俺もナンバーズになった時に聞かされた。オリハルコンの秘密は、時にナンバーズの命さえも上回る事もある。だがそれを承知で」 頼むと最後まで言う事は出来なかった。 セフィリアの伸ばされた腕、その先の手のひらがトレインの目の前で開かれていた。 これ以上言わさないように、頼まれないように。 そしてセフィリアは立ち上がり、トレインへと背を向けた。 そうでもしなければ、トレインの顔をみるだけで全ての頼みごとを引き受けてしまいそうになるからだ。 「今の言葉は聞かなかった事とします。貴方の行為はクロノスへの……」 「セフィリア?」 またしても突然、セフィリアは体調を崩したように顔色が悪くなっていっていた。 傾き始めた体を支えるように、ソファーの背もたれへと手を伸ばす。 もちろんトレインも手助けするように手を伸ばしていたが、セフィリアの方からその手を拒まれていた。 「悪い、俺もどうかしていた。知っていたはずなんだ、オリハルコンがクロノスにとってどういうものかを。ただどうしてもルガートに、いや。これ以上はなしだ。いいわけくさい」 セフィリアも、トレインの拘りようから何故オリハルコンが必要かは薄々察していた。 確かに今のままでは、トレインはルガートに勝てない。 だったらなおさら、セフィリアはトレインに勝利の為の布石を渡してやりたかった。 好意を寄せる男の為にできる事は全てしてやりたかったが、それはクロノスのNoTとして決して許されない行為。 その矛盾がセフィリアの体を締め付ける。 「セフィリア、お前本当に大丈夫か? もう少し姫っちのベッド借りてくか? 姫っちも嫌とは」 「大丈夫です。ただ、少し胸を借りてよいですか?」 立ち上がり気遣ってきたトレインへと目掛けて、セフィリアは倒れこんでいた。 体から殆どの力を抜いて、トレインに身をゆだねる。 迎え入れてくれた胸と支えてくれた腕の力強さに何の不安もなく、自分を締め付けていた矛盾が和らいでいく。 もたれられたトレインの方は、セフィリアの体調が気が気でないが、本人はいたって幸せそうであった。 よくわからないままに、トレインは赤子をあやすようにセフィリアの背中をさするように叩いてやっていた。
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