第八話 ままならない気持ちなの(前編)
 フェイトのように素早い動きで何処からかというわけではなく、本当に突然その場にクロノと名乗る少年は現れた。
 ジュエルシードの前に立ちはだかると、デバイスによってフェイトの伸ばされた手を受け止めていた。
 年の頃は、なのはたちよりも若干上に見えるが、瞳に宿る意志がさらに上の大人を連想させる。
 その口から発せられる声にも、顔に似合わぬ威厳が込められていた。
「もしもジュエルシードを奪おうと言うのであれば、相応の覚悟をしてもらう。出来れば抵抗はして欲しくない」
 ゆっくりと手を下ろしたフェイトはクロノから離れる素振りをみせ、そのまま躊躇なくバルディッシュを突きつけた。
 だがフェイトがバルディッシュを突きつけた先には、すでにクロノの姿はなかった。
 ジュエルシードの輝きさえもそこにはない。
「フェイト、上だよ!」
 アルフの声にハッと上を見上げれば、ジュエルシードを手にしたクロノがデバイスを振り上げていた。
 バルディッシュを盾にして一撃を受け止めるが、受け止めきることはできなかった。
 体力の低下もあるが、それ以上にクロノの一撃が鋭く重かったのだ。
 痺れが熱におかされた体を駆け抜け、視界がぼやけていく。
 ついに力尽きたフェイトはバルディッシュを起動状態にしておくことすらままならず、落ちていった。
 間一髪アルフがフェイトを抱きかかえるが、クロノの行動はまだ終わりではなかった。
 主人を傷つけた事で相手を睨むアルフの気概が、安全確保の為にクロノに魔法を行使させようとしていたのだ。
 クロノが二人へと突きつけた杖の先に、白い光の魔力弾が生成されていく。
「少し眠っていてもらう。目を覚ました頃には、我々の船の中で保護されていることだろう」
 意味がないと思いつつも、アルフがフェイトを庇うように覆いかぶさった。
 そして僅かだが心から漏れた、誰か助けてくれと。
「フェイトちゃんとアルフさんを撃たないで!」
 なのはが砲撃の射線上に割り込み両腕を広げた為、クロノが躊躇した。
 抵抗されたのならまだしも、なのはは抵抗の素振りなく二人を庇うように立っただけだからだ。
 戸惑うクロノの不運は続いた。
 爆音に目をやり振り返ってみれば、あかねが黄金色のコートから炎を巻き上げて文字通り突っ込んできていた。
 慌ててデバイスを向けなおし砲撃を行うも、あかねの前に現れた防御魔法に弾かれてしまう。
「無茶苦茶だ。特攻魔法? そんなものがあってたまるか」
「約束したんですよ。助けるって、求められたら答えるって」
「君の行動は重大な公務執行妨害だ。解っているのか!」
 防御魔法で一時的にあかねの突撃を受け止めるも、完全に止める事は叶わずやり過ごす事しかできなかった。
「どう見てもそれほど年の変わらない貴方が警察官には見えません。僕からしたら、フェイトさんとアルフさんを撃とうとした貴方の方が許しがたいんです」
「あかね、その人を攻撃しちゃいけない。その人は本当に警察みたいな組織の人なんだ」
 ユーノの言葉も、ぶち切れ状態のあかねには届かなかった。
 大きく弧を描いてユーターンをすると、すぐにまたクロノの下へと突撃する。
 状況は混迷を極め始めていた。
「あの坊や、本当に……今のうちだ。フェイト、直ぐに休める場所に連れて行くから」
「アルフさん!」
 気絶して意識のないフェイトを抱えてアルフが逃げ出し、なのはも追うべきかあかねを止めるべきか迷いを見せた。
 この場で一番冷静だったのはやはりクロノであった。
 一人で全員は取り押さえられないと判断し、逃げ出した方の追跡は後方に控える部下に託し向かってくるあかねを見据えた。
 防御魔法をまとって特攻など馬鹿な真似に最初は驚いたが、脅威と言うわけではなかった。
 幾度となく戦場を駆け抜けてきた目を駆使し、粗を探す。
「そこだ!」
 激突直前、あかねの防御魔法のとある一点へと杖の先端を突き入れた。
 無造作にも見えるその一撃は、いとも容易くあかねの防御魔法を貫き砕いていた。
 魔力制御の粗いあかねの防御魔法の一番弱い点を狙った一撃であった。
 あとはクロノがそっと拳を差し出すだけで、あかねの方からぶつかってきた。
 クロノの拳があかねの腹部に突き刺さり、口から胃液や唾がほとばしる。
「やれやれ、助ける事と暴れる事は違うと言うのに。力を手に入れた者が良く陥る勘違いだ。本当に彼女を助けたいと思うならば、君は僕の方こそを手伝うべきだった」
 あかねを拳一つで支えたクロノは、地面に足をつくと同時にあかねを放り投げた。
 仰向けに投げ出されたあかねを即座に戒めの魔力の輪が何本か包み込む。
 お腹を抱えて転がりまくりたい状況で、少し酷な扱いであった。
「あかね君、大丈夫? ここが痛い?」
 駆け寄ってきたなのはが代わりにお腹をさすってくれたが、ちょっと情けなく違った意味で痛かった。
 珍しく憎々しげな瞳をあかねがクロノに送っていると、彼の目の前に彼とは違う色の魔力で描かれた魔法陣が浮かび上がる。
 魔法と言えば戦うものしか見た事のなかったなのはとあかねは、その魔方陣が映し出した女性の顔を見て驚くこととなった。
 その人は若い女性で、ネクタイをつけた制服のようなものを着ている。
 だがその若草色の長い髪は、普通に地球に生きていれば決して見られない色のものであった。
「クロノ、お疲れ様」
「すみません、抵抗に合い一人と使い魔一匹を逃がしてしまいました。追跡の方は?」
「見失ったそうよ。でも事情ぐらいはそこの三人から聞けそうだから、良しとしましょう」
 クロノがペコリと頭を下げたり、話の内容からユーノの言う通り本当に警察組織のようなものに見えた。
 ただし、フェイトとアルフを撃とうとしたクロノをあかねは心情的に直ぐには許せそうにはなかった。
「それでちょっとお話を聞きたいから、そっちの子たちをアースラに案内してあげてくれるかしら」
「了解です。ただし、抵抗の恐れがありますので彼にだけは拘束を続行します。よろしいですか?」
「そうね、でもそこまでぐるぐる巻きにしなくてもいいわよ。貴方や、私が居ることですしね」
 クスリと女性が笑ったのは、つま先から肩口まであかねが厳重にバインドで拘束された姿を見たからであった。





 緑色の光が人数分地上に降り立ちあかねたちを包み込むと、次の瞬間には見慣れない建物の中であった。
 背後には転送用の大きな魔方陣が浮かび、前を見れば廊下が続いている。
 特に説明もなくクロノが歩き出したため、なのはやあかねたちもその後に続く。
 なのはは見た事のない光景におっかなびっくりと言った風であり、あかねは手を後ろにバインドされているためいささか仏頂面である。
 唯一余裕があるのは、魔法世界の出身でありある程度知識を持っているユーノであった。
『ユーノ君、ユーノ君ここって一体』
『時空管理局の時空航行船の中だね。えっと、簡単に言うといくつもある次元世界を自由に移動する。そのための船』
『あんまり簡単じゃないかも……』
 ユーノの話を聞いて、微妙そうな顔をしているなのははあまり良く解っていないようだ。
『僕も理解してるわけじゃありませんけれど、日本から外国へ行くには船や飛行機がいる。日本と外国を別の世界と考えると、その次元航行船が船や飛行機にあたるって所ですか?』
『そんな感じで良いと思うよ。それでそれぞれの世界に干渉しあうような出来事や事件を管理しているのが彼ら時空管理局なんだ』
『そうなんだ……ってことは、あかね君思い切りその管理局の人に攻撃しちゃったから』
 未だ拘束されているあかねの手を見て、なのははある程度の納得は見せた。
 確かに事情を知れば、あかねがクロノを攻撃したことが拘束の対象となる事はわかる。
 だが前知識もなしにいきなりやってきて命令されて、敵だと思ったあかねの心情もわからなくはない。
『僕はちゃんと止めたよ。だいたいあかねは普段冷静な口調の癖に熱くなりやすすぎ。人の為に怒ってるから、入れ込みすぎ、感情移入しすぎってところ』
『それが僕です。変えるつもりなんてありません。それに……』
 キッとあかねがクロノの後姿を個人的事情も加えてで睨んでいると、いつの間にかたどり着いていた正面の扉がスライドし始めた。
 大型の貨物でさえ余裕で搬入できそうな扉が開いていくと、内側とは比べ物にならない光が差し込んできた。
 それだけこの転送の部屋が薄暗かったと言うこともあるが、部屋を出た所で何かを言おうとしたクロノが振り返った。
 そして睨んできていたあかねと目が合う。
「不満そうだな、君は」
「随分と節穴な目をしているんですね、クロノ執務官殿は。急に知り合いを攻撃されて怒らない人間がいるとでも?」
「僕はきちんと時空管理局と名乗った。そして抵抗しなければと前置きも置いた。対処に間違いはない」
「でも僕らはその意味を知らなかった。貴方は自分が正義だと大言を吐きながら武器を振りかざすような人間を信じられますか?」
「なるほど、一理ある。君たちの世界は管理局の管理下にあるとは言え、一般にその存在は秘匿されている。魔法を扱っているからと、その知識がある事を前提とするのは過ちだったか」
 パチンとクロノが指を鳴らすと、あかねを拘束していたバインドが解かれた。
 正しく言葉を伝えれば正しく答えてくれたクロノにぐうの音も出ない。
 最後に残った個人的事情は、とりあえず喉の奥にしまいこむ。
 好きにはなれないが、嫌いにはなりきれずあかねはペコリと頭を下げた。
「どうも、ありがとうございます。そして先ほどは失礼しました」
「確かに過失はこちらにもあった。それから君たち、いつまでもその格好では窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ」
 顔を見合わせて頷きあい、なのはとあかねは言われた通り変身をといた。
 なのははバリアジャケットと余り変化のない真っ白な学校の制服、あかねは派手なバリアジャケットと全く違う真っ白な制服。
 心なしか隠れてクロノがホッとしているように見えたのは気のせいだろうか。
 今度は何かを疑うような視線をあかねが送っていることに気がついたクロノが、軽く咳払いをしてから話をそらす様に言った。
「んんっ、君も元の姿に戻ってもいいんじゃないか」
「ああ、そう言えばそうですね。ずっとこの姿でいましたから忘れてました」
 そう言ったユーノが力を込めるような仕草を見せると、彼の緑色の魔力が小さな体を包み込み始めた。
 一体何がはじまるかとなのはがうろたえ、あっとあかねが今の今まで忘れていた事実を思い出した。
 数秒後には、ユーノが居た場所に見慣れない男の子が立っていた。
 薄い茶色の柔らかそうな髪と、女の子に見えなくもない軟らかな顔立ちの男の子である。
「はあ、なのはとあかねにこの姿を見せるのは久しぶりになるのかなぁ!」
 しり上がりに言葉が跳ね上がったのは、涙目になったあかねがユーノの襟首を掴みあげていたからだ。
「ユーノさん、そんな前の事覚えてるわけがないじゃないですか。騙しましたね、愛らしいフェレットの姿を利用して、挙句の果てに温泉旅行の時に!」
「僕を見捨てたあかねの台詞じゃないだろ。あれはあれで大変だったんだ」
「あ、あ、あ、あ……ユーノ君が男の子になっちゃった!」
 たかだか変身をといただけで三者三様の様を見せるなのはたちに、若干クロノはついていけなかった。
 クロノからすれば別に変身魔法ぐらい身近と言わないまでも普通に見るものだからであるが、魔法のない世界出身のなのはやあかねはそうはいかない。
 なのははユーノをただの喋るフェレットとして、目の前で着替えたり色々してきたし、最初はそれを知っていたあかねも時が経つにつれ忘れ、ユーノは今や好きな女の子と一緒に過ごしてきた天敵である。
 多少襟首を掴む腕に力が込められたとして誰が責められようか。
「君たちの間で何か見解の相違があるみたいだが。艦長を待たせているので手短に頼む」
 冷静なクロノの突っ込みはかなりの効果を発揮していた。
 基本的に良い子な三人は、誰かを待たせているという状況をほったらかしてまで騒げなかったのだ。
 大人しくなったなのはたちは、クロノの案内でとある部屋の前で立ち止まった。
 恐らくはそこで艦長が待っているのだろうが、部屋の扉が開いてすぐここが何処か解らなくなるような光景が広がっていた。
 戦艦内の鉄壁に囲まれた部屋の中では幾つもの盆栽が並べられ、部屋の中央には茶道の道具が一式となぜか部屋のわきに一つししおどしが。
 どう見ても日本にかぶれた外国人の部屋にしか見えなかった。
「艦長、つれてまいりました」
 慣れているのか、部屋の様子の意味を知らないのかすたすたとクロノが入室していく。
 部屋で待っていたのは、通信の時に顔を見せた若草色の髪を持つ女性であった。
「お疲れ様。まあ、どうぞどうぞ。三人とも……あら、貴方は着替えちゃったのね。残念」
「バリアジャケットでは窮屈だと思い、解除してもらいました」
「あら、そう……」
 しょぼんと残念そうにした女の人は、どうやらなのはかもしくはあかねのバリアジャケットを見たかったようだ。
 なにやら二人の間だけでわかる個人的嗜好があったようだが、とりあえず三人とも女性の前に座り込んだ。
 最初に聞かれたのは、何故自分達がジュエルシードを追っていたかだ。
 それはかつてユーノの口からなのはやあかねに語られた通りの話が伝えられた。
 自分が見つけ、散らばってしまった為に、自分で集めなおそうとしたこと。
 その過程でなのはやあかねという協力者を見つけ、今に至ること。
「立派だわ」
 自分の責任を自分で果たそうとしたユーノの言葉に、それを手伝おうとした二人に女性、リンディがそう褒め言葉を送った。
 だが彼女の隣に座るクロノはまた違った意見のようであった。
「だけど同時に無謀でもある。君がまずすべき事は、僕ら管理局に協力を求めることだった。発見者として協力したいと申し出れば置いてきぼりにはならなかったはずだ」
 クロノの正論に、ユーノは大人しくうな垂れ自分の軽率な行動を反省していた。
 幸運にもなのはやあかねと言った魔力に優れた人材にめぐり合えたが、そうでなければ二つ目のジュエルシードの暴走体に殺されていたかもしれない。
 それ以上に、なのはやあかねを巻き込む事はなかったはずだ。
「あの、結局ジュエルシードって何なんですか?」
 落ち込んだユーノを見かねてなのはが言うと、リンディが答えてくれた。
「異質世界の遺産の一つ。次元空間の中には幾つもの世界があるの。それぞれに生まれて育っていく世界。その中にごくまれに進化しすぎる世界があるの。技術や科学、進化しすぎたそれらが自分達の世界を滅ぼしてしまって。その後に残された失われた世界の技術の遺産」
「それらを総称してロストロギアと呼ぶ。使用法は不明だが、使いようによっては次元空間さえ滅ぼす力を持つこともある、危険な技術」
「しかるべき手続きを持って、しかるべき場所に保管されていなければならない品物。貴方達が探しているロストロギア、ジュエルシードは次元干渉型のエネルギーの結晶体。いくつか集めて特定の方法で起動させれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合次元断層さえ引き起こす危険物」
「君とあの黒衣の魔導師がぶつかった時に発生した振動と爆発、あれが次元震だよ。たった一つのジュエルシードで、全威力の何万分の一の発動でもあれだけの影響があるんだ。複数個集まった時の影響は計り知れない」
 ちんぷんかんぷんな説明の中で唯一実体験に基づくものを聞かされ、なのはもあかねも先日のジュエルシードの暴走を思い出した。
 三人がかりで封じ込めたあの威力が何万分の一だとすれば、全て解放された時の威力は想像もできない。
「聞いたことあります。旧暦の四百六十二年、次元断層が起こった時のこと」
「ああ、あれは酷いものだった」
「隣接する平行世界がいくつも崩壊した。歴史に残る悲劇。繰り返しちゃいけないわ」
 そう呟いたリンディが、自分でたてたお茶の中に角砂糖を一粒落としていた。
 真面目な話にそぐわない、通常時でもそぐわないその行動に、なのはがあっと声を挙げていた。
 あかねは話を自分なりに噛み砕こうとして、衝撃の瞬間を見逃していた。
 沢山説明しお茶で喉を潤したリンディは、改めてなのはやあかねに言った。
「これよりロストロギア、ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます」
「君たちは今回の事は忘れて、それぞれの世界に戻って元通りに暮らすと良い」
「で、でも」
 なのはの反論を前にクロノが何かを言う前に、あかねの言葉が割り込んだ。
「お断りします。確かに話を聞いてジュエルシードを最終的に貴方達に預けるのは異論ありません。ですが僕はフェイトさんと約束しました。助けを求められたら、必ず助けると。だから僕はこれからもジュエルシードを追います。もうすでに目的はジュエルシードを追うだけではないのですから」
「あら、それは困ったわね。そんなに結論を急がなくても良いのに」
「君もずいぶん根に持つんだな。こちらの失態は全て謝罪したはずだが?」
「まだ好きな子の前でぼろくそにされた恨みが残ってますが、それとコレとは話が違います、あ」
 ぽろりと漏らしたあかねが口を覆うが、すでに放たれた言葉は止められないし、戻っても来ない。
 沈黙の中ししおどしがいらぬお節介でカコンッと響き渡る音を鳴らした。
 音の余韻が静寂に拍車を掛けているようであった。
「あ、あかね君好きな子って。もしかして、もしかして!」
「良いわね、若いって。当てられて、こちらもウキウキしてきちゃう」
「だからさっき温泉の事をいまさら蒸し返してきたのか……どうしよう」
「君が結構迂闊なのはわかった」
「もしかしてフェイトちゃん?!」
 時が再び止まった。
 どうしてそうなるのかと。
「た、確かにフェイトちゃんは可愛いし、綺麗な髪と綺麗な瞳を持ってて。応援するよ、あかね君」
「応援なんていりません!」
「そう、だよね。あかね君は自分の力でフェイトちゃんを守るんだもんね」
 出来ることならとんちんかんな思考を持つなのはの頭を叩いてみたかった。
 あの時クロノに一撃でのされ、バインドで縛られた時にはフェイトの姿はとっくになかったはずだ。
 それを忘れているのか、それとも自分と言う選択肢を最初から外してしまっているのか。
 恐らくは後者なんだろうなと、以前の経験も踏まえあかねは考えていた。
「兎に角その話は置いていて。僕はフェイトさんに会う為に、ジュエルシードを追わなければなりません。回収は任せますが、それ以外は僕の好きにさせてもらいます。邪魔だけはしないつもりです」
「駄目だ、彼女がジュエルシードに関わろうとする以上、彼女もこちらの管轄だ。次元干渉に関わる事件だ民間人に介入してもらうレベルの話じゃない」
「ではこう言います。僕達の世界が時空管理局を秘匿もしくは認識していない以上、他の世界の法では僕を縛れない。監視はともかく、僕を拘束できますか?」
 それは限りなく難しいことなのだろう、クロノが言葉に詰まっていた。
 あかねをアースラに監禁するにしても、別次元の存在を秘匿しているあかねたちの世界では行方不明として処理される。
 それでは完全に時空管理局が他世界に干渉し、事件を起こしたことになる。
 あかねが公務執行妨害を宣言していたとしても、限りなくグレーなケースとなることだろう。
 下手をすれば公務の為には他世界の人間の自由を奪ってよいと言う悪しき前例となりかねない。
「屁理屈なのは自分でも解っています。ですが、僕は僕の言葉をたがえるわけには行きません。父の背に誓って」
 父と言う言葉を聞いて、何故かクロノがますます言葉に詰まっていた。
「立派なお父様だったのね。でもね、あかね君。貴方はもう少し周りに目を配りなさい。貴方のこの場での決意は、なのはさんに確実に影響を及ぼします。せめて彼女の言葉を聞いてからでもよかったかもね。彼女を大切に思うなら、なおさら」
 今度言葉に詰まるのはあかねの方であった。
 自分の意見を押し通すことでなのはを傷つけたのは以前にもあったことであった。
 もしもなのはを危険から遠ざけたければ、この場は素直に退いて後日改めて自分の意志を伝えるべきであった。
「はい……リンディさんの言う通りです」
「っと言うわけで、今日のところは一度帰って気持ちの整理をつけるといいわ。今夜一晩ゆっくり考えて、三人で話し合って。それから改めてお話をしましょう?」
「送っていこう、元の場所でいいね」
 立ち上がったクロノに促され、なのはやあかねたちはアースラを後にした。

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