「クリスタルの戦士の導き手………? お前達が……?」

「千年前の伝説の戦いを生き抜いた……だと……!?」

 アレクの告白した衝撃の事実に、一同はギードも含めて驚きを隠せない。とりわけその伝説が伝えられていた方の世界の出身者であり、なおかつその立場上、伝説や伝承に対して造詣の深いガラフやゼザ達の驚きはひとしおだった。

 そして当然と言えば当然の反応とも言えるのだが、バッツ達と言うと、

「冗談だろ………?」

 と、こんな調子だった。まあ突拍子もない話であるから、無理もないのだが。

 アレクの方も元々口先だけで納得させる事が出来るとは思ってはいない。彼は予想通りの反応に苦笑しつつ、腰に差していた剣を抜いた。鞘から抜き放たれたその刃は、美しい紫色に光り輝いている。それを手にしながら少年は語り出す。

「あの時……長老の樹の中でガラフがこれ以上戦士を続けていく事が出来なくなり、ファルが次代の者にその力と役目を継がせようとした時、あいつは後継の戦士の判断は自分ではなく、その剣にやってもらうと言っただろう? 何故そんな事が出来ると思う?」

 謎かけのようなその言葉。バッツ達は一瞬、思考を戸惑わせる。

 あの時は確かファルが剣を抜くと、それに同調するようにして他の3人も次々に剣を抜き、その剣がまるで共鳴するかのように音を響かせ、そして刀身から溢れ出した光がクルルを包んだ。そして祝詞のように紡がれた、4人のあの言葉。その中に、確かに”導き手”という言葉もあった。

「……!! じゃあ、その剣は……」

 はっとした表情でアレクと、彼の手に握られた透き通った紫色に輝く剣を交互に見るファリス。アレクはにっこりと頷く。

「そう、この剣だけじゃない。僕達4人が持つ4本の剣は、その全てがクリスタルの一部を剣として作り変えた物なんだ。僕は土のクリスタル、ファルは水、ミヤは風、そしてソフィアは炎のクリスタルより、それぞれの剣を授かった。4つ全てと使い手が揃えばその力を使ってクリスタルの欠片と戦士の力を別の者に移し替える事も出来るし、また単体なら剣はクリスタルの探知機としても作用するんだ。元々は一つだった訳だからね」

 と、アレク。

 そういえば。バッツは思い出していた。

 ミヤが長老の樹の中でのエクスデスとの戦いの最中、緑色に光り輝く剣を取り出したその時、クリスタルの一つと彼女の剣とが共鳴した。あの時は何故そんな事が起こるのか疑問だったが、これで謎が解けた。ミヤの剣は風のクリスタルと共鳴していたのだ。

 確かにアレクの説明は辻褄が合う。だがそれだけでは彼の話を信用するには足りない。

 クルルが前に出て、言う。

「仮にそれを信じるとしても……他にも説明してもらいたい事があるわ」

「他に?」

「そう、例えば……あなた達は千年前に戦ったって言うけど、普通の人間はどうやっても千年も生きている事は出来ないわ。…………あなたやソフィアのお姉ちゃんは普通の人間ではないみたいだけど、でもファルお兄ちゃんやミヤちゃんは普通の人間なんでしょう? なのにどうして、千年前の人間が今も生きているの!?」

 クルルのその疑問は尤もな物だった。

 アレクの話を信じるとしても、まずはそれを説明してもらえない事にはどうしようもない。アレクはと言うと、この質問もやはり想定内であったのだろう。驚いた様子も無く、答えた。

「そうだね……ではまず確認だけど、僕とソフィアはクルルの言う通り人間じゃない。これは良いかい?」

 アレクのその言葉に、一同は頷く。

 この場にいるメンバーの中では、ギードとケルガーを除いた全員がアレクやソフィアの異常性を目の当たりにしている。

 バリアの塔でゼザはエクスデスに変身していたソフィアの首を刎ねたが、彼女はその体を無数のコウモリへと変え、瞬く間に何事もなかったかのように再生して見せて、またその後では明らかに人間とは違った魔性のオーラを発散した。

 長老の樹の中の戦いではアレクは左腕を吹き飛ばされ、全身に大火傷を負っても瞬時にそれを再生し、またソフィアはその彼に心臓を貫かれても平気な顔でいた。二人とも明らかに、少なくとも普通の人間ではない。

 人体はトカゲの尻尾とは違う。いくらケアルガのような強力な回復魔法によって自己治癒能力を高めていたとしても、一撃で急所を刺し貫かれたり、手足の欠損などといった傷までは治す事が出来ない筈なのに。

 その答えはアレクがあっさりと口にした。自分達は人間ではないと。

 だが……

「人間じゃないって……じゃあ何だって言うんだ!?」

「僕は竜。ソフィアは魔族で吸血鬼。その中でも生まれながらに「種」として吸血鬼である「真祖」と呼ばれる者」

 ファリスのその疑問に、アレクはあっさりと答えた。

 その答えがあまりにもあっさりとし過ぎていたので、内容を正確に理解するには数瞬の時間を必要とした。

 口をぽかんと開いたまま、バッツが今の言葉を反芻する。

「竜と……吸血鬼?」

 頷くアレク。

「正確には僕は最後の知恵ある竜の王。現在一般的な理性を失い、獣に成り下がった竜と一緒にしてくれるのは心外だね」

 彼は笑いながら話を続ける。

「竜族は千年前、既に種として滅びの道を辿っていた。出生率は低下し、知性を失い野生化して暴れ出す者の続出………そんな中で知性を保つ事の出来ている僕は希有な存在として、滅び行く一族を導く者として嘱望されたのだけど……竜族の自分達こそが唯一絶対の世界の支配者だという態度が気に入らなくてね。だから僕は竜の国を見捨てたんだ。どのみちその傲慢さで他者を従わせている限り、一族に未来がないのは分かり切っていた事だし…………それに………」

「それに?」

「その時の僕には、もう国も王の地位も……どうでも良かったんだ。それよりもやりたい事があったし」

 クルルが「やりたい事?」と聞き返すとアレクは笑い、再び頷いた。

「そう、当時魔族の国を一夜にして滅ぼした、史上最強最悪の”魔王”との決着を付ける事………」

 それを聞いたガラフの表情に驚愕が浮かぶ。まさか、こいつらはひょっとして………

「その”魔王”というのは……じゃあ、もしかして…」

「ああ、ソフィアの事さ。そしてその時の僕とソフィアとの戦いこそが、伝説に記されている竜族と魔族との最終決戦。結局その時決着は付かず、僕達二人はファルと出会い戦いを止めて、彼を育てながら静かに暮らしていく道を選んだんだけどね………残された竜族は例外なく退化の道を辿って獣となり、魔族も王であったソフィアが国を滅ぼした為にその数を著しく減らし、細々と生きて行く事を余儀なくされた。それが千年と少し前の事」

 そこまで話すと、アレクは「おっと」と言いそうな表情になった。話が脱線しつつある事に気付いたらしい。

「………僕達の身の上話はどうでも良いか。とにかく僕は竜で不滅の命があり、ソフィアも吸血鬼で生まれた時から死んでるからそれ以上死ぬ事が無く、だから千年の時を生きてこられた。それだけを覚えていてくれればいい。あ、この姿は魔法で化けてるんだ」

 一呼吸置き、更に続ける。

「……さっき、エヌオーとの戦いが終わった時に生き残っていたのは僕達4人だけだったと言ったけど、実際はもう少し事情が複雑だったんだ」

「事情?」

「うん、戦いが終わった時、本当の意味で生き延びていると言えたのは……僕とソフィアの二人だけだったんだ」





第16章 千年の想い





 その日は雨が降っていた。

 その地には累々たる屍が山の如く積み上げられていた。

 敵も味方も。人も人にあらざる異形の者も。全てが死していた。

 辺りにはむせ返る程の血の臭いが立ち込め、その場に死が満ちているのが一目で分かった。

 そんな中に降る雨は、まるで天の涙。戦いで散っていった戦士達の血と魂とを洗い流していくかのようだった。

 そんな中に佇む人影があった。その数は五つ。内四人まではそれぞれ水晶の如く輝く剣を持ち、残る一人を取り囲むように立っている。その残る一人は尋常ならざる程の巨体を持ち、それを漆黒のローブで覆っていた。その全身からは周囲の空間が黒く染まって見える程の邪気が常に放出されている。

 その男は言った。

「この我が、貴様等如きにここまで追い詰められるとは………」

 それに対してその周囲を囲んでいた4人は、それぞれの言葉で応じる。

「お前はやりすぎたんだよ。僕の戦友も一人残らず死んだ。仇は取らせてもらうよ」

 黒髪の少年は決意と共にそう呟くと、紫色に輝くその長剣を大上段に構えた。

「あんたは中々楽しませてくれたよ。殺して殺されて、死んだり死なせたり。結構面白かった。でもそろそろ幕を引く時だねぇ。あんたの死という形で」

 銀髪と蒼白の肌を持つ女性は楽しそうに笑いながら言い放ち、真紅の輝きを放つ双刃の剣を腰溜めに構えた。

「あなた一人の勝手な欲望、理想の為にどれ程の命が喪われたと思っているのですか………責任は取ってもらいます」

 静かな怒りを燃やしながら蒼髪蒼眼の青年は、蒼の長剣を正眼に構える。

「………時が………来た……のよ……お……………う…………ん……築き上げてきた………あなたの城……が……崩れ……る……時が………」

 最後に金色の髪を持つ少女が今にも消え入りそうな声でそう言い、碧色のショートソードを八双に構えた。

 四人の戦士達の名は、アレク、ソフィア、ファル、ミヤ。この時代に、クリスタルの戦士達の導き手として選ばれた者である。

 漆黒の男の名はエヌオー。『無』を創り出し、世界を破滅に導こうとした暗黒魔導士である。

「貴様等………この我を甘く見るな。例えここで滅ぼされる定めであろうと、独りでは死なぬ!! 貴様等だけでも道連れにしてくれる!!」

 エヌオーがそう叫ぶと、その両腕には凄まじいまでに強力な魔力が宿り、暴風の如き威圧感が周囲へと放たれる。だが4人の戦士は決してそれに怯む事なく、エヌオーに挑みかかった。

 その戦いはまさに後世、伝説神話として語り継がれるに相応しい物だった。

 その戦場に在る全ての者が、全てを超越した戦い振りを見せた。

 彼等は剣の一振りで天をも砕き、その魔力は大地すらも引き裂いた。

 激しい戦いは三日三晩続き、そして終局が訪れる。

 ミヤの魔法を纏わせたファルの剣は、エヌオーの胸を貫いた。

 エヌオーはかつて不死身の肉体を持っていた。だが『無』を創り出す時、その代価としてその肉体を失っていた。

 遂に全ての戦いに決着が付いた。

 誰もがそう思い、僅かながら張り詰めていた気の緩んだ、その一瞬だった。

「我………独りでは……死なぬ……貴様等も……共……に……」

 エヌオーの指先に魔力の光が宿り、それが解き放たれる。ちょうど至近距離にいたファルとミヤは、その光をもろに浴びてしまった。

 二人のその体は足下から徐々に、氷のような結晶に包まれていく。思わずアレクが飛び出して叫んだ。

「エヌオー!! 貴様、一体何を………」

 徐々にその体を崩壊させつつも、エヌオーはニヤリと笑っていた。

「我が創り出した結晶に封印されたその二人の魂は……冥府に堕ちる……そしてどこまでも続く、音も光も無い深遠なる闇の中、終わる事のない時間を死の痛みに晒され続けるのだ………その躯も、その……魂も………フ………フハハハハハハ………」

 断末魔の哄笑と共に、エヌオーの肉体と魂は散滅した。だがファルとミヤの体を封印しようとする結晶は、未だにその動きを止めてはいなかった。それは断末魔、エヌオーがこの世界に放った最後の災いなのだろうか。

 少しずつ、だが確実に自分の意識が『死』に浸食されていく中で、しかしファルは笑って見せた。

「ファル………」

「………アレク、どうやら私は……ここまでのようです……後の事は……頼みますよ」

 アレクは必死にファルとミヤの元へ手を伸ばそうとする。だがそんな彼を、背後からソフィアが抱き止めた。

「邪魔するなソフィア!!」

「駄目だ!!  今二人に近づいたら、あんたまで封印に巻き込まれる!!」

「ぐっ………」

 彼女の言う事が正論だと、そう分かるぐらいの判断力はアレクにも残されている。今の彼にはその手を血が出るぐらいに強く握り締め、唇を千切れる程に噛み締めながら、徐々にファルの体を呪いが蝕んでいくその様を、ただ見届ける事しかできなかった。

 ファルの側では、既にミヤが水晶のような結界の中で眠りについている。もうすぐ自分もこうなるのだとそれが分かっていながらも、青年の表情は普段と変わらず優しい笑みを湛えたまま、凪の海のように穏やかだった。

「ファル、待っていて!! 僕とソフィアには永遠の時間がある!! だから、だからたとえ何十年、何百年かかったとしても、きっとお前とミヤを取り戻してみせる!! だから待っていて!!」

 いたたまれずに、少年は叫んだ。その炎の如き紅の瞳から溢れる涙を拭おうともせずに。

 その叫びを受けて青年はにっこりと微笑んで頷き。

 そして彼は自分を慕う幼い少女と同じ、永い眠りについた。







「……それが今から千年前の出来事。その後僕とソフィアはクリスタルを二つに割り世界を二つに分けて、それによって生まれた次元の狭間に『無』の力を封印した。そしてその後の事は信頼出来る者に全てを任せ、僕達は二人を取り戻す為の研究に取り掛かった」

 そう語るアレクの眼は、バッツ達を見てはいない。自分達が過ごしてきた千年の時に思いを馳せているのだろうか、どこか遠くを見詰めるような瞳。

「エヌオーの呪いを解く為、白魔法も黒魔法も、暗黒魔法、そして禁忌とされた呪法をも学んで、研究を続けた。俗世との関わりを捨て、研究に研究を重ねて遂に千年。時間にするとちょうど今から一年ばかり前になるかな。僕達は封印を解き、ファルとミヤを取り戻す事に成功した」

「千年も………」

 バッツは思わず圧倒される思いだった。

 普通ならとっくに挫折し、諦めている。

 何という執念と努力。それ程までに膨大な時間と代償を払ってでも、アレク達にとってファルとミヤは取り戻したかった存在なのだろう。

「………成る程、お前達の身の上は分かった……だがそれよりも重要な事は、今お前達が何の目的で俺達に干渉してきたのか、だな」

 と、ファリス。アレクも「確かに」と頷く。

「ファルは言っていた。お前達4人はあの世界で何かを探していたと。それは……クリスタルだな?」

「その通りだよ」

 彼女の推理に手を叩き、笑いながら頷くアレク。さしずめ優秀な生徒を見る教師と言った所か。

「結論から言おう。僕達の目的はクリスタルを破壊し、世界を一つに戻す事………」

「「「「!!」」」」

 アレクの告白に、場は騒然となる。

 クリスタルを破壊するとは容易ではない発言だ。バッツやファリスは思わず警戒するように身構える。それを見て、アレクは再び吹き出すように笑った。

「まあまあ、人の話は最後まで聞いてくれよ」

 と、アレク。バッツ達はお互い顔を見合わせて、どうやら敵意もないようだし、まあ話ぐらいは……という結論に落ち着いたのだろう。未だに身構えたままではあるが、だが話をする態勢にはなった。アレクはそれを確認すると話を再開する。

「世界が一つに戻れば、当然二つの世界の間に封印されていた次元の狭間は開放され、『無』へと接触する事が可能となる……その上で、今度こそ『無』を完全に消し去る」

「成る程……じゃあこの世界の今は、お前達が望んだ事だと言うのか?」

 ファリスの確認するかのようなその質問に、アレクは頷く。だがそこに、

「……どうしてそんな事を?」

 と、ゼザが尋ねた。アレクは「どうして、とは?」と首を傾げる。

「そんな事をせずとも、この千年間二つの世界に何もなかったという事は、『無』を抑え続けて来られたという事だろう? なのに何故今更、わざわざ二つの世界を一つの姿に戻してまで、『無』を滅ぼさねばならんのだ? 触らぬ神に祟りなし。エクスデス一人を倒し、そんな危なっかしい物は永遠に次元の狭間という所に封印しておく方が得策ではないのか?」

 彼の疑問も尤もではあった。

 少なくとも千年前の戦士達の力を以てしても『無』を滅ぼす事は出来なかったのだ。なのに何故今、その『無』を倒せると思うのだろう? もし倒す事が出来なければ、それこそ世界を救う筈が、逆に世界を滅ぼす事になってしまうと言うのに。

 だがアレクはその質問を受けても慌てる事はなかった。

「そうする必要があったからさ。少なくとも何もしなければ、二つの世界は遠くない未来にどちらも滅んでいた」

「…………!?」

「考えてみれば当然の事だね。元々一つだった世界、それを無理矢理二つに割ったんだ。その為に、世界を支えるクリスタルの力は半分以下にまで低下し、世界そのものが緩やかに滅びへと歩み始めた。クリスタルの力が千年前と比べて衰えていた原因は二つ。一つは勿論世界を分ける為にクリスタルを割った為。そしてもう一つはそれでもクリスタルは世界を支える為に無理に力を出し続けていたから、徐々にその力が枯渇しつつあったからなんだ」

 アレクは衝撃的な内容をずばずばと言っていく。もう誰も言葉を発しなかった。

「いくら良く水の出る井戸でも、湧き出る量以上に水を汲み上げ続ければいつかは涸れる。僕達はその前に全てのクリスタルを発見し、破壊する必要があったんだ。世界が滅んでは何にもならないからね。そして多少の誤差はあったものの、概ね全てが僕達の考えていた通りになった。僕達は封じられた力を解放し、エクスデスを葬り、『無』を滅ぼす。それにバッツ、ファリス、クルル、そしてここにはいないレナさんの4人にも協力して欲しいんだ」

 こうしてアレクの話は終わった。

 彼等の目的も理解出来た。と、ここでゼザが再び口を挟んだ。

「質問があるが……その戦いに勝算はあるのか?」

 流石に『氷のゼザ』と呼ばれる男である。誰もが話のスケールの大きさに圧倒されている中で、最も重要な部分を質問した。それに対してアレクは、

「愚問だね。必ず勝てる戦でなければやる意味はない」

 と、自信満々の表情。すると次には、

「ではその根拠は?」

 そう更に追求する。アレクは「ほう」と感心した表情をゼザに向ける。人生60年程しか生きていない若造にしては、中々察しが良い。彼は楽しそうな笑みを浮かべると右手親指を折って、4本の指を一同に突き出したようにしながらその質問に答えた。

「まず僕とソフィアだけど、竜族や魔族は生きた時間に比例してその力が高まる。つまりどちらも千年前とは比べ物にならない程の力を持っているという訳さ」

 そう言って、彼は突き出した4本の指の内、小指と薬指、まずその二本を折る。

「そしてファルとミヤの二人は、千年の間惰眠を貪っていた訳じゃない。むしろそれどころか、それだけの時間を絶え間なく襲い来る死の痛みに耐え続ける事で、二人の力は高まり続けている。僕達の方は戦力には全く問題はない」

 そう言って中指と人差し指も折り、拳を作る。

「後はそんな僕達4人の誰よりもバッツ、お前達4人が強くなれば、絶対に『無』に打ち勝つ事が出来る」

「「「!!」」」

 アレクのその話を聞いて、バッツ、ファリス、クルルの3人に動揺が走った。

 アレク達の誰よりも自分達が強くなる?

 それがかなり無茶な計算に思えたからだ。今まで見てきた中でも、彼等の力は明らかに自分達よりも数段以上は上の物。自分達も実戦の中でいくらかのレベルアップはしたつもりだが、それでもその力が現時点で彼等に勝っているとは思えない。それがいきなり4人の誰より強くなると言われても、どうやって? と、思ってしまうのだ。

 まあ修行でもするというのなら話は別だろうが、だがクリスタルを全て失った今、この世界そのものにもう時間はそれ程残されてはいない。そんな中で呑気に修行などしている余裕があるものだろうか?

 と、そんな疑問が顔に出ていたのだろう。アレクが言った。

「ああ、修行とかそんな事は関係ないよ。それよりもっと手っ取り早く、かつ安全・確実に、全員が強くなれる方法があるんだ」

 それを聞いたバッツ達は驚きと同時に、疑っているような表情になる。

 強くなれるというならそれに越した事はないし、また時間もかからないというのならこの世界の現状を考えてもそれは良い事だ。だが、現実としてそんな方法があるのだろうか? 正直かなり疑わしい。と、この思考も顔に出てアレクに伝わったらしい。彼は苦笑する。

「疑ってるようだね。まあ無理もないけど。具体的には………」

 そこまで言い掛けて、彼は話すのを止めた。彼以外の全員が、「どうした?」と虚を衝かれたようになる。

 するといきなり、アレクが腰の剣を抜いた。

「……残念だがこれはトップシークレット。お前には聞かせられないなエクスデス。いるのは分かっている、出てこい!!」



『流石だな………気付いていたとは……』



 どこからともなく声が響き、洞窟の奥から人影が入ってくる。

 バッツ達は全員が武器を構えた。逆光で姿形は良く見えないが、だがこの肌にぴりぴりと感じる威圧感。これはヤツ以外の物では有り得なかった。

 やがて洞窟の内にまで入ってきて、はっきりとそいつの姿が見えるようになる。純白の甲冑を着込んだ2メートル超の巨躯。やはりその人影はエクスデスだった。城の崩落に巻き込まれた程度では死ななかったのだ。

「貴様………」

「それにしても貴様等の正体が千年前の戦士とは思わなかったぞ。だが確かに、それならこれまで積極的にこの我を倒そうとしなかった事にも頷ける。この我さえも利用して、お前達はクリスタルを探そうとしていたのだな」

「その通り」

 と、アレクは頷く。

「お前の目的も、次元の狭間に封印された『無』の力を手に入れる事だとは分かっていたからね。だから世界を一つに戻す所までは、お前を利用させてもらった。だがもうその価値もない。良い機会だ。ここで僕が息の根を止めてやるよ」

 自信満々に、剣を大上段に構えるアレク。だがその時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ………

 突然、周囲に鳴動が起こり始めた。

「!! 何これ!? 地震!!?」

「いや違う。これは………」

「次元の狭間から、封印された『無』の力が漏れ出しているのだ。世界があるべき姿に還ろうとしている。まず最初にどこが『無』に呑み込まれるのか、見せてやろう」

 エクスデスがそう言って腕を一振りすると、ちょうど彼等の真上の空間に、魔力によって別の場所の風景が投影された。映し出されたその景色に、バッツやファリスは見覚えがあった。そう、あれは。

「あれは………タイクーン城!?」







 タイクーン城は、鳴動の真っ只中にあった。

 人々は右往左往して逃げ惑い、そのパニックに巻き込まれて多くの者が傷付いていく。

 その中で、レナは軍の真っ先に立ち、避難民の誘導を行っていた。

「市民の安全を最優先に!! 特に力のないお年寄りや女性、子供の方から先に避難して下さい!!」

 王女という立場にありながら甲冑を纏い、人々を護るその姿はこの非常時にあっても思わず見惚れてしまう程に美しく、そして凛々しい。

 だがレナや彼女に率いられた城の騎士達が全力を尽くしても、今回は人の力では限界があった。

「姫様!! あれを!!」

 側にいた騎士が、上擦った声で叫ぶ。彼の指差す先をレナが見ると、

「!? あれは……一体……!?」

 空が裂けて、そこから黒々とした物が滲み出てきていた。それは一点の光もない、闇。そしてはっ、と気が付くと、自分達の体がそこへ吸い寄せられているのに気付いた。レナも周りの者も、必死で何かに掴まり、体を固定しようとする。だがそれは無駄な努力に終わった。

 吸い寄せられているのは自分達の体だけではない。周囲の木々も、建物も、いや宙に突如として出現した闇の周りが歪んで見える事から、空間そのものがそこに吸い込まれているのだ。次々と人々が悲鳴を上げながら、空中の闇に呑まれていく。

 そして遂にレナも、その闇が発する引力に敵わず、その体は空中へ舞い上げられた。

 薄れ行く意識の中でレナの脳裏には今まで出会った人々の顔や、体験した出来事が次々によぎる。

 彼女はこれが走馬燈なのか、と漠然と思っていたが、その中で最後に浮かんだのは、

「……ファリス……姉さん………」

 最も親しい者と、そして………

「……バッツ……」

 その二人の事を想いながら、彼女の意識は闇に融けた。







「レナ……エクスデス……貴様ぁぁぁ!!」

 エクスデスが宙に映し出した映像で、タイクーン城は瞬く間に闇、『無』に呑み込まれた。

 それを見るやいなや、ファリスは剣を振りかざし、エクスデスに突進する。しかし、

「フン!!」

 エクスデスが少しも慌てず手をかざすと、それだけで放出した魔力によって動きを封じられ、逆に壁に叩き付けられてしまった。しかし壁に叩き付けられ、口からは血を吐き出しながらも、眼光だけは衰えずエクスデスを睨み付ける。普通なら気を失ってもおかしくない程の重傷なのに。

 怒りである。怒りがモルヒネのように激痛を麻痺させているのだ。

 だがエクスデスは更に魔力を放出し、とどめを刺そうとする。それを見たアレクが走るが、そんな彼よりも早く、前に出た者がいた。

 誰あろう、ギードである。しかも普段の鈍重な動きとはかけ離れた、残像を生み出す程の速度でエクスデスに攻撃を仕掛ける。

「カメェェェェェーーーーッ!!!!」

 エクスデスもまた魔力で運動能力を強化し、空中でギードと何度もぶつかり合うが、両者の力は拮抗していて中々決着が付かない。

「中々やるな!!」

「伊達に700年生きとらんわい!!」

 着地して、互いに軽口を叩く両者。一見互角の勝負。だがギードの方が不利だ。やはりカメである為か、素早い動きを連続して行って疲労している。長期戦になれば疲労したギードの方が確実に負ける。

 アレクはそう読み、下ろしていた剣を再び構える。だがエクスデスの方も、彼が参戦すると厄介だと思ったのだろう。素早く次の一手を打っていた。

「調子に乗っていられるのも今の内だ、喰らえ!!」

 そう叫ぶと同時にこれまでにない程凄まじい魔力が放出され、全員が洞窟から吹き飛ばされてしまった。







「あたたた………」

 一体どれ程吹き飛ばされたのか、荒野のど真ん中で意識を取り戻したバッツ。周囲を見回す。

「おいみんな、無事か!!?」

「フー、大丈夫じゃ」

「ああ、何とかな」

「心配ない」

 どうやら全員無事のようだ。と、思ったがそうでもないようだった。

「お、おい!! 助けてくれ!!」

 ギードがマヌケにもひっくり返っていた。呆れ顔でバッツとファリスが元に戻してやる。

「すまんすまん、ひっくり返るとワシは何も出来んのでな……それにしてもエクスデスめ……奴が『無』の力を手に入れるまでに何とかせねば……」

 と、ギード。確かに今は、それが最も優先して行うべき事だ。しかし、何とかすると言っても具体的にどうするか。それを考えていると、アレクが近付いてきた。

「近くに古代図書館がある。まずはそこで作戦会議だね」

「何と、伝説の古代図書館!! そうか、バッツ達の世界にあったのか!!」

 その顔に驚愕を浮かべるギード。アレクは勇気と自信に満ちた表情と声で、言う。

「いつまでもエクスデスの好き勝手にはさせない。反撃に出るとしようか」









TO BE CONTINUED..

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