第三話 二人で一人前が限界なの?(後編)
 家に帰ったあかねを待っていたのは、空腹が我慢しきれず居間で転がりまわっている母であった。
 あかねが居間に入ってきたことに気付くと、ごろごろと転がりながら足元に近寄ってきてすがりついてきた。
 はっきり言って少し怖かった。
 思わず逃げようして足から母を振りほどこうとしたが、ガッチリ抱え込まれ放してくれない。
 アリ地獄のように、あかねの足をぐいぐい引っ張ってくる。
「あかね、お母さんお腹空いたのよ。ずっと待っててあげたのよ、ご飯食べよう」
「僕はもうすでに昼ご飯を食べてきましたので、一人で食べてください」
「すでに食べたですって?!」
 事実を伝えただけのつもりであったが、足にまとわりついてきた母の力が一気になくなった。
 そのままぱたりと床に倒れこむと、何処から出したのか白いハンカチの一端を口にくわえて引っ張っていた。
 自分の母親ながら面倒くさい相手であると、あかねの瞳が半眼になっていた。
「お母さんが空腹でも健気にあかねを待ってた間、あかねはそ知らぬふりでご飯を食べてきたんだ。それもなのはちゃんやすずかちゃん、アリサちゃんに囲まれてでれでれしてたんだ。お母さん悲しい」
「お腹空きすぎておかしくなってませんか?」
「お母さん知ってるんですからね。今日はお出かけの予定じゃなかったのに、可愛い女の子に誘われてホイホイついていったのを。やっぱり若い方がいいのね!」
「あの僕思わぬ運動をしてきて疲れてるんです。だから僕はこれからお風呂に入って、お昼寝の時間です。夕方なら遊んであげますから、素直にご飯食べてください」
 そう言うと、何故か母はあっさり小劇場を中止して、何事もなかったかのよう立ち上がっていた。
 そしてまるで何事もなかった様にご飯を温めなおしだした。
 あまりの変わりようにさすがのあかねも目を丸くしていると、いやらしい笑みを浮かべた母が言った。
「今言ったわよね、夕方には遊んでくれるって。何しようかしら、こうして無理にでも約束させないとあかねったらお母さんの相手してくれないんだもん」
「つまりは、だましたと?」
「人聞きの悪いこと言わないの。母と子の円満なコミュニケーションの為に一芝居うっただけよ」
「言葉を変えても、それは騙したことと同じです」
「いいからお風呂入ってきなさい、面倒くさい子ね。あ、お風呂って言ってもシャワーだけどね」
 面倒な芝居をうったのはどちらだと思ったが、大人しく言う通りにする事にした。
 真面目な場面でもおちゃらけた場面でも決して勝てない、そんな事は物心ついたときから解っていたことだ。
 大人しく洗面所へと向かう途中で手に持っていた袋に気付く。
 少し慌てて居間へと舞い戻り、鼻歌まで歌っている母へと頼んだ。
「実はサッカーの試合をしてきて、ユニフォームを借りたので洗ってもらえますか?」
「あら、そんなことしてきたんだ。わかったわ、だけど後でお話聞かせてね」
 了承を得て、今度こそ洗面所へと向かったあかねは、ユニフォームが入っている袋を床に置いた。
 それから服を脱ごうと手をかけた時、ジュエルシード特有の大きな力を感じた。
 服を直して洗面所を飛び出すと、そのまま玄関までも飛び出した。
 立ち止まり、力を感じた方向へと視線を飛ばす。
 僅かに震える空と大地、あかねの視線の先では空へと昇る光の柱が目に入った。
 あまり魔力の探索に向いていないあかねでさえもはっきりと感じ取れた、大きな魔力のうねりである。
「あかね、突然どうしたの? お風呂は?」
 ドタバタ廊下を走ったせいか、気になったらしい母がつっかけを履いて外へと出てきてしまった。
 むしろそれはありがたかったかと思い直したあかねは、まず最初に走り出した。
 突然の行動に母が声を挙げるが、振り返りはしても立ち止まる事はしない。
「ちょっと、何処行くのよ」
「急用が出来ました。夕方の約束は破棄ということでお願いします」
「こらー、どんな経緯があろうと約束は約束。ちゃんと守りなさい!」
 両手を挙げて怒鳴る母を放置して、あかねはまだ魔力の放出が収まらないジュエルシードがある方角へと向け走った。
 ジュエルシードが発動したらしき方向は、街のど真ん中に思えた。
 これまでは発動しても人が駆けつける前であったり、深夜の為に人に知れる事はなかった。
 あんな街中で動植物が暴れたらどんな被害が出ることか、焦りに飲み込まれるあかねへと念話が届く。
『あかね君、気付いてる?』
 意味もなく頷きながらあかねも答えた。
『十分過ぎるほどに。すぐに向かいますから、現場で合流しましょう。待ち合わせていては時間の無駄です』
『多分僕らの方が距離的に近いけれど、あかねが居ないとまともに封印を行うのは危険だ。できるだけ急いで』
『解りました。出来るだけ急ぎます』
 ユーノからの要請に応え、あかねは右手に巻きつけてあるのゴールデンサンを握り締めた。
 普通に走っていては時間もかかるし体力も持ちはしない。
 ならば取るべき方法は一つである。
「OK, Brother. Amplify leg」
 走ると言うよりは跳ねると言った方が近い走法であかねは走り始めた。
 街へと近付くにつれビルの影から見え始めたのは、そのビルと同じ大きさの大樹であった。
 それだけではなく地面に収まりきらない根がアスファルトを砕いて顔を出し、小さなビルであれば巻きついている所さえある。
 いまもなお成長を続ける大樹は、幹の太さがビル一つ分を越え、大樹がが本当に街中を飲み込もうとしていた。
 あかねは避難を始めた人の波に飲まれぬように小さな路地裏を選んで街の中心へと近付いていく。
 このままで本当になのはと合流できるのかわからなくなったあかねは、一度念話で連絡をとる事にした。
『なのは、今何処にいますか? なのは?』
 増幅魔法を使用したせいで先についてしまったのか、返答はなかった。
 先にたどり着いていたとして返答がないのはおかしいと、もう一度念話を飛ばそうとするとユーノが連絡を入れてきた。
『あかね、こっちからはあかねの位置が確認できた。今居る位置から右手にあるビルの屋上。すぐに来て。なのはの様子が変なんだ』
『様子が変とは……とにかく向かいます。数分待っていてください』
 ビルの正面からではなく、非常階段をかけあがって屋上へと向かう。
 たどり着いた屋上からは街の様子が一望でき、被害の大きさが一目瞭然であった。
 幾つも聳え立つビルよりも大きく街を覆いつくすような大樹は六本以上、大樹の根ともなると数えるのが馬鹿らしいぐらい突き出ていた。
 幸いにビルが崩れるまでには至っていないが、このまま放置していれば保障はない。
 あまりの被害の大きさにショックを受けているのか、呆然としているなのはへとあかねは駆け寄っていく。
「ひどい……」
「多分、人間が発動させちゃったんだ。強い想いを持った人が、願いを込めて発動させた時ジュエルシードは一番強い力を発揮するから」
 思わず呟いたなのはの言葉に、人が発動させればコレぐらいは起こせるだろうとユーノが言った。
 一体誰がジュエルシードを発動させたんだと疑問に思ったあかねであったが、心当たりがあるようになのはがハッと声を挙げていた。
「やっぱり、あの時の子が持ってたんだ」
「あの子? なのは、それって誰の事ですか?」
「翠屋JFCのキーパーの子。あの時あかね君に話しかけてきたときに、違和感は感じてたの。はっきりしなくて、気のせいだと思って。ちゃんと調べていればこんな事になる前に止められたかもしれないのに」
 悔やみの言葉を漏らしたなのはは、レイジングハートの柄を強く、強く握り締めていた。
 肩の上で心配そうに覗き込んでくるユーノにから逃げるように、なのはは顔を伏せていた。
 確かにあの時なのはがそれを打ち明けていれば、警戒してキーパーとマネージャーの後をつけた事だろう。
 だがユーノやあかねはそのキーパーの子がジュエルシードを持っている事さえ気付けなかった。
 それに今日はジュエルシードを探すのを止めようと決めたのは、全員の意思を確認した上での事であった。
 決してなのはだけのミスではない、だからあかねはあえて自分達のと言う点を強調して言った。
「なのは、確かに僕らはミスをしました。悔やんでもいい、それを踏まえて反省もしてもいい。けれど、それは今じゃない。今すべきなのは、一刻もはやくジュエルシードを封印することです」
「そうだよ、なのは。僕らは今まで三人でジュエルシードを探してきたじゃないか。大きな被害が出たからってなのはが一人で」
「違うの、そうじゃないの」
 なのはの手がレイジングハートを構え、杖の先端を水平に向けた。
「Area Search」
 レイジングハートが耳慣れない言葉を発し、なのはは自分を中心にしてレイジングハートを振るい、足元に魔方陣を敷いていく。
 なのはの行動が理解できないユーノとあかねを置いて、なのははさらに呪文を唱え出した。
「リリカル、マジカル。探して、災厄の根源を」
 なのはの桃色の魔力があふれ出し、光弾となって四方八方に散らばっていった。
 その数は数え切れないほど多く、二人はあっけにとられたまま見ていることしか出来なかった。
 次から次へと光弾が大樹に送り込まれ、その間なのははずっと瞳を閉じていた。
 送り出した全ての光弾から情報を受け取り処理をする事に集中しているのか、まるで息さえ止めているように見えた。
「ユーノさん、なのはは一体何をしているんですか?」
「広域の探査魔法、言葉にすれば簡単だけれどかなり高度な制御と魔力が要求される魔法だ。やっぱり、なのはの資質は深すぎて読みきれない」
 ふいになのはが閉じていた瞳を開き叫んだ。
「みつけた!」
「本当?!」
「どちらの方角ですか。すぐに向かいましょう」
 難しい魔法を成功させただけでなく使いこなしたとも取れる言葉にユーノが驚き、あかねはすぐに向かうべきだと主張した。
 だが二人へと振り返ったなのはは、瞳に悲しげな決意を浮かべていた。
 今まで見た事もない、いつも元気に輝いている瞳とは似ても似つかない光に、走ろうとしていたあかねの足が止まってしまう。
「大丈夫、私一人でもできるから。私がやらなきゃいけないから、そうだよねレイジングハート」
「Shooting mode. Set up」
 なのはの呟きに応えたレイジングハートが、その形を変え始めた。
 柄の前後両端が伸び、杖の先端にある宝玉を包み込んでいた部分が三日月型から、英語のJに似た形に変化した。
 一見して杖から槍に代わったように見えるレイジングハートが、封印形態の時のように桃色の光の翼を開いた。
「行って、捕まえて!」
 漠然としたなのはの言葉に従い、レイジングハートの先端になのはの魔力が集まり出した。
 何時ものディバインシューターよりも大きく、力強い光がどんどん集まっていく。
 それが弾ける一瞬前に、あかねはなのはがレイジングハートを向けている先、一本の大樹の幹に眠る男の子と女の子をその目で捉えた。
 高さにしてビルの十数階ぐらいの高さにて寄り添うように向き合い、ジュエルシードを中心に光の繭に包み込まれていた。
 このまま封印して彼らは無事に地面に降りる事は出来るのだろうかと疑問が浮かぶ。
「なのは、待って!」
 静止の手が伸ばされるよりも早く、捕獲の為の光は放たれた。
 本当の意味で一刻の猶予もなくなった。
「ユーノさん、簡潔に応えてください。魔法では確か空を飛ぶ事が出来たはずですよね?」
「え、急に何を?」
「飛べますか?!」
「飛べる、飛べるけど……」
 それだけ解っていれば十分だと、あかねは屋上と空を隔てるフェンスへと手と足を掛けその身を乗り出した。
「待って空を飛ぶには、魔力の強さ以上に向き不向きが。あかね!」
「あかね君?!」
 ユーノの説明もそこそこに、あかねはその身を空へと放り投げた。
 浮いていられたのは一秒にも満たない時間であり、直ぐに重力と言う名の鎖が全身に絡まり引きずり落とされる。
 空気を突き抜けるさいに生まれる風に弄ばれながらも、あかねは恐怖と言う文字を欠片も浮かべていなかった。
 考えていたのは助ける事、自分を認めてくれた子を。
 瞼の中で思い浮かべた父の背中も、行けと言葉なく自分の背中を押してくれていた。
「ゴールデンサン、セットアップ!」
「Stand by ready. Set up」
 太陽に似た光があかねを包み込み僅かながらに落下の速度が遅れた。
 光は落下の風に押し流される様にして消え去り、金色のコートを纏ったあかねが現れる。
「Jet flier」
 はためいていたコートから炎がほとばしり、あかねの体を押し上げた。
 落下による浮遊感は吹き飛び、直進する為に巻き起こる風があかねを包みこんだ。
 出足は僅かに鈍さを感じたが、加速は終わらず続けられ望んだ以上の速さがあかねの体を包み込む。
 すでになのははジュエルシードを封印する体勢へと入っていた。
「リリカル、マジカル。ジュエルシードシリアル十、封印!」
 はるか後方となったビルの屋上でなのはが放った言葉が何故か耳に届いた。
 直後膨大な魔力の奔流が自分を追い抜き、男の子と女の子が居る場所を打ち抜いていく。
 もうすぐジュエルシードは封印され、暴走の象徴である巨大な樹木が消える。
「Amplify magial」
 自分自身の魔力を増幅させ、空気を押しのけるにあかねは飛んでいった。
「Sealing」
「間に合え!」
 レイジングハートの声に重ねるようにあかねは叫んでいた。
 広がり始めた封印の光の中へと突入し、見えてきた少年と少女へと手を伸ばす。
 二人の体へと腕を回し、そのまま封印の光の中から脱出した直後、目の前に広がったのはビルの壁であった。
 急停止は叶わずコンクリートが視界一杯に広がり、迫ってくる。
「嘘ですよね?!」
「Will I hit its cheek, Brother? Protection」
 二人を抱えたままあかねはビルの壁を打ち破り中へと突っ込んでいた。
 すでにビルの内部では避難が完了していた事が唯一の救いで、あかねは壁を打ち破るだけに留まらずデスクを巻き込みドアを、そしてもう一度ビルの壁を打ち破ってようやく止まることが出来た。
 初めての飛行で制御が上手くできなかったとは言え、荒い息をしながらあかねはなかなか振り返ることが出来なかった。
 今自分が通り抜けてきたビルがどうなったか確認するのが怖かったのだ。
 それでも恐る恐る振り返ってみれば、ビルのどてっぱらに大きな風穴を開けてしまっていた。
『あかね、大丈夫?! こっちではなのはが封印に成功したけれど』
『二人は無事ですけれど、ビルを……破壊しちゃいました』
『うえ、と……とりあえず二人を安全な場所に寝かせて戻ってきて。誰かに見られたら面倒なことになるから』
『解りました。すぐに戻ります、なのはの事も心配ですから』
 両脇に抱える二人の安全は確保したと、崩れたビルも近くにないアスファルトの上に二人を寝かせあかねは戻っていった。





 今度は到着先のビルを破壊しないようにスピードを加減しながら戻ると、丁度なのはがレイジングハートをしまう所であった。
「Mode release」
 レイジングハートが呟くと、光の翼が消え、大量の蒸気を放射する。
 そのまま伸ばした柄を戻し、Jの形となった先端以外いつものレイジングハートに戻っていた。
「ありがとう、レイジングハート」
「Good by」
 なのはの変身が解かれ、レイジングハートも元の紅い宝玉へと戻る。
 だが封印を終えた時のいつもの笑みが、なのはの顔に浮かぶ事はなかった。
 自分もまた変身を解いてゴールデンサンを戻したあかねが、なのはの後ろに降り立つ。
「なのは」
「またあかね君に助けてもらっちゃったね。一人でちゃんと助けるつもりだったのに」
 その言葉から、ちゃんと二人のことも受け止める準備はしていたようであった。
「何時ものことだと思います。僕らは未熟で欠陥を抱えた魔導師なんですから。僕らは二人で一人前なんです」
 そんな事はずっと前からわかっていたことであった。
 あかねが一人でジュエルシードに取り込まれた犬へと相対した時も、一人では封印までたどり着けはしなかった。
 その後も自分達は二人で力を合わせてジュエルシードの封印を行ってきたはずだ。
 それに二人で一緒にと言い出したのは、そもそもなのはだ。
「なのは、変な事考えちゃダメだよ。これからも僕らは協力し合って」
「違うの、違うのユーノ君」
「え?」
 相変わらずビルの屋上から破壊された街並みを眺めながら、なのはが呟いていた。
「私気付いてたんだ。あの子が持ってるの、でも気のせいだって思っちゃった」
「それは仕方のないことだよ。発動前のジュエルシードには余程注意していないと気付けないものなんだ」
「だけどそのせいで沢山の人に迷惑をかけて、あの子たちにも危険な目にあわせちゃった」
 何かが違うと、なのはは膝を抱えてうずくまっていた。
 自分達は確かに未熟で欠陥を抱えた魔導師であった。
 あかねは攻撃魔法が使えず、自分は防御魔法がまともに使えない。
 だから二人で役割を分担してこれまでジュエルシードを捕獲し、封印してきた。
 未熟で欠陥だから役割を分担する。
 本当にそれでよいのだろうか、浮かんだ疑問は消えることなくずっと頭の中に居座っていた。
「なのは、悲しい顔をしないで。元々は僕が原因で、なのはやあかねはそれを手伝ってくれてるだけなんだから」
 沈み込んだなのはにユーノが本心を語るも、余計になのはを落ち込ませる結果となってしまった。
 それでも更になのはの心を軽くしようと言葉を選んでいたユーノを、あかねが後ろから抱えて持ち上げた。
 なのはが何を思い、以前なのは自身が肯定した事を今否定しようとしているのかは解らなかった。
 それでも自分だけでもあるべき形を忘れないようにと、しゃがみ込んだなのはと背中を合わせるように座り込んだ。
「なのは、大丈夫。僕らが二人で頑張る限り、ジュエルシードはちゃんと集められる。一緒に」
「うん、でも多分……」
「僕もいるよ、なのは」
「ありがとう、ユーノ君」
 二人が慰めてくれていることを感じてお礼をいうなのはであったが、自分自身へと向けた猜疑心は消えなかった。
(私、一生懸命がんばってるつもりだった。でも本当に自分の力を目一杯つかって、全力全開だったのかな? 確かに未熟で欠陥のある魔導師だけど、二人で一人前ならそれで良いって思ってた。どこかその言葉に甘えてる気がする)
 その日のうちになのは顔が晴れることはなく、なのはの気持ちにユーノもあかねも気付くことはできなかった。

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