第三話 クロノス会議
 会議机で頬杖をついていたジェノスは、目の前にそろい踏みした顔ぶれを見て隠れて溜息をついていた。
 クロノ・ナンバーズは、それぞれが個別の任務を持っており、お互いに顔を知らない例も少なくない。
 そんなナンバーズではあるが、数ヶ月に一度、出席可能な者だけが集まる会議の時間が設けられている。
 簡単な任務の状況報告や、ナンバーズクラスの応援の要請などを行う為であるが、特に応援の要請は行われた事がない。
 それゆえ会議の意味合いが薄れているのだが、長年続いているものをおいそれと失くす事はできない。
「遅いでやんすね。セフィ姐」
 誰に言うでもなくジェノスが呟いたのは、そのままの意味であった。
 珍しくナンバーズが多めに集まったというのに、リーダーであるセフィリアが一向にその姿を見せないのだ。
「たく、こっちは見たくもねえニヤケ面と顔を突き合わせてるってのに、早く終わらせて欲しいもんだぜ」
「相変わらずつれないね、バルドル。こっちもアンタなんかよりは、可愛いお嬢さん方とお洒落なレストランで席をご一緒したいと思ってるところだよ」
「あまり遅いようでは、任務を優先させて退室した方が意味がある」
 ナンバーズ同士の死闘は厳禁と言う、戒律に触れない程度に睨んだバルドルと、その視線を受け流し笑う受け流すジェノス。
 二人の間に入るように言葉を発したのは、クランツであった。
 これ以上待てないと言いたげに、彼が席を立つと、バルドルも同じように席を立ってしまった。
「お二人とも、もうお帰りですか?」
「シャオリー、セフィリアに伝えておいてくれ。こっちは全ての敵を殲滅しますってな」
「全ての任務に支障も救援もいらない。足手まといは不要だとも」
「お伝えしておきます」
 あっさりシャオリーが了承した事で、おそらくしなくてもそうなのであろうが。
 部屋を出て行こうとした二人の前に、ベルゼーがさえぎっていた。
 特別何かを言ったわけではないのだが、それだけでバルドルとクランツは元居た席に座りなおしはじめた。
 一体何がとジェノスとシャオリーが不思議がっている前で、ベルゼーも自らの席について一呼吸置いてから話し始めた。
「セフィリアの事についてだ。最近、少し様子がおかしい」
「任務中に怪我でもしたんじゃないのか。そんなくだらない事なら、俺は行くぞ」
「落ち着くのだ、バルドル。それで、具体で気にはどうなのだ。ベルゼー」
 再び席を立とうしたバルドルを止めたのは、この場にいる最後のナンバーズであるメイソンであった。
 さすがに最古の古株には何もいえないのか、忌々しそうにバルドルが座りなおす。
「具体的に言うならば、隙だらけということだ」
「ありえない。仮にもナンバーズを束ねる彼女が隙だらけなど」
「本当の事だ。最近セフィリアに接した物で、異変を感じ取った者はいるか?」
 もともとこの施設に帰って来たばかりのバルドルとクランツは沈黙を保ち、メイソンはゆっくりと首を振った。
 思い当たる事があるのか、思い出す素振りをみせたのはジェノスと、シャオリーであった。
「そう言えば二、三日前ぐらい、セフィ姐が妙な事を聞いてきたな」
「ジェノスさんと僕の言う事は同じでしょう。そもそもジェノスさんを呼びに行ったのは僕ですから」
「セフィ姐に妙な事を聞かれたでやんす。どんな時に笑うのかって」
 ジェノスがそう言った瞬間、元々静かであった会議室がさらに静かになっていた。
「ありえねえ、何処の馬鹿女だ。そりゃ。俺は帰るぞ、はやく次の任務がしたくてウズウズしてるんだ」
「同感だ」
「申し訳ありません。遅れました」
 今度こそと立ち上がろうとするものの、遅れていたセフィリアが胸元に書類を持って会議室に入ってきた為に、またもやバルドルは帰りそこねてしまった。
 何度も何度も肩透かしをくらい、いい加減頭にきていたバルドルであったが、セフィリアが着てしまった以上帰るわけにもいかない。
 皆がつい先ほどまで話し合っていたセフィリアの様子については一たび頭から追い出し、それぞれの報告を行いあった。
 特に注意されたのは一年前の星の使途の残党のことであったが、残党どころか世間からはその名前すら忘れ去られようとしていた。
 これといった大きな報告もなく、さらには何時もと変わりのないセフィリアの様子に、話題を持ち出したベルゼーでさえもう大丈夫なのかと思っていた。
「以上、報告終わりでしょうか?」
「終わりだ、終わり。これ以上は何の報告のしようもねえ」
「そうですか。それでは以上で、会議を終わる事とします」
 異変はここから始まる事となった。
 席を立ったセフィリアが、持ってきていた書類を胸に抱えて退室していくその時、バサリとあるものが落ちた
 決して書類のような数枚の紙が落ちた音ではなく、会議では出てこなかった紙の束が落ちたような音であった。
 会議中のセフィリアが何時も通りであった為に、かえってその出来事が強調され皆の視線が床に落ちたそれ一点で交わる。
 途端に、誰もが言葉もなく絶句していた。
 セフィリア自身も落としてしまったそれを皆に見られた事で固まっており、唯一この部屋の中で動けたのはクランツただ一人であった。
「セフィリア、書類を落としたぞ」
 彼は視力がない故に、皆が書類と認識していないそれを書類と思っていたのだ。
 たった一人動ける彼が、固まっているセフィリアの代わりにそれを拾うが、彼の指先は見えなくなってしまった目よりも正確にそれを読み取っていた。
「なんだ……この季節はこれで決まり、プロ&セルフ技驚きメイク」
 あまりにも意外すぎるそれ、女性のファッション雑誌の表紙をクランツは指先で読み取って呟いてしまっていた。
 なんと反応してよいのか、誰もが言葉を発するのを戸惑っていたが、一番どうして良いのかわからなかったのは落としたセフィリア自身であった。
 俯き顔を真っ赤にして打ち震える姿はとても珍しく、そのようなセフィリアは皆が始めてみる姿であった。
 だが針のむしろの中で長い時間は耐えられなかったようで、セフィリアは意を決したようにクランツから女性誌を引っ手繰って逃げるように部屋を出て行った。
「セフィ姐、ちょっと可愛いかったでやんすよ」
「それにしてもあのセフィリアさんが」
「様子が変だってのは本当だったのか」
「雑誌を落としてからの、体温の急上昇は並ではなかった」
 順番にジェノス、シャオリー、バルドル、クランツと呟いた後、それぞれがつなげた言葉こそ違えど意味は同じであった。
「まいったな。それならそうと言ってくれればいつでもデートの誘いに乗ったのに」
「やはりデートは素顔で行った方が望ましいですよね。いっそ二人とも変装と言うのも面白いかもしれませんが」
「まあ、ナンバーズでまともなのも俺ぐらいのもんだからな。様子がおかしかったのもうなずける」
「強者は常に、女性を惹き付けるものか」
 皆が皆自分へと言う意味を込めていただけに、すぐさまお互いをけん制するように睨み合っていた。
 だがまだ若いといえる彼らは良い方であった。
「いかん、セフィリアはいわば孫のようなもので。いやいや、それはそれでアブノーマル的な」
「「「「アンタが一番図々しいな!」」」」
 年甲斐もなく照れているメイソンに、心を一つにしたナンバーズたちのつっこみが入れられる。
 もちろん正気であるメイソンはすぐに冗談だと付け足したが、一同の視線は今度はベルゼーへと集まっていた。
 アンタだけはと言う思いがかなったように、ベルゼーは最初から正気であり、考え込むようにしていた。
「ベルゼーの旦那は依存がないようで。いっちょ一勝負きめるでやんすか?」
「ジェノスさん、ナンバーズ同士の死闘は厳禁ですよ」
「ナンバーズ同士の死闘はクロノスへの背信と同義。だが、訓練ならかまわないだろ」
「十分後、演習場に各自が得物を持って集合。激しい訓練になりそうだ」
 こうなってくると全てのナンバーズが一同に会さなかった事が幸運であり、それぞれが不適な笑みを浮かべたまま会議室を後にしていった。
 結局会議室に残ったのは、一番図々しいといわれたメイソンと、考え込んだままのベルゼーであった。
 メイソンは椅子に座りなおすと、ベルゼーへと話しかけた。
「何を考えておる、ベルゼー。もしや猫が野良に戻った頃の事か?」
「似て、いるのかも知れません。偶然の出会いも、時として人を変えることになります。今はまだ、小さな変化に過ぎないかもしれませんが」
「今それを考えても仕方あるまい。お主が考えずにいられぬのも、同時に仕方のない事ではあるがな」
「考えても仕方のない……では、まずあちらを止める事にします。手伝っていただけますね、ナンバー]U?」
 ベルゼーが尋ねると同時に、施設全体が激しい揺れに包まれていた。
 バラバラと上から落ちてくる埃や、天井の欠片を気にしながらも、二人は四人が向かった訓練場へと足を向けた。
                         
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