第十一話 聖夜、夢に踊る子羊なの
 金色の翼をはためかせ空へと上ったはやては、生まれて初めて感じた自由に心躍る気持ちであった。
 自分が望んだ場所へと、自分の意志と力で向かうことが出来る。
 不自由を知るからこそ自由を得た時の歓喜は計り知れないものであったが、それでも本来の目的を見失いはしなかった。
 誰よりも高い場所で闇の書の書き換えを行う女性、闇の書の化身を見上げる。
 あかねと共に消えると口にしたその人を睨むようにし、させてなるものかと心に秘めた決意をさらに固くしていく。
 その為にもまず最初にすべきことはこれだと、はやては鳴り響く魔力の衝突音に負けない程に大きく声を張り上げた。
「三人とも、なのはちゃんとフェイトちゃんの邪魔したらあかん。あかね君はやり方を間違えとる。犠牲の上に築かれた明日に、本当の笑顔なんてあらへん。少なくとも、私らは絶対に笑われへん!」
 はやての声に反応して止まった五つの人影に、シャマルも続けて言葉を投げかけた。
「シグナム、ヴィータちゃんもザフィーラも。はやてちゃんのお願いを聞いて!」
「主、はやて。シャマル……」
 主としての命令ではなく、いつも通りの家族としてのお願いに、シグナムがその名を呟いていた。
 天秤の両側にあった、望むままに逝かせてやりたいと言う気持ちと、力ずくでも引き止めたいと言う気持ちの比重が逆転したまま傾いていく。
 これ以上闇の書の闇が広がらないようにと、闇の書とあかねの意志を尊重しようと掲げたデバイスがゆっくりと下ろされていった。
 はやてに比べればあかねとの絆は薄いものであったとしても、触れあい意見をぶつけ合い、数日の間を一つ屋根の下で過ごしてきたのだ。
「私らだって、言いてえよ……馬鹿なことやってんじゃねえって。言いたかったんだよ、はやて!」
 涙ながらに本心を叫んだヴィータが、戦闘を完全に放棄して、はやての胸の中に飛び込んできた。
 まだ空に不慣れなはやての体を押し流してしまうほどの勢いであったが、その背中をそっとザフィーラが手の平で支えていた。
「ありがとうな、ザフィーラ」
 あやすようにヴィータの背中を撫でつけながら呟いた言葉に、ザフィーラは言葉なく頷いていた。
 禁じられたはずの蒐集から始まり、あかねを逝かせる為に戦ったりと、はやての意に背く行動の連続に合わせる顔がないというのが本音であろう。
 だが主であるはやてが行動を決めたのなら、異論を差し込むつもりは欠片もなく、何をすべきか心に決めていた。
「なのはちゃん、フェイトちゃん。ごめんな、うちの子らが迷惑かけて」
「それはかまわないけれど……はやてちゃん、その格好は?」
 時間がないことを知りながら、はやての謝罪に対してなのはが尋ね返してしまったのには、理由があった。
 はやての手にはめられているフィンガーレスグローブ、その甲の部分にあるのは金色の宝玉。
 あかねのデバイスであるG4Uだったからである。
 闇の書の主であったはやての魔法資質は今さら疑うことでもないが、何故はやてがG4Uを持っているのか。
 答えは、時間のなさを指摘したデバイスの声にあった。
「The talk is after everything ends. The thief cat might be beaten and crushing be ahead」
「その声……でも、どうして? ゴールデンサンなの?!」
『太陽のお兄ちゃん、太陽のお兄ちゃんだ!!』
「分かったから、体の中で叫ばないでアリシア。ユニゾンも解いちゃ駄目だってば。後で話させてあげるから」
 一人混乱以上に不安定な状態へと追い込まれてしまったが、はやては空を見上げ言った。
「なんやおっかないこと言っとる気がするけど、私かてこれ以上あかね君とあの子がおいたするようやったら、容赦はせえへんよ。なのはちゃん、フェイトちゃん。あかね君を絶対に止めよう」
「もちろんだよ、はやてちゃん。このまま行かせたりなんか、絶対にしない!」
「はやての言う通り、あかねは間違ってる。友達として、私たちが止めなきゃいけない。絶対に」
 絶対と言う言葉に決意をのせて、三人は今いる空よりもさらに上にいる、闇の書の化身へと視線を交差させた。
「シグナムたちも、手伝ってな」
「我ら守護騎士一同、主はやての御心のままに」
 シグナムを初めとして守護騎士たちから返答をもらい、今一度見上げた空の上では、闇の書の化身がその端整な顔を歪ませていた。
 まるで自らが手を下さねばならなくなった状況に、苦痛を感じているようにも見えた。
 戦いそのものが嫌いなのかと、はやては話し合いの余地を見つけたかに思ったが、太陽の中に消えるとまで言葉にした決意を少し甘く見ていたに過ぎなかった。
 闇の書の化身の手がゆっくりと頭上に掲げられ、闇の書の書き換えに傾けられていた魔力が、そこに注がれる。
「あと少し、ほんの僅かな時で主の本懐がとげられる。お前たちは眠れ、我と主が朝日となりて起こすその時まで」
「Diabolic emission」
 女性の手の平に集められた拳大の魔力が、瞬く間に巨大化していく。
 六百六十六ページ分にも及ぶ魔力に加え、ジュエルシードにより補充された際限ない魔力が、辺り一帯を吹き飛ばせるほどに大きくなる。
 すかさず盾の名を冠するザフィーラが皆の前に飛び出し防御魔法を展開するが、その額には緊張の汗が流れていた。
 絶対的な魔力量の違いに、唯一自分だけが立ち向かえると思っていたフェイトも、闇の書の化身の底力に驚いていた。
「私とアリシアがユニゾンしても、Sランクに手が届くぐらい。あの人はそれ以上、たぶん管理局のランクでは測定しきれない」
「あかん、ザフィーラでも防ぎきれへん。一度ばらばらになって逃げな」
「待て主。あれは範囲魔法だ、避けきれはしまい。誰かが防がねば!」
 増大し続ける魔力球は直径十メートルを超える大きさへと成長を続け、女性がそれを放とうとした瞬間、闇の書が驚くべき言葉を発した。
「デアボリック、エミッション」
「Fehler. Diabolic emission wird versagt」
 綺麗に積み上げていた積み木が一瞬にして崩れ去るように、攻撃魔法の構成が崩れ落ち、そのまま魔力も無意味に消えていった。
 膨大な魔力の余波が駆け巡ることもなく、闇の書の化身は突然の魔法の失敗に目を見開き驚いていた。
 誰もが首を傾げそうになる光景の中で、その現象をなのはとフェイトだけが知っていた。
 絶対に失敗する攻撃魔法。
 一度は魔法の構成に成功する所は違ったが、それは紛れもなくあかねだけが持つ魔力の性質であった。
「我が主、心優しきお方。その御心に従います」
 あかねの性質を知りながらも、なのはとフェイトが驚きに身を固めたのは失敗であった。
 自身が攻撃魔法を行使できないことを悟った女性は、逆に絶対の壁を身に纏う為に静かに呟いていた。
「Absolute mauer」
 防御魔法の壁が球体となって、女性を三百六十度覆い尽くしてしまう。
「攻撃できない主が極めし絶対の壁。諦めるが良い。闇の書の改竄まで残り三分」
「攻撃や、兎に角魔力使わせて時間を稼がんと!」
 時間がないと背筋を凍らされるままにはやてが叫び、カートリッジロードを叫ぶ声が二つ重なった。
「「Explosion」」
「主に対する忠誠で負けるわけにはいかん。受けよ、我が一撃。飛竜一閃!」
「時間を稼ぐ前に勝負を決めてやる。アイゼン、ギガントフォーム!」
「Gigant form」
 シグナムが炎を纏わせたレヴァンティンを振りぬくと、斬撃と炎が重なり合い防御魔法に身を隠した闇の書の化身へと向かっていった。
 炎の斬撃が防御魔法とぶつかり合い魔力の火花を散らすより先に爆発し、煙の中にその姿を隠していく。
 続くヴィータがグラーフアイゼンを大きく振りかぶると、グラーフアイゼンの頭部が巨大化していく。
 ギガントと言う名に違わぬ大きさに変化したグラーフアイゼンを、ヴィータはそのまま爆煙の中へと振り下ろした。
 シグナムが斬撃や刺突に特化した分、単純な破壊力で言えばヴィータは守護騎士の中でトップの攻撃力を保有している。
 巨大化したグラーフアイゼンの質量に任せた攻撃。
 頭部に対して細すぎる柄をしならせ振り下ろしたそれが叩きつけられ、闇の書の化身を隠していた爆煙を吹き飛ばす。
 だが、それだけであった。
「馬鹿な」
「手が痛ぇ……ありえねえ、なんて硬さだよ」
 思わず呟いたシグナムに続き、ヴィータも瞳に涙を浮かべながら衝撃に痺れた手を震わせていた。
 並み以上の、一流の魔導師でさえ容易に吹き飛ばす威力を持った攻撃を前にしても、女性は微塵の衝撃を受けた様子もなくそこにいた。
 防御魔法にひびの一つも生まれた様子はなく、全くのノーダメージにすら見えた。
「主の意志と我が魔力が揃えば当然の結果。あと二分、誰にも止められはしない」
 せめてひびの一つでも、攻撃前の姿から変化が見られたのならそこに希望を見出せたことだろう。
 アリシアとのユニゾンにより誰よりも大きな魔力を保有するフェイトでさえも、攻撃が通用するかわからない相手に二の足を踏んでいた。
「手を休めるな。八神はやての判断は間違ってはいない。攻撃を一点に集中させるんだ!」
 言葉もなく手にするデバイスの矛先を下げようとしていたはやてたちの耳に、クロノの声が飛び込んできた。
 リーゼ姉妹はどうしたのかという疑問を残しつつも、諦めるなと叱咤を飛ばすクロノの言葉に皆が耳を傾けた。
「完全に闇の書を封印した例はないが、一時的な封印は何度もある。まずはあの防御魔法を一点突破。闇の書を封印してジュエルシードを摘出する。そうすれば埋まっていたページも戻り、闇の書は覚醒前に戻る」
「そや、諦めたらあかん。シグナム、ヴィータ。ザフィーラを加えてもう一度や。シャマルは今のうちに、なのはちゃんとフェイトちゃんの回復をするんや」
「了解です、主はやて。行くぞ、ヴィータ、ザフィーラ。我らヴォルケンリッターは主の命を前に、退くわけにはいかん」
「あったりめえだ。今度こそ、アイゼンであの硬い防御を砕いてやる」
「休憩の隙を与えず、波状攻撃を与えるのだ。それならば相手も楽ではないはず」
 クロノの指示では動かない守護騎士たちへとはやてが命じると、三人はすぐさま防御魔法の中で悠然と立つ女性へと向けて飛んだ。
 後のことはあまり気にする余裕もなく、ありったけのカートリッジをロードしてデバイスに魔力を込めていく。
 シグナムのレヴァンティンが炎を吹き出し、ヴィータのグラーフアイゼンが吼え、ザフィーラの鋼の頚木が猛威を振るう。
 一度や二度の攻撃にビクともせずとも、はやての諦めるなという言葉に従い攻撃を繰り返していく。
 そんな守護騎士たちの勇姿を目にして、自分も少しは戦力になると加わろうとしたはやてをクロノが止めた。
「八神はやて、君がゴールデンサンを扱えるというなら、こちらに力を貸してくれ。少し窮屈な思いをさせるが」
「窮屈って、ようわからんけどあかね君を助けられるならなんでもするで。そやな、なのはちゃん」
「うん、出来ることはなんでもするよ。私、まだ守ってもらってない約束があるから」
 出来ることはなんでもと言った二人に、クロノは声を小さくして説明を始めた。
 はやてが考えた一点突破と言う考えに決して間違いはないが、必ずしもそれが通るとは限らないのだ。
 現に闇の書の化身はこちらの一点突破と言う考えを考慮して、攻撃の集中点を他よりも魔力を注いで強く防ぎ始めていた。
 これでは一点突破の意味がなく、相手が差し出したの掌の上に拳を突き入れているようなものである。
 ただ一点に攻撃を集中させるだけでは突破できないという考えと、それに基づいた作戦をクロノは全て伝えた。
「理解したなら行くぞ。彼らもそろそろ息が切れる。その前に交代する。ユーノとシャマルは、彼らの回復を念のため頼む」
「解りました」
「防御しかしない彼女のことを考えると、今回僕はそれしか出来ないしね」
 もう本当に時間がないと最後の攻撃の為に、クロノははやてたちを引き連れて闇の書の化身へと向けて空を駆けた。
「シグナム、私らと交代や。シャマルに回復してもらい!」
「くッ、解りました。下がるぞ、ヴィータ、ザフィーラ」
 自分たちだけでは主の願いを叶えきれなかった力不足に唇を噛みながらも、シグナムは指示に従い二人を伴い退いていく。
 すれ違うようにして前後を入れ替わったクロノたちは、真新しい爆煙が晴れたそこから現れた闇の書の化身を見て息を呑んだ。
 解ってはいたことだが、彼女を包み込む防御魔法は依然として健在で、弱まった印象を受けることすらない。
 守護騎士たちの波状攻撃さえも凌ぎきったようで、クロノの説明通りこのまま一点集中の攻撃を行っても効果は見込めない。
 そこではやては両手の甲を空へとかざして言った。
「ゴールデンサン、皆の魔力を増幅や」
「Amplify magical to all」
 増幅魔法による皆の魔力、攻撃力を増幅させて威力を増大させる。
 そして第一撃目を担当するなのはがレイジングハートにカートリッジロードを命じて、更なる魔力の強化をはかる。
「レイジングハート、カートリッジロード。ちょっと久々、砲撃行くよ」
「Load cartridge」
 薬莢が吐き出されると同時に、抑え切れない魔力がなのはの体を桃色の魔力によって包み込み始めていた。
 早く撃たなければ暴走してしまいそうな魔力を制御しながら、なのはがレイジングハートを闇の書の化身へと向けた。
 砲撃魔法、その土台であるレイジングハートを支えるように帯が円を描きながらレイジングハートを覆っていく。
 なのはの体内で暴れまわっていた魔力が出口を求め、レイジングハートの切っ先に集中していった。
「Divine buster extension」
「シュート!」
 レイジングハートから解き放たれた渾身の魔力が、一直線に突き進んでいった。
 膨大な魔力により闇の書の化身の防御魔法ごと呑み込んでいく。
 途絶えることのない魔力の奔流は、やがて自分自身に引火したかの様な爆発を見せて、爆煙の中に闇の書の化身を隠していく。
「威力と言う点では及ばないが。スティンガーブレイド、ブレイクスルーシフト」
 自分の力を正確に把握していたクロノは、一発の威力よりも数を優先し、切っ先の鋭い魔力の刃をそろえるだけそろえ頭上に展開させた。
 ただし以前にザフィーラに向けた一斉発射のシフトではなく、幾何学模様を描いた順次発射のシフトであった。
「撃て!」
 クロノの言葉に従い百を超える魔力の刃が、全てではなく十本程度進み出ては、放たれた。
 突撃の指令を受けた兵士の様に、進み出ては発射され、そして次が発射の時を待って進み出る。
 放たれた魔力の刃たちはなのはが生み出した爆煙を乱さず、綺麗に斬り裂きながら着弾していった。
 着弾の前後であたりの風景に一切の変わりはなく、確実に防御魔法へと着弾していく音だけが辺りに響き渡っていた。
 爆煙はそのままに着弾の音だけを一定の間隔で生み出すクロノを見ながら、フェイトがバルディッシュを強く握り締めていた。
 作戦の要、最大の魔力と攻撃力を持ったフェイトの出番であった。
「アリシア、あかねを助ける為にしくじるわけにはいかない。もう少しだけユニゾン、頑張って」
『またお兄ちゃんを亡くすなんてやだもん。絶対に止める。バルディッシュ、ザンバーフォームだよ』
「Yes, sir. Zamber form」
 体を捻り後ろへと引き絞ったバルディッシュが、カートリッジロードの直後に形を変えていく。
 柄が短くなり頭部が手元まで降りてくると、二つに別れ、刀剣の柄の様に開いた。
 そこから本当に刀身に見える刃が伸びた。
 だが刀剣と呼ぶには余りにも短い刀身であったが、足りない刃を補うようにフェイトの魔力が薄く延びて大剣へとその姿を変えていった。
 はやてによる魔力の増幅と、カートリッジロードによる魔力上昇を含めた二段構えの魔力がすべて刃へと変換されていた。
「クロノ、行けるよ」
「スティンガーブレイド、全弾発射!」
 時間稼ぎはここまでだと、残りの魔力の刃を全てはなったクロノがフェイトの邪魔にならないようにさがった。
 なのはが生み出した爆煙はいまだ健在で、全身全霊を込めたフェイトのザンバーフォームは向こう側から見えていないはず。
「疾風、迅雷」
 ユニゾンにより金色となったマントをはためかせ、疾風の如く、雷となってフェイトは空を駆けた。
「スプライトザンバー!」
 爆煙を晴らさないように丁寧に攻撃を加えていたクロノとは違い、一振りで爆煙を霧散させると、闇の書の化身の防御魔法にその刃を叩きつけた。
 斬るのではなく、渾身の力で持って叩きつけていた。
 金色と闇色の魔力が反発しあいながら、この時初めて拮抗と言う形を生み出した。
 そしてついに防御魔法にひびが入った。
 驚きに眼を見開きながらも、闇の書の化身は直立不動の格好から両手を空に掲げてさらに防御魔法へと力を注ぎ始めた。
 それだけの動作でひびが修復されてしまい、悔しげにフェイトの表情が歪んだ。
「バルディッシュ、カートリッジロード行ける?」
 すでにザンバーフォームを形成する為にカートリッジを二発使用しており、これ以上の同時使用は負担が大きすぎる。
 フレームの破損だけならまだしも、核である宝玉に傷でも入れば致命的である。
 バルディッシュなら大丈夫ではなくても、その頑固な性格から大丈夫だと言ってしまうことを知りながら、フェイトは尋ねてしまった。
「No problem, sir」
『魔力の制御は私がするから、思いっきりやっちゃって!』
 こんな時、決してごめんなさいとは言ってはいけないとフェイトは歯を食いしばった。
 バルディッシュと魔力の制御を担当しているアリシアを信じて命ずる。
「バルディッシュ、カートリッジロード」
「Load cartridge」
 一発、二発、三発とバルディッシュが己を省みず、必要と感じた数だけ薬莢を吐き出した。
 ザンバーフォームにて生み出した魔力の刃が大きく鋭さを増して、消えたはずの防御魔法のひびを今一度刻み、大きくさせた。
「斬り裂け!」
 闇の書の化身の防御魔法を撃ち砕かんと更なる力を腕に込めようとしたところで、フェイトはその体をバインドにて縛り上げられてしまった。
「呪縛、我が主を甘く見るな」
 防御魔法と増幅魔法しか使えなかったあかねが、手に入れていた三つ目の魔法。
 闇の書の化身は眼前のフェイトのみならず、援護の為に次の魔法の準備に入っていたクロノを、後方で回復魔法を受けていたシグナムたちをもバインドで縛り上げていた。
 距離の遠近は関係なく、目にした場所に居るもの全てをバインドにて縛りあげたが、その人数が足りないことに気付くのに時間はかからなかった。
「今だ、なのは、八神はやて!」
「なに?」
 叫んだクロノが向ける視線は闇の書の化身の後方、振り返ればそこにバインドを逃れていたなのはとはやてがいた。
 一点突破と見せかけ、前面の防御を強めた代わりに薄くなった後方からの意表をついた攻撃。
 こちらが本命かと闇の書の化身が、防御魔法の強化点を変更しながら振り返ろうと身を捻る。
「ゴールデンサン、私となのはちゃんの全体強化」
「Amplify Hayate and Nanoha」
「Acs stand by」
「アクセルチャージャー起動。ストライクフレーム!」
「Open」
 そして更なる違和感に包まれる。
 二人は確かにそこにいるしデバイスの声も本人の声も聞こえるが、何かずれている。
 はやての手を包むフィンガーレスグローブの甲の部分には、デバイスの核である宝玉がなかった。
 なのはも肝心のデバイスを持っていない。
 違和感の正体を確信したその時には、目の前の二人の姿がぶれて猫を素体とした二人の使い魔がその正体を表した。
「父様に言われたから手を貸すけど、これ一度だけだからね!」
「クリスタルケージ解除!」
 一点突破を囮と見せた背後からの奇襲もまた囮、本命は変わらず一点突破だと闇の書の化身が気付いた時には、動きが僅かに遅れてしまっていた。
「エクセリオンバスターACS!」
 捕獲用の魔法内に隠れていた二人は最初から移動などしておらず、ただ継続した一点突破を狙い二人でレイジングハートを支えていた。
「行くよ、はやてちゃん。あかね君の所へ」
「今さら躊躇なんてあらへん。真っ直ぐ前へ、あかね君の所へ」
「「ドライブ!」」
 加速するレイジングハート、それを支える二人もまた加速していった。
 再三惑わされ集中を乱した闇の書の化身の防御魔法へと、レイジングハートの切っ先に生み出した魔力の刃が突き刺さる。
 接触時に起きるはずの抵抗もほとんどなかったが、さすがにそれ以上は進ませてくれない。
「もう少し、もう少しであかね君に手が届く!」
「お願い、届いて!」
 手を伸ばせば届く、ほんの一メートル足らず。
 決死の思いを叫ぶ二人へと、闇の書の化身が呟いた。
「何故、お前たちはそうまでして我が主を苦しめる」
 思いも寄らない台詞にほんの少しだけレイジングハートを握る手が緩む。
「我は闇の書、我が主が背負う光の底にある闇を知る者。闇と光は表裏一体にて、我と主は同じ悲しみを共有する者。光を求める者たちよ、光の底にある闇を知り。我と主を逝くべき場所へと逝かせよ」
「Absorption」
 あかねだけを求めるが故に、闇の書の化身の言葉は二人の心を掴んで放さず、二人を光の粒に変え消し去ってしまった。

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