第三話 二人で一人前が限界なの?(前編)
 人気のない夜の学校、その校庭で二種類の光と幾つかの影が舞っていた。
 夜の闇を払うほどに激しい光が何度も瞬くが、気付いた人が様子を見にやってくるような事もない。
 ユーノが作り出す特別な空間の中は、同じく特別な魔法の才ある者にしか足を踏み入れられないのだ。
 姿を見咎められる不安のないあかねとなのはは、ジュエルシードに取り込まれたインコの封印を行う為に奮闘していた。
 両翼を広げれば五メートルはあろうかと言う巨大なインコは、その色鮮やかな羽を矢じりのようにして飛ばしてくる。
「なのは、動かないで」
「Protection」
 なのはへと向けて飛ばされた羽の間へ割り込み、あかねが防御魔法の障壁を展開して跳ね返す。
 土砂降りのような羽が止むと、あかねが障壁を解いた。
 すかさずなのはがレイジングハートを巨大化したインコへと向けると、足元に魔方陣が生成されていく。
 守られている間に溜めた魔力がレイジングハートの先端で魔力の弾を作り上げた。
「ありがとう、あかね君。いくよ、ディバインシューター!」
 なのはの魔力を球状にした魔力弾がインコへ向けて放たれた。
 だが曲がりなりにも鳥であるインコは、翼を巧みに操り滑るように射線上から体をずらして魔法弾をかわしていく。
 数枚の羽飛び散るが、急な羽ばたきのせいで抜け落ちたに過ぎない。
 せめてもの効果はインコが僅かにバランスを崩した事であった。
「今だ、あかね」
「Amplify leg」
 ユーノの言葉の直ぐ後に、ゴールデンサンの声と増幅魔法が続いた。
 炎に包まれたように熱くなった足が生み出す脚力で空高く跳んだあかねは、ふらついたインコに一度足をついてさらに高く跳んだ。
 そしてインコの真上で真下に向かって両手を突き出した。
「Round sheild」
 インコとは違い翼のないあかねはやがて重力に従い落下し始める。
 あかねの目に映るのはインコの背中であり、真上から防御魔法ごと突っ込んでいった。
 重りとしてはあかねはたいした重さではなかったが、背中に押し付けた防御魔法が羽ばたきの邪魔となりインコが暴れ始めた。
「大人しく、してください!」
 もちろんいつかは振り払われるだろうが、今はほんの少し時間を稼ぐだけでよかった。
 あかねの視界の隅で輝くのは、先ほどなのはが撃ち放ち外したはずの魔力弾であった。
 なのはの手を離れてもコントロールが失われなかったそれが戻ってきたのだ。
 時間稼ぎは十分だと、自らが生み出したラウンドシールドを足場にあかねが跳び、直後なのはの魔力弾が巨大化したインコを強かに撃ち付けた。
 直撃した衝撃は大きかったらしく、翼を動かす事もままならずインコは落下していく。
「ジュエルシード、封印!」
「Sealing mode. Set up」
 地面に足をつけたあかねはすかさず封印の為の魔法をくみ上げていた。
 グローブの甲にあるゴールデンサンの宝玉から、プロミネンスを思わせる炎が幾重にも重なるように飛び出した。
 そのまま力を失ったインコを取り込んでいき、縛り上げる。
 甲高い悲鳴が巨大化したインコの口から漏れるが、容赦なく縛り付けていく。
 そしてインコの額に浮かび上がるのはジュエルシードのシリアルナンバーである。
「Stand by ready」
「セイブル、マジカル。ジュエルシード、シリアルナンバー二十封印!」
「Sealing」
 インコの姿が完全に炎に包み込まれ、やがて燃え尽きたようにボロボロと崩れ始めた。
 後に残るのはシリアルナンバーを赤く浮かび上がらせたジュエルシードと、意識を失い地面に落ちたインコだけである。
「Receipt No. XX. God job, Brother」
 封印さえ行われればもう問題はなく、何時もの通りジュエルシードを宝玉の中に取り込んで終了であった。
 これであかねとなのはが封印したジュエルシードは全部で四つ。
 そろそろ封印の魔法も、その後の確保も慣れたものである。
 ちなみにユーノ本人が封印したジュエルシードが一つあり、全部で五つ。
 あかねのゴールデンサンの中に二つと、なのはのレイジングハートの中に三つ収められている。
「二人ともお疲れ様」
 つつがなく全ての作業が終わった事で、隠れて二人に指示を出していたユーノが駆け寄ってきた。
「私は大丈夫なんだけど……」
「Master's condition is normal」
「僕も、大丈夫です。いえ、本当に」
「Don't tell a lie, Brother. Condition is very bad」
 なのはの心配そうな視線を受け、そう答えたあかねであったがあっさりゴールデンサンにばらされてしまう。
 二人と一匹が集まるように歩いているのだが、あかねだけゼンマイがきれそうな人形のようにぎこちなく歩いていた。
 これではゴールデンサンがばらさずとも、一目見て解ると言うものだ。
 この妙な動きは、ここ最近ずっとあかねを悩ませている筋肉痛、増幅魔法による副作用であった。
 二人で攻撃と防御を役割分担しているとは言え、分担作業がもたらす疲労は平等ではない。
 攻撃専門のなのはは動けない砲台とでも言えば良いのか、ジュエルシードにより暴走した動植物の格好の的であった。
 そこであかねの出番なのだが、攻撃は全て弾くか受け止めるしかなく避けると言う選択肢は最初から存在しない。
 さらに毎度のように身体能力を増幅している為、体を酷使する結果となっていた。
「ごめんね、私がちゃんと防御魔法を使えたらよかったんだけど」
「それは止めた方が良いよ。一度なのはが防御魔法を使って、紙みたいにあっさり貫かれた時は肝が冷えたから」
 ぶるりと体を震わせたユーノの言う通り、あかねの負担を考えてなのはが自分で防御魔法を使ったがそれはとても防御と呼べない代物であった。
 運良くその時は攻撃がそれたものの、以降あかねとユーノの言葉によりなのはは前線に出ることを禁止された。
「僕も僕で、未だに攻撃魔法を使おうとするとエラーが出ますし。原因はわからないんですか、ユーノさん」
「デバイスに関しては簡単な整備しか出来ないんだ。でも原因はデバイスじゃなくて、二人そのものにあるような気もするし」
「なのはも僕も、欠陥魔導師と言う事ですか。それでも運良く攻撃と防御に分かれているだけましですかね?」
「それぞれの得意分野だけ見れば、並みの素質じゃないんだけど」
 元々ユーノは遺跡発掘をしていただけに、魔法や古代遺産、デバイスに関する知識は一通り持っていた。
 だがその知識を持ってしても二人が抱えた欠陥の原因はハッキリしていなかった。
 原因がわからない以上、攻撃と防御それぞれの仕事を行ってもらうしかない。
 とは言うものの、特にあかねがそろそろ体の限界に差し掛かっていた。
 こうして話し合っている間も、一人だけ呼吸が整うのが遅れている。
「あのね、そこで提案なんだけど。明日はお休みの日だし、ジュエルシード探しはお休みにしない? 私、すずかちゃんとアリサちゃんと遊ぶ約束しちゃったし」
「そうだね、最近二人とも学校以外の時間は殆ど削ってくれていたから、すでに五つも集まってる。ここらで休憩を挟まないと、後が怖いよね」
「二人がそう言ってくれるのであれば、僕も賛成です。最近筋肉痛が酷くて、一度しっかり体を休めたかったんです」
 満場一致の意見を見て、明日は久しぶりに本当の意味でのお休みとなった。





 今日も空は変わらない青を振りまき、真っ白な雲と紅一点と言えるのか太陽がアクセントとして浮かび上がっていた。
 思い起こせば昨晩ジュエルシード探しはお休みにしようと話し合ったばかりであった。
 なのに何故今自分は河川敷のサッカーグラウンドの上で立っているのか。
 自分の格好を見下ろしてみれば緑色のユニフォームに白い文字で翠屋JFCと書かれている。
 周りを見れば同じようなユニフォームを来た同世代の子供達が駆け回り、デザインの違う白いユニフォームを来た同世代の子供達とボールの奪い合いを繰り広げていた。
 その中に誰一人として知っている顔ぶれはいない。
 きょろきょろと見方によっては素人まるだしのあかねを見かねてか、数メートル後方のゴールから声が飛んで来た。
「今日は練習試合だから、そんなに緊張しなくても良いよ。ゴールは俺にまかせて、君は思い切り走ってくれ」
「がんばらさせていただきます」
 年上のキーパーに答え、あかねはセンターラインへと上がり始めた。
 現在ボールは敵陣に攻め上がっている味方が持っているので、ディフェンスラインを上げなければならない。
 ならないのだが、カクカクと壊れたおもちゃのような動きで走り出したあかねを笑う声が聞こえた。
「見て見て、なのはもすずかも。ロボットよ、ロボットがいるわ。変な走り方」
「アリサちゃん、あかね君も他の皆も頑張ってるんだし。笑っちゃダメだよ」
「無理、無理よ。あはははは」
 人を指差してまで笑っているのは、このサッカーの試合へとあかねを引っ張り込む原因を作ったアリサであった。
 すずかが注意をしても笑いは収まるどころか、大きくなっていた。
 恨めしそうな視線を送りながらカクカクとした動きで走っていると、視線に気付いたなのはが念話で申し訳なさそうに話しかけてきた。
『ごめんね、あかね君。あかね君の話題が出たときに、うっかり今日は家に居るはずだって喋っちゃって』
『別に話題に出す事を責めるつもりはありませんが……バニングスさんは明らかに悪意をもって誘いましたよね?』
『あは、ははは。一応筋肉痛って事は言ってあったからそうなの、かな?』
 あかねが参加しているサッカーのチームは、なのはの父が監督兼オーナーを務めるチームであった。
 昨日の夜になのはが約束をしたと言うのは、そのチームの応援に三人で行こうという話であった。
 だからなのは、すずか、アリサとそこにユーノを加えサッカーグラウンド脇のベンチに座っているのだが、元々そこへあかねが加わる予定はなかった。
 急遽家から引っ張り出されたかねは、人数不足もありなのはの父から試合に出てくれないかと頼まれたのだ。
 そして、アリサに笑われている現在に至る。
『あかね、あまり無理はしない方が良いよ。体、まだ痛いんでしょ?』
『あそこまで笑われては、僕にも意地があります。それに、何かを守るのは得意です』
 ユーノに気遣われはしたが、アリサに笑われてそれで終わるつもりはあかねにはなかった。
 相手ゴールでシュートが受け止められ、カウンター攻撃を受けディフェンスラインが下がり始めた。
 ユーターンするようにあかねが戻り、相手の攻めにあわせて味方ゴールへと近づいていく。
「ボールに向かっていく必要はない。君はあそこにいる敵のフォーワードについて」
「わかりました」
 すかさずキーパーからの指示が飛び、あかねは敵チームのフォーワードの一人をマークする。
 ボールは現在あかね達から見て右サイドから運ばれ、今まさにセンタリングを上げられる所であった。
 高く打ち上げられたボールは横長の放物線を描いてゴールへと近づいていく。
 マークしていたフォワードがそれに合わせて動き出し、あかねも続く。
 経験の差から予測到達地点にたどり着くのも、その場所の取り合いも相手の方が上手であった。
 ただあかねもボールが到達するよりも前に場所を奪おうとは考えていなかった。
 だから場所を奪う振りを見せながら、一瞬の隙を待っていた。
「よし、もらった」
 敵チームのフォワードが向かってくるボールを見上げ、絶妙なセンタリングに声を挙げた。
 その自分から意識がそれた一瞬で、地を二度ほど蹴り上げ、あかねは自分の体を振り回した。
 次の瞬間には相手と自分の体の位置が入れ替わり、ボールは自分へと向けて落ちてきた。
 ジャンプしたまま頭で受けたボールが零れ落ち、グラウンド隅から歓声が上がるが見ている暇はない。
 着地してすぐにクリアする腹積もりであったが、地に足をつけた瞬間足元から電気が脳髄にまで駆け上がった。
「痛ッ」
 バランスを崩して膝を地面につけたあかねの視界では、こぼれ球を狙って相手チームの別のフォワードがシュートを打ち込もうとしていた。
 体を跳ねてシュートコースを塞ごうとしたが、届かなかった。
 自分の目の前をボールが駆け抜けて、そのままゴールへと吸い込まれていく。
 だがゴールを割る直前、ボールが突如としてその動きを止めた。
 ボールを抑えていたのは分厚いグローブをはめた両手であった。
 先ほど自分へと声をかけてくれたキーパーが飛びつくようにしてしっかりとボールへと手を伸ばしていたのである。
「お見事」
「君もね、判断は遅いけれど動きそのものはとても良かったよ。さあ、反撃だ。あがれ、あがれ!」
 クラブには所属しては居なかったが、相手の一瞬の隙をつく所はジュエルシード集めで培った技術であったりする。
 何事も応用が利くものだと思いながら、先ほどまで大笑いしていたアリサへと見返すように胸を張るがまだ足りないようであった。
「キーパーすごい、そこのロボットももう少しがんばりなさい!」
 働きが足りないとヤジがとび、言い返す前にカウンターの攻撃が始まってしまう。
 キーパーのキックによってセンターライン近くまで一気にボールが飛んでいった。
 体を休める事は出来なかったが、こういう普通の休みも久しぶりだとあかねもまた攻撃に合わせてディフェンスラインをあげた。
 そのまま試合は続き、あかねのディフェンスとキーパーの固い守りに守られ、終わってみれば二対〇の翠屋JFCの勝利で終わった。





 翠屋JFCの勝利のお祝いとして、オーナーであるなのはの父から翠屋でお昼ご飯が出される事になった。
 練習試合に加わった事や、なのはの父である士郎とは一度顔を合わせているあかねもそのご飯に誘われた。
 毒を喰らわば皿までと表するのは失礼だが、断るのも忍びなくあかねも了承し、今その翠屋にいた。
 ただし翠屋JFCのメンバーが全員店内に居るのに対し、あかねはなのはたちと一緒にお店の外であった。
 動物であるユーノが居る為、臨時のオープンカフェに急遽変更されたのだ。
「はい、お疲れ様あかね君。ご注文のレモンスカッシュだよ」
「格好良かったです。あかねさんは運動が得意なんですね」
「ありがとう、なのは。すずかさんも。最近体を動かす事が多いので、それなりに動けただけです」
 すずかの社交辞令に答えながら、なのはからジュースとスパゲティを受け取る。
 社交辞令とは言え褒められて嬉しくないはずがなく、きっちり笑顔で返すあかねであった。
「たまたまよ、たまたま。あのキーパーの人が凄かっただけじゃない」
「アリサの言う通りです。それでも応援ありがとうございました。アリサの応援が僕に力をくれ、実力以上に頑張れました」
「な……っ」
「やはり可愛らしい女の子に応援されると男としては頑張るしかありませんよね。明日学校で自慢したいですが、可愛いアリサを密かに想う人に恨まれたくありませんので心に大切にしまっておきますね」
 言葉だけは想いを寄せていた男の子の言葉であったが、顔は全く笑っていなかった。
 苗字ではなく名前を呼ばれた事で焦っていたアリサもようやくあかねの意図に気付いた。
 筋肉痛の状態でサッカーの試合に出る原因となったアリサへの嫌がらせだと。
 普段あれほど名前で呼べと言っても呼ばないあかねが、大人しく名前でアリサの名前を呼んでいるのが良い証拠である。
 好意に見せかけた悪意がチクチクとアリサを責めあげていた。
「ほほう、喧嘩売ってるわねアンタ」
「そんなアリサに喧嘩を売るだなんて、恐れ多いですよ。でもそれを克服するのが勇気なのではないでしょうか?」
「その喧嘩、買ってあげるわ。大盤振る舞いで」
 アリサとあかねが視線で火花を散らしている間、すずかとなのははと言うとユーノをネタに盛り上がっていた。
 二人の言い合いもすでになれたもので、周りでやきもきする方が疲れてしまうと解り始めていたからだ。
 時おりアリサとあかねの言葉の応酬が一定ラインを超えないか見張りつつ、普通にお喋りしている。
『なんて言うか、あかねって冷静そうに見えて意外と熱くなりやすいよね』
『うん、でもこうやって誰かと言い合うのはアリサちゃんだけなんだけどね』
 普段はジュエルシードを集める時ぐらいしか顔を合わせないユーノは多少戸惑っている様子であった。
 だがしばらく放置しておいた二人は激しい口論に疲れ、大人しく喉を潤し、空腹をスパゲティで埋め始めた。
 その様子に険悪なものはなくお互い言いたい事を言ってすっきりした感すらあり、その後は普通に二人ともなのはとすずかの会話に加わり始めた。
 すずかが一番最初に気づいた通り、喧嘩するほどなんとやらを地で行く二人であった。
 それからはなのはが改めてユーノをアリサとすずかに紹介した。
 なのはの母や父の前で行ったお手と言う芸をしてみせると、二人がユーノの頭をなで繰り回し始めた。
「賢い、賢い」
「可愛い」
 ぐりぐり両脇から頭を撫でられたユーノは、迷惑そうな顔をしつつも懸命にその仕打ちに耐えていた。
 そのうち首が折れるんじゃないかと見守っていると、翠屋の入り口が開いて翠屋JFCのメンバーたちが出てきた。
 お店の前で整列すると最後に監督兼オーナーであるなのはの父、士郎が出てきた。
「皆、今日はすっげえ良い出来だったぞ」
 来週以降に控えている試合の連絡などを行ってから解散すると、メンバーの一人がテーブルに近づいてきた。
 葵屋JFCのメンバーの中であかねが唯一言葉を交わしたキーパーであった。
「今日はお疲れ、あとで監督から話があるだろうけど。期待して待ってるからな」
 そう言って肩を叩いてきたキーパーは、マネージャーの女の子と一緒に帰っていった。
 一体何のことだろうと見送っていると、なのはも同じようにキーパーの男の子を視線で追っていた。
「なのは?」
「え、なんでもない。たぶん気のせい」
 なにが気のせいなのか、尋ねようとするとアリサの声に遮られてしまう。
「あー面白かった。はい、なのは」
「ふぇ?」
 なのはへと差し出された手の中では、可愛がられすぎて目を回しているユーノがいた。
 我慢強いのも考え物だと、グロッキー状態のユーノをなのはが受け取ると、アリサが手持ちのバスケットを手に取った。
「さて、じゃあアタシたちも解散?」
「うん、そうだね」
 アリサに続いてすずかもバッグを膝元に持ち直し、帰る準備を始めていた。
「そっか、今日は二人とも午後から予定があるんだね」
「お姉ちゃんとお出かけ」
「パパとお買い物」
 余程嬉しいのか手を挙げてアリサは強調してきていた。
 少し羨ましそうにするなのはは、午後からの予定がなさそうであった。
「あかね君は? 何か予定あるの?」
「特にないですね。帰ってお風呂に入ったら、お昼寝でもと思っています。さすがに限界です」
 元々は今日一日体を休めるために最低限しか体を動かすつもりはなかったのである。
 予定外のサッカーで体を動かしてしまったが、午後からでも十分に体を休める事はできる。
 多少の疲れもあって良く眠れることだろう。
「お、皆も解散か?」
 昼の予定を言い合っているところへ、ジャージではなく翠屋の制服を着た士郎が歩み寄ってきた。
「あ、お父さん」
「今日はお誘いいただきまして、ありがとうございました」
「試合格好良かったです」
「すずかちゃんもアリサちゃんもありがとな、応援してくれて」
 二人にお礼を言った士郎が、にっこりと笑いながらあかねへと言った。
「それにあかね君。どうだい、よかったら翠屋JFCに入ってみないか?」
「翠屋JFCにですか?」
「ああ、君は結構動きも良いし。まだ三年生だろ? サッカーに対する知識に関してはコレからまだ十分勉強していける」
 先ほどキーパーの子が監督から話があるだろうと言っていたのは、このことだったのかとようやく解った。
 どうやら目の前の士郎だけではなく、キーパーの男の子のお眼鏡にもかなったと言うことなのだろう。
 飛び入りで入ったあかねへの評価は高いらしく、光栄に思えたがすんなり受け入れる事はできなかった。
「大変ありがたいんですけれど、今は別にやりたいことがあるんです。もしよければ、それが終わったらまた考えさせていただきます」
「なに、そんな難しく考える必要はないさ。サッカーがやりたいと思ったら声をかけてくれって事だから」
「解りました。その折には是非、お願いします」
「そうか、そのやりたいことが上手く行くといいね。さて、帰るなら三人とも送っていこうか?」
 思いついたように提案してきた士郎に、アリサとすずかは迎えがあるからと断っていた。
 あかねもお昼を頂いて更に送ってもらうわけにはと辞退することにした。
「それじゃあ、失礼します」
「またね、なのは」
「また明日、学校で。士郎さん、失礼します」
 すずかに続きアリサも迎えが来る場所へと向かい、あかねもまた家へと向けて歩き出した。

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