第一話 世界樹の向こう側

 全ての授業を終えた小学校のグラウンドでは、自由を許された放課後という時間を目一杯使う子供達が遊びまわっていた。
 グラウンドの隅で流行の携帯、もしくはカードゲームを行う子供達もいるが全てがそうなわけではない。
 数人の友達と鬼ごっこをする子供もいれば、グラウンドを惜しげもなく使い、大人数でドッジボールを行っている子供たちもいる。
 そのドッジボールを行う子供達の中で一際目立つ男の子がいた。
 周りの同じ三年生の中でも小柄な体格でありながら、チームの中心となって動き回る鳳 孝也(おおとり たかや)である。
「喰らえ、この男女!」
 大人になってからでは決して使えない言葉遣いと共に、投げたボールが手加減なしに向かう。
 投げつけられたのは確かに女の子であったが、孝也が男女と表現するだけあって悲鳴を上げて逃げ回るような事はなかった。
 怖がりもせず正面からまともに孝也のボールを胸で受け取った。
「げっ!」
「あのね、大声で誰を狙うか言うやつがある? 本当に馬鹿なんだから」
 ボールを受け止めた女の子は呆れながらも、中央ラインを目指して助走を始めた。
「そう言って滝野さんが孝也を注意した場合、高確率で孝也を狙う。気をつけろよ、孝也」
「横でゴチャゴチャ囁くな、鬱陶しいぞ光輝!」
「あ、馬鹿ッ!」
 女の子が助走を終えてボールを投げつけたと同時に叫んだのには理由があった。
 氷室 光輝(ひむろ こうき)の指摘どおり孝也へと向かってボールを投げつけたら、その孝也が余所見をしていたからだ。
 当然と言えば当然だが、一度投げつけられたボールは相手が何をしていようと軌道を変えることはない。
 顔面へと食いついてくるボールに孝也が気付くも、もう遅い。
 バチンと平手を打ったような音がグラウンドに響くが、孝也が痛みを感じる事はなかった。
 恐る恐る開いた目に飛び込んでくるのは大人と見間違えるような大きな手の甲であった。
「孝也君、余所見してちゃいけないよ。危ないから……」
「ガンちゃん、サンキュー。命の恩人だ!」
「大げさだな、孝也君は」
 身振り手振りを交えて感激を表す孝也へと、苦笑と共に微笑むのは小岩 信博(こいわ のぶひろ)である。
 小岩という苗字に似合わず、大岩のような体を持っている。
 だが受け止めたボールを誰にもぶつけずそのまま外野へパスする所など、彼の性格を表していた。
「ガンちゃんこそもったいねえな。誰かにビシッとぶつければいいのに」
「う、うん。でも苦手なんだ、誰か一人を狙って投げるのって。僕が投げたら痛そうだし」
「でもそう言う遊びだぜ、コレって」
 理解しきれないとでも言いたげな孝也の口ぶりに、またまた口を挟んできたのは光輝である。
 やや長めの髪が邪魔なのか、何度も首を振りながら言った。
「ガンちゃんがそう言い始めたのは、孝也が間抜けにもガンちゃんのボールを顔面キャッチしてからだね。トラウマの元になった張本人がどの口で言うのやら」
「だあ、お前は一々面倒な喋り方すんな。それに好きで顔面キャッチッぉ!」
「うわ、もろいったな。大丈夫か、孝也」
 孝也が喋っている途中で急に光輝が身を引いた瞬間、今度こそ孝也の顔面にボールが当たった。
 尻餅をついて顔面を押さえる孝也のすぐそばにボールが落ち、テンテンと転がっていく。
 同年代の中でも一際背の低い孝也であるからして、普通の人の胸の位置が孝也にとっての顔面の位置なのだ。
 自然と顔面キャッチが多くなるのだが、納得して仕方がないで済ます孝也ではない。
 顔のヒリヒリがおさまらないうちに近くに落ちていたボールを拾うと、血走った目で相手側コートを睨みつける。
「顔面はセーフだよな、セーフにするぞ。って言うか、俺にぶつけた奴はどいつだ。まずはそいつを狙い撃ちだ!」
「は〜い、終了」
 いきりたって投げ返そうとした孝也に向かって、間延びさせた終了宣言が先ほどの女の子から掛けられる。
 余りにも突然の終了宣言に、勢いが空回りした孝也はつまづきたたらを踏んでいた。
「ちょっと待て。これからって時に、俺の顔面の痛みはどうしてくれるんだ!」
「知らないわよ、水で冷やしてきたら? もうそろそろ塾の人も多いから、一端終了。塾のない人でまた集まりなおしたらいいじゃない」
「塾組の中に俺にボールをぶつけた奴がいたら意味がないだろ」
「だったら、明日ね。もっとも、今のアンタを見て名乗り出る人はいないだろうけどね。それじゃ、私も塾組みだから」
 一方的な終了宣言にも物言いをつけたのは孝也一人であり、大半の人間が塾の時間だとグラウンドを去り始めている。
 何処にも行き場のない憤りに打ち震えた後、孝也は大声を上げながらグラウンドにボールをぶつけて発散する。
 だが八つ当たりは八つ当たりでしかなく、一度地面で跳ねて高く飛び上がったボールが再び落ちてきて孝也の頭に命中した。
「なに一人コントしてるんだ。ほとんど塾に行ったから、俺らも帰ろうぜ孝也」
「腹が立つ、腹が立つ、腹が立つぅ!」
「駄目だこりゃ。ガンちゃん、悪いけれど孝也のランドセルも持ってきてくれないか」
「うん、そうだろうなって思ってもう持ってきてる」
 そう言って信博が胸の前に持ち上げたのは、薄汚れ擦り切れた間のある孝也のランドセルであった。
 何をどうすればそこまで汚す事が出来るのか。
 未だ胸のもやもやを叫ぶ事で発散する孝也の後頭部へとランドセルを押し付けて光輝が言う。
「ほら、帰るぞ。孝也」
 ランドセルの角をぶつけたせいか、剣呑な表情で孝也が振り返るが光輝は涼しい顔である。
 その光輝が先に歩き出すと信博も後に続く。
 そうなっては孝也も一人で喚いているわけにも行かず、憮然としながらグラウンドを後にする。
 二人に置いて行かれては一人寂しく帰るしかないからだ。
 三人の家は学校からさほど遠くない同じ町内で、それぞれの家同士も近い。
 保育園時代からの付き合いであり、三人で何時も一緒にいるようになったのは自然の成り行きであった。
「あ〜ぁ、塾だ塾だ。学校終わってまで勉強して何が楽しいんだよ」
 頭の後ろで両手を組んで空を見上げるように愚痴ったのは孝也である。
 一番最後に学校を出たのに何故か三人の中で先頭を歩いていた。
「皆、親に無理やり行かさせられてるだけさ。将来の為にって言葉を脅し文句に。まあ、そう言う僕は家庭教師だけどね」
「光輝君のお父さん厳しいもんね。家にお邪魔した時、何度か怒られた事があるし」
「厳しいとは少し違うかな。アレは自分に余裕がないだけさ。自分に余裕がないから僕に期待する、夢を託す。こっちはいい迷惑だよ。厳しいって言う意味なら、ガンちゃんの家のお父さんの方があってるよ」
「家の父さんは昔気質って奴だから。でも僕は長男だし、家の酒屋を継がなきゃいけない。早いうちに仕事を覚えておくのも仕事のうちだし」
 大変な事を大変だと言わない信博に感心すると同時に、何処の家も同じだと肩をすくめる光輝。
 そしていつの間にか静かに歩くようになっていた孝也へと同じ質問をしようとすると、その孝也が急に立ち止まる。
 危うくぶつかりかけたところを回避した光輝と信博は、互いに見合ってからやや俯き加減の孝也の後頭部を見つめる。
 顔と頭にボールをぶつけられて元々おかしい頭がさらにおかしくなったのか。
 振り向かせようと光輝が手を伸ばそうとした所で、孝也が振り返った。
「裏山に行くぞ!」
「はぁ?」
 グッと拳を握り締めて宣言された言葉に、光輝は何を言っているんだと孝也を見つめる。
「孝也君、裏山って……あの学校の裏にある、世界樹のある山? だけどあの山は子供だけで行っちゃ駄目だって」
「あ、世界樹の所ってのはいい考えだな、ガンちゃん。なんか今はとっても規則を破りたい気分なんだ。解るだろう、二人とも!」
 孝也の呼びかけに光輝は考え込むように唸り、信博はおろおろと迷い始めた。
 世界樹とは、子供達の間で通っている裏山の頂上付近にある大きな樹のことである。
 正式名称も種類もわからず、わかっているのは広葉樹の葉を持ちながら年中青々とした葉をつけるおかしな樹だということだけ。
 何時の頃からか世界樹と言うのが通称になってしまっていた。
 そして正体不明の樹ということから、裏山が子供だけで行ってはいけないのはこの世界樹に秘密があるらしいとまで言われている。
「まあ、家庭教師は本当に夜の間だし、僕は構わないな。一度行ってみたいと思っていたしね。ガンちゃんはどうする?」
「えっと、僕は……二人とも行くんだよね。なら、行こうかな」
「いよっしゃ、ってな訳で三人そろって裏山にゴーッ!」
「規則違反を大声で宣伝するんじゃない」
 大きく声を上げて宣言した孝也は、光輝にペシッと叩かれながらも足取り軽く進み始めた。
 通学路を大きくはずれ、正面に見える山を目指して進んでいく。
 最初は何度か通った事のある道であったが、裏山に近づくにつれ初めて通る道も珍しくはなかった。
 初めて通る知らない道、知らない場所へと続く道は、それだけでも十分に三人の心を躍らせるエッセンスであった。
 さらにはこれから規則を破るんだと言うワクワク感と、誰かに見つからないかというドキドキ感が孝也の身を包み込んでいた。
 普段達観した態度をとっている光輝も、真面目で物静かな信博もそれは例外ではなかった。
 やがてアスファルトの道さえも途切れ、砂利と名前も知らない雑草の生えた荒い道に行き着いていく。
 その頃から民家もまばらで、道も山の中に入っていて坂道になり始めていた。
「世界樹ってどの道いけばいいんだ?」
「そうだな、あそこに学校が見えるから校舎から見えてる世界樹は……あっちだな」
「何処かで一度曲がった方が良さそうだね」
 山道を登りながら徐々に曲がっていくと、そのうちに道らしき道も消え、藪の中を進む事になってしまった。
 それさえも心の躍動をプラスさせる材料にしかならず、三人は一路世界樹を目指した。
 何度も藪を掻き分け頭上から伸び落ちてくる木の枝を払い、やがてそれは見えた。
 世界樹、そう言う通称がまかり通ってしまう程に大きく、翼の如く枝を空へと広げる姿。
 孝也たちは一気に足を速め、自分達の何倍もの太さを持つ幹の根元に駆け寄った。
「うわぁ、街がちっちぇ。俺の家は何処だ」
「あそこに学校が見えるだろう。そっから探せよ。あ、ガンちゃんの家発見」
「え、どこどこ?」
 世界樹の次に三人が見とれたのは、普段見る事のない上から見た自分達の街である。
 本当にあそこに人が住んでいるのかと思うように小さく見える家々。
 誰それの家が、いつもつかっているコンビニがと一頻り眺めた所で、三人は再び世界樹を見上げた。
 大きい、それ以外に形容のしようがない樹であった。
 真上を見上げれば空の半分以上をその広げた枝と葉に奪われてしまうほどである。
 反対に世界樹の真下は日差しが隠れてしまっているのに、辺りの地面にもしっかりと草の絨毯が敷き詰められている。
「一番のりぃ!」
 何を思ったのか、孝也が真っ先にその絨毯の上に寝転がり手足を思い切り広げる。
 多少は服が汚れる事を気にしろと言いたい所だが、余りにも気持ち良さそうである為に光輝も信博も続いた。
「こうしてたまには視線を帰るのも新しい発見があるね。同じ世界樹なのに、別物みたいに見える」
「本当だ。なんだかすごいね、寝転がっただけぁふあ」
 同意の途中で信博が大きなあくびをした。
 草の絨毯の気持ちよさからか、そのまま寝るんじゃないぞと光輝が苦笑していると一足早い寝息が聞こえた。
 光輝を真ん中に信博とは逆側に寝転がっていた孝也である。
 お子様かとお子様に突っ込んでしまうぐらい見事なお休み三秒である。
「寝る子は育つと言うが、あれは嘘だね。だったら孝也はもっとふぁあ……」
 移る様にあくびをした光輝は、異様な睡魔が自分を襲っている事に気付いた。
 草の絨毯が気持ちよいとか、そういった類のものではない。
 まるで何処かに引きずり込まれていくような睡魔である。
 言葉では言いあらわせられない恐れが背筋を走るが、いつの間にか孝也に続いて信博も寝てしまっており揺り起こしてくれる人はいない。
 叫ぼうとした言葉も再度のあくびに差し止められ、光輝もまた孝也たちのように眠りの中に落ちていった。





 目を開けた瞬間に飛び込んできたのは、晴天の青であった。
 世界樹の枝や葉によって奪われていたはずのそれが、さえぎられる事なく孝也たちを包み込んでいる。
 寝ぼけ眼でむくりと体を起こした孝也は、あまり良く働かない頭のまま二度三度と辺りを見渡した。
 隣で眠ってる光輝と、さらにその隣で眠っている信博は変わらない。
 変わってしまったのは、自分達が眠りこけている場所であった。
 草花一つない岩肌の大地、生まれて初めて見る地平線の彼方までそれが続くだだっ広い場所であった。
「え……あれ?」
 ようやく働き始めた頭で呟いたのはそれだけで、ゆっくりと立ち上がる。
 石ころ交じりの岩肌で寝ていたせいか少し体が痛く、背伸びをして体をほぐすと孝也は叫んだ。
「すっげぇ、ここは、何処だーッ!!」
 喜んでいるのか、驚いているのかあやふやな叫び声は、そばで寝ていた光輝と信博を起こす結果となった。
 目をこすりながら起き上がった二人は孝也と同じように体の痛みを堪えながら起き上がり、驚きに目を剥いていた。
 眠り込んだ場所との違いがありすぎる為、当然であった。
「お、あそこの岩に登ればもっとよく周りが見えそうだな」
「待て、待て。お、落ち着け孝也。すこ、少しは不審に思え、僕らが寝たのは裏山の世界樹の下だぞ。それがどうして、どうしてこんな所に」
「なに慌ててんだよ。実際にここにいるからしょうがねえだろ」
「何がどうしょうがないんだ。そんなんで済むわけないだろ。どうやって帰るんだよ、帰られるのかよ!」
 今にも襟首を掴んで持ち上げてしまいそうなほど詰め寄る光輝は、すでに普段の姿を失いかけていた。
 そして普段ならこのような行為をとめそうな信博も、青ざめた顔で人っ子一人いない荒れ果てた大地を眺めていた。
「だいたい孝也が裏山に行こうだなんて言わなければよかったんじゃないのか?!」
「光輝だってとめなかっただろ。なんだよ、普段冷静ぶってるくせに真っ先にパニックに陥ってるんじゃねえか!」
「僕はパニックになんかなっていない。ただ現状の責任の所在を求めているだけだ!」
「だったら責任の所在って奴は言い出した俺でいいじゃねえか。ほら、手放せよ!」
「ふ、二人とも……」
 孝也と光輝が言い合いを始めて、ようやく信博が反応らしい反応を見せた。
 だがそれは二人の喧嘩を止めるためではなく、指差した方向を見て欲しいと言う意味であった。
 指差された先にあるのは周りを見渡せば何処にでもある岩であったが、その裏辺りからずるずると砂の詰まった袋を引きずるような音が聞こえてきていた。
 知らない場所と言う不安に加えて不気味な音が更なる恐怖を抱かせる。
 いつの間にか言い合いを止めていた孝也と光輝もそちらに気を取られ、ゆっくりと現れたそれに息を呑んだ。
「う……あぁ、オ゛…………」
 灰色、緑、二種類のまだら模様の泥かヘドロか。
 人の形をかろうじてとりながらも、人間の大人よりも一回り大きく奇怪な化け物が、自身の体を引きずりながら岩陰から姿を現した。
 ゆっくりと、本当にゆっくりだがその歩みが孝也たちへと向かう。
 だが三人とも叫ぶ事も逃げる事も頭に浮かばず、ありえないその生物なのかさえ解らないそれに目を奪われていた。
 理解不能なそれの姿に思考が停止しており、三人の目の前でそれが腕らしきものを振り上げた。
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
 声を絞り出し悲鳴を上げることに成功したのは孝也であった。
 やや遅れて硬直のとけようとしていた二人の手を取って走り出す。
 ほとんど反射的な行動であったが、ずりずりと大きな体を引きずりゆっくりと歩く化け物には有効な手であったはずだ。
「二人とも、ごめん!」
 後ろを振り返らずに二人を引っ張る孝也を何かが強く引っ張った。
 次の瞬間には強制的に目に見える世界が高速に回転しはじめていた、後ろから投げ飛ばされたのだ。
 回る視界の中で自分と同じような姿になっている光輝を捉え、孝也は自分と光輝を一変に投げ飛ばしたのが信博だと悟る。
 地面に軽く体を打ちつけた直後に、別の鈍い音が響く。
 急いで振り返れば、最初に見た時よりも長くなっている化け物の腕を、肩口で受け止めている信博がいた。
 その一撃の威力に一瞬信博は気を失ったようだが、すぐに受け止めた化け物の腕を抱きしめて叫んだ。
「グッ…………孝也君も光輝君も、僕がコイツをひきつけている間に逃げて!」
「そんなの、出来るわけないだろ!」
 逃げろと言う信博の言葉に逆に触発され、孝也は化け物に向かって走りそのまま化け物の胴体に飛び蹴りを食らわす。
 元々体重の軽い孝也の蹴りはないも同然のようで、化け物を怯ませる事すら出来ないどころか、逆に跳ね飛ばされていた。
 だが化け物の気を信博から引き離すのには十分だったようで、向けられた攻撃を持ち前のすばしっこさで孝也は逃げ回る。
 一方、化け物を相手に立ち向かっていく二人をみながら光輝は体が動かなかった。
 攻撃を受けた肩が痛むのか手で押さえながら肩膝をつく信博に駆け寄るでもなく、化け物の攻撃にさらされている孝也に加勢するでもなく。
 もちろん一番正しいのが二人を連れて逃げる事だとは解っていた。
 腕が伸びる事は驚きであるが、決して化け物の足は速くない。
 伸びる腕にさえ気をつけていれば本来運動神経の良い三人ならば、逃げ切る事は不可能ではないのだ。
 不意を突かれた最初の攻撃を受け止めた信博はともかくとして、勝てもしないのに立ち向かう孝也の行為は危険以外の何ものでもない。
 なのにそうするべきだと主張する為の口は強張って動かず、体の方は言うまでもなかった。
 光輝が焦るばかりの心で化け物の攻撃から逃げ回る孝也を見つめる中、運良く逃げ回れていた孝也が石ころに足を取られて転んだ。
「孝也!」
 ようやく開いた口だが、余りにも遅かった。
 尻餅をついた孝也の目の前で化け物が腕を大きく振り上げる。
 もう駄目だと孝也が瞳を閉じ、信博と光輝は何も出来ないままその名を呼ぶのが精一杯であった。
 そして次の瞬間、化け物の腹辺りから銀色に輝く鏡が姿を現した。
 鏡かと一瞬見間違えたのは大振りの刃物であった。
 その刃物がそのままの状態から大きく振り上げられて化け物を両断してしまう。
 両断されてもしばらくピクピクとうごめいていた化け物であったが、直に泥のような砂のようなものに変わり果てて崩れていく。
 その光景を見てもまだ助かったという実感はなく、三人は呆然と元化け物だった何かの成れの果てを見つめていた。
「お前達、何故こんな所で子供だけでいる。怪我はないか?」
 女の人の声が、意識を他所に飛ばしていた三人を引き戻してくれた。
 そしてその人を見た瞬間、化け物を見たときとは間逆の意味で息を飲んだ。
 陽の光を受けて輝く髪は金色で、手に持った剣や鎧の銀色との対が艶やかであった。
 テレビや本でしか見た事も聞いた事のないような鋼鉄の鎧に身を包んだ姿は、西洋の騎士を連想させる。
 切れ長の目はやや冷たい印象を受けるが、掛けられた声にはそれを跳ね返すだけの優しさが込められていた。
 三人は問いかけに答える事もできず、ただ突然現れたその女性に目を奪われた続けていた。

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