第十二話 救い上げるのはいつもその手なの(前編)
 駆動路へと向かうエレベーターの中にいる三人の姿は、爆発とその煙によるすすでかなり薄汚れていた。
 真下からの爆風は三人を無理やり押し上げ、エレベーターのある部屋の床まで突きぬけさせたのだ。
 咄嗟になのはが防御魔法を行使しなければ危うく圧死する所であった。
 そんな事もあり、現在やる事のないエレベーターの中であかねは特にユーノから叱られていた。
「あかねが考えて何とかしようとしてるのは十分すぎるほど解った。けど、どこか浅はかだよね。下手な考え、休むに似たりだっけ? そうとまでは言わないけれど、もう少しなんとかしてよ」
「申し訳ないです」
 それ以上は何も言えず、小さくなるあかねへとなのはが笑いかける。
「ちょっとフォローのしようがないけれど、私たち失敗するのはいつものことだよね。きっと最近が上手く行き過ぎてたんだよ。ジュエルシードを集め始めた頃が少し懐かしいね」
「なのはとあかね、最初はあまり仲が良いとは言えなかったもんね。特にあかねはなのはに対して余所余所しかったし」
「あの頃は、色々と拘っている事が多かったですから」
「今だとちゃんと仲良し、だよね」
「そうです、ね」
 思う所があるように、なのはがチラチラとあかねを見ながら言えば、あかねも若干ギクシャクしながら頷いた。
 狭いエレベーターの中でそれほど距離は離れていないわけで、もしかして僕お邪魔かなとユーノは考えていた。
 少し前ならば、二人がこんな反応を見せれば言いようのない気持ちの一つも感じていたかもしれない。
 だがアリサに今後の人生ごと首根っこを捕まえられた今、あまり嫉妬できない自分に気がついたユーノであった。
「でも後もう少しだね。フェイトちゃんがお母さんを連れ戻して、私たちは普段通り学校へ行って。出来ればフェイトちゃんもそこにいて……そしたら、あかね君はフェイトちゃんに」
 楽しそうに未来予想図を描いていたなのはの元気が急速になくなっていく。
 友達を素直に応援できない申し訳なさと、取られたくない思いを抱えレイジングハートを抱きしめるようにしている。
 みかねたユーノが肘の先であかねを突いた。
 目の前のなのはを見ても何も気付けないあかねも鈍いと、少しだけ背中を押してやる。
『今すぐにとは言わないけど、あかね待ってるだけじゃ駄目だよ。全部終わったら、言いたい事があるって約束ぐらいしなよ』
『なんでそんな事ユーノさんに言われなきゃいけないんですか』
『敵の攻撃には正面から突っ込むのに、どうしてそこまで奥手になれるのかな。アリサの無駄にハイレベルな積極性を見習いなよ』
『あんな特別な人と比べられたくありません。思ったことを直ぐ口にして、自分のしたいようにして。それから我侭で、他には』
 言い訳にアリサを利用して言いたい放題のあかねに何故か腹が立ったユーノは、あかねの背中を蹴り上げた。
 その後は目の前の光景を邪魔しないように、染まっている訳じゃない、染められたわけじゃないと壁に向かってぶつぶつ独り言を始めた。
 一方蹴り上げられたあかねは、狭いエレベーターの中でなのはを壁に押し付けるように迫ってしまっていた。
 至近距離で見詰め合うことになった二人の頭から、すでにユーノの存在は消し飛んでいた。
 なのはの頭はあかねの事で、あかねの頭の中はなのはの事で敷き詰められていた。
「なのは、あの……」
「うぇい」
 返事を噛んだなのはが恥ずかしそうに俯いていくが、なのはの肩を掴んであかねがそれを引き戻す。
「ずっと言わなければならない事がありました。プレシアさんを連れ戻して、無事元の生活に戻ることが出来たのなら時間をくれませんか。二人きりで話したい事があります」
「二人、きりで?」
「二人きりです。良いですか、約束ですよ。破ったら許しませんからね」
「私も伝えたい事があったから。約束する。絶対だから。指きり」
 小指同士をからめ、おまじないと共に指を切る。
 やっと緊張から解き放たれた二人は目を見て笑う事ができたが、その時間も長くは続かなかった。
 上昇を続けていたエレベーターの動きが緩やかになり始めたのだ。
「二人とも、もう直ぐ最上階だよ。心の準備は良いね?」
 忘れられた感のあったユーノの忠告に二人して頷く。
 そして寄り添うと言った表現が出来そうなほどに近い位置で立っていた事に気付き、わたわたとそらぞらしく距離をとった。
 心臓に手を当てて、落ち着けと何度も呪文を繰り返している間にエレベーターが止まる。
 一気に心を切り替えエレベーターから飛び出した三人は、四体のシスター像に背中を向けた状態で祈られる駆動路を発見した。
 それと同時に、駆動路を守る為に配置された傀儡兵の多さに目を見開いた。
「封印は僕が担当します。なのはは近付いてくる傀儡兵を兎に角撃って、ユーノさんには今だけなのはを任せます」
「すぐあかねに返してあげるから、心配しないで。そんな事をしたなら、僕はたぶん後で恐ろしい事になるし」
「え、え? とにかく今は、ディバイン、シューター!」
 直前のエレベーターでのやり取りもあった事から、あかねとユーノのやり取りになのはが僅かに動揺した。
 それでもすぐに気を取り直すと、向かってくる傀儡兵へと砲撃を行う。
 放たれた魔力弾は、手当たり次第に傀儡兵を貫いては破壊していくが何しろ数が多い。
 魔力切れで消えてしまう前に、傀儡兵たちが威力の減少した魔力弾を持っていた武器で斬り裂いてしまう。
「まだまだどんどん行くよ。ディバインシューター!」
「なのはあまり飛ばしちゃ駄目だよ。適度に近付いてくる傀儡兵を倒せば良いんだから」
 矢次に放つなのはの魔力弾をかいくぐり、向かってきた傀儡兵をユーノが結界魔法で押し留める。
 すぐに遠隔操作で戻ってきたなのはの魔力弾が破壊するが、数だけはそろっている傀儡兵はやはり厄介であった。
 二人が苦戦する様を横目で気にしながら、あかねは暴走して魔力を無尽蔵に吐き出し続ける駆動炉へと右腕を突き出した。
「セイブル、マジカル。ロストロギア、駆動炉を封印。ゴールデンサン、いけますね!」
「Of course, My name is Golden sun. Your brother. Sealing mode. Set up」
「だったら、思う存分燃え上がってください!」
「Sealing」
 特大のプロミネンスがゴールデンサンから生み出され、駆動炉へと向けて燃え上がり伸びていった。





「そうよ、私は取り戻す」
 残り数体となった傀儡兵が守る玉座の間の扉は、瓦礫によって埋め尽くされていた。
 あと少しでたどり着けるとフェイトが傀儡兵の向こうに視線を向けた時にその声は聞こえた。
 アリシアという光を失い闇の底に沈んだ母が、再びアリシアと言う光を求めた声であった。
「多分君の母親が喋っている相手は艦長、僕の母親だ」
「え、あの人がお母さんだったの?」
「思いっきり似てないね」
 とりあえずアルフの突っ込みは黙殺して、クロノは続けた。
「今頃は次元震を食い止めている最中でそんな余裕はないだろうに。同じ母親として、思うところがあったんだろう」
「なら早く玉座の間にいかないと。お互いの母さんの為にも」
「ああ、そうするとしよう。スナイプ、ショット!」
 残りの傀儡兵はあとわずか五機。
 玉座の間に配置されているだけあってこれまで雑魚とは一味違っていたが、クロノとフェイト二人の魔導師にとってたいした差はなかった。
 クロノの魔力のムチが傀儡兵を一機貫き、蛇のようにうねりながら次なる傀儡兵を貫いていく。
 フェイトは迷いのない動きで、久方ぶりの電光石火の動きを見せた。
 傀儡兵がその重い体で一歩を踏み出すよりも速く背後に回りこみ、バルディッシュから生み出した魔力の刃で斬りつける。
 腰の辺りから真っ二つにされた傀儡兵が倒れこみ、残り二機。
「私とアリシアの過去と未来を」
 聞こえてくる母の言葉に、フェイトの動きが僅かに乱れる。
 今のプレシアの頭の中には自分はいない、知っている理解している。
 それでもそこに自分が望まれていない事で心が乱れた。
「フェイト・テスタロッサ!」
「させないよ!」
 今しがた斬り付けた傀儡兵を偶然隠れ蓑にする形となった傀儡兵が剣を振り上げたが、アルフがフェイトを庇いながら結界を張る方が速かった。
 受け止められた剣は衝撃に耐えられず折れ、アルフが拳に集めた魔力を全開に殴りつけ破壊する。
 吹き飛ばされた傀儡兵が元々崩れかけていた壁にぶつかり、瓦礫に埋もれたまま動かなくなった。
「アルフ、ありがとう。それとごめんなさい」
「気にしない、気にしない。フェイトがピンチなのは嫌だけど、それを助けるの、実は好きなんだ。駄目な使い魔だね、アタシって」
「ううん、アルフはとっても良い子だよ」
「大丈夫のようだな。あとは、この瓦礫を突き破って」
 最後の難関を前にクロノがS2Uを玉座の間の前に積みあがった瓦礫の前に突きつける。
 フェイトとアルフの二人を下がらせると、それは聞こえてきた。
「取り戻すの、こんなはずじゃなかった世界の全てを」
 沈み込んだクロノの顔が、長めの髪に隠されその表情はフェイトにもアルフにも見えなかった。
 ただその背中が、言いようのない怒りと悲しみに彩られているのは何故か理解できてしまった。
 この人もまた何か大切なものをと二人の視線がクロノの背中に集まると、クロノが魔力を解放した。
「Blaze cannon」
 S2Uの声が呟かれ、クロノの魔力色である青白い光が瓦礫を吹き飛ばし玉座の間へと入り口を無理やり押し開けた。
 未だ爆発の最中であるにも関わらず、クロノはものともせず突入していく。
 すぐにフェイトとアルフもそれに続くと、大きなガラス管におさめられたアリシアを前に、プレシアが縋り付いている光景が目に飛び込んできた。
 今更何を言おう、どう伝えようと少し迷ったフェイトよりも先に、クロノが耐え切れず叫んだ。
「世界はいつだって、こんなはずじゃない事ばっかりだよ。ずっと昔から、何時だって誰だってそうなんだ!」
 クロノの言葉は、プレシアだけでなくフェイトの身にも染みこむ様に浸透していく。
「こんなはずじゃない現実から、逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。だけど自分の勝手な悲しみに無関係な他人を巻き込んで良い権利は何処の誰にもありはしない!」
 何を伝えようか、どう言おうか迷っていたフェイトの心を真っ直ぐプレシアへと向けてくれた。
 プレシアは確かに悲しい事があった。
 自分だって、今隣にいるクロノだって恐らくそうだ。
 世界にはどうしようもないぐらい悲しみが満ちていて、取り返したい事ばかりである。
 けれど、世界には優しく温かいものも同じぐらいに満ちているのだ。
 悲しみの原因を取り返そうとする行為は、世界に満ちている優しく温かい気持ちを捨てると同じ事なのだ。
 悲しみを理解し手を差し伸べてくれる優しい人たちを裏切る行為なのだ。
「母さん、私にはどう頑張っても母さんが望んだアリシアになる事はできない。けれど、私はフェイトとしてなら母さんの娘になれる。私は母さんに笑いかけて欲しいのと同じぐらい笑いかけてあげたい。母さんが、大好きだから」
「ふふ、今更何を言っているのかしら。貴方が私の娘? 私が大好き? それは全て私に植え付けられたアリシアの記憶が生み出す錯覚、貴方は私のッ」
「母さん、もう無理しないで!」
「フェイト近寄っちゃ駄目!」
 またしても血を吐いたプレシアへと駆け寄ろうとしたフェイトであったが、すぐにアルフが駆けつけ押し倒した。
 駆け寄ろうとしていたフェイトがいた位置を、プレシアが放った雷が通り過ぎていた。
 アルフが助けなければどうなっていたか、アルフがフェイトを庇いながら睨みつける。
「何処まで腐ってるのさ、アンタは。経緯はどうあれ、フェイトはアンタの娘だろう。お腹は痛めなかったかもしれないけれど、心は痛んだろう。心が痛んだから生み出した、んだろう」
 言葉を尻すぼみに消していったアルフは確かに見た。
 ブリッジで見た時と同じ優しい瞳を。
 プレシアは解っていたのだ、自分がフェイトを撃ってもアルフがちゃんと庇ってくれる事を。
 今は自分にとらわれていても、いつか周りに支えられながら歩いていける強い子だと。
「アンタ、まさか」
「ふん、相変わらず使い魔の躾がなってないわね。こんなのが私の娘だなんて反吐が出るわ」
 アルフの頭に浮かんだ疑惑を否定するような容赦のない言葉が投げつけられたが、それだけに終わらなかった。
 すぐにアルフだけに言い聞かせる様にプレシアの念話が送られて来た。
『早く、フェイトを連れて逃げなさい』
『フェイトはアンタがいないと絶対に逃げないよ。それになんでアンタの口からそう言わないのさ』
『今の今まで、欠片もそう思わなかったからさ。それに見ての通り私にはもう未来が残されていない。あと何ヶ月、生きられるか。優しい母親が死ぬよりは、決して自分には優しくしてくれない母親が死んだ方がフェイトは悲しまずにすむだろう』
『それでもフェイトはきっと、数ヶ月でもアンタが生きる事を望む。フェイトの気持ちを解っておくれよ!』
『それは無理ね。結局の所、フェイトは二の次。今でも私の一番はアリシアなのだから。逃げなさい、私の娘を連れて!』
 断ち切るようにアルフとの念話を終わらせたプレシアは、杖を頼りに立ち上がり、その杖を床へと突きたてた。
 魔方陣がプレシアの足元に広がり、術式すら成されていない無造作な魔力流が方々へと散っていく。
 元々不安定だった時の庭園の中に広がったプレシアの魔力が、ジュエルシードやその他の魔力を狂わせ始めた。
 時の庭園を包み込んでいた震動がさらに大きくなっていく。
『最後に、主人を思うなら決してこの会話を伝えないことね。フェイトが私のように絶望という闇に落ちるわよ』
『馬鹿だよ、アンタ』
 一段と揺れが大きく、激しくなっていく。
 崩れた天井の小さな破片が落ちだし、いずれ天井そのものさえ落ちてくるかもしれない。
 プレシアが余計な一撃を打ち込んだおかげで、予定の一時間から作戦行動時間がかなり削られてしまった。
 説得はもちろん、捕縛でさえも諦めざるを得ないとクロノが苦渋の決断を口にした。
「本格的に崩れだすぞ。残酷だが、説得は諦めろ。退避だ!」
「いや、母さん。母さんも一緒に、私が手を引くから。一緒に、行こう!」
 一番残酷な選択を迫られた本人が聞けるはずもなく、アルフの束縛を振り切ってプレシアへと駆け出した。
 だがフェイトが駆け出そうとした足元が崩れ、床が抜け落ち始めた。
 そこから高次元空間とクロノが注意をした虚数空間が口を開けて待っていた。
 まともに走ることも出来ず飛び上がったフェイトがプレシアへと手を伸ばすが、望んだプレシアの手は何時でもフェイトを撃ち抜けるよう構えられていた。
 少しでも近付けば撃つ、プレシアの意志がフェイトの体を動かさせなかった。
「私は向かう、アルハザードへ。そして全てを取り戻す。貴方との親子ごっこもここまでよ」
 最後の最後で母親らしい姿を、母親らしくない言葉でプレシアがフェイトに投げつける。
 ついにプレシアの足元までもが砕け、その体がわずかに浮き上がる。
 そして数秒と経たない内に、飲み込まれる。
 目の前でプレシアが、大事な母さんが消えてしまう。
 そうなるぐらいならプレシアに撃たれた方がましだとフェイトが駆けつけようとしたが、再びアルフの手によりさえぎられた。
「フェイト、もう駄目だよ!」
「誰か、誰か母さんを助けて!」
 天井が桃色の光に打ちぬかれ、巻き上がった煙の中から三つの影が飛び出した。
 そのうちの一つが炎を巻き上げながら、一つ抜きん出てプレシアへと向かっていく。
 フェイトへと常に向けていた手の平があかねへと狙いをつけられたが、助けに向かったのがあかねであった事が幸いした。
 片腕のない少年、あかねの姿を見てプレシアが動揺したのだ。
 どんなに謝っても謝り足りないフェイトを振り切る覚悟はあったが、同じぐらい謝らなければならないあかねの登場は予想外で覚悟などありはしなかった。
 落ちていく過程で偶然浮かび上がったプレシアの腕をあかねの右手が捕まえた。
「Amplify arm」
 あかねの右腕がふくれあがり、ミシリと音を立てる。
「離しなさい、私はアリシアと。アリシアが!」
「僕が見捨てるとでも思ってますか。フェイトさん、受け取ってください!」
「母さん!」
 人間一人腕を掴んで振り回すのは相手にとっても危険だが、四の五言っている場合ではなかった。
 プレシアをフェイトへと向けて放り投げ、半身を振り返らせる。
 だが手で捕まえるにはアリシアが入っているガラス管は大きすぎた。
 ガラス管を破壊してアリシアを放り出すことが出来れば助ける事はできるだろう。
「ディバイン、シューター」
 あかねが振り返り何かを言う前に、桃色の魔力弾がアリシアのガラス管を撃ち砕き、反動でアリシアの体を少しだけ浮き上がらせた。
 まだ間に合う、あとはアリシアを掴み取れば全て上手く行く。
 そしてあかねは左腕をアリシアへと伸ばした。
「馬鹿、あかね。君の左腕は、もうないんだ!」
 ユーノの叱責で、あかねはわざわざ自分の左肩を確認していた。
 腕をなくしてからの期間が短く、反射的な行動はやはり無理があったようだ。
 半身からさらに体を半回転させ右手でアリシアの腕を掴むも、アリシアの体がすでに虚数空間の重力に捕らわれていた。
「あかね君!」
「手を離せ、あかね!」
 なのはとクロノが他の皆があかねの名を呼んだが、あかねがそれでアリシアの手を離せるとは誰も思っていなかった。
 例え死んでいると解っていても、手を離せばプレシアがフェイトが悲しい思いをする。
 割り切れない気持ちを抱えたまま、あかねはアリシアもろとも高次元空間へと投げ出され虚数空間へと落ちていった。

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